2019年10月11日金曜日

日経でも雑な「最低賃金引上げ論」を披露するアトキンソン氏

小西美術工芸社社長のデービッド・アトキンソン氏にはメディア関係者を引き付ける魅力があるのだろう。同氏の「最低賃金引上げ論」を最近やたらと目にする。11日の日本経済新聞朝刊オピニオン面に載った「エコノミスト360°視点~人口減対策に根拠と論理を」という記事もその1つだ。しかし、まともに取り上げるべき主張とは思えない。
金華山黄金山神社(宮城県石巻市)※写真と本文は無関係

記事を見ながら問題点を指摘したい。

【日経の記事】

日本の人口減少は間違いなく経済に強烈な悪影響を及ぼす。消費者が減ると経済はどうなるかを知りたければ、発展途上国のように見える疲弊した日本の地方の町を見に行けばよい。この危機には働き方改革、外国人労働者の受け入れ、少子化対策、現代貨幣理論(MMT)、日銀の金融緩和といった程度の政策では対処できない。



◎そんな「町」ある?

日本の地方の町」はそこそこ見に行ったつもりだが、「発展途上国のように見える疲弊した日本の地方の町」の記憶はない。どこにそんな「」があるのか教えてほしい。

商店街がシャッター通りになった「地方の町」はたくさんあるだろうが、それらは「発展途上国のように」は見えない。雑然としたスラム街、物乞いする子供たちなどを「地方の町」で目にすれば「発展途上国のよう」だとの印象を持ったとは思うが…。

記事の続きを見ていく。

【日経の記事】

国内総生産(GDP)は人口かける生産性なので、人口が減ると生産性を上げないといけない。しかし日本の産業構造はあまりにも非効率だ。従業員30人未満の企業で働く労働人口の比率が高すぎる。労働力が集約されていないので、大幅な生産性向上はほぼ不可能だ



◎GDPの規模を維持すべき?

アトキンソン氏は日本のGDPの水準を維持する(あるいは増やす)必要があるとの考えなのだろう。個人的には賛成できない。人口が減るのだから、全体のGDPが多少減っても1人当たりのGDPは保てる。

「人口が少なくなっても全体のGDPを減らしては絶対にダメ」と言える根拠があるのならば触れてほしかった。

さらに続きを見ていこう。

【日経の記事】

この問題を解決するには包括的な経済政策が必要だ。中小企業を合併させて数を減らし、労働者を中堅企業と大企業に集約させる。それには企業に合併するメリットを提供すると同時に、最低賃金を引き上げて生産性の低い企業を刺激する必要がある



◎なぜ「最低賃金」に頼る?

労働力が集約されていないので、大幅な生産性向上はほぼ不可能」との説明に納得はできないが、とりあえず受け入れてみる。「従業員30人未満の企業で働く労働人口の比率が高すぎる」のが問題だとアトキンソン氏は言う。その是正のために「最低賃金を引き上げて生産性の低い企業を刺激する必要がある」らしい。

だったら話はもっと簡単ではないか。「従業員30人未満の企業」に重税を課せばいい。もっと極端にするなら、全ての「企業」に「従業員30人」以上の雇用を義務付ける。それで問題は解決ではないか。「最低賃金」の引き上げに頼る必要はない。

続きを見ていく。

【日経の記事】

政府が徹底的な対策を断行しない場合、最悪のシナリオを想定しないといけない。国家破綻すら十分想定できる。

日本は巨大な自然災害がいつ起きてもおかしくない。南海トラフ地震と首都圏直下型地震が同時に起きた場合、2100兆円余りの直接的、間接的な影響があると東京大学生産技術研究所の目黒公郎教授が指摘している。かつてのように財政が健全なら対応できるが、産業構造の非効率性がもたらす世界最悪の財政の下では、致命的な打撃を受けることが予想される。

この問題の深さ、規模、恐ろしさを理解するには、日本経済の仕組みを理解し、データに基づいて計算し、シナリオ分析をする必要がある。この問題は国家としての運命を決めるものなので真剣に、高度な議論が求められる。きちんとした分析、高度な統計学に基づいた検証も不可欠だ。



◎「生産性の向上」で対応できる?

人口減少」に「生産性向上」で対応するのはまだ分かる。しかし話は「南海トラフ地震と首都圏直下型地震が同時に起きた場合」に移っていく。そうなれば確かに「致命的な打撃を受ける」だろう。だが、「中小企業を合併させて数を減らし、労働者を中堅企業と大企業に集約させる」といったレベルで対応できる問題とは思えない。それともアトキンソン氏の主張に沿って準備を進めれば「2100兆円余りの直接的、間接的な影響」をしっかり吸収できるのか。

ここから話がまた戻っていく。

【日経の記事】

データを押さえていない人は感覚的に考えて「イノベーションで対応できる」「人工知能(AI)、ロボット、日本の技術力で対応できる」という。また「最低賃金を毎年5%引き上げたら中小企業は大変だ」と反論するだろう。日本国内でも最低賃金の議論があるが、世界の論文を読んでいれば、専門知識に乏しい、根拠のない初歩的な反論が多いことがわかる。

私は最低賃金を議論するにあたって英国の例を使うことが多い。英国には低賃金委員会(Low Pay Commission)という政府の諮問機関がある。専門性が極めて高いメンバーで構成され、データを集めて統計の専門家が検証し、根拠に基づいた論理的な検討を徹底している。毎年、200ページ以上の報告書も発表している。

英国が最低賃金を上げながら雇用への影響が出ていないのは偶然ではない。低賃金委員会が多面的な科学的分析に基づいて最低賃金の引き上げ幅を提言しているからだ。

日本の生産性向上の議論は根拠に基づいていないし、大学などの検証もレベルが低い。英国より日本のほうが生産性向上が急務なので専門組織をつくって、科学的な検証を充実させるべきだ。



◎「最低賃金を毎年5%引き上げ」が結論?

アトキンソン氏の「最低賃金引き上げ論」でいつも気になるのが、「どのくらいの期間でどの程度まで最低賃金を引き上げるのか」が明確でないことだ。今回もそれは変わらない。ただ、ヒントらしきものがある。

データを押さえていない人」は「『最低賃金を毎年5%引き上げたら中小企業は大変だ』と反論するだろう」という記述から推測すると「最低賃金を毎年5%引き上げ」るべきだとアトキンソン氏は考えているのかもしれない。

だとすると上げ方が機械的過ぎる。「英国が最低賃金を上げながら雇用への影響が出ていないのは偶然ではない。低賃金委員会が多面的な科学的分析に基づいて最低賃金の引き上げ幅を提言しているからだ」と書いているので「最低賃金の引き上げ幅」を決めるためには「多面的な科学的分析」が要るのだろう。

当然に経済情勢に応じて「引き上げ幅」は変わってくるはずだ。例えばインフレ率10%の時に「5%引き上げ」に留めたら実質的には引き下げになってしまう。

なのに「最低賃金を毎年5%引き上げ」といった単純なやり方をアトキンソン氏は支持しているのだろうか。そこに「根拠に基づいた論理的な検討」があるとは思えないが…。


※今回取り上げた記事「エコノミスト360°視点~人口減対策に根拠と論理を
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20191011&ng=DGKKZO50849300Q9A011C1TCR000


※記事の評価はD(問題あり)。デービッド・アトキンソン氏への評価もDとする。

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