6日の日本経済新聞朝刊ビジネス面に載った「記者の目~テルモ、最高益に潜む死角 『攻め』の投資、競合に見劣り」という記事には色々と引っかかるところがあった。筆者の大下淳一記者に助言するつもりでツッコミを入れてみたい。
厳島神社 |
【日経の記事】
テルモの株価が高値圏で推移している。利益率の高い医療機器で販売を伸ばし、2022年3月期の連結純利益(国際会計基準)は前期比19%増の920億円と過去最高を見込む。新規事業を取り込む過去の投資が奏功したが、世界の同業大手と比べるとM&A(合併・買収)など「攻め」の投資規模は稼ぐ力に比して見劣りする。さらなる成長へ積極投資も必要となる。
◎何のために「株価」から?
大下記者は「テルモの株価が高値圏で推移している」と最初に書いている。しかし「株価」に触れたのはここだけだ。何のために「株価」から書き始めたのか。
この書き出しだと「テルモの株価が高値圏で推移している」ことについて、あれこれ論じるだろうと読者に期待させてしまう。そこは書き手として意識すべきだ。
続きを見ていこう。
【日経の記事】
テルモの「稼ぐ力」は海外の医療機器大手にひけを取らない。QUICK・ファクトセットによると、テルモの直近5年の売上高に対するEBITDA(利払い・税引き・償却前利益)比率は24.8%。アイルランドのメドトロニック(30.2%)には及ばないが、米アボット・ラボラトリーズ(22.5%)や米ボストン・サイエンティフィック(24%)などと肩を並べる。
◎なぜこの3社?
比較対象として「メドトロニック」「アボット・ラボラトリーズ」「ボストン・サイエンティフィック」が出てくる。個人的には聞いたこともない会社だ。そういう読者は多いだろう。
「医療機器大手」なのは分かるが、業界内での序列ぐらいは入れてほしい。「テルモ」も含めて世界の「大手」4社ならば、そう書いてくれるだけでも違う。「世界の大手4社を比較しているんだな」と思えるからだ。
ついでに言うと「稼ぐ力」をなぜ「売上高に対するEBITDA比率」で見るのかという疑問も残る。利益率が高くても利益の水準が大きく見劣りするのならば「稼ぐ力」で「海外の医療機器大手にひけを取らない」とは感じられない。
最初の段落で「2022年3月期の連結純利益(国際会計基準)は前期比19%増の920億円と過去最高を見込む」と書いたのだから、まずは「連結純利益」の水準で比較するのが素直だ。
さらに続きを見ていく。
【日経の記事】
過去のM&Aで取得した事業が実を結び始めたことが大きい。テルモは06年、米マイクロベンション(カリフォルニア州)を買収して脳血管用の医療機器に参入。16年には約400億円で同業の米シークエント・メディカル(カリフォルニア州)を買った。11年には米カリディアンBCT(コロラド州)を2000億円強で買収し、血液関連事業も強化した。
◎M&Aで利益率向上?
「過去のM&Aで取得した事業が実を結び始めたことが大きい」と大下記者は言う。利益率の高い企業を「買収」したのか、「買収」した企業の利益率を高めたのだろう。だとしたら、その辺りの説明は欲しい。「M&Aで取得した事業が実を結び始めた」からと言ってグループ全体の利益率が高まる訳ではない。
さらに続きを見ていく。ここが最も引っかかった部分だ。
【日経の記事】
ただ、過去10年間のEBITDA合計額に対してM&Aに投じた金額(QUICK・ファクトセットによる)は39%。直近5年間では27%にまで落ちる。対して、ボストンは過去10年間で51%、米ストライカーは60%といずれも利益の半分以上をM&Aに投じている。
◎比較対象をなぜ変えた?
最初に比較対象として選んだのは「メドトロニック」「アボット・ラボラトリーズ」「ボストン・サイエンティフィック」。しかし、ここでは2社が抜けて「ストライカー」が加わっている。
「テルモ」が「M&Aに投じた金額」は小さいと見せたいので、都合のいい比較対象を選んだのだろうか。だとしたらデータの使い方がご都合主義だ。分析としては信頼に値しない。
しかも、比較対象はさらに変わっていく。
【日経の記事】
内部成長を後押しする研究開発も同様だ。結果として、テルモの過去5年の平均売上高成長率は5.1%と、成長スピードでアボット・ラボラトリーズ(13.5%)やストライカー(6.1%)の後じんを拝する。
◎やはり疑惑が…
今度は「ボストン・サイエンティフィック」を外し「アボット・ラボラトリーズ」を復活させている。
そして「テルモ」の「平均売上高成長率は5.1%」で「ストライカー(6.1%)」と大差ない。「成長スピード」で「後じんを拝する」と訴えたいから、そのストーリーに合致する比較対象を選んだのではと感じさせる。
そして記事は結びを迎える。
【日経の記事】
テルモも投資の必要性は認めている。佐藤慎次郎社長は4日の決算説明会で、過去のM&Aを通じて米国事業が22年3月期に連結売上高の3割弱まで拡大すると説明。「これまで以上に(M&Aの可能性を)注視したい」と述べた。成長スピードを高める投資を積極化できるかも問われている。
◎ここでも比較が…
「米国事業が22年3月期に連結売上高の3割弱まで拡大する」と書いているが、過去との比較もないので「3割弱」の持つ意味がよく分からない。
「(テルモは)成長スピードを高める投資を積極化」すべきだと大下記者は今回の記事で訴えたかったのだろう。それはそれでいい。だからと言って、ご都合主義的に比較対象を選んでいい訳ではない。
仮説を立ててストーリーを作るのは大事だ。しかし、筋立てに無理があると思えたら潔く撤退する覚悟は持ってほしい。それができないと、今回のような説得力に欠ける記事を読者に届ける結果となってしまう。
そのことを大下記者には考えてほしい。
※今回取り上げた記事「記者の目~テルモ、最高益に潜む死角 『攻め』の投資、競合に見劣り」
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20211106&ng=DGKKZO77331730V01C21A1TB0000
※記事の評価はD(問題あり)。大下淳一記者への評価は暫定C(平均的)から暫定Dへ引き下げる。大下記者に関しては以下の投稿も参照してほしい。
「精度85%のがん検査」に意味ある? 日経 大下淳一記者に問うhttps://kagehidehiko.blogspot.com/2020/01/85.html
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