2020年11月5日木曜日

日経の記事で「死の権利はあるか」への答えを避けた会田薫子 東大大学院特任教授

5日の日本経済新聞朝刊オピニオン1面に「複眼~『死の権利』はあるか」という記事が載っている。「患者に『死の権利』はあるのか。患者や専門家に聞いた」と言うものの、東京大学大学院特任教授の会田薫子氏は「『死の権利』はあるか」との問いに答えを出していない。他の2人は「ある」「ない」と明言しているだけに会田氏の姿勢には失望した。聞き手である前村聡記者が「『死の権利』はあるか」どうかを明言するよう迫ってくれたのかとも思う。

耳納連山に沈む夕陽※写真と本文は無関係です

会田氏の発言の一部を見ておこう。


【日経の記事】

01年に世界で初めて安楽死を合法化したオランダのように「死の権利」を確立すると、医師が「死なせる義務」を負うことも理解すべきだ。

家族など患者と「人生の物語」をつくる人のケアも必要だ。人生の集大成支援がエンドオブライフ(人生の最終段階)のケアでは重要となる。

今回の事件は分からない点も多い。スピリチュアル・ケア(実存的な苦痛に対するケア)を含めた緩和ケアが十分ならば治療終了を希望しなかったのではないか。治療終了の希望を家族などと話し合ったのか。入院して病院の臨床倫理委員会で是非を議論する選択肢を検討したのか。今後の解明に期待したい。

医療技術の進歩は光と影をもたらした。患者が家族らと話し合って意思決定し、適宜見直すアドバンス・ケア・プランニング(ACP)が推奨されているように、私たちはエンドオブライフのあり方に真剣に向き合う必要がある。


◎曖昧にしておきたい?

オランダのように『死の権利』を確立すると、医師が『死なせる義務』を負うことも理解すべきだ」との発言から判断すると会田氏は「死の権利」を認めることに消極的な立場なのだろう。それはそれでいい。ならば、そこを明言してほしい。なぜ曖昧にしたがるのか分からないが、元々そういう人ならば今回の企画の3人からは外してほしかった。

ついでに会田氏の発言にツッコミを入れておきたい。

まず「『死の権利』を確立すると、医師が『死なせる義務』を負う」と決め付ける必要はない。「死の権利」を行使するのに医師の助けが必要となる場合は安楽死を手掛ける医師に頼るという仕組みにすることもできる。この場合、患者が「死の権利」を行使したいと申し出てきたら主治医は「専門の医師を紹介しましょう」と言えば済む。

京都のALS(筋萎縮性側索硬化症)患者の嘱託殺人事件」について「分からない点も多い」としながら「スピリチュアル・ケア(実存的な苦痛に対するケア)を含めた緩和ケアが十分ならば治療終了を希望しなかったのではないか」と判断しているのも解せない。

緩和ケアが十分」でも「治療終了を希望」した可能性も当然にあるだろう。また「分からない点も多い」のならば「緩和ケアが十分」だったかどうかも分からないのではないか。また、どの程度の「緩和ケア」で「十分」とするのかも人によって見解が大きく分かれるだろう。「十分」な情報がない中で「治療終了を希望しなかったのではないか」などと推測するのは感心しない。

付け加えると、前村記者の「まとめ」も曖昧な内容で失望した。

全文は以下の通り。

【日経の記事】

患者の「死にたい」は「生きたい」という思いと表裏一体である。患者の気持ちに寄り添い、理由を一つ一つ解きほぐしていくしかない。

現在の医療でも治療法がなく、死に直面する患者はいる。高齢者では人生の最終段階での延命治療の是非を巡る議論が進み、患者らの意思を尊重して治療の差し控えは広がった。一方、いったん始めた延命治療を終了することは刑事訴追などを恐れ広がらず、苦しむ患者と家族はいる。

死は生の延長線上にある。「生きる権利」の保障が前提となる。同時に、患者とその人生に関わった人の思いを踏まえ、医療・ケアチームとともに本人の幸せを選択する道を広げるべきだ。今回の事件の特異な面ではなく、死に向き合う患者の視点から現在の課題を見直す必要がある。


◎結局、どっち?

患者の『死にたい』は『生きたい』という思いと表裏一体である」との書き出しから判断すると「死の権利」を認めない立場なのかと思える。しかし終わりの方では「本人の幸せを選択する道を広げるべきだ」とも書いている。これだと安楽死容認とも取れる。そして「死に向き合う患者の視点から現在の課題を見直す必要がある」とばんやりした形で記事を締めてしまう。

「結局どっち?」と聞きたくなるような中身だ。「『死の権利』があるとは言いたくない。でも『ない』と言い切ってしまうと、ただ苦しみの中で生きるしかない人を救えなくなる」などと前村記者は考えているのではないか。その迷いが記事に表れている。

ただ、どっちつかずの記事ならなくていい。前村記者は「死の権利」があると思うのか、ないと思うのか。別の機会でもいいので明確な立場から記事を書いてほしい。


※今回取り上げた記事「複眼~『死の権利』はあるか」https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20201105&ng=DGKKZO65830600U0A101C2TCS000


※記事の評価はC(平均的)。前村聡記者への評価はCで確定とする。前村記者に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「積極的安楽死」への踏み込み不足が残念な日経 前村聡記者の解説記事https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/07/blog-post_25.html

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