2019年10月2日水曜日

何のためのインド出張? 日経 小平龍四郎編集委員「一目均衡」

1日の日本経済新聞朝刊投資情報面に小平龍四郎編集委員が書いた「一目均衡~企業価値高めるインドの薬」という記事の最後には「インド・アンドラプラデシュ州にて」 との説明がある。わざわざインドまで出張して記事を書いたのだろう。しかし「何のためにインドまで行ったの? 東京で取材しても書けるのでは?」と聞きたくなる中身になっている。
長崎港(長崎市)※写真と本文は無関係です

全文を見た上で色々と注文を付けてみたい。

【日経の記事】 

ベンガル湾に面したインドの中堅都市ビシャカパトナム。通称バイザック。市内から車で1時間ほどの経済特区に、日本の製薬大手エーザイが工場を構えている。ここで製造されるリンパ系フィラリア症治療薬のDEC錠に、関心を寄せる投資家は多い。

リンパ系フィラリア症とは、蚊を介して寄生虫が体内に入り起きる病気だ。足がゾウのように腫れあがる。アジアを中心に約10億人が感染リスクにさらされている。

薬はあるが、新興国や発展途上国の人たちには高価すぎて手が届かなかった。2013年からインドでつくった治療薬を世界中に無償で提供してきたのがエーザイだ。累計で19億錠に達する。

寄付や社会貢献ならば分かる。エーザイの内藤晴夫社長は「無償配布はビジネスの一環だ」と語っている。どういうロジックか。病院のようなバイザック工場の磨かれた廊下を歩きながら考えた

まず、ブランド力を高める効果はあるだろう。世界の製薬会社はアジアなど新興国の業務に力を入れつつある。無償配布で知名度を高めれば、のちの業務にプラスだ。

また、工場の稼働率が上がる。DEC錠だけなら赤字だが、他の薬を含めた総合的な原価低減が見こめる

さらに、難病の制圧に貢献している事実は現場のプライドに響く。エーザイ・バイザック工場の従業員の1年間の離職率は5%弱と、15%を超える他社より低い。技能の取得に必要な教育のコストも節約できるという。

エーザイ最高財務責任者(CFO)の柳良平氏の計算では、そうしたいくつかの要素を加味すると、薬の無償配布は管理会計のうえで、18年度に黒字に転換した

エーザイのDEC錠配布は「ミッション(社会的使命)と企業価値」の関係を考えさせる。そう教えてくれたのは、国際会議でよく一緒になる米国の年金運用担当者だ。

エーザイの投資家向け広報(IR)活動では、DEC錠配布が「患者満足の増大」という同社ミッションと関連づけて説明されることが多い。ミッションは定款に盛りこまれており、株主からの信任をうけた本業の一つという位置づけになる。

世界の資本市場では「ミッション」への注目が高まる潮流が生まれつつある。

8月に米国のビジネス・ラウンドテーブルが「株主至上主義の修正」を発表したのも、背景にある考えは企業の社会的使命の問い直しだ。

英オックスフォード大学客員教授のロバート・エクルズ氏は、社会問題を解決するためにビジネスとして何ができるか、企業の取締役会が声明を出すよう提案した。

命に関わる事業を営む製薬会社は、ミッションを打ち出しやすいという面は、確かにある。しかし、どんなビジネスでも、社会との関わりを抜きに成り立たない。社会的な価値がまったく見いだせないとすれば、その事業はどこかおかしい

◇   ◇   ◇

気になった点を列挙してみる。

(1)インドでの取材の成果は?

どういうロジックか。病院のようなバイザック工場の磨かれた廊下を歩きながら考えた」という記述はあるが、小平編集委員がインドの工場で誰かに取材した形跡は窺えない。せっかくインドまで行ったのだから、現地に行ったからこそ分かった材料を見せてほしかった。何にも特筆すべきものがなかったとしても、現地従業員のコメントぐらいは記事に盛り込みたい。


(2)「原価低減」が見込める?

病院のようなバイザック工場の磨かれた廊下を歩きながら考えた」という「ロジック」も謎だ。「工場の稼働率が上がる。DEC錠だけなら赤字だが、他の薬を含めた総合的な原価低減が見こめる」との説明が納得できない。

仙台市博物館(仙台市)※写真と本文は無関係です
原価低減」を実現させるためには「原価」を減らす必要がある。しかし追加で「DEC錠」を製造するのならば、最低でも原材料費は新たに発生する。なのに「バイザック工場」全体で見ると「原価低減」になるという。そんな魔法のような話があるのか。

固定費を考えると利益率の低い商品でも作って稼働率を高めた方が「総合的」に見て利益が増えるのは分かる。しかし「DEC錠」は「無償配布」なので、これも当てはまらない。しかも小平編集委員は「無償配布」の「DEC錠」を製造すると「原価低減」が実現すると解説している。一体どういう「ロジック」なのか。


(3)本当に「廊下を歩きながら考えた」?

小平編集委員は「病院のようなバイザック工場の磨かれた廊下を歩きながら考えた」らしい。そして「エーザイ・バイザック工場の従業員の1年間の離職率は5%弱と、15%を超える他社より低い。技能の取得に必要な教育のコストも節約できるという」と考えを捻り出している。

しかし、このくだりは既に取材で聞いていたのではないか。「技能の取得に必要な教育のコストも節約できるという」との記述からは、そう判断するのが自然だ。だとすると「廊下を歩きながら考えた」という話が怪しくなってくる。

付け加えると「離職率」が他社より低いのは「無償配布」が従業員の「プライド」を高めているからとは限らない。例えば他社より給与が高いといった要因も考えられる。因果関係が本当にあるかどうかは慎重に検討してほしい。


(4)何を訴えたいか考えよう!

どんなビジネスでも、社会との関わりを抜きに成り立たない。社会的な価値がまったく見いだせないとすれば、その事業はどこかおかしい」というのが記事の結論だ。異論はないが、改めて言うまでもない当然の話だ。

わざわざインドまで行ったから「エーザイ」で記事を書かなくてはと考えたものの、そこから何を訴えたいかが定まらなかったのだろう。だから当たり障りのないことを適当に付けて結論とした--といったところか。

そんな記事だから見出しを付ける側も苦労したはずだ。見出しでは「企業価値高めるインドの薬」となっているが、記事からは「DEC錠」が「エーザイ」の「企業価値」を高めたかどうかは判断できない。

薬の無償配布は管理会計のうえで、18年度に黒字に転換した」というのが見出しの根拠かもしれないが、17年度までは赤字だったはずだ。それに「黒字に転換した」のも「ブランド力を高める効果」などを加味した「管理会計」上の評価に過ぎない。

無償配布」であれば財務会計上は赤字が避けられない。なのに「企業価値」を高めているというならば、その「ロジック」をしっかり説明すべきだ。しかし記事にそうした記述は見当たらない。

結局、インドに出張したから書いただけの記事になっている。しかも出張したからこそ書ける中身にもなっていない。次はもっと工夫して記事を仕上げてほしい。


※今回取り上げた記事「一目均衡~企業価値高めるインドの薬
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20191001&ng=DGKKZO50415570Q9A930C1DTA000


※記事の評価はD(問題あり)。小平龍四郎編集委員への評価はF(根本的な欠陥あり)を据え置く。小平編集委員に関しては以下の投稿も参照してほしい。

日経 小平龍四郎編集委員  「一目均衡」に見える苦しさ
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/09/blog-post_15.html

基礎知識が欠如? 日経 小平龍四郎編集委員への疑念(1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/10/blog-post_11.html

基礎知識が欠如? 日経 小平龍四郎編集委員への疑念(2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/12/blog-post_73.html

日経 小平龍四郎編集委員の奇妙な「英CEO報酬」解説
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/07/blog-post_19.html

工夫がなさすぎる日経 小平龍四郎編集委員の「羅針盤」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/10/blog-post_3.html

やはり工夫に欠ける日経 小平龍四郎編集委員「一目均衡」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/10/blog-post_11.html

ネタが枯れた?日経 小平龍四郎編集委員「けいざい解読」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/11/blog-post_20.html

山一破綻「本当に悪かったのは誰」の答えは?日経 小平龍四郎編集委員
http://kagehidehiko.blogspot.com/2017/10/blog-post_10.html

日経「一目均衡」に見える小平龍四郎編集委員の限界
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/08/blog-post_14.html

相変わらず問題多い日経 小平龍四郎編集委員「一目均衡」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/10/blog-post_53.html

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