2017年7月13日木曜日

相変わらず金融業界に優しすぎる日経 川上穣記者

12日の日本経済新聞朝刊金融経済面に載った「森金融庁 3期目の風景(2)投信業界、『説教』に嘆き ボーナス商戦、自粛ムード 顧客本位と収益確保、両立探る」という記事は、かなり強引に「投信業界」に寄り添っていた。「似たような記事をどこかで読んだような…」と思っていたら、筆者の1人は川上穣記者。4月26日の同じ面で「Behind the Curtain~積み立て型NISAの舞台裏 金融庁と業界にすきま風 『担い手不在』の恐れ」という業界寄りの記事を書いていた記者だ。
豪雨被害を受けた日田彦山線の宝珠山駅
(福岡県東峰村)※写真と本文は無関係です

業界寄りでも「なるほど」と思わせる論理展開があれば問題はない。だが、今回の記事もかなり苦しい。順に見ていこう。

※記事は川上穣記者と野村優子記者の2人で書いているが、この内容に主導したのは川上記者と推定して話を進める。


【日経の記事】

金融庁が地方銀行改革と並んで力を入れるのが投資信託のテコ入れだ。森信親長官は証券・運用会社は目先の手数料に依存してきたと指摘、顧客本位への転換を迫る。金融機関側は「正論」と受け止めつつも、相次ぐ物言いに息切れしている



◎「正論」ならば…

正論」ならば金融庁の姿勢に問題はなさそうだ。「金融機関側」が「相次ぐ物言いに息切れしている」場合、日経としては「金融機関よ、息切れなんかしてないでしっかりしろ」と叱咤激励すれば済む。ところがそうはならない。

記事は以下のように続く。

【日経の記事】

今夏、投信市場が異変に見舞われている。「ボーナス資金ねらいの新商品など、とても作れない」。大手運用会社の商品担当者はこぼす。

夏の賞与に合わせ投信の新規設定が活発になるのが普通だが、今年は自粛ムードが漂う。6~7月の設定本数は70本弱と、昨年から3割強減る見通しだ。金融庁が、この時期に顧客に新しい投信に乗り換えさせて手数料でもうける証券会社をけん制しているからだ。

売れ筋だった毎月分配投信は「(長期投資に適した)複利の効果が得られない」(森長官)と問題視され、減配ラッシュから退潮が著しい。昨年はAI(人工知能)関連投信が人気を博したが、「今度はAIのようなテーマ型が標的になるらしい。そうなったらますます稼げなくなる」(大手運用幹部)。こんな臆測まで飛び交う始末で「これじゃあ金融“説教”庁」との嘆き節も漏れる



◎「憶測」に基づいて語られても…

上記のくだりは、ズルい書き方だ。説教に次ぐ説教で「『これじゃあ金融“説教”庁』との嘆き節も漏れる」のならば分かる。しかし「今度はAIのようなテーマ型が標的になるらしい」というのは、あくまで「憶測」だ。「憶測」まで材料にして「これじゃあ金融“説教”庁」と語らせるのは感心しない。

記事によると「金融庁が求める取り組み」は以下の5つだ。
豪雨被害を受けた日田彦山線の瀬部踏切付近
    (大分県日田市)※写真と本文は無関係です

〇顧客の利益を第一にした業務運営

〇初心者を対象にした金融教育の充実

〇長期の積み立て分散投資の促進

〇低コストの金融商品の提供

〇証券と運用会社間の系列依存の脱却


これを見る限り「これじゃあ金融“説教”庁」と嘆く必要はなさそうな気がする。「初心者を対象にした金融教育の充実」「長期の積み立て分散投資の促進」などは業界と方向性が合致していそうだ。金融庁も「低コストの金融商品の提供」を求めているのだから「ボーナス資金ねらいの新商品」を出したいのならば「低コストの金融商品」を出せばいいのではないか。それなら金融庁も文句は言わないはずだ。

投資家の利益を損なう高コストの商品しか出したくない運用会社が「ボーナス資金ねらいの新商品など、とても作れない」と嘆いているのだとしたら、素晴らしいことだ。金融庁に拍手喝采を送りたくなる。ところが川上記者は違う。

【日経の記事】

2018年1月から始まる積み立て型の少額投資非課税制度(つみたてNISA)は長期の資産形成を重視する森長官肝煎りの制度だ。年40万円の投資額を上限に、運用で得られる配当や売却益が20年間非課税になる。

金融庁はここでも株価指数に連動したインデックス型のように、コストが特に低い一部の投信だけを「適格」とする異例の対応に出た。「これでは赤字確定」(大手証券)と不満の声が上がる。



◎「これでは赤字確定」?

これでは赤字確定」というコメントの使い方にもズルさが見える。まず、どこの「大手証券」が赤字になるのか明らかにしていない。何の「赤字」なのかも不明だ。会社全体なのか、投信販売なのか、「つみたてNISA」関連の販売なのか、記事は教えてくれない。
豪雨被害を受けた福岡県朝倉市※写真と本文は無関係です

川上記者は4月の記事でも「『積み立てNISAは黒字がほとんど出ない』。制度のスタート前から業界には早くも冷めたムードが漂う」と書いていたので、「つみたてNISA」では「赤字」だとしよう。だったら「つみたてNISA」関連の販売になるべく手を出さなけばいい。積極的な営業活動をしなければ、「赤字」は出てもわずかだろう。

そして、記事の最後は以下のようになっている。

【日経の記事】

ただ投信は「長期の資産形成」には欠かせない。「笛吹けど踊らず」では意味がない。野村証券が20年ぶりに営業改革に踏み切るなどの動きもあるが、全体では「ビジネスが成り立たなくなる」との危機感は募る。顧客本位とビジネスを両立させる着地点は見えない


◎「投信は『長期の資産形成』には欠かせない」?

投信は『長期の資産形成』には欠かせない」との前提がまず間違っている。投信なしに「長期の資産形成」に成功した人など山のようにいる。投信が「長期の資産形成」の役に立たないとは言わない。信託報酬が低いETFなどは検討に値する。だが、業界を潤すだけの高コスト商品は「長期の資産形成」の敵だ。この手の商品に手を出すぐらいならば、預貯金として運用する方が好ましい。

おいしい商品をエサに業界を「躍らせる」よりも「笛吹けど踊らず」の方がマシだ。「野村証券が20年ぶりに営業改革に踏み切るなどの動きもある」のならば、それでいいではないか。金融リテラシーの低い人から高い手数料をむしり取る余地を残さなければ「顧客本位とビジネスを両立させる着地点は見えない」のであれば、「着地点は見えない」ままでいい。


※今回取り上げた記事「森金融庁 3期目の風景(2)投信業界、『説教』に嘆き ボーナス商戦、自粛ムード 顧客本位と収益確保、両立探る
http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20170712&ng=DGKKZO18735240R10C17A7EE9000


※記事の評価はC(平均的)。 川上穣記者への評価もCを維持する。野村優子記者への評価は見送る。川上記者が4月26日付で書いた「Behind the Curtain~積み立て型NISAの舞台裏 金融庁と業界にすきま風 『担い手不在』の恐れ」という記事に関しては、以下の投稿を参照してほしい。

積み立て型NISAで業界側に立つ日経 川上穣記者
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/04/blog-post_26.html

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