2018年8月29日水曜日

強引に「運用難」を描き出す日経「モネータ 女神の警告」

「大変だ」と訴えたいからと言ってデータなどを恣意的に用いると、記事の信頼性をかえって失う結果になる。29日の日本経済新聞朝刊1面に載った「モネータ 女神の警告~それぞれのジレンマ(2)41兆ドル、年金の自縄自縛 運用難、逃げ水の利回り」 という記事もその一例と言える。記事では「運用難」を強調しようとして「(米国債の中でも)30年債の利回り低下(価格上昇)は顕著」と言い切っているが、そうだろうか。
常盤橋(北九州市)※写真と本文は無関係です

日経には以下の内容で問い合わせを送った。

【日経への問い合わせ】

29日朝刊1面に載った「モネータ 女神の警告~それぞれのジレンマ(2)41兆ドル、年金の自縄自縛 運用難、逃げ水の利回り」 という記事についてお尋ねします。まず問題としたいのは以下のくだりです。

『年金が米金利の上昇を抑えている』。みずほ証券の岩城裕子氏はいう。少しでも金利が上がれば年金がすかさず米国債に買いを入れるからだ。中でも30年債の利回り低下(価格上昇)は顕著だ。30年債と10年債の利回り差はわずか0.15%。年初の約半分に縮小した

この説明が正しければ、米国の「30年債の利回り」は「年初」に比べて「顕著」に低下しているはずです。しかし、そうはなっていません。年初に2.8%程度だった利回りは28日時点で3%を若干上回っています。「利回り低下」は「年初」と比べたものではないとの可能性も考慮しましたが、解釈として無理があると思えます。

30年債の利回り低下(価格上昇)は顕著だ」との説明は誤りと考えてよいのでしょうか。問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。

せっかくの機会なので、気になった点を追加で記しておきます。記事では、米国の公的年金について以下のように書いています。

全米50州の公的年金で積立率が健全とされる80%を超えるのはわずか10州。イリノイ州やケンタッキー州など7州は50%を切る。高金利時代に設計した制度の限界が露呈しており、運用利回りは年1%程度なのに長期の想定利回り(予定利率)をなお7~8%に設定したままの州年金もある

長期金利が3%近い米国で「運用利回りは年1%程度」というのは、かなり低い数字です。ちなみにカリフォルニア州職員退職年金基金(カルパース)の運用実績を見ると、2015年度は-0.2%ですが、16年度で10.1%、17年度で11.1%となっています。直近で見ても、何年間かの平均で見ても、「年1%程度」とは程遠い数字です。「運用利回りは年1%程度」の「州年金もある」としても、特殊なケースではありませんか。

ちなみに、今年6月5日の日経の記事でニューヨークの宮本岳則記者は以下のように説明しています。

「(米国50州の)公的年金の平均予定利率は7.5%程度とされる。一方、調査団体アメリカン・インベストメント・カウンシルによると直近10年間の年率リターン実績は、世界的な低金利環境などの影響で年5.3%にとどまっており、両者の差が積み立て不足を生む

直近10年間の年率リターン実績」が50州平均で「年5.3%」とすれば、「長期の想定利回り(予定利率)」を「7~8%に設定」するのは、それほど非現実的ではありません。

さらに言うと、記事では「運用利回りは年1%程度」と書いているだけで、どの期間の「運用利回り」か示していません。単年では運用成績が大きく落ち込む場合もあります。期間を示さずに「運用利回りは年1%程度なのに長期の想定利回り(予定利率)をなお7~8%に設定したまま」と書くのは感心しません。

次は以下のくだりについてです。

米ウイリス・タワーズワトソンの調査では、主要22カ国の年金マネーは17年末時点で41兆ドルと10年前の1.6倍に増えた。世界の債券市場の時価総額の24%に相当する規模に膨らんだ年金マネーはまるで『池の中の鯨』。自らの買いで金利を押し下げ、高利回りが逃げ水のように去っていく

まず「主要22カ国の年金マネー」と「世界の債券市場の時価総額」の比較に問題があります。「年金マネー」は「債券」だけを買っているわけではありません。株式などにも資金を振り分けています。それを「債券市場の時価総額」と対比させるのは不適切です。

年金マネーはまるで『池の中の鯨』」と訴えたいのならば、「債券市場の時価総額」に占める「年金マネー」の比率を出せば済みます。それでは比率が小さくなるので「年金マネー」の総額との対比を選んだのではありませんか。だとすれば一種の騙しです。

また、「年金マネー」の規模が大きくても、「池の中の鯨」とは言えません。バラバラに判断する主体が集まったものだからです。年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)や日銀の存在が市場の中で大きければ「池の中の鯨」だと思えます。しかし、例えば個人投資家はどうでしょう。「日本株の20%近くを個人が保有している。まるで『池の中の鯨』だ」と言われて納得できますか。「年金マネー」も同じです。

問い合わせは以上です。回答をお願いします。御紙では、読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。「世界トップレベルのクオリティーを持つメディア」であろうとする新聞社として、責任ある行動を心掛けてください。

◇   ◇   ◇

追記)結局、回答はなかった。

※今回取り上げた記事「モネータ 女神の警告~それぞれのジレンマ(2)41兆ドル、年金の自縄自縛 運用難、逃げ水の利回り
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180829&ng=DGKKZO34703810Y8A820C1MM8000


※記事の評価はD(問題あり)。今回の連載に関しては以下の投稿も参照してほしい。

製薬会社の従業員が「空港封鎖」? 日経「モネータ 女神の警告」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/08/blog-post_81.html

最終回も間違い目立つ日経「モネータ 女神の警告」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/08/blog-post_31.html


※「モネータ 女神の警告」の過去の連載に関しては以下の投稿を参照してほしい。

色々と分かりにくい日経1面「モネータ 女神の警告」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/02/blog-post_59.html

間違った説明が目立つ日経1面「モネータ 女神の警告」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/02/blog-post_14.html

株主・銀行は「力失った」? 日経「モネータ 女神の警告」の誤り
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/05/blog-post_7.html

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