「未来のクルマ」の作り手は「巨大産業の辺境から現れる」と日本経済新聞の杉本貴司編集委員は言う。その主張に説得力はあるだろうか。27日の朝刊ビジネス面に載った「経営の視点:未来のクルマ、『門外漢』が創る~ソフト技術者導く時代」という記事の中身を見ながら考えてみたい。「辺境」については「中央から遠く離れた地帯」(デジタル大辞泉)と定義する。
室見川 |
【日経の記事】
「We Overtake TESLA(テスラを追い抜いてみせる)」
こんな言葉をホームページに大書するスタートアップがある。2025年に完全自動運転車の発売を目指すTURINGだ。
まだ創業して1年とたたない。千葉県柏市のシェアオフィスにパソコンとホワイトボードがあるだけ。
ただし、大ぼらと言うなかれ。19年前にたった2人で創設されたテスラも最初はちっぽけなスタートアップだった。それに当時とは自動車産業を取り巻く状況が大きく変わっている。
テスラは電気自動車(EV)という新しい価値をこの巨大産業に持ち込んで勝負した。だが、今ではEVは中国勢など世界中の多くの企業が量産している。新しい価値の源泉となりつつあるのが自動運転に代表される人工知能(AI)、つまりソフトウエアだ。
TURINGを創業した2人もこの分野で名をはせた。社長の山本一成氏はプロ棋士を負かした将棋AI「ポナンザ」の開発者として知られる。最高技術責任者(CTO)の青木俊介氏は自動運転の研究で世界最高峰とされる米カーネギーメロン大学で博士号を取得し、米ゼネラル・モーターズ(GM)との共同研究に携わった。2人とも自動車というよりAIの専門家だ。
◎「AIの専門家」は「辺境」にいる?
「TURINGを創業した2人」は「辺境」にいるのか。「AI」は「自動車産業」の「辺境」に位置するのか。「AI」の用途は幅広いので「AI」を「自動車産業」における「辺境」と見なすのは不適切だと思える。
「完全自動運転車」という領域で考えると「AIの専門家」である「TURINGを創業した2人」はむしろ「中央」に近い位置にいそうだ。
続きを見ていこう。
【日経の記事】
本当にテスラを超えられるのか――。山本氏に聞くと涼しい顔で逆質問された。「なぜできないと?」
自動車業界のアウトサイダーだったテスラの創業者たちも、同じように問うたことだろう。「なぜ我々が自動車メーカーに勝てないと思う」、と。
自動車が巨大産業となって100年ほど。エンジンを積む車の「走る、曲がる、止まる」を競い続けた歴史が今、大きく変わろうとしている。変革をドライブするのはいつの時代も辺境から来た挑戦者たちだ。
◎話は逸れるが…
話は逸れるが、今回の記事では「TURING」の強みに触れていないのも気になった。
「本当にテスラを超えられるのか」との問いに「TURING」の創業者は「なぜできないと?」と返しているだけだ。実際の取材では、この先があるはずだ。そして「本当にテスラを超えられるかも」と感じたからこそ今回の記事で長々と紹介したのだろう。
なぜ「テスラを超えられるかも」と判断したのか。簡単でいいので言及してほしかった。
続きを見ていく。
【日経の記事】
自動車への参入を表明したソニーグループもしかり。自動車事業を統括する川西泉常務も、「エレキのソニー」では辺境を歩き続けてきた経歴の持ち主だ。
1986年に入社した当時は、ソニーが細々と手がけていた8ビットパソコンのソフトを開発していた。その後もゲーム機のソフトを手がけるなど、当時のソニーの本丸と目された家電とは、ほとんど無縁の会社人生を歩んできた。
その川西氏が率いるAI開発チームが自動車事業の主軸を担う。エレキのソニーの時代にはずっと脇役だった者たちだ。陣容からして自動車産業のどこで勝負するかが推測できる。言うまでもなくソフトだ。
◎ゲームがソニーの「辺境」?
「辺境」の2番目の事例になると、さらに苦しくなる。自動車業界でトヨタ自動車が「中央」に当たりソニーは「辺境」という話なら分かる。ソニーを「辺境」とするのは気が引けたのか、ソニー内部での「辺境」で話を進めてしまう。
。ソニー「変革」の話ならばソニー内の「辺境」から「変革」者が出てくるという事例でいい。しかし今回は「自動車産業」がテーマのはずだ。
さらに言えば「ゲーム機のソフト」部門をソニーの「辺境」と位置付けるのも無理がある。ゲーム事業がソニーで大きな比率を占めるようになってもう長い。「中央」に組み込まれていると言ってもいいぐらいだ。
記事の終盤を見ていく。
【日経の記事】
自動車大手も変化に備えている。トヨタ自動車の豊田章男社長は「ソフトウエア・ファースト」の車づくりを唱える。富士山麓にそれを実験するための街を建設中だ。日産自動車もソフト開発者を育てるための専門施設をつくった。運営する豊増俊一フェローは40年以上前に入社した頃は社内でソフト技術者は「便利屋」だったと言うが、その立場はすっかり様変わりした。
未来のクルマは誰が創るのか――。壮大なゲームチェンジを制する新たな覇者の姿はまだ見えない。ひとつだけ言えそうなのは、それが巨大産業の辺境から現れるだろうということだ。
◎最後は「中央」に…
「未来のクルマ」の作り手は「巨大産業の辺境から現れる」という話なのに、最後は「中央」の中の「中央」とも言える「トヨタ自動車」の事例を持ってきている。
「トヨタ自動車」や「日産自動車」も「変化に備えている」のならば「未来のクルマ」の作り手は「巨大産業の辺境から現れる」とは限らない。結局は「自動車大手」が「未来のクルマ」を「創る」展開も十分にあり得る。
だったら「ひとつだけ言えそうなのは、それが巨大産業の辺境から現れるだろうということだ」との結論に説得力はない。「自動車大手」への遠慮が最後に顔を出したように見える。
※今回取り上げた記事「経営の視点:未来のクルマ、『門外漢』が創る~ソフト技術者導く時代」
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20220627&ng=DGKKZO62073920X20C22A6TB0000
※記事の評価はD(問題あり)。杉本貴司編集委員への評価はDで確定とする。杉本編集委員に関しては以下の投稿も参照してほしい。
「富裕層の2%がビジネスジェット保有」に見える日経の説明不足https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/08/blog-post_68.html
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