2016年4月3日日曜日

あれこれ気になる日経 伊奈久喜特別編集委員の「風見鶏」

3日の日本経済新聞朝刊総合・政治面に伊奈久喜特別編集委員が「風見鶏~『トランプ大統領』と世界」というツッコミどころの多い記事を書いていた。記事を見ながら、あれこれと気になる点を指摘していきたい。
桜の咲いた靖国神社(東京都千代田区) ※写真と本文は無関係です

◎米国に限らないのでは?

【日経の記事】

藤崎一郎前駐米大使によると、日本にとって米大統領選挙はクリスマスプレゼントのようなものだという。贈り主の前でプレゼントを開けたら、「ちょうどこれが欲しかったんだ」と喜ばなければならない

米大統領選挙も同じで、民主、共和どちらの候補が勝とうと、日本の駐米大使は「望んでいた人」と祝福し、「一緒に仕事をしたい」と言わねばならない。

ちょっと気が早いが、仮にトランプ政権誕生となったら、どうか。外交官は、決して「このプレゼントは欲しくなかった」とは言えない。

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新たな指導者が誕生したら嘘でも歓迎しなければならないのは、対米国に限らないだろう。フランスでもドイツでも英国でも同じではないか。きちんと民主的な手続きを経て選ばれた指導者に対し「日本としては歓迎しない」などと平気で言えるケースがあるだろうか。

さらに言えばなぜ「クリスマスプレゼント」なのかも謎だ。誕生日のプレゼントでも何でも「贈り主の前でプレゼントを開けたら、『ちょうどこれが欲しかったんだ』と喜ばなければならない」雰囲気はあるだろう。


◎「これからは統治モード」?

【日経の記事】

外交官が語るのは、例えば、こんな言葉だ。「トランプ候補も選挙中は、いろいろ問題発言を連発したが、選挙モードは終わって、これからは統治モード。脇を固めてくるだろう」。トランプ氏が大化けする期待である。

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取材した相手がそう言っているのだろうが、「選挙モードは終わって、これからは統治モード」というコメントは引っかかる。まだ共和党の候補者指名争いも決着していないのに、いくら何でも「これからは統治モード」はないだろう。


◎「独裁者」扱いするならば…

【日経の記事】

だが、トランプ氏に限れば、それは難しそうだ。自前のカネで選挙をしているから、他人のいうことを聞く必要がないと思っている。はなっから大化けする気などないと映る

共和党主流派が抱いている危惧はそれである。それは単に米国と同盟国との関係を危うくするだけでなく、米国民主主義の危機でさえある。米国ではないが、歴史上も初めは道化師のように現れた独裁者の例はある。

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トランプ氏が大統領になれば「独裁者」が誕生し「米国民主主義の危機」に陥ると伊奈編集委員は言いたいのだろう。その可能性はゼロではない。しかし、「独裁者」扱いをするならば、根拠をきちんと示すべきだ。少なくとも現状では、トランプ氏は共和党の候補者選びのルールに則って大統領を目指している。

例えばトランプ氏が「自分が大統領になったら議会は廃止するし、メディアの大統領批判も禁止する」などと発言しているのであれば「独裁者」「米国民主主義の危機」といった言葉を使っていても納得できる。しかし、記事には「トランプ大統領=独裁者」と断定できるような説明が見当たらない。


◎クリントン氏と日本はなじむ?

以前、小欄に日本は歴史的、地理的および人間関係からも、共和党に近い国だと書いたことがあるが、今回ばかりはそうはいえない。日本が価値観を共有してきた共和党主流派はほとんどが反トランプだからだ。トランプ氏と日本はなじまない

にもかかわらず、米大統領選挙に対する日本国内の危機感がいまひとつ切実でないとすれば、民主党にヒラリー・クリントン候補がいるからである。

クリントン政権、オバマ政権と長い間ワシントンにいて飽きられているから、こちらもそれほど強いわけではない。それでもトランプ氏のような排外主義者を大統領に選ぶかとなれば、米国は最後の瞬間でとどまると、日本をはじめ、同盟国は期待する。

共和党重鎮で日本になじみ深いアーミテージ元米国務副長官は、トランプ対クリントンの戦いになれば、クリントン氏に投票すると本紙記者に答えた。

日本や西側同盟国だけでなく、共和党主流派も、特に外交安保グループはクリントン支持に転じるのだろう。もしクリントン大統領という結果ならば、クリスマスプレゼントのたとえに戻れば、「これが本当に欲しかった」と自信を持って語れる

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「日本は共和党に近い国」→「共和党主流派は反トランプ」→「トランプ氏と日本はなじまない」という関係が成り立つのであれば、クリントン氏も同じだろう。共和党主流派が「親クリントン」だとは思えない。伊奈編集委員が書いているように「トランプ氏よりはクリントン氏」となるのは分かる。その場合、「どちらも日本になじまないが、よりなじまないのがトランプ氏」となりそうに思える。

なのに「もしクリントン大統領という結果ならば、クリスマスプレゼントのたとえに戻れば、『これが本当に欲しかった』と自信を持って語れる」のか。クリスマスプレゼントの例えで言えば「『これが本当に欲しかった』とは言えないが、最悪の結果は避けられた」といったところだろう。


◎トランプ大統領を「褒め殺し」?

【日経の記事】

仮に、トランプ候補が勝利した場合、重要なのが、褒め殺しである。新大統領を批判してわざわざ関係を悪くする必要はない。

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トランプ候補が勝利した場合、重要なのが、褒め殺し」だと伊奈編集委員は考えているようだが、これは奇妙だ。まず「これからは統治モード」との期待に対して「(トランプ氏は)自前のカネで選挙をしているから、他人のいうことを聞く必要がないと思っている。はなっから大化けする気などないと映る」と否定したのは伊奈編集委員自身だ。だったら「褒め殺し」も効果は期待できないだろう。

そもそも「新大統領を批判してわざわざ関係を悪くする必要はない」と思うのならば「褒め殺し」はまずいだろう。「褒め殺し」とは「いやみになるほどほめ立てること。必要以上にほめちぎることで、かえって相手をひやかしたりけなしたりすること」だ。そんなやり方で相手との関係が良くなるはずもない。


◎「米大統領選挙の結果」は確定?

ただ言うは易し行うは難しである。トランプ政権下の世界は、超大国の米国が国際社会から孤立する危険が高い。中東、中国、ロシア政策に米国が孤立主義をとれば、世界の安全保障は重心を失う。

その場合、各国はどう対応するか。対米協調の形で続けてきた安全保障協力のあり方を見直さなければならない場面さえ予想される。世界的な軍拡にもつながる。

米国民がトランプ候補を選ぶことになれば、トランプの米国とG7の他の国との間に価値観の溝が生じる結果になる。それでも、クリスマスプレゼントとして「もともとこれが欲しかった」といわねばならないのか。今回の米大統領選挙の結果は、いつになく深刻である

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今回の米大統領選挙の結果は、いつになく深刻である」と書くと、既に大統領選挙の結果が出ているような印象を受ける。「もしクリントン大統領という結果ならば、クリスマスプレゼントのたとえに戻れば、『これが本当に欲しかった』と自信を持って語れる」と伊奈編集委員が思っているのならば、結果が深刻かどうかは現時点で分からないはずだ。

記事の最後になって「それでも、クリスマスプレゼントとして『もともとこれが欲しかった』といわねばならないのか」と問いかけているのも解せない。この件に関しては「仮に、トランプ候補が勝利した場合、重要なのが、褒め殺しである。新大統領を批判してわざわざ関係を悪くする必要はない」と伊奈編集委員自身が記事中で結論を出している。ならば「もともとこれが欲しかった」と言うしかないはずだ。

伊奈編集委員の言いたかったことを推測して改善例を示してみる。

【改善例】

米国民がトランプ候補を選ぶことになれば、トランプの米国とG7の他の国との間に価値観の溝が生じる。それでも、クリスマスプレゼントとして「もともとこれが欲しかった」と言うしかない。そう考えると、今回の米大統領選挙の持つ意味はいつになく重い。

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記事の完成度から判断すると、伊奈編集委員は書き手としての引退を真剣に考える時期に入っている。そう感じている日経の関係者も少なくない。だが、引導を渡す人も、記事にきちんと注文を付ける人も社内にはいないのだろう。


※記事の評価はD(問題あり)。伊奈久喜特別編集委員への評価もDを維持する。

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