2018年8月28日火曜日

「昔」との比較に難あり 日経「君たちはお金をどう生かすか」

日本経済新聞朝刊 金融経済面で連載していた「君たちはお金をどう生かすか」がようやく終わった。28日の「(5)はたらく~顧客本位、銀行と若手にズレ」という記事では金融業界寄りの姿勢は見られなかったが、気になる部分はかなりあった。
芥屋の大門(福岡県糸島市)※写真と本文は無関係です

記事の全文は以下の通り。

【日経の記事】

「売りたくない投資信託や信託商品がある。どうしても売らないといけないのか」。三菱UFJ銀行の支店で働く20代女性行員は不満を隠さない。担当は法人営業で、取引先の社長らに金融商品を勧める毎日だ。複雑で理解しにくい金融商品を売ることが「顧客本位」なのか。自分の中で整理がつかない。

記者は2010年以降にメガバンクに就職した20代行員に集まってもらい、座談会形式で話を聞いた。参加者に共通していたのは「顧客目線で働きたいのに上司に分かってもらえない」という不満だった。お金を貸しやすい優良企業はすでにお金を持っているし、お金に困っている企業には貸しにくい。これは銀行員の誰もが直面する古くて新しいテーマといえる。

だが、昔と今で銀行の若手行員を巡る環境は大きく異なっている。その一つは、就職ランキングだ。「マイナビ大学生就職企業人気ランキング」によると、19年卒の文系総合ランキングは三菱UFJ銀が11位。18年の4位から大きく順位を落とした。3メガ銀行がトップ10位に入れなかったのは13年ぶりのことだ。

マイナビの栗田卓也HRリサーチ部長は「これまで給料が高く安定しているイメージで銀行員を志望する学生が多かった。昨今の人員削減報道などを受け、こうした学生が他業界に流れた」と分析した。アマゾンジャパン(98位)が初めて100位に入り「IT(情報技術)関連企業の躍進が目立つ」。メガ銀行が大幅に順位を落とす一方、地方銀行は地元就職を希望する学生から根強い人気があり、大半が前年並みの順位だったという。

もう一つの新たな潮流は、転職の増加だ。リクルートキャリアなど大手転職支援会社に登録する銀行員の数はこの1年で2~3割増えた。転職先もベンチャー企業を含めて多様になり、若年層の大手企業志向が薄らいでいる現状を映す。

座談会に参加してくれた20代後半の男性は数年前に三井住友銀行をやめて外資系に転職した。「(自分と合わない)部長が異動になるまで2年我慢しろと言われたが、無理だった」と振り返る。外資系に移った理由は「徹底的にお客さんのために働けると感じたから」。いまは新たな職場に満足しているという。

メガ銀行の採用は伝統的に青田買いで優秀な学生を囲い込む傾向にある。裏返せば、何が自分に合った職業かを就職活動を通して熟考する時間が少なかったともいえる。昔は現場で様々な矛盾を感じながらも、我慢して昇進を重ねた。今どきの若手は、柔軟に第二の人生を模索している

「分かってもらえない」。やる気のある若手の不満を納得感のないまま放置すれば、せっかく育てた「金の卵」が流出するという銀行経営のリスクにつながりかねない。

キャッシュレス決済や人工知能(AI)を使った融資――。しなやかにお金と付き合う20代は金融機関にも変革を迫る。20代の社員としっかり向き合えているかは、生き残りの成否を分ける試金石なのかもしれない。

◇   ◇   ◇

引っかかった点を列挙してみる。

(1)何のための「座談会」?

記者は2010年以降にメガバンクに就職した20代行員に集まってもらい、座談会形式で話を聞いた」と書いてあるので、電子版かどこかで「座談会」の様子を記事にしたのかと思ったが、少なくとも今回の記事にはそうした告知がない。
福岡タワーから見た福岡市街 ※写真と本文は無関係です

せっかく「座談会」を開いたのに、コメントで使っているのは2人だけ。「座談会」と言うのだから4~5人は集めているはずだ。もったいない気がするし、今回のような使い方をするのならば、わざわざ「記者は2010年以降にメガバンクに就職した20代行員に集まってもらい、座談会形式で話を聞いた」と読者に知らせる必要性も乏しい。


(2)「昔」っていつ?

昔と今で銀行の若手行員を巡る環境は大きく異なっている」と言うが「」がいつ頃を指すのか不明だ。これでは困る。そろばんで行員が計算していた頃と比べれば「若手行員を巡る環境は大きく異なっている」のが当たり前だ。


(3)「大きく異なっている」?

昔と今で銀行の若手行員を巡る環境は大きく異なっている」と言える根拠として「就職ランキング」を挙げているが、これも苦しい。

まず「就職ランキング」に大した変化がない。「3メガ銀行がトップ10位に入れなかったのは13年ぶり」というものの、逆に言えばそれまでは「トップ10位」に入っていたわけだ。「2010年以降にメガバンクに就職した20代行員」の多くはメガバンクの就職人気が高い時期に入行している。「」を10年前と仮定すれば、大きな変化はない。

また、「トップ10位に入れなかった」と言っても、記事に付けた表によれば3行とも30位には入っている。基本的には上位を維持しているし、「就職ランキング」が4位から11位に下がったからと言って「若手行員を巡る環境」が大きく変わるとも思えない。

しかも「地方銀行は地元就職を希望する学生から根強い人気があり、大半が前年並みの順位だった」のならば、「若手行員を巡る環境」の変化はさらに小さく見える。


(4)転職は本当に「増加」?

転職の増加」も苦しい。「リクルートキャリアなど大手転職支援会社に登録する銀行員の数はこの1年で2~3割増えた」という漠然としたデータが出てくるだけだ。転職そのものが増えている根拠にはならない。

以前は「大手転職支援会社」を使わずに転職するのが一般的だっただけかもしれないし、今でも「登録」は増えても「転職」は増えていない可能性が残る。

しかも「この1年」の動きだ。「昔と今で銀行の若手行員を巡る環境は大きく異なっている」と訴えるのならば「」との比較が欲しい。例えば「1990年には入行3年以内に辞める銀行員は10%未満だったが、2017年には30%を超えた」などと書いてあれば「昔と今で銀行の若手行員を巡る環境は大きく異なっている」と言われて納得できる。


(5)「外資系」の何?

座談会に参加してくれた20代後半の男性は数年前に三井住友銀行をやめて外資系に転職した」というくだりの「外資系」とは「外資系の銀行」なのか。そうとも、そうでないとも解釈できる。この辺りは明確にしてほしい。

この「外資系」では「徹底的にお客さんのために働ける」らしい。「転職した」のが「外資系金融機関」だったら「徹底的にお客さんのために働けるって本当かな」とは思う。否定できる材料を持っているわけではないが…。


(6)再び「昔と今」に疑問

昔は現場で様々な矛盾を感じながらも、我慢して昇進を重ねた。今どきの若手は、柔軟に第二の人生を模索している」と再び「」との比較が出てくる。ここでは何の根拠も示さず、時期不明の「」と比べている。感心しない。
ベストアメニティスタジアム(佐賀県鳥栖市)
          ※写真と本文は無関係です

今どきの若手」の中にも「現場で様々な矛盾を感じながらも、我慢して昇進を重ね」ていく人は多数いるだろう。「」でも「柔軟に第二の人生を模索」した人がいたはずだ。その比率が昔と今では圧倒的に違うと言うならば、根拠となるデータが欲しい。

根拠もなしに「昔の人は我慢して昇進。今の人は柔軟に転職」と決め付けるのはやめた方がいい。


(7)「メガバンク」と「メガ銀行」

ここから細かい話を2つ。記事では最初に「メガバンク」と表記していたのに、2回目以降は「3メガ銀行がトップ10位に入れなかった」「メガ銀行が大幅に順位を落とす」「メガ銀行の採用は伝統的に青田買い」と「メガ銀行」を使っている。少なくとも同一記事内では統一すべきだ(新聞全体でも統一した方が好ましい)。


(8)「キャッシュレス決済を使った融資」?

キャッシュレス決済や人工知能(AI)を使った融資」と書くと「キャッシュレス決済を使った融資」に見えてしまう。「キャッシュレス決済や、人工知能(AI)を使った融資」と読点を入れてほしい。


記事の最後には「水戸部友美、広瀬洋平、南毅郎、福井環、須賀恭平、高見浩輔、佐藤初姫が担当しました」と出ていた。担当した7人には「今回の連載は失敗だった」と認識した上で次に挑んでほしい。「君たちは記事をどう書くか」。それが今後も問われる。


※今回取り上げた記事「君たちはお金をどう生かすか(5)はたらく~顧客本位、銀行と若手にズレ
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180828&ng=DGKKZO34541270U8A820C1EE9000


※連載全体の評価はD(問題あり)。水戸部友美記者、広瀬洋平記者、南毅郎記者、須賀恭平記者、高見浩輔記者、佐藤初姫記者への評価はDで確定させる。福井環記者は暫定でDとする。今回の連載に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「借金のススメ」が罪深い日経「君たちはお金をどう生かすか」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/08/blog-post_22.html

業者寄りの日経「君たちはお金をどう生かすか」を信じるな!
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/08/blog-post_23.html


※水戸部友美記者と広瀬洋平記者に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「マネー凍結懸念」ある? 日経「認知症患者、資産200兆円に」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/08/200.html


※南毅郎記者に関しては以下の投稿も参照してほしい。

日経「急成長 シェア経済」で藤川衛・南毅郎記者に助言
http://kagehidehiko.blogspot.com/2017/03/blog-post_25.html


※須賀恭平記者に関しては以下の投稿も参照してほしい。

疑問だらけの日経「本田圭佑選手、VBファンド設立」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/07/blog-post_19.html


※高見浩輔記者については以下の投稿も参照してほしい。

「損保市場は長らく鎖国状態」? 日経「真相深層」の誤り
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/10/blog-post_13.html

説明不足が目立つ日経 高見浩輔記者の「真相深層」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/10/blog-post_15.html

日経「上がらない物価 世界を覆う謎」の奇妙な解説
http://kagehidehiko.blogspot.com/2017/09/blog-post_25.html


※佐藤初姫記者に関しては以下の投稿も参照してほしい。

保険料抜きで就業不能保険の実力探る日経 佐藤初姫記者
http://kagehidehiko.blogspot.com/2017/12/blog-post_17.html

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