日経ビジネスの藤原明穂記者は取材先に丸め込まれやすいタイプなのか。それともアメックスに恩義でもあるのか。7月25日号に載った「戦略フォーカス:アメックスが達成した賃金の平等~『真の公平性』が成長の礎に」という記事は、基礎的な情報が欠けている。「アメックスの挑戦に学ぶべき点は多い」と藤原記者は持ち上げるが、この内容では学びようがない。
夕暮れ時の筑後川 |
「男女の賃金格差が社会課題となっている日本。アメックスは2020年10月に世界で賃金の平等を達成した」と冒頭で藤原記者は打ち出す。
しかし、どういう状態を「賃金の平等」と見るのかは明示していない。「男女の賃金格差」を問題視しているので「男女の賃金格差」がゼロという状態を「賃金の平等」と見ている前提で考えてみよう。この場合、男性に役職者や高評価者が多く、女性に平社員や低評価者が多くても、男女同数ならば人件費も男女半分ずつ割り振られるはずだ。
これを「賃金の平等」と見るのに個人的には反対だが、ここでは論じない。藤原記者はこの考えに基づいて記事を書いていると推定して話を進めていく。
「アメックスは2020年10月に世界で賃金の平等を達成した」というのが記事の柱なので、これまでにはどんな不平等があり、それがどう改善したのか具体的な数値は必須だ。しかし全く見当たらない。「賃金の上昇」を喜ぶ女性社員の話の後で記事は以下のように続く。
【日経ビジネスの記事】
米ニューヨークのアメックス本社は17年から賃金や女性リーダー比率などに関する調査を開始。米本社が主導し、世界で性別や人種、民族などによる賃金格差の是正に取り組んできた。調査したのは世界で約6万3000人。多種多様な社員を抱えるグローバル企業だからこそ、平等を重んじる文化が経営の根幹にある。
20年10月には日本を含めたグローバル規模で格差是正の目標を達成。日本では全社員約2000人が対象となった。米本社が全権を持ち、トップダウンで改革を進め、性別や人種問わず賃金が底上げされた。一方で賃金が下がった社員はいないという。賃金の平等は達成から2年弱が経過した今も維持されている。
◎達成を裏付けるデータは?
「賃金の平等は達成から2年弱が経過した今も維持されている」とは言うものの、それを裏付けるデータは見当たらない。藤原記者は何のデータも確認せずに「アメックスは2020年10月に世界で賃金の平等を達成した」と信じたのか。
例えば「アメックスの社員数は男女半々なのに、2019年には人件費の7割が男性社員に割り振られていた。それが20年10月には5割に低下した」といった情報が欲しい。それをアメックスが出し渋るのならば「世界で賃金の平等を達成した」と信じるべきではない。
記事の続きを見ると「賃金の平等を達成した」という話がかなり眉唾に見えてくる。
【日経ビジネスの記事】
格差是正にあたり、アメックスは外部の目を導入した。給与関係の調査をコンサルタントに依頼。役職にふさわしい給与が支払われているかを精査し、給与範囲(レンジ)を整理したのだ。
アメックスでは、各役職における仕事内容を記述する職務記述書(ジョブディスクプリション、JD)を導入している。給与レンジはJDに沿って定められており、担当する業務によってレンジが決まる。社内外でレンジの調査をし、担当業務に応じた給与レンジから外れていれば、是正調査の対象となる。
しかし、「部署のリーダーや人事に事情を聞いていると、是正は一筋縄ではいかないと感じた」と森田氏は話す。評価者は被評価者の仕事ぶりを見て決断する。ただ、そこには感情のゆらぎが入る。成果にかかわらず懸命に働く姿を日々見ているからこそ、判断に「情」が混ざる。
この情が厄介だ。正常な判断を鈍らせ、賃金格差を生み出す根源になりかねない。アメックスは情もアンコンシャスバイアス(無意識の偏見)の一環と考えた。だからこそ、しがらみのない米本社がトップダウンで改革を推し進め、情という無意識の偏見を取り除いた。
レンジの確認は、コンサルティング会社やAI(人工知能)などが行う。その結果、ある社員の賃金を3割上げる必要があれば淡々と実施する。現場のリーダーが違和感を覚えても、「AIなら『この人に3割増はないなあ』とは言わない」(森田氏)。
米本社の有無を言わせぬ改革に、現場の社員は困惑しなかったのか。「リーダーには『上げますけど、いいですか?』ではなく、『上げます』と報告した。確かに、説明を求めるリーダーは散見された」と森田氏は話す。新型コロナウイルス禍の影響でメール対応となったが、賃金のレンジを示しながら説明して、納得してもらったという。
「アメックスでは以前から多様性や平等などの取り組みが活発で、部下の賃金を是正すると聞いても抵抗感はなかった」。冒頭に登場した佐藤さんの上司はこう話す。
◎「格差是正」とは異なる話では?
上記のくだりは謎だ。「役職にふさわしい給与が支払われているかを精査」しても男女の「賃金格差」が解消するとは限らない。格差拡大もあり得る。また、男性の方が高い「役職」に就いているケースが多い場合は、正当な評価が実現しても当然に「賃金格差」はなくならない。そこをどう調整しているのかが知りたいところだ。しかし藤原記者は何も教えてくれない。
「コンサルティング会社やAI」に任せれば正しい評価が実現する→正しい評価が実現すれば、男女半々の職場では人件費も必ず男女半分ずつ割り振られるーーと藤原記者は信じているのか。
記事には、さらに引っかかる記述もある。
【日経ビジネスの記事】
とはいえ、賃金の話はデリケート。通達するときは、「今まで正当に評価されていなかった」「給料が少なかった」などとマイナスに捉えられないように意識して伝える必要がある。実際に通達を受けた佐藤さんは、賃金アップをポジティブに受け止めた。「感染拡大の影響でみんな在宅勤務。姿が見えずに業務を進める中で、誰かがちゃんと見ていてくれたことに安心感を覚えた」(佐藤さん)
◎今まで正当に評価してた?
「コンサルティング会社やAI」に任せれば正しい評価が実現し、それによって女性の賃金が上がると言えるのならば、女性は「今まで正当に評価されていなかった」と言える。そこを「マイナスに捉えられないように意識して伝える」のはごまかしだと感じる。
「感染拡大の影響でみんな在宅勤務。姿が見えずに業務を進める中で、誰かがちゃんと見ていてくれたことに安心感を覚えた」という「佐藤さん」のコメントも謎だ。
今回の改革では「成果にかかわらず懸命に働く姿を日々見ているからこそ、判断に『情』が混ざる」といったことを「アンコンシャスバイアス(無意識の偏見)」と捉えて排除したはずだ。だからこそ「佐藤さん」の「賃金の上昇」が実現したのではないのか。
会社側はそこをごまかして「佐藤さん」に伝えているのか。だとしたら、さらに不誠実さを感じる。
記事へのツッコミを続けよう。
【日経ビジネスの記事】
日本社会では男女の賃金格差が根深い問題だ。厚生労働省が発表した「令和3年賃金構造基本統計調査」の結果によると、21年において女性の賃金は男性の75%ほど。01年の65%から、20年かけてようやく10ポイント縮まるという遅々とした改善だ。
背景には、会社役員に女性の比率が少ないこともあるだろう。経済協力開発機構(OECD)が発表する「大企業における女性の役員の割合」では、日本は21年が12.6%。同年トップのアイスランドやフランスなど、世界と比べると女性が活躍できる国とは言いがたい。
◎「女性が活躍できる国とは言いがたい」?
女性活躍について語る人の多くが女性管理職比率や女性議員比率といった指標で活躍度を測ってしまう。藤原記者も例外ではない。「会社役員に女性の比率が少ないこと」を問題視して「女性が活躍できる国とは言いがたい」と結論付けている。
「活躍」の定義にもよるが「大企業における女性の役員の割合」を見ても「女性が活躍できる国」かどうかは判断できない。「女性の役員」は「活躍」しているが女性社員は「活躍」していないとでも見るのか。
藤原記者には周りを見回してほしい。日経BPで「活躍」しているのは「役員」だけなのか。藤原記者も含めて「役員」ではない人がたくさん「活躍」しているのではないか。
日本全体を見渡せば、育児や介護で「活躍」している専業主婦もいるだろう。個人的には日本を「女性が活躍できる国」だと見ている。藤原記者には女性社員や専業主婦が「活躍」していない人と映るのか。
その辺りも改めて考えてほしい。
※今回取り上げた記事「戦略フォーカス:アメックスが達成した賃金の平等~『真の公平性』が成長の礎に」
https://business.nikkei.com/atcl/NBD/19/00114/00163/
※記事の評価はD(問題あり)。藤原明穂記者への評価はDで確定させる。藤原記者に関しては以下の投稿も参照してほしい。
価値観の押し付けが凄い日経ビジネス「あなたの隣のジェンダー革命」https://kagehidehiko.blogspot.com/2021/08/blog-post_21.html
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