2020年2月3日月曜日

日経「ダイバーシティ進化論」に見えた出口治明APU学長の偏見

3日の日本経済新聞朝刊女性面に立命館アジア太平洋大学(APU)学長の出口治明氏が書いた「ダイバーシティ進化論~育休、男女の別なく 制度見直せば『常識』に」という記事には偏見が目立った。
筥崎宮(福岡市)※写真と本文は無関係です

順に見ていこう。

【日経の記事】 

日本の企業には今も、女性社員に対して出産のタイミングをよく考えるようアドバイスする上司がいる。だが仕事と出産をてんびんにかけるという考え自体がゆがんでいる。「仕事も出産も」というのが世界の常識で、子育てをバックアップする社会システムができていれば出産はしたいときにするのが一番幸せだ。



◎個人の自由では?

仕事と出産をてんびんにかけるという考え自体がゆがんでいる」と出口氏は言うが、同意できない。例えば、五輪出場を目指すプロの女子選手が「出産は五輪が終わってから」と考えるのは「ゆがんでいる」のか。「出産はしたいときにするのが一番幸せ」ならば、「仕事と出産をてんびんにかけ」て出産時期を選ぶのも個人の自由ではないか。

次に移ろう。

【日経の記事】

カップルで生活するなら相手は家族思いの人がいいだろう。家族思いの正体はオキシトシンだ。女性は出産の時に出るが、男性は子育てすることによって出る。いい男性をつくるには子育てをする以外にない



◎子育てしないと「家族思い」にならない?

この説明が正しければ、子供のいない夫婦で「子育てをする」環境にない人は「家族思い」にはならないのだろう。しかし、子供がいなくてもお互いを思いやる「家族思い」の「カップル」はいくらもいるはずだ。

オキシトシン」が「家族思い」と関係ないとは言わないが、「家族思いの正体はオキシトシンだ」との説明は物事を単純に捉え過ぎている気がする。

さらに見ていこう。最も問題を感じたのが以下のくだりだ。

【日経の記事】

こういう知識があれば、小泉進次郎環境相の育休は当然のことと理解できる。ニュージーランドでは現職の首相が在任中に出産して休みを取り、今はパートナーが面倒を見ている。去年のラグビーW杯では、オールブラックスのキャンプ地が大学のある大分で、観光客が大勢来ていた。彼らに首相のことを聞くと皆、誇りに思っているという。「彼女はスマートで賢く、判断に誤りがない。育休なんて何の問題もない。風邪で休んだのと同じだ」と。

賛否両論が沸き起こるのは、日本が世界に遅れた男尊女卑の国だからといえる。日本をいい社会にするため、経済を好転させるため、少子高齢化を克服するためにも今、一番に取り組まなければいけないのは男女差別の根絶であり、男尊女卑意識の払拭だ。


◎日本は「男尊女卑」?

賛否両論が沸き起こるのは、日本が世界に遅れた男尊女卑の国だからといえる」という説明は二重に問題がある。

まず「ニュージーランド」では「現職の首相が在任中に出産して休み」を取ったことに「賛否両論」がなかったかのような書き方をしている点だ。NHKのインタビューでこの「首相」は以下のように語っている。

正直に言うと、国民に自分の妊娠を告げるのは、とても緊張しました。ニュージーランドでは前例がないことで、人々がどう反応するか、基準にできるものはありませんでした。もちろん否定的なことをいう少数の人たちはいました。しかし本当にごく少数の人たちでした。国民からとても支持されたと感じています

ニュージーランド」でも「賛否両論」があったことを「首相」自身が認めている。「賛否両論」があるのは健全なことだ。それを以って「世界に遅れた男尊女卑の国」と決め付けるのは正しいのか。出口氏の考えに従えば「ニュージーランド」も「世界に遅れた男尊女卑の国」と言えなくもないが…。

育休」に関しては、女性が取りやすく男性が取りにくい社会的な雰囲気はある。これは出口氏も認めるだろう。「小泉進次郎環境相の育休」問題もそこと絡んでくる。

この状況を「男尊女卑」と捉えるのが謎だ。逆ではないか。男性の方が権利を行使しづらいのだから、どちらかと言えば「女尊男卑」の問題だ。この辺りに出口氏の偏見が垣間見える。

さらに続きを見ていこう。

【日経の記事】

社会の常識は、日々の新聞やSNS、近所の人の話によってつくり上げられる。人間の意識は、勉強しない限り、その社会の常識を映すだけだ。だから仕事と育児の両立は当たり前、とするためには制度を変える必要がある。具体的にはクオータ制の導入や、性分業が根底にある「配偶者控除」と「第3号被保険者」の撤廃だ。仕組みを変えないと人間の意識は変わらない。



◎3つだけで決まる?

上記のくだりもツッコミどころが多い。「社会の常識は、日々の新聞やSNS、近所の人の話によってつくり上げられる」と出口氏は言う。「日々の新聞やSNS、近所の人の話」という3つで決まるのか。テレビ、雑誌、学校での会話などは関係ないのか。ここでも問題を単純に捉え過ぎている。

人間の意識は、勉強しない限り、その社会の常識を映すだけだ」という説明が正しければ、「意識」を変えるために必要なのは「勉強」だ。しかしなぜか「だから仕事と育児の両立は当たり前、とするためには制度を変える必要がある」と続く。「制度を変え」なくても「勉強」すれば「意識」を変えられるのではないのか。

それに「仕事と育児の両立は当たり前」という「意識」は日本に根付いているのではないか。そんなに奇異な考えではない。それが「クオータ制の導入」などによって定着するという論理も謎だ。

記事の終盤も見ておこう。

【日経の記事】

育児休業は留学と同じと見なし、給与は全額保証すればいい。賢くなって戻ってくるのだから。そうすれば男女とも安心して育休が取れる。最初の1年間は全額保証し、その後給付を減らしていけば、人は仕事に戻る。0歳児は最も育児コストがかかるので、政府としてもその方が合理的だ。

保育所は希望者全員義務保育にすれば待機児童は0になる。高層マンションができて小学校が足りないとニュースになるが、実際、小学校に入れなかった子供はいるか? 法律があれば自治体は対応するのだ。


◎給与を全額保証すれば「安心して育休」?

給与」を「全額保証」すれば「男女とも安心して育休が取れる」と出口氏は言う。これも問題を単純に捉え過ぎている。「育休」取得が職場での評価に響かないか。その間に仕事面で同僚に後れを取らないか。そういった問題もクリアしないと「男女とも安心して育休が取れる」ようにはならないだろう。

付け加えると「その後給付を減らしていけば」という説明も引っかかる。どのぐらいの期間「給付」をすべきとの考えなのか。

入社直後に妊娠し、その後に次々と子供を産む場合、ほとんど働かずに「給与」を10年単位でもらい続けるケースが出てくるはずだ。それを全て企業負担とするのか。その辺りを出口氏はしっかり考えているのだろうか。



※今回取り上げた記事「ダイバーシティ進化論~育休、男女の別なく 制度見直せば『常識』に
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20200203&ng=DGKKZO55093270R30C20A1TY5000


※記事の評価はD(問題あり)。出口治明氏への評価はDで据え置く。出口氏に関しては以下の投稿も参照してほしい。

女性「クオータ制」は素晴らしい? 日経女性面記事への疑問
https://kagehidehiko.blogspot.com/2017/04/blog-post_18.html

「ベンチがアホ」を江本氏は「監督に言った」? 出口治明氏の誤解
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/07/blog-post_2.html

「他者の説明責任に厳しく自分に甘く」が残念な出口治明APU学長
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/07/apu.html

日経で「少子化の原因は男女差別」と断定した出口治明APU学長の誤解
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/08/apu.html

日経「ダイバーシティ進化論」巡り説明責任 果たした出口治明APU学長
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/12/apu.html

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