2017年5月5日金曜日

日経 粟井康夫記者の秀作「追跡 ニュースの現場」に残る疑問

5日の日本経済新聞 朝刊国際1面に載った「追跡 ニュースの現場~香港の自由 守る意地 中国『発禁本』店長ら拘束 台湾で再開、準備続く」という記事は、良い意味で日経らしくない秀作だった。
日田駅に停車中の「ななつ星in九州」(大分県日田市)
            ※写真と本文は無関係です

中国共産党内の権力闘争や醜聞など、中国本土では販売が禁じられている『発禁本』を扱う出版社、巨流伝媒が経営する書店」である「銅鑼湾書店」の営業休止問題を追い、「店長だった林栄基(62)」に話を聞いている。当事者に丁寧に取材しているし、筆者である粟井康夫記者の問題意識も伝わってくる。日経は中国の闇の部分を踏み込んで報じるような新聞社ではない印象があるが、何かが変わり始めているのかもしれない。

とは言え、記事には疑問点も残る。終盤を見てみよう。

【日経の記事】

事件後、発禁本の売れ行きは急速に落ち込んだ。同じ銅鑼湾でブックカフェ「人民公社」を営む鄧子強(42)は「16年は売上高が前年比3~4割減少するなど、最悪の年だった」と嘆く。顧客の9割を占める中国本土の旅行者からは「監視カメラはないか」「税関で見つかると、ひどい目に遭わないか」と心配する声が増えたという。

だが最高指導部人事を決める今年秋の共産党大会が迫るにつれて、ブックカフェの売り上げには徐々に回復の兆しもみえる。「習体制に次は何が起きるのかを知りたい読者は多い」と鄧はみる。今年1月には中国の大富豪、肖建華(45)が香港の高級ホテルから姿を消す事件が起きたが、鄧の店には肖の失踪を共産党内の権力闘争と絡めた書籍が早くも並んでいた。

発禁本は天安門事件で武力弾圧に反対して失脚した元党総書記、趙紫陽の極秘回顧録など中国の近現代史を扱った書籍から、噂を元にしたゴシップ本まで玉石混交だ。だが習の政敵だった薄熙来のスキャンダルを詳細に伝えるなど、外部からはわかりにくい中国政治の内幕を垣間見る貴重な機会を提供している。

林は香港の民主運動家らと協力し、台湾に新しい「銅鑼湾書店」を今年後半に開く準備を進めている。「書店は民主の種をまく手段になるし、抵抗のシンボルでもある。かつて銅鑼湾書店がそうだったように」。ささやかな自由の砦(とりで)を守る試みは続く。


◎他の「発禁本」販売店は睨まれない?

記事には「同じ銅鑼湾でブックカフェ『人民公社』を営む鄧子強」が出てくる。このブックカフェの関係者は連れ去られてもいないし、営業休止にも追い込まれていないようだ。だとするとなぜ「銅鑼湾書店」は当局に睨まれたのか。狙われた「銅鑼湾書店」が例外なのか、営業を続けている「人民公社」が例外なのか。その辺りの事情は解説してほしかった。
矢部川沿いの桜(福岡県八女市)※写真と本文は無関係です

林は香港の民主運動家らと協力し、台湾に新しい『銅鑼湾書店』を今年後半に開く準備を進めている」と書いてあるので、「銅鑼湾書店」を香港で再開する選択肢はないのだろう。一方で「人民公社」は営業を続け、「ブックカフェの売り上げには徐々に回復の兆しもみえる」という。この差は謎だ。


※今回取り上げた記事「追跡 ニュースの現場~香港の自由 守る意地 中国『発禁本』店長ら拘束 台湾で再開、準備続く
http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20170505&ng=DGKKZO16053110V00C17A5FF1000

※記事の評価はB(優れている)。香港支局の粟井康夫記者への評価は暫定でBとする。

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