2017年11月8日水曜日

今の日本は「自由貿易体制」? 東洋経済にも見える誤解

日本の現状を「自由貿易体制」だと捉えている記事をたまに目にする。「自由貿易の実現を目指す体制=自由貿易体制」などと定義すれば成り立つが、ちょっと無理がある。週刊東洋経済11月11日号の「ミスターWHOの少数異見~財源論なき政策論議で盛り上がり欠いた総選挙」でも堂々と「わが国は自由貿易体制を堅持するほかはない」と書いていた。記事の一部を見てみよう。
天ケ瀬温泉(大分県日田市)
      ※写真と本文は無関係です

【東洋経済の記事】

総選挙は与党(自民党、公明党)の大勝で終わった。投票率は53.68%と戦後下から2番目だった。要するに盛り上がらなかったのである。それはなぜか。

希望の党の失速もあるが、選挙が盛り上がらなかった最大の要因は、政策の対立軸が不鮮明であった、もしくは野党がうまく対立軸を構想、設定できなかったことではないか。

順に考えてみよう。まず外交・安全保障であるが、現実の世界情勢を踏まえると、日米安保条約を基本とする以外の選択肢がありえようか。つまり外交・安全保障については争いようがないのである。これは欧米の先進国も同様であって、何も不思議なことではない。

通商政策については、わが国は自由貿易体制を堅持するほかはない。近代の工業社会に必要な化石燃料をほぼ産しない以上、自国ファースト主義は取りえないのだ。世界の先進国の中で自由貿易の恩恵を最も受けているのは実はわが国なのだ。

◇   ◇   ◇

自由貿易」が「国家が輸出入品の禁止・制限、関税賦課・為替管理・輸出奨励金などの規制、および保護・奨励を加えない貿易」(デジタル大辞泉)という意味ならば、日本の現状が「自由貿易体制」でないのは明らかだ。多くの商品に当たり前のように関税がかかる。「規制」も山のようにある。

記事の筆者である「ウーミン」氏は「通商政策については、わが国は自由貿易体制を堅持するほかはない」「自由貿易の恩恵を最も受けているのは実はわが国なのだ」と主張する。ならば話は簡単だ。TPPなど参加する必要はない。既に「自由貿易」は実現できていて、あとはその体制を「堅持する」だけでいい。だが、本当にそうだろうか。
鳥栖プレミアム・アウトレット(佐賀県鳥栖市)
            ※写真と本文は無関係です

ついでに言うと、「外交・安全保障」についても思考停止が過ぎる。「現実の世界情勢を踏まえると、日米安保条約を基本とする以外の選択肢がありえようか。つまり外交・安全保障については争いようがないのである。これは欧米の先進国も同様であって、何も不思議なことではない」と「ウーミン」氏は言い切っている。しかし、「欧米の先進国も同様」とは言い切れない。

日米安保条約を基本とする以外の選択肢がありえようか」というのは「米国との同盟関係を基本とする以外の選択肢はない」との意味だろう。これを「欧米の先進国」にも当てはめられるだろうか。まず「」に当てはめても意味がない。米国が米国の同盟国にはなれないからだ。

では「欧州の先進国」はどうか。これも他に選択肢がないとは言えない。スイスとオーストリアは永世中立国なので米国の同盟国ではない。「欧米の先進国も同様」との前提自体が誤りだ。

日米安保条約を基本とする以外の選択肢」はあると考えるべきだ。「現実の世界情勢」の中で米国の同盟国でないのはスイスやオーストリアに限らない。そして、「米国の同盟国ではない=自国防衛が困難」と言える状況でもない。日本の場合は米国の同盟国であるが故に北朝鮮に敵視されている面もある。安全保障の「選択肢」については、固定観念に囚われず幅広く検討していくべきだ。


※今回取り上げた特集「ミスターWHOの少数異見~財源論なき政策論議で盛り上がり欠いた総選挙

※記事の評価はD(問題あり)。

2017年11月7日火曜日

週刊ダイヤモンド特集「外食チェーン全格付け」に注文

週刊ダイヤモンド11月11日号の特集「味から儲けの仕組みまで 外食チェーン全格付け」に関して、引っかかった点をさらに述べてみたい。まずは「Part 1~寿司&肉 『早い! 安い! 旨い!』の裏側」の最初に出てくる「高原価率をIT化でカバー 装置産業化する回転寿司」という記事の役に立たない情報から見ていこう。
大分県日田市の三隈川(筑後川)
       ※写真と本文は無関係です

【ダイヤモンドの記事】

ところで、消費者は何を基準に店を選べばいいのか。『回転寿司の経営学』の著者である米川伸生氏によれば、店の実力を測ることのできるネタはマグロとタイ、ハマチ。これらがまずい店は「避けた方が無難」。仕入れる力の有無、ネタの品質にこだわっているかが如実に表れるのだ。



◎店選びの参考になる?

店の実力を測ることのできるネタはマグロとタイ、ハマチ。これらがまずい店は『避けた方が無難』」という情報を得て「なるほど。今後の店選びの参考にしよう」と思えるだろうか。「マグロとタイ、ハマチ」がまずい店は「避けた方が無難」ではなく、絶対に避けた方がいい。改めて言われるまでもない。

この書き方だと「米川伸生氏」が愚か者に見える。実際にそうなのか、ダイヤモンドの書き方に問題があるのかは分からないが…。

次は「Part2~隣の客イタダキマス! 新勢力の面取り合戦」の最初に出てくる「ビジネスマンの財布に狙いを定めた麺系たちの一等地争奪戦」を取り上げる。


【ダイヤモンドの記事】

幸楽苑は1954年に福島県会津若松市に開店した食堂が起源で、北海道から広島県まで約550店を展開。看板商品は390円(税込み421円)の「中華そば」で、2015年に290円から値上げした。この老舗ラーメン大手を苦境に追い込んだのが、日高屋を展開するハイデイ日高である。看板商品は同じく390円の「中華そば」だが、こちらは税込みだ。

さいたま市大宮区に73年に開店した中華料理店を祖業とするハイデイ日高の店舗数は、首都圏を中心に約380店。歴史の長い幸楽苑に差をつけられている。

ところが16年度の決算で、幸楽苑の売上高が前年度比1.0%減の378億円だったのに対して、ハイデイ日高は同4.7%増の385億円と逆転したのである。営業利益も幸楽苑の1.4億円に対して、ハイデイ日高は45億円と、収益力の差を見せつけた。

売上高に占める原価率は、幸楽苑が27.0%でハイデイ日高は27.7%とそれほど差がない。本誌アンケート調査の顧客総合満足率でも、幸楽苑は38.3%、日高屋は38.1%と、ほぼ互角だ。

似たような低価格ラーメンを手掛ける業態でありながら、明暗を分けたものは何か。鍵を握るのは、出店戦略の差である

日高屋がこだわってきたのは、駅前への出店。見本となったのは、かつて駅前で当たり前の存在だったラーメンやおでんの屋台である。

屋台が終電近くまでビジネスマンでにぎわう光景を見た日高屋創業者の神田正会長は、「今後、駅前の屋台は時代の流れとともになくなっていくだろう。ならば、屋台の代用になる店をやろう」と考えた。だから、日高屋は駅前を重点的に攻め、屋台の代用となるべく当初からアルコール飲料の販売を前提としていたのだ。

一方、幸楽苑は郊外のロードサイドや商業施設を中心に出店してきた。店舗の9割以上に駐車場を備える徹底ぶりだが、車での来店客にはアルコール販売が見込めないという弱点があった。

この違いが、日高屋の売上高を押し上げた。ハイデイ日高の売上高に占めるアルコール飲料比率は、ビールのおいしい季節である夏場には約17%に達する。通常のラーメンチェーンの3~4%と比較すると、頭一つ抜けている。


◎ハイデイ日高が幸楽苑を追い込んだ?

この老舗ラーメン大手(幸楽苑)を苦境に追い込んだのが、日高屋を展開するハイデイ日高である」と書いているが、続きを読むと話が違ってくる。「日高屋がこだわってきたのは、駅前への出店」で「幸楽苑は郊外のロードサイドや商業施設を中心に出店してきた」。だとすれば、直接的に競合するわけではない。両社が「似たような低価格ラーメンを手掛ける業態でありながら、明暗を分けた」としても、それを「ハイデイ日高が幸楽苑を苦境に追い込んだ」と分析するのは無理がある。
キリンビール福岡工場(朝倉市)のコスモス
           ※写真と本文は無関係です

明暗を分けた要因として「鍵を握るのは、出店戦略の差である」と記事では解説するが、これも分析が甘い。例えば、両社ともに当初はロードサイドに店を出していたのに、最近になってハイデイ日高が駅前出店に切り替えて業績を伸ばしてきたのならば、明暗が分かれた理由を「出店戦略の差」に求めるのも分かる。

だが、ずっと前から両社の「出店戦略の差」はあったはずだ。なのに、なぜここにきて明暗を分ける展開になっているのか。そこを考えてほしかった。


※今回取り上げた特集「味から儲けの仕組みまで 外食チェーン全格付け
http://dw.diamond.ne.jp/articles/-/21750

※特集への評価はC(平均的)。特集の担当者への評価は以下の通りとする。

山本 輝記者(暫定D→暫定C)
臼井真粧美副編集長(暫定D→暫定C)
大矢博之記者(D→C)
小島健志記者(D→C)

※今回の特集に関しては以下の投稿も参照してほしい。

週刊ダイヤモンド外食格付け「160チェーン」の選定基準は?
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/11/160.html

2017年11月6日月曜日

年金に関する誤解が見える日経 大林尚上級論説委員「核心」

「日本経済新聞の大林尚上級論説委員に記事を書かせるのはやめた方がいい」とこれまでも訴えてきた。6日朝刊オピニオン面に載った「核心~タダより高いものはない もつか、全世代の社会保障」という記事を読んでも、低評価は揺らがない。年金は大林論説委員の専門分野のはずだが、基礎的な知識が欠けたまま記事を書いている可能性が高い。今回の記事に関する問い合わせを日経に送ったので、その内容を紹介したい。
キリンビール福岡工場(朝倉市)のコスモス
        ※写真と本文は無関係です

【日経への問い合わせ】 

日本経済新聞社 上級論説委員 大林尚様

6日朝刊オピニオン面の「核心~タダより高いものはない もつか、全世代の社会保障」という記事についてお尋ねします。大林様は記事の中で「物価・賃金の下落率が一定幅を超えたときも年金の名目額を減らさない制度の特例は見直すべきだと一貫して主張しているのは、日本総合研究所の西沢和彦主席研究員だ」と述べています。

物価・賃金の下落率が一定幅を超えたときも年金の名目額を減らさない制度の特例」というのは本当に存在するのでしょうか。2017年度の年金額改定に関する厚生労働省のニュースリリースには「法律上、物価変動率、名目手取り賃金変動率がともにマイナスで、名目手取り賃金変動率が物価変動率を下回る場合、年金を受給し始める際の年金額(新規裁定年金)、受給中の年金額(既裁定年金)ともに、物価変動率によって改定することとされています」と書いてあります。実際に同年度の年金額は0.1%の減額となりました。

推測ですが、西沢氏が主張しているのは「マクロ経済スライドの名目下限措置の廃止」ではありませんか。物価上昇率が低く、スライド率を下回る場合、名目額が前年度を下回らない仕組みにはなっています。しかし、これは「物価・賃金の下落率が一定幅を超えたときも年金の名目額を減らさない制度の特例」ではありません。

記事の説明は誤りと考えてよいのでしょうか。問題ないとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。

10月14日の「17衆院選~全世代よりメリハリの社会保障に」という社説にも「現在、年金は消費者物価の下落時に名目額を減らさないようにしているが、物価連動の原則に照らせばこれはおかしい」との記述がありました。「年金は消費者物価の下落時に名目額を減らさないようにしている」との説明も今回の「核心」と同様に誤りだと思えます。状況から考えて、この社説を書いたのも大林様ではありませんか。社説に関しても問い合わせを送りましたが、回答は得られていません。

御紙では、読者からの間違い指摘を無視する対応が当たり前になっています。クオリティージャーナリズムを標榜する新聞社として、掲げた旗に恥じぬ行動を心掛けてください。

◇   ◇   ◇


※今回取り上げた記事「核心~タダより高いものはない もつか、全世代の社会保障
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20171106&ng=DGKKZO23057640S7A101C1TCR000


※記事の評価はD(問題あり)。大林尚上級論説委員への評価はF(根本的な欠陥あり)を維持する。大林氏については以下の投稿も参照してほしい。

日経 大林尚編集委員への疑問(1) 「核心」について
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_72.html

日経 大林尚編集委員への疑問(2) 「核心」について
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_53.html

日経 大林尚編集委員への疑問(3) 「景気指標」について
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/07/blog-post.html

なぜ大林尚編集委員? 日経「試練のユーロ、もがく欧州」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/07/blog-post_8.html

単なる出張報告? 日経 大林尚編集委員「核心」への失望
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/10/blog-post_13.html

日経 大林尚編集委員へ助言 「カルテル捨てたOPEC」(1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/12/blog-post_16.html

日経 大林尚編集委員へ助言 「カルテル捨てたOPEC」(2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/12/blog-post_17.html

日経 大林尚編集委員へ助言 「カルテル捨てたOPEC」(3)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/12/blog-post_33.html

まさに紙面の無駄遣い 日経 大林尚欧州総局長の「核心」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/04/blog-post_18.html

「英EU離脱」で日経 大林尚欧州総局長が見せた事実誤認
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/06/blog-post_25.html

「英米」に関する日経 大林尚欧州総局長の不可解な説明
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/03/blog-post_60.html

過去は変更可能? 日経 大林尚上級論説委員の奇妙な解説
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/08/blog-post_14.html

2017年11月5日日曜日

週刊ダイヤモンド外食格付け「160チェーン」の選定基準は?

週刊ダイヤモンド11月11日号の特集「味から儲けの仕組みまで 外食チェーン全格付け」は悪い出来ではない。160の外食チェーンを格付けするのも、かなりの労力を要したはずだ。その頑張りは評価したい。ただ、いくつか気になる点があった。最も引っかかったのは、対象となる160のチェーンをどうやって選んだのかだ。
だんごあん(福岡県朝倉市)
       ※写真と本文は無関係です

記事では「『外食店でおなかを満たすだけでなく、そのビジネスモデルまで丸ごと堪能したい』。そんなビジネスパーソンの声にお応えして、主要外食160チェーンの“グルメガイド”を初めて作成した」と書いているだけで、どういう基準で160チェーンに絞り込んだのか説明がない。特集に付けた「表の見方」でも、その点に触れていない。

例えば、「ラーメン・中華」では「めん六や・めん太郎」「一風堂」「大阪王将」「餃子の王将」「味千拉麺」「一刻魁堂」「くるまやラーメン」「幸楽苑」「スガキヤラーメン」「天下一品」「どさん子」「日高屋」「8番らーめん」「丸源ラーメン」「山小屋」「らあめん花月嵐」「ラーメン山岡家」「来来亭」「リンガーハット」の19チェーン(「めん六や・めん太郎」は「うどん・そば」にも分類)を格付けしている。

店舗数の多いチェーンを漏らさないようにしているのは分かる。だが、例えば「一蘭」のように有名でも抜けているチェーンがある。ダイヤモンドの選定基準に問題があるとは言わない。だが、どういう基準で選んだのかは、はっきりさせてほしい。

ついでに言うと、個人的に興味があって「レストラン」「高級レストラン」の業態で「サンマルク」「あさくま」を探したが見当たらなかった(「サンマルクカフェ」は「カフェ・喫茶・甘味」に出てくる)。「あさくま」は「肉系ファストフード・レストラン」でかなとも思ったが、やはりない。どちらのチェーンも店舗数はそこそこあるのに、なぜか格付け対象から外れている。やはり気になる。


※今回取り上げた特集「味から儲けの仕組みまで 外食チェーン全格付け
http://dw.diamond.ne.jp/articles/-/21750


※今回の特集に関しては以下の投稿も参照してほしい。

週刊ダイヤモンド特集「外食チェーン全格付け」に注文
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/11/blog-post_81.html

2017年11月4日土曜日

「いびつ」が見えぬ日経「ニッポンの革新力~いびつな起業小国」

4日の日本経済新聞朝刊1面に載った「ニッポンの革新力~活路はどこに(4)いびつな起業小国 マネー生かし新陳代謝」という記事には色々と疑問が湧いた。取材班は日本の現状を「いびつな起業小国」と表現するが、どうも説得力がない。
常盤高校(北九州市)※写真と本文は無関係です

まずは最初の事例を見ていく。

【日経の記事】

「米テスラを超えてみせますよ」。電気自動車(EV)を開発するGLM(京都市)の小間裕康社長の野心的な計画に128億円を投じたのは、香港の投資会社オーラックスホールディングスだった。今年8月のことだ。

 想定価格4000万円の超高級スポーツEVを開発するGLMは、2010年設立の京都大学発のスタートアップ。海外の大手自動車メーカーも資本参加に意欲を示した気鋭の新興企業だが、日本勢の反応は鈍かった。「投資提案はせいぜい数十億円。投資判断も遅かった」(小間社長)



◎香港の投資会社の判断が正しい?

電気自動車(EV)を開発するGLM(京都市)の小間裕康社長の野心的な計画に128億円を投じた」香港の投資会社の判断が正しくて、「投資提案はせいぜい数十億円。投資判断も遅かった」日本勢は的確に行動できなかったとの前提を感じる。そうかもしれないが、記事にはそれを裏付ける根拠が見当たらない。

EVは大手自動車メーカーも力を入れており、それほど画期的ではない。「4000万円の超高級スポーツEV」にも大した驚きはない。また、価格から考えて市場規模は非常に小さいはずだ。なのに買収金額は「数十億円」より「128億円」が適正だと取材班が考えているのならば、その根拠を示してほしかった。

次に移ろう。

【日経の記事】

いつの時代も、イノベーション(革新)は常識やしがらみにとらわれない新興勢力がけん引する。革新力の衰えを自覚する日本の産業界でも「オープンイノベーション」を掛け声にスタートアップとの連携が広がるが、どうもちぐはぐだ。大企業がスタートアップを買収せず、少額出資を繰り返すばかりなのだ

米グーグルは01年以降に約200社、月1社のペースでスタートアップを含む企業を買収してきた。事業を売った起業家は新たなスタートアップの担い手となる。テスラを率いるイーロン・マスク氏は24歳の時に起業したソフト会社を大企業に売却した。得た資金で設立した次の会社を起点に「シリアルアントレプレナー(連続起業家)」の道を歩んでいる。


◎少額出資はなぜ「ちぐはぐ」?

大企業がスタートアップを買収せず、少額出資を繰り返すばかり」だとして、それがなぜ「ちぐはぐ」なのか。例えば「スタートアップに資金を入れるならば経営権を握らなければ意味がない」と大企業が考えているのに「少額出資を繰り返す」としたら、「ちぐはぐ」だ。だが、そうした話は出てこない。「少額出資」だと「オープンイノベーション」が実現できないとも考えにくい。
筑後川と耳納連山(福岡県久留米市)
            ※写真と本文は無関係です

大企業は「事業を売った起業家」が「新たなスタートアップの担い手となる」ことを期待して、資金を出すわけではない。「少額出資を繰り返すばかり」かどうかも疑問だが、仮にそうだとしても記事からは「ちぐはぐ」さが感じられない。

今回の記事で最も引っかかったのが以下のくだりだ。

【日経の記事】

日本の常識では、スタートアップは新規株式公開(IPO)で資金を手に入れる。創業者の晴れ舞台で、支え手のベンチャーキャピタル(VC)も潤う。だが小粒で上場した結果、手堅く利益を確保することに追われ、大きく成長しない例が多い。VCの投資回収の8割以上が大企業による買収である米国と対照的だ。



◎そんな常識ある?

日本の常識では、スタートアップは新規株式公開(IPO)で資金を手に入れる」と書いているのには驚いた。そんな常識が本当にあるのか。百歩譲ってあるとしても「スタートアップ」の段階で上場に辿り着ける会社はごくわずかだろう。
鳥栖プレミアム・アウトレット(佐賀県鳥栖市)
            ※写真と本文は無関係です

スタートアップ」の経営者が資金調達を考える時に「自分たちはスタートアップだから、まず上場して資金を得なくては」と言い出したら、経営者としてはかなり危険な感じがする。

それに記事ではIPOによって「支え手のベンチャーキャピタル(VC)も潤う」と書いている。だったら、その企業はIPOの前にVCから「資金を手に入れ」ているはずだ。「スタートアップはIPOで資金を手に入れる」のが常識ではなかったのか。

米国との比較にも疑問が残る。まず「VCの投資回収の8割以上が大企業による買収である米国と対照的だ」と言うが、日本に関する具体的な数値がない。これでは「米国と対照的」かどうか判断できない。

さらに言えば、IPOによる投資回収がダメで、大企業に買収してもらって投資を回収するのが好ましいとの考えにも賛同できない。IPOだと「大きく成長しない例が多い」のに、大企業に買収してもらうと大きく成長する例が多くなるのか。だとしたら記事中でデータを示すべきだ。

取材班の主張が正しいのならば、上場基準を厳しくして十分に成長した段階でしか上場できないようにすればいい。それが好ましい姿だと本気で考えているのか。

記事には「いびつな起業小国」という見出しが付いている。しかし、今回は牽強付会ばかりが目立ち、「いびつ」さは伝わってこなかった。


※今回取り上げた記事「ニッポンの革新力~活路はどこに(4)いびつな起業小国 マネー生かし新陳代謝
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20171104&ng=DGKKZO23029360S7A101C1MM8000


※記事の評価はD(問題あり)

2017年11月3日金曜日

「個人は米国株の投資拡大」が怪しい日経ビジネスの記事

日経ビジネス11月6日号「時事深層 MARKET~16連騰の日本株より米国株 個人投資家が熱い視線」という記事によると、日本の個人投資家は「史上最長の16連騰を記録した日本株は売りに回りつつ、米国株への投資を拡大」しているという。だが、どうも怪しい。記事で「投資を拡大」の根拠に関わる部分を見てみよう。
ヒガンバナと耳納連山(福岡県久留米市)
      ※写真と本文は無関係です

【日経ビジネスの記事】

国内に目を転ずれば、10月に日経平均株価が過去最長の16連騰を記録するなど、日本株相場も米国に劣らず活況を呈している。しかし、個人投資家の多くは実は日本株の売りに回っている。東京証券取引所が毎週発表する投資部門別株式売買動向を見ると、10月の買いを主導したのは外国人投資家だ。個人投資家の動向は、新規買いより利益確定の売りが大きく上回っている。

一方で、米国株に関して日本の個人は旺盛な投資意欲を見せている。大和証券では、今年4~9月の米国株を含む外国株の売買代金が半期ベースで過去最高額を更新した。前年同期比では2倍の規模だ。ネット証券のSBI証券も、今年1~9月の米国株の売買代金が、前年同期比81%増となった。


◎売買代金が増えれば「投資拡大」?

上記の説明にはいくつか問題がある。「個人投資家の多くは実は日本株の売りに回っている」根拠としては、個人が売り越しとなっていることを挙げている。これはいい。一方、米国株については「大和証券」も「SBI証券」も「売買代金」を使っている。

相場上昇を受けて利食い売りが活発になった場合でも「売買代金」は膨らむ。「売買代金」が増えているからと言って「旺盛な投資意欲を見せている」とは断定できない。

さらに言えば、「大和証券」も「SBI証券」も「売買代金」が個人に限ったものではない。「大和証券」に至っては「米国株」の「売買代金」ではなく、「米国株を含む外国株の売買代金」だ。これでは、日本の個人投資家が米国株への投資を拡大しているのかどうかを判断する材料にはならない。

個人投資家を米国株へ誘導しようとする証券会社に乗せられて筆者の武田安恵記者は記事を書いてしまったのではないか。そう疑いたくなる内容だった。
日本経済大学(福岡県太宰府市)※写真と本文は無関係です

ついでに気になった点を2つ指摘しておく。

【日経ビジネスの記事】

保有する時価約500万円のアマゾン株の株価が決算発表後、10%以上も値上がりしたからだ。



◎「株価が値上がり」は重複表現

株価が値上がり」は重複表現だ。「アマゾン株の株価」にもダブり感がある。「アマゾンの株価が決算発表後、10%以上も上がったからだ」「アマゾン株が決算発表後、10%以上も値上がりしたからだ」などとした方がよい。

今回の記事には、意味のない繰り返しも見られた。


【日経ビジネスの記事(最初の段落)】

堅調な相場が続く米国株。日本の個人投資家の投資意欲も拡大している。米大手IT企業の世界での成長力に注目するほか、企業寄りとみられるトランプ政権の姿勢が背景だ。証券会社は手数料の値下げなどで取引拡大を狙うが、米株相場の「過熱」を指摘する声もある

【日経ビジネスの記事(最後の段落)】

史上最長の16連騰を記録した日本株は売りに回りつつ、米国株への投資を拡大する個人投資家。ただし、トランプ氏の当選以降、米国株は約3割値上がりした。「過熱」を指摘する声もある


◎同じことを2度書いても…

最初の段落は「これから、こういう話を書いていきますよ」というお知らせのようなものだ。2段落目以降で、詳しく読者に伝えていくことになる。米国株に関して「『過熱』を指摘する声もある」と最初に入れたのならば、その「」がどんなものか具体的に紹介すべきだ。なのに記事では「『過熱』を指摘する声もある」と繰り返しているだけだ。これは無駄だ。2回も「『過熱』を指摘する声もある」と読まされた挙句、どんな「」なのかは教えてもらえない読者の身になってほしい。


※今回取り上げた記事「時事深層 MARKET~16連騰の日本株より米国株 個人投資家が熱い視線
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/NBD/15/depth/103000800/?ST=pc


※記事の評価はD(問題あり)。武田安恵記者への評価はDで確定とする。

2017年11月2日木曜日

「入団拒否」の表現 日経はどう対応? 篠山正幸編集委員に問う

2日の日本経済新聞朝刊スポーツ面に載った「逆風順風~入団拒否と強行指名」という記事の冒頭で、筆者の篠山正幸編集委員は「ドラフトで指名された選手が入団しなかったときに『入団拒否』と表現するケースがみられるが、いかがなものか」と問題提起をしている。しかし、代わりにどう表現すべきかは述べていない。そもそも日経自身が「入団拒否」という言葉を何度も使っている。問題提起をするならば、まず自分たちの取り組みに触れるべきだ。
太刀洗レトロステーション(福岡県筑前町)
       ※写真と本文は無関係です

記事の当該部分は以下の通り。

【日経の記事】

ドラフトで指名された選手が入団しなかったときに「入団拒否」と表現するケースがみられるが、いかがなものか。アマチュア選手の側からすると、指名されたからといって入らねばならないという義理はない。

入団しなかったとしても、本人にその気がなかっただけかもしれないし、入団の条件が合わず、交渉が不調に終わっただけのことかもしれない。「拒否」という強い調子を持つ言葉を使うと、選手がわがままを言っているようにも聞こえるから、注意が必要だ


◎「いかがなものか」と言うならば…

「『拒否』という強い調子を持つ言葉を使うと、選手がわがままを言っているようにも聞こえるから、注意が必要だ」と言うだけで、具体的にどうすべきかは教えてくれない。また、篠山編集委員の属する日経の運動部がどう「注意」しているのかにも触れない。これは感心しない。

日経のスポーツ面で「入団拒否」という言葉を使っている例はいくつもある。共同通信の記事だけでなく自社の記事でも使っている。特に「注意」している様子も窺えない。「いかがなものか」と篠山編集委員が感じるならば、まずは日経の運動部内で議論したらどうか。「議論はしている」と言うのならば、結果としてどう「注意」しているのか記事で触れるべきだ。

ついでに記事の残りの部分にも触れておこう。

【日経の記事】

球団側による「強行指名」も、要注意の表現といえる。選手側が特定の球団以外はプロに行かないという意思を示しているにもかかわらず、その球団以外の球団が指名したときに「強行」といわれる。

だが逆指名制度などの特異なルールで行われる場合を除き、基本的にどの球団が誰を指名してもいいわけで、球団としては持てる権利を行使しただけのこと。たとえ横恋慕であれ、ふられるリスクを覚悟で指名するのは球団の自由だ。

記憶に新しい「強行指名」の例に2011年、日本ハムの菅野智之(当時東海大、現巨人)の指名がある。菅野は浪人の道を選び、1年後、巨人の指名を受けて入団した。

この逸材を1年間、野におく結果となった指名はプロ球界全体の損失でもあった。ブランクをものともせず、力を維持した菅野の精神力には感服するばかりで、むなしい1年の間に才能が立ち枯れる恐れもないわけではなかった。

しかし、だからといって、アマチュア選手の意向を忖度(そんたく)しないのはけしからん、となると、ドラフト制度の形骸化につながりかねず、これまた問題となる。

今年一番の目玉、清宮幸太郎(早実)を引き当てたのは日本ハムだった。菅野やメジャー志向の強かった大谷翔平(岩手・花巻東)を指名してきた球団は、その年のナンバーワン選手の獲得を目指す、という姿勢を通してきた。

「当たり」はもちろん偶然の産物。だが毎年リスクを負って賭け続けてきたからこその当たり、ともいえた


◎「強行指名」も結局どうする?

球団側による『強行指名』も、要注意の表現といえる」と言うものの、これもどう「注意」すべきかは教えてくれない。篠山編集委員は「日本ハムの菅野智之(当時東海大、現巨人)の指名」を普通に「強行指名」と表現している。このくだりを見ても、どう「注意」したのかは明確ではない。カギカッコを付ければ「注意」になるのだろうか…。
古賀病院21(福岡県久留米市)
        ※写真と本文は無関係です

結局、「入団拒否」「強行指名」という表現に関して問題提起をしただけで、答えを出すわけでもなく話は移っていく。

今度は「入団拒否」と「強行指名」について自説を述べるのかと思うと、「入団拒否」は「プロ球界全体の損失」にもなるが、「だからといって、アマチュア選手の意向を忖度(そんたく)しないのはけしからん、となると、ドラフト制度の形骸化につながりかねず、これまた問題となる」という、どっちつかずの話で終わってしまう。

そして最後は日本ハムの指名方針に話が移り「毎年リスクを負って賭け続けてきたからこその当たり、ともいえた」と記事を締めてしまう。

篠山編集委員の事情を推測すると「読者に訴えたいことは特にないけど、コラムの締め切りが迫ってきたから、仕方なく思い付くままに行数を埋めてみました」といったところか。今回のような内容ならば、わざわざ記事にする価値はない。


※今回取り上げた記事「逆風順風~入団拒否と強行指名
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20171102&ng=DGKKZO23024450S7A101C1UU8000


※記事の評価はD(問題あり)。篠山正幸編集委員への評価は暫定C(平均的)から暫定Dへ引き下げる。

日経 篠山正幸編集委員「レジェンドと張り合え」の無策
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/06/blog-post_10.html