2022年7月26日火曜日

少子化問題でスウェーデンに学びたがる日経1面連載「人口と世界」の無理筋

少子化に歯止めをかけたかったら先進的な欧州(特にスウェーデンとフランス)に学べーー。この主張はすっかり説得力を失っているが、日本経済新聞はまだ少子化対策での欧州崇拝から脱却できないようだ。26日の朝刊1面に載った「人口と世界:下り坂にあらがう〈1〉縮む国『人財投資』で復活~スウェーデン動かす90年前の教訓 家庭への支援、日本の倍」という記事では、あちこちにズルを感じた。

大山ダム

その最たるものが「スウェーデンの出生率は下げ止まる」との説明文が付いたグラフだ。ここでは一般的な合計特殊出生率ではなく「人口1000人あたり出生数」を用いている。

なぜ「人口1000人あたり出生数」を用いたのか説明は本文中にもない。「スウェーデンの出生率」に関しては「大恐慌のころ、当時の世界最低水準ともいわれた1.7程度まで落ち込んだ」との記述があるだけ。つまり本文では「出生率=合計特殊出生率」との前提で話を進めている。

なのにグラフは「人口1000人あたり出生数」。この理由は察しが付く。合計特殊出生率で見ると2011年ごろから低下傾向となっている。これを見せるのが嫌だったのだろう。それで「スウェーデンの出生率は下げ止まる」と言っても問題なさそうなデータに飛びついたのではないか。

記事の作りにも無理が見える。スウェーデンの取り組みに関しては「38年までに17の報告書をつくり、女性や子育て世帯の支援法が相次ぎ成立した」「74年には世界で初めて男性も参加できる育休中の所得補償『両親保険』が誕生した」と20世紀の話に焦点を当てている。

それでも劇的な効果があったのならば手本とするのも分かる。しかし、そうしたデータは示さず「『90年の大計』をもってしても少子化に抗するのは簡単ではない」で逃げている。だったらスウェーデンを見習うべきとの結論にはならないはずだ。

なのに「女性の就業率は高く、現政権の閣僚も半数が女性だ。家族支援のための社会支出は国内総生産(GDP)比で3.4%と、米国(0.6%)や日本(1.7%)をはるかにしのぐ」などとスウェーデンを称えてしまう。

「女性の就業率を高め、閣僚の半数を女性にして、家族支援のための社会支出を増やしても少子化に歯止めをかけるのは難しそう」ーー。スウェーデンから学ぶとしたら、そんなところか。

記事ではフランスも持ち上げている。そこを見ていこう。


【日経の記事】

解はどこにあるのか。スウェーデンと並び少子化対策の成功例とされるフランス。100年以上の悲願だったドイツとの人口再逆転を、今世紀中に達成する見通しだ。

仏は19世紀前半に独に人口逆転を許し、19世紀後半の普仏戦争敗北は「人口で負けたからだ」との危機感が染みついた。仏は「仕事と家庭の両立」を軸に社会制度を大きく見直した。ドイツは「子供の面倒を見るのは母親だ」という保守的な家族観が一部に残る。


◎進歩的な考えは否定しないが…

保守的な家族観」が残る国は少子化が進み、「『仕事と家庭の両立』を軸に社会制度を大きく見直した」国は「少子化対策の成功例」になる。欧州(特にスウェーデンとフランス)を見習いたがる人によく見られる思考パターンだ。これが現実に即しているのならば問題はない。しかし、あまりに実態と合わない。

この手の思考に陥る人は新興国・途上国を視界に入れたがらない。今も出生率が高いアフリカや西アジアの国々はスウェーデンやフランスよりも進歩的なのか。戦後のベビーブームの時の日本では「『子供の面倒を見るのは母親だ』という保守的な家族観」はなかったのか。

事実に照らせば、進歩的(先進国的と言ってもいい)な政策は基本的に少子化対策とならない。本気で少子化を食い止めたいのならば「途上国を見習え!戦後のベビーブームの頃に回帰せよ!」となるのが自然だ。

その結論が受け入れがたいので、何とかスウェーデンやフランスを「少子化対策の成功例」にしたくなるのだろう。しかし欧州に人口置換水準を上回る出生率を維持している国はない。取材班が「少子化対策の成功例」として挙げたフランスにしても、移民を除けば出生率はかなり低いとされる。

「進歩的でありたいと願うならば少子化を受け入れる」「少子化に歯止めをかけたいのならば途上国にも学ぶ」ーー。基本的にはこの二者択一だ。

そこから逃げている限り、無理のある少子化論にしかならない。取材班のメンバーは早くそのことに気付いてほしい。


※今回取り上げた記事「人口と世界:下り坂にあらがう〈1〉縮む国『人財投資』で復活~スウェーデン動かす90年前の教訓 家庭への支援、日本の倍」https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20220726&ng=DGKKZO62894060W2A720C2MM8000


※記事の評価はD(問題あり)

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