2022年5月21日土曜日

おかしな解説が目立つ日経社説「賃上げ伴う物価上昇の好循環を総力で」

 21日の日本経済新聞朝刊総合1面に載った「賃上げ伴う物価上昇の好循環を総力で」という社説はおかしな解説が目立った。順に見ていく。

夕暮れ時の筑後川河川敷

【日経の社説】

総務省が発表した4月の消費者物価指数は生鮮食品を除く総合指数で前年同月比2.1%上昇した。日銀が物価安定の目標とする2%を超えたのは消費税率引き上げの影響が出た2015年3月以来、約7年ぶり。その特殊要因を除くと、13年7カ月ぶりだ。

長くデフレに苦しんだ日本だがこの2%到達は朗報といえない。日本経済の活力を高め、賃上げを伴う物価上昇の好循環が起きるような環境を整えるのが急務だ。


◎デフレ脱却はできた?

まず1つ日経にお願いしたい。「長くデフレに苦しんだ日本だがこの2%到達は朗報といえない」と書いているが、現状でデフレ脱却はできたのか。日経の見解を社説で示してほしい。日銀の見方とはもちろん違ってもいい。

2%に達してもデフレ脱却とは見なせないとするならば、日経にとってデフレ脱却の基準は何なのかも教えてほしい。「消費者物価指数(生鮮食品を除く総合)」以外の基準を持ち出す場合、物価上昇率が5%になっても10%になっても「デフレ脱却はまだまだ」という状況もあり得る。

そうなると「デフレ」とは何なのかという話にもなってくる。そこを経済紙としてしっかり説明してほしい。

続きを見ていこう。


【日経の社説】

物価上昇は世界共通の流れだ。消費者物価は米国で40年ぶりの8%台、ユーロ圏も7%台半ばと高い伸びが続く。ロシアのウクライナ侵攻が原油や資源、穀物の高騰に拍車をかけた。

日本では21年春に携帯大手各社が一斉に料金を値下げした影響が上昇率を押し下げてきたが、4月はその要因が薄れた。日銀の黒田東彦総裁は22年度に物価上昇が「いったん2%程度」まで高まると指摘した。到達は予想通りだ。

数字こそ2%に達したものの、世界的な資源高や円安といった外部要因による物価上昇は、国富の海外流出を招き、家計を苦しめて個人消費を沈滞させる。日銀は金融緩和の手をゆるめられないため円安が一段と進み、輸入価格を押し上げる悪循環を生む

すくみ合いの構図を脱し、流れを反転させる必要がある


◎「流れを反転させる必要がある」?

流れを反転させる必要がある」と日経は言う。「日銀は金融緩和の手をゆるめられないため円安が一段と進み、輸入価格を押し上げる悪循環を生む」のが現状だ。この「流れを反転させる」とどうなるだろう。

まず「日銀は金融緩和の手をゆるめ」る。すると「円安」から円高に流れが変わる。「輸入価格を押し上げる」力が弱まり「家計」に恩恵が及んで「個人消費」が活発になるといったところか。しかし「金融緩和の手をゆるめ」るべきだと日経は訴えていない。

金融緩和」を見直せば本当に上記のような「流れ」になるかどうかは分からない。しかし日経が「流れを反転させる必要がある」と見るならば「強引な長期金利の抑圧をやめろ」ぐらいの主張はしていい。

さらに見ていく。


【日経の社説】

企業は原材料高を価格に上乗せできていない。企業間で取引する「川上」の価格を示す国内企業物価指数の4月の上昇率は10.0%。「川下」の消費者物価との差は8ポイント近い。顧客離れを恐れて企業がコスト増を抱え込むためだが、これは持続的ではない。

最近、生活に身近な食品や飲料で値上げの発表が相次いでいるのはやむを得ない。企業は適切な価格転嫁を通じ、生産性や付加価値を高める努力が必要だ。


◎初歩的な理解ができていないような…

国内企業物価指数の4月の上昇率は10.0%。『川下』の消費者物価との差は8ポイント近い」というデータを根拠に「企業は原材料高を価格に上乗せできていない」と断定できるだろうか。きちんと「原材料高を価格に上乗せできて」いる可能性は十分にある。社説の筆者は基本的なことを理解できていないと感じる。

商社が小麦を輸入しパンメーカーが製造販売(小売りも手掛けているとする)している場合を考えてみよう。小麦の輸入コストが10%上昇したので、それを上乗せして商社はパンメーカーに販売する。10%をきっちり転嫁できている。企業間取引であり「上昇率は10.0%」となる。

パンの製造販売コストのうち小麦価格が占める割合は20%だとしよう。これが1割アップとなるので、小売価格に転嫁すると2%の値上げとなる。上昇率は2%だ。

小麦の仕入れコストの上昇率とは「8ポイント」の差があるが、商社もパンメーカーも「原材料高を価格に上乗せできて」いる。

社説の筆者は「国内企業物価指数」の「上昇率」が「消費者物価」のそれと上回っていれば「企業は原材料高を価格に上乗せできていない」と思い込んでいるのだろう。実際はそんなに単純な話ではない。

国内企業物価指数」はモノだけが対象なのに「消費者物価」はモノとサービスを対象としている点にも注意が必要だ。

社説の終盤も見ておこう。


【日経の社説】

果実は賃上げの形で従業員に積極的に還元すべきだ。22年1~3月期の実質雇用者報酬は前期比0.4%減と悪化した。一部大手企業は労使交渉で2%程度の賃上げを決めたが、2%の物価高で帳消しとなり、個人消費の足を引っ張る。生産性の向上に見合った一段の賃上げの努力が欠かせない。

政府も規制改革やデジタル改革、労働市場改革を意欲的に進めて後押しすべきだ。いかに経済活動の体温を高め、安定的な物価上昇につなげるか。「物価2%」を総力戦の号砲にしてほしい。


◎賃上げが消費の「足を引っ張る」?

一部大手企業は労使交渉で2%程度の賃上げを決めたが、2%の物価高で帳消しとなり、個人消費の足を引っ張る」と日経は言う。

2%程度の賃上げ」が「個人消費の足を引っ張る」とは思えない。物価上昇に追い付いていないとしても、「個人消費」にとってはプラス要因だろう。

そもそも日経は「流れを反転させる必要がある」と見ていたのではないのか。「賃上げ」の動きが加速すると物価上昇に弾みが付いてしまう。そうなると少なくとも「流れ」は「反転」しない。

世界的な資源高や円安といった外部要因」で2%の「物価上昇」となる中で「経済活動の体温を高め」ると物価上昇率はさらに高まるだろう。

それが好ましいと言うのならば「物価上昇」をどの程度にすべきか日経の見解を打ち出してほしい。

今回の社説を読んでいると「経済紙なのにこれで大丈夫なのか」という不安が先行してしまう。


※今回取り上げた社説「賃上げ伴う物価上昇の好循環を総力で

https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20220521&ng=DGKKZO61003150Q2A520C2EA1000


※社説の評価E(大いに問題あり)

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