2017年4月4日火曜日

「最大の貿易国」は米国? 東洋経済「親子で学ぶ経済入門」

週刊東洋経済4月8日の第1特集「親子で学ぶ経済入門」に出てくる「どうなる日本経済 特別講義 デフレ脱却の道筋が見えた」という記事は問題が多い。「特別講義」をしているのは学習院大学教授の伊藤元重氏だが、問題が生じている責任は「聞き手」である鈴木良英記者にあると思える。
桜(福岡県久留米市)※写真と本文は無関係です

まずは記事中の「最大の貿易国である米国」という説明に関して、東洋経済に送った問い合わせの内容を見てほしい。

【東洋経済への問い合わせ】

週刊東洋経済 鈴木良英様

4月8日の第1特集「親子で学ぶ経済入門」の中の「どうなる日本経済 特別講義 デフレ脱却の道筋が見えた」という記事についてお尋ねします。問題となるのは以下のくだりです。

「振り返ると、そもそも日本がTPP参加を真剣に考えざるをえなかったのは、米国が参加すると言い出したからです。当時、米国は日本との2国間協定に関心を示していませんでした。それが今回はトランプ大統領のほうが日本との2国間協定に前向きです。もちろん交渉は非常に厳しいものになると思いますが、最大の貿易国である米国と協議しないという手はないでしょう」

記事では、学習院大学教授の伊藤元重氏が「最大の貿易国である米国」と言い切っています。文脈から判断して「日本にとっての最大の貿易相手である米国」という意味でしょう。しかし、財務省貿易統計によると、2016年の日本との貿易額(輸出入総額)で1位なのは中国(29兆3804億円)です。米国(21兆4650億円)は2位でした。日本からの輸出額で見ると米国が1位ですが、記事では「最大の貿易国」としているので輸入を除いているとは考えられません。

やや無理のある解釈ですが、「日本にとっての最大の貿易相手である米国」という意味ではなく、「国別の貿易額(輸出入総額)で見て世界最大である米国」と言いたかったのだとの可能性も考慮しました。しかし、少なくとも2015年では輸出入総額で中国が米国を上回っているようです。

記事の説明は誤りと考えてよいのでしょうか。正しいとすれば、その理由も併せて教えてください。御誌では、読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。日本を代表する経済メディアとして責任ある行動を心掛けてください。

◇   ◇   ◇

国別の輸出入総額で16年に米国が中国を逆転している可能性はある。それ以外は記事の説明が正しいという道筋が思い付かなかった。回答は期待できないので、記事の説明は誤りと推定するしかない。

※追記:「世界貿易機関(WTO)は12日、米国のモノの貿易額が2016年に中国を上回り、首位となったと発表した」(日経)ようだ。しかし、発表は4月12日なので、記事執筆の段階では「米国首位」は明らかになっていないかった。
ベルギーのアントワープ ※写真と本文は無関係です

これ以外にも記事には問題がある。特に引っかかったのが以下のくだりだ。

【東洋経済の記事】

アベノミクスは成功か失敗か

この4年間で大きな成果が二つあります。一つは企業の内部留保が増えたことです。今後、その資金が投資や配当などの株主還元、そして従業員の賃金上昇へ使われるという期待感があります

もう一つは雇用の需要が増大し、労働市場が引き締まったことです。正社員はもちろんですが、パートや派遣社員の不足が深刻になっています。こちらも賃金上昇につながる動きでしょう。デフレから脱するには賃金アップが欠かせません。

賃金が上がれば消費が増えます。また、物価も上がりやすくなります。それがさらに賃金上昇を呼び込み、また物価が上がる……こういうスパイラルになれば、デフレ脱却の道が見えてきます。賃金上昇による効果はほかにもあります。人件費が上がればその分、企業は労働生産性を高める必要があります。価格やサービスなどのビジネスモデルの見直しやITの活用などが進むでしょう。バブル期が話題になっています。金利が低いのでバブル期のような現象がおきやすいのは事実です。でも当時とは違いますね。銀行から借金をして資産を買っていましたが、いまは企業はむしろおカネを貯め込んでいるわけですから。

◇   ◇   ◇

問題点を列挙してみたい。

(1)「アベノミクスは成功か失敗か」の答えは?

アベノミクスは成功か失敗か」というテーマなのに、その問いに答えていない。「成」にしか触れていないので「成功」と示唆しているようではあるが、これでは困る。「親子で学ぶ経済入門」という特集の性格から言っても、成功か失敗かきちんと答えを出すべきだ。

伊藤氏には「アベノミクスを擁護したいけど、成功と言い切るには根拠が乏しいし…」といった思いがあるのだろう。だったら、聞き手である鈴木記者が突っ込んで「成功ですか失敗ですか」と迫るべきだ。それでも答えが曖昧ならば、「アベノミクスは成功か失敗か」とのテーマを諦めるしかない。今回の伊藤氏の解説内容でも、問いが「アベノミクスに成果はないのか」ならば成立する。


(2)「デフレ脱却の道筋が見えた」に無理あり

千仏鍾乳洞(北九州市)※写真と本文は無関係です
記事では「デフレ脱却の道筋が見えた」と見出しで打ち出しているが、最後まで読んでも「道筋」は見えてこない。

賃金が上がれば消費が増えます。また、物価も上がりやすくなります。それがさらに賃金上昇を呼び込み、また物価が上がる……こういうスパイラルになれば、デフレ脱却の道が見えてきます

おそらく上記のくだりから「デフレ脱却の道筋が見えた」と見出しを付けたのだろう。だが、ここは「これからこんな展開になればデフレ脱却の道が見えてきます」と言っているだけだ。「輸出が急増して国内需要も大きく伸びれば、景気回復の道筋も見えてきます」と言われて「景気回復の道筋が見えた」と判断するようなものだ。


(3)「内部留保」はなぜ使われない?

内部留保が増えたことを「成果」とする見解を取りあえず受け入れてみよう。だが「今後、その資金が投資や配当などの株主還元、そして従業員の賃金上昇へ使われるという期待感があります」という説明は物足りない。

現状では「投資や配当などの株主還元、そして従業員の賃金上昇へ」十分に回っていないのだろう。それがなぜなのか、記事では教えてくれない。今後は「使われる」と期待できるのならば、その根拠にも触れてほしい。これまでダメだったのに、まともな説明もなく今後に期待する気にはなれない。

ついでに言うと、「内部留保」の説明も引っかかる。記事の書き方だと「内部留保=投資に回っていない資金」との印象を受ける。しかし、内部留保は設備投資に回っている部分もある。よく誤解されるが、内部留保は「企業がため込んだ現預金」とは限らない。

さらに言えば「投資や配当などの株主還元」とすると「投資」が「株主還元」の一部に見えてしまう。「投資や配当などの株主還元、そして従業員の賃金上昇へ」と読点を入れれば問題は解消する。


(4)労働市場の需給は締まったが…

労働市場」に関する説明にも「内部留保」と同様の問題がある。労働市場で需給が締まったのに、賃金増→消費増→物価上昇という循環は生じていない。実質賃金は2015年まで4年連続の減少。16年にプラスに転じたのは、物価が下落に転じた影響が大きい。

労働市場での需給が締まったのに「賃金が上がれば消費が増えます。また、物価も上がりやすくなります。それがさらに賃金上昇を呼び込み、また物価が上がる……」という「スパイラル」はなぜ起きなかったのか。そこは解説すべきだ。今後は違う展開になると予想するのならば、その根拠も述べてほしい。


※結局、問い合わせに対する回答はなかった。記事の評価はD(問題あり)。鈴木良英記者への評価はC(平均的)からDへ引き下げる。

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