2015年5月19日火曜日

問題多い日経 太田泰彦編集委員の記事「けいざい解読~ASEAN、TPPに冷めた目」

日経の太田泰彦編集委員は問題の多い記者だ。過去の出来事を含めた詳細な説明は別の機会に譲るとして、17日付日経朝刊総合・経済面の「けいざい解読~ASEAN、TPPに冷めた目」に関して、問題点を見ていこう。

ロッテルダム(オランダ)のキューブハウス
                           ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

通商政策をめぐる米オバマ政権と米議会の攻防が、なかなか袋小路から抜け出せない。大統領が交渉権限を議会から取りつけなければ、環太平洋経済連携協定(TPP)構想は完成を目前に水泡に帰すかもしれない。

狭いワシントンの内側で調整にもたつく米国の姿は小さく見える。超大国の迷走に鼻白むのは、巨大な経済圏の中心にある東南アジア諸国連合(ASEAN)諸国だ。空気は微妙に変わった。

「日本は孤立して困るでしょうな……」。1990年代に貿易自由化を推し進めたシンガポール政界の重鎮は、意外にも涼しい顔をしていた。

貿易と投資に未来を託す同国だが、米国や欧州連合(EU)、中国、日本など主な市場国とは、個別に自由化協定を締結済み。先手必勝の戦略が奏功し、経常黒字額は13年に日本を抜き14年には588億ドルに達した。


以上の記述から問題点を抜き出してみる。


(1)ASEANは巨大経済圏の中心?


巨大な経済圏の中心にある東南アジア諸国連合(ASEAN)諸国」と太田泰彦編集委員はあっさり言い切っているが、そもそも「巨大な経済圏」が何を指すのか分かりにくい。推測すれば「アジア経済圏」「アジア太平洋経済圏」「TPP経済圏」あたりだろうか。なぜASEANが「中心」なのかも判然としない。地理的な中心なのか、存在感で見た中心なのかも不明だ。疑問ばかりが残る記述と言える。


(2)なぜ「日本は孤立して困る」?

日本は孤立して困るでしょうな」というシンガポール政界の重鎮のコメントも理解に苦しむ。あまりに説明が不十分だ。まず、どうなると孤立するのかがはっきりしない。TPP構想が水泡に帰すと孤立するのだろうか。それとも、交渉妥結に向けた動きの中で孤立すると見ているのだろうか。

「TPP構想が水泡に帰すと日本は孤立する」という前提で考えてみよう。これも、なぜ孤立するのか説明がない。それどころかシンガポールに関して「日本とは自由化協定を締結済み」と書いている。ならば、TPP構想が水泡に帰しても、シンガポールとの自由化協定があるので、孤立は免れるのではないか。それに、日本が自由貿易協定を結んでいるのはシンガポールだけではないはずだ。「孤立して困る」というコメントを紹介するなら、その根拠も読者に提示すべきだろう。


(3)自由化協定を結ぶと経常黒字が増える?

記事を読むと「シンガポールは先手を打って個別に自由化協定を結んだから経常黒字が増えた」との印象を受ける。しかし、この説明はよく分からない。自由化協定が貿易の自由化に近づくものならば、輸入も輸出も促進する方向に働くはずだ。輸出余力が大きくて輸入に対する需要が少なければ、経常黒字が増える要因にもなるだろう。しかし、この記事の書き方だと「自由化を推進すれば、基本的には経常黒字を増やせる」との誤解を読者に与えかねない。

さらに指摘を続ける。

【日経の記事】

もしTPP交渉が流れても、来年の米大統領選の後には次の機会が巡ってくるだろう。自由貿易の旗手を自任する小国シンガポールに、焦りの色はない。大物政治家の表情は、むしろ米国に翻弄される日本を案じているようにも見えた。
ブリュッセルのグラン・プラス  ※写真と本文は無関係です

他のASEAN諸国はどうか。日本の2倍の人口を擁する大国インドネシアには高水準の自由化は荷が重い。景気不振で政権発足から半年のジョコ政権は早くも人気が陰り始めている。内向きになる政権に、国有企業や労働市場の改革に挑む腕力は期待できない。

マレーシアはマレー系を優遇する「ブミプトラ(土地の子)政策」を守るのに必死。TPPの理念とは逆に国営企業のテコ入れを図る。こうしたナジブ政権の路線を、政界の実力者マハティール元首相が露骨に批判するなど、国内政治は不安定になっている。

アジアの新興国が経済成長を続けるためには、国内の構造改革が欠かせない。国内の抵抗を乗り切る上で、政権を担う指導者が大国の外圧を改革のテコに使う政治戦術もありうる。だが、その手法の大前提は、大国が高い理念を唱え続け、ぶれない姿勢を貫くことだ。


(4)インドネシアも参加国?

「TPP交渉が流れてもシンガポールは余裕。他のASEAN諸国はどうか」との流れでインドネシアとマレーシアを持ってくると、両国ともTPP交渉に参加しているような印象を受ける。しかし、インドネシアは参加国ではないようだ。交渉に参加しているシンガポールなどとインドネシアを同列に論じる意義があるだろうか。ASEAN各国の現状を見ているだけだとするならば、TPPはどこに行ってしまったのかという話になる。記事では「大国の外圧を改革のテコに」とのくだりも出てくるが、交渉に参加していないインドネシアでTPP絡みの外圧によって改革を進める余地は基本的にないだろう。

ついでに言えば、TPPの記事を書く場合、どの国が交渉参加国なのか読者は詳しく知らないという前提で説明すべきだ。「読者は参加国が全て頭に入っているはず」と考えて執筆したのであれば、不親切との謗りは免れない。

最後の3段落にも問題を感じた。


【日経の記事】

学級委員長(米国)は態度がでかい。しかも背後の教師(議会)の意向で言うことが変わる。副委員長(日本)はなんだか頼りない。そんなクラスはまとまらない――。アジアの目に今のTPPはこんな風に映る。

一時は関心を示したフィリピンやタイから、TPPに前向きな声は聞こえなくなった。中国と関係が深いカンボジアのフン・セン首相は「ASEANを2つに分断するのがTPPの本当の狙いだろう」と公言する。

フン・セン首相は間違っている。日米両国は、地域の結束を邪魔しようとなどしていない。自分の国の中の政治調整に精いっぱいで、アジアの大きなキャンバスに絵を描けないだけである。


(5)下手な例え

上記のくだりでは、まず例えが下手だ。米国を学級委員長、米国議会を教師としているが、米国議会も米国の一部なので設定自体に無理がある。記事の例えに従うと、TPPとは米国議会という教師の指導下で、米国や日本などが生徒として交渉をしていることになる。しかし、日本を含めた参加国は米国議会の授業を受けたりしているだろうか。太田泰彦編集委員には「例えを使うならば、ピッタリはまるものを使うように」と助言したい。


(6)TPPは日米主導のASEAN分断策?

カンボジアのフン・セン首相の「ASEANを2つに分断するのがTPPの本当の狙いだろう」というコメントに対して「フン・セン首相は間違っている。日米両国は、地域の結束を邪魔しようとなどしていない」と太田泰彦編集委員が主張しているのも奇妙だ。フン・セン首相の発言がどういう文脈で出たものか、他社の報道などから探ることはできなかった。なので、コメントの使い方がおかしいとは言わない。ただ、少なくともコメントに「日米」の文字はない。日本は遅れて最後の方で交渉に参加したのであり、その時点でASEANは参加国と不参加国に分かれていた。ゆえに、TPPにASEANを分断する狙いがあるとしても、それが「日米」主導だと考える余地は乏しい。

だとすると、「日米両国は絵を描けないだけである」と訴えるのがそもそもピント外れなのだろう。「日米がTPPを使ってASEANを分断しようとしている」という文脈でフン・セン首相が発言しているのであれば、その点を記事中で明示すべきだ。

※記事の評価はD。太田泰彦編集委員の評価はFとする。太田氏の評価をFとする理由については、別の機会に詳しく解説する。

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