2017年10月13日金曜日

センサーで排尿回数が減る? 日経「砂上の安心網」の問題点

「雑な取材でいい加減なことを書いているなぁ…」と思える記事が13日の日本経済新聞朝刊1面に載っていた。「砂上の安心網~未来との摩擦(2) 介護ロボ普及に障壁 変わらぬ予算・人員基準」という記事でまず引っかかったのが以下のくだりだ。
豪雨被害を受けた福岡県朝倉市 ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

「50%ですか。もうすぐトイレにお連れします」。東京都練馬区の有料老人ホーム「SOMPOケア ラヴィーレ鷺ノ宮」。介護福祉士の白石陽子さんが入居者の96歳女性にささやく。

「50%」はぼうこう内の尿の割合。下腹部につけたセンサー「DFree(ディーフリー)」が排尿を予測する。1日30回もトイレに行き、尿が出ない「不発」も頻繁だった女性。今は10回程度に減った


◎トイレの回数「減った」ではなく「減らした」?

ぼうこう内の尿の割合」を測る「センサー」を付けたら、「1日30回もトイレに行き、尿が出ない『不発』も頻繁だった女性」の排尿の回数が「10回程度に減った」という。これは奇妙だ。

センサー」には尿意を抑える効果はない。「96歳女性」が「トイレに行きたいけれど、センサーは尿の割合20%だと示しているから、今は行く必要がない」と判断できるとも考えにくい。「10回程度に減った」とすれば、「介護福祉士の白石陽子さん」の判断で「減らした」のだろう。

だとすると、別の問題が生じる。「トイレに行きたい」と訴える「96歳女性」に「今は尿がたまっていないから我慢してください」と告げる必要がある。認知症などの問題がある場合、「96歳女性」に合理的な判断は期待しにくい。トイレに行きたいとの要望を3回に2回は却下されれば、「96歳女性」には大きなストレスがかかりそうだ。

そもそも「まだ尿がたまっていないから我慢させる」という手法でよければ、センサーに頼らなくてもトイレの回数は簡単に減らせる。「1日30回」もトイレに行くのだから、起きている間は30分程度の間隔でトイレに行くはずだ。「最低でも1時間は間隔を空ける」などと基準を設定すれば、回数は大幅に減る。

記事には他にも問題がある。続きを見ていこう。

【日経の記事】

ロボット導入が進めば職員の負担は減る。市場規模は20年に約500億円、30年には約2600億円に伸びると国は試算。導入支援の補助金を出してきた。

それでも乗り気な事業者は一部。介護労働安定センター(東京)の調査では8割弱の事業所が未導入だ。

なぜか。一つはお金だ。同じ調査では「予算がない」と6割が答えた。介護業界は中小事業者が9割とされる。「効果が不明なのに投資する余裕はない」(都内の事業者)。冒頭のロベアも導入すれば初期は1台数千万円かかると見込まれ、製品化に至らなかった。


◎「効果が不明」?

記事では「広義の『介護ロボット』」として「DFree」を取り上げ、その「効果」を紹介している。その後で「ロボット導入」が進まない理由として「効果が不明なのに投資する余裕はない」というコメントを使うのは、話の流れに反する。「ロボット導入が進めば職員の負担は減る」と記事でも断言している。「都内の事業者」が「効果」を分かっていないのであれば、なぜそうなるのか描くべきだ。
九州北部豪雨で被害を受けた「三連水車の里あさくら」
              ※写真と本文は無関係です

ついでに言うと「乗り気な事業者は一部」だとしても、少な過ぎるとも思えない。「8割弱の事業所が未導入だ」ということは、裏返せば2割強が導入済みだ。

記事では「残念ながら夢のロボットは介護現場にはいない。現時点での最先端は、歩行器やセンサーなど移動、見守りといった機能別に高齢者を支える広義の『介護ロボット』だ」とも書いている。つまり、「物足りないロボット」しかいない段階でも2割以上の事業所は導入している。さらに「市場規模は20年に約500億円、30年には約2600億円に伸びると国は試算」しているらしい。これが正しければ、市場規模は10年で5倍以上になる。

記事の結びで取材班は「普及が遅れた先に待つのは、高齢者を支えるヒトはおろか、ロボットすらいない未来かもしれない」と嘆くが、「ロボットすらいない未来」は訪れそうもない。


※今回取り上げた記事「砂上の安心網未来との摩擦(2) 介護ロボ普及に障壁 変わらぬ予算・人員基準
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20171013&ng=DGKKZO22178290S7A011C1MM8000


※記事の評価はD(問題あり)。今回の連載に関しては以下の投稿も参照してほしい。

最後まで苦しい日経「砂上の安心網~未来との摩擦(3)」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/10/blog-post_14.html

2017年10月12日木曜日

「中所得国の罠」 アジアで克服は日韓のみ? 週刊エコノミストに問う

中所得国の罠」を回避できたアジアの国と言えば、どこを思い浮かべるだろうか。個人的には日本、韓国、シンガポールを挙げたい。ところが、週刊エコノミスト10月17日号の特集「まるわかり中国」の中に「この罠を克服して先進国入りした国は、アジアでは日本、そして韓国くらいしかない」という説明が出てきた。そこでエコノミスト編集部に問い合わせを送ってみた。内容は以下の通り。
豪雨被害を受けた福岡県朝倉市 ※写真と本文は無関係です


【エコノミストへの問い合わせ】

名古屋外国語大学教授 真家陽一様  週刊エコノミスト編集部 担当者様

10月17日号の特集「まるわかり中国」の中の「注目ポイント3 経済 1人当たりGDPが22年ぶり減少 『中所得国の罠』突破が最大の課題」という記事についてお尋ねします。記事には以下の記述があります。

中国がさらなる改革を推進する目的は、経済成長を持続可能にする体制を構築するためだ。しかし、その制約要因となるのが『中所得国の罠(わな)』の問題である。中所得国の罠とは、開発途上国が低賃金という優位性を生かして高成長を続け、中所得国の水準まで発展した後、人件費の水準が高まる一方で、産業の高度化が伴わず、国際競争力を失ってしまい、経済成長の停滞が続くという状態を指す。ブラジルや南アフリカなど世界の多くの開発途上国は中所得国の罠にはまっていると言われている。この罠を克服して先進国入りした国は、アジアでは日本、そして韓国くらいしかない

気になったのは「この罠を克服して先進国入りした国は、アジアでは日本、そして韓国くらいしかない」という部分です。記事では「国際通貨基金(IMF)によると、ドルベースでの中国の1人当たりGDPは、16年は8113ドル(約90万円)と既に中所得国の水準に入っている」との説明も出てくるので、真家様は1人当たりGDPをベースに「罠を克服して先進国入りした」かどうかを判断していると思われます。

そこで世界各国の1人当たりGDP(IMF調べ、2016年)を見ると、日本は22位、韓国は28位でした。一方、シンガポールは10位で日韓を上回っています。

また、内閣府の「世界経済の潮流 2013年II」という資料では「長期の高度成長を遂げたのちに中所得国の罠に陥った諸国としてアルゼンチン、ブラジル、チリ、マレーシア、メキシコ、タイ、安定成長を続けた諸国・地域として日本、アメリカ、韓国、香港、シンガポールを中国との比較対象に取り上げる」との記述もあり、シンガポールを「中所得国の罠にはまらなかった国」として取り上げています。

この罠を克服して先進国入りした国は、アジアでは日本、そして韓国くらいしかない」という記事中の説明は誤りではありませんか。シンガポールは「罠を克服」したアジアの国と言えるはずです。記事の説明で問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。

御誌では読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。日本を代表する経済メディアとして責任ある行動を心掛けてください。

◇   ◇   ◇

1人当たりGDPランキングの上位にはカタールも入っていて、これをどう評価するかは難しい。だが、シンガポールは日韓と同様に「罠を克服」したアジアの国に入れていいはずだ。
豪雨被害を受けた朝倉光陽高校(福岡県朝倉市)
           ※写真と本文は無関係です

ついでに、記事でもう1つ指摘しておく。

【エコノミストの記事】

気になるデータがある。国際通貨基金(IMF)によると、ドルベースでの中国の1人当たりGDPは、16年は8113ドル(約90万円)と既に中所得国の水準に入っている。しかし、前年の8167ドルから減少に転じた。これは人民元の為替レートが元安に転じたという要因が大きいものの、ドルベースでの1人当たりGDPが前年比で減少となったのは、中国政府が「外貨管理体制改革に関する公告」を施行し、対米ドル為替レートを名目で33%切り下げた1994年以来、22年ぶりのことだ。

人民元の為替レートは05年7月の「通貨バスケット制度を参考とした管理フロート制度」への移行以降、上昇基調で推移。経済成長とも相まって、1人当たりGDPは15年まで年平均14・8%という驚異的な伸びで増加してきた。

しかし、ここ数年は1人当たりGDPの伸び率が鈍化の一途をたどっている。中国はまさに今、「中所得国の罠を回避して先進国へと脱皮するのか」、あるいは「中所得国の罠にはまり開発途上国にとどまるのか」という分岐点に差し掛かかる重要なターニングポイントを迎えているのである。



◎16年は「減少に転じた」のなら…

気になったのは「ここ数年は1人当たりGDPの伸び率が鈍化の一途をたどっている」という説明だ。「ドルベースでの中国の1人当たりGDPは、16年は8113ドル」で「前年の8167ドルから減少に転じた」はずだ。だとしたら、もはや「伸び率が鈍化の一途をたどっている」状況ではない。この言い方は、低水準でも伸びが続いている時に使うべきだ。


※今回取り上げた記事「注目ポイント3 経済 1人当たりGDPが22年ぶり減少 『中所得国の罠』突破が最大の課題
http://mainichi.jp/economistdb/index.html?recno=Z20171017se1000000039000


※記事の評価はD(問題あり)。真家陽一 名古屋外国語大学教授への評価も暫定でDとする。

2017年10月11日水曜日

週刊ダイヤモンド鈴木洋子記者のヨイショ記事に注文

企業のヨイショ記事を書くなとは言わない。しかし、書くのならば「ヨイショに値する」と言える販売の好調さなどをきちんと見せてほしい。週刊ダイヤモンド10月14日号の「 Inside ~高級機種を“一掃”するか アイリスオーヤマの炊飯器」という記事では、それができていない。
豪雨被害を受けた福岡県朝倉市 ※写真と本文は無関係です

まず最初の段落を見てみよう。

【ダイヤモンドの記事】

家庭日用品メーカーのアイリスオーヤマが、「家電メーカー」として業界に殴り込みをかけている。今回の標的は炊飯器だ。昨年初めて発売した炊飯器が予想外に売れ家電関係者も“ダークホース”と警戒している。今年は昨年の3機種から一気に品ぞろえを拡大、計9機種を年末商戦に向け投入する。


◎具体的な売り上げは?

アイリスオーヤマの炊飯器がよく売れているという前提で記事を書いているものの、具体的な売上高は見当たらない。記事の最後の方に「今期の家電事業の売上高は730億円に達し~」とは出てくるが、「炊飯器」の数字ではない。「予想外に売れ、家電関係者も“ダークホース”と警戒している」と言うだけでは苦しい。誰の「予想」なのかも不明だ。

筆者の鈴木洋子記者がデータを持っているのならば記事に反映させるべきだし、データが得られなかったのならば「本当に好調なのかな?」と疑ってほしい。

アイリスオーヤマの強さに触れた部分にも問題を感じた。

【ダイヤモンドの記事】

同社が注目されるのは、低価格ながら通常は高級炊飯器にしかない機能を搭載しているからだ。

(中略)銘柄炊き機能は、通常では5万円以上の高級機種にしか付いていないのが業界の常識だった。3万円台の炊飯器にこうした機能を搭載できるのはなぜか。

まず同社が社内に精米事業部門を持ち、コメについての研究結果や知見が蓄積されているからだ。

もう一つが、同社の独特な商品開発手法にある。アイリスオーヤマ家電事業部の石垣達也統括事業部長は、「最初に店頭販売価格を決め、そこから導き出した原価の範囲で消費者にニーズが高く、現状の競合品にはない機能を絞り込む。いわば“引き算”の開発を行っている」と明かす。

例えば、近年高価格化が進む炊飯器だが、コストの多くがどんどん厚くなっている「釜」に集中している。一方で、消費者や量販店店員を対象としたテストでは、高級炊飯器が炊き上がりで高得点になるとは限らない、という結果が出ている。

釜を厚くし過ぎても意味はない。炊飯器全体のバランスを取ることが重要」(石垣部長)と、「釜」へのコストを削った結果、他社にない機能を盛り込むことができた


◎「釜の厚さ」以外は関係薄いような…

炊飯器の高価格化の原因は「」が厚くなっているからで、「釜を厚くし過ぎても意味はない」とすれば、「」のコストを抑えるだけで性能を落とさずに低価格化できる。本当に「意味はない」か怪しい気もするが、「低価格ながら通常は高級炊飯器にしかない機能を搭載している」理由の説明としては、これだけで十分だ。
九州北部豪雨後の筑後川(福岡県朝倉市)
    ※写真と本文は無関係です

コメについての研究結果や知見が蓄積されている」ことが直接的に低コスト化につながる訳ではないし、他のメーカーが「研究結果や知見」を蓄積していないとも考えにくい。

独特な商品開発手法」にも無理がある。「最初に店頭販売価格を決め、そこから導き出した原価の範囲で消費者にニーズが高く、現状の競合品にはない機能を絞り込む。いわば“引き算”の開発を行っている」としても、「独特」だとは思えない。むしろ、ありがちだ。「どのぐらいの価格で市場に出すのか」「他社とはどう差を付けるのか」を考えずに開発する方が珍しいだろう。

高めの価格にするならば、他社よりも付加価値を高める「足し算」になるし、低価格を追求するならば「引き算」になる。当たり前の話だ。

ついでに言うと「他社にない機能を盛り込むことができた」との説明もおかしい。「銘柄炊き機能」については、記事中で「通常では5万円以上の高級機種にしか付いていない」と書いている。つまり「他社にもある機能」だ。「3万円台の機種では他社にない機能」と言いたかったのかもしれないが、そうは書いていない。

最後の段落に移ろう。ここにも具体的数値の欠如が見られる。

【ダイヤモンドの記事】

すでに今期の家電事業の売上高は730億円に達し、規模では炊飯器大手の象印マホービンと並ぶほどに成長したアイリスオーヤマ。安かろう悪かろうではなく、自社の「十八番」と「引き算思考」を武器に、売上台数のシェアで「炊飯器メーカー」としてトップに躍り出る可能性が現実味を帯びてきている


◎具体的な今の「シェア」は?

売上台数のシェアで『炊飯器メーカー』としてトップに躍り出る可能性が現実味を帯びてきている」と鈴木記者は記事を締めているが、またしても具体的な数字はなし。アイリスオーヤマがどの程度のシェアを持っていて、直近でトップとどのぐらい離れているのかは最低でも欲しい。全く数字が見えない中で「現実味を帯びてきている」と言われても、説得力は乏しい。

ついでに言うと、今回の記事の見出しは「高級機種を“一掃”するか アイリスオーヤマの炊飯器」だった。この見出しを付けるならば、他社の「高級機種を“一掃”する」力がアイリスオーヤマにあるかどうかも論じるべきだ。これまた全く触れていない。


※今回取り上げた記事「 Inside ~高級機種を“一掃”するか アイリスオーヤマの炊飯器
http://dw.diamond.ne.jp/articles/-/21501


※記事の評価はD(問題あり)。鈴木洋子記者への評価はDで確定とする。鈴木記者に関しては以下の投稿も参照してほしい。

ソニーの例えが下手な週刊ダイヤモンド鈴木洋子記者
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/07/blog-post_19.html

2017年10月10日火曜日

「37年不況でブロック経済化」? 産経 松浦肇編集委員の誤解

1929年に始まった世界大恐慌を受けて「世界経済のブロック化」が進んだのだと思っていた。しかし、週刊ダイヤモンド10月14日号の「World Scope『from 米国』北朝鮮問題の深刻化で浮上する開戦シナリオ 1937年不況の再来?」という記事では、産経新聞の松浦肇編集委員が「37年不況で世界経済が縮小すると、『自国が第一』とばかりに世界経済はブロック化した」と解説している。
豪雨被害を受けた福岡県朝倉市 ※写真と本文は無関係です

色々と調べてみても「37年不況」がブロック経済化の起点とは思えなかったので、週刊ダイヤモンド編集部に問い合わせを送ってみた。記事の当該部分と併せて見ていこう。


【ダイヤモンドの記事】

37年不況で世界経済が縮小すると、「自国が第一」とばかりに世界経済はブロック化した。ブロック経済が第2次世界大戦の遠因になったことは誰でも知っており、北朝鮮問題をきっかけとした大国間の紛争シナリオが、米国民の恐怖心をあおるのだ。


【ダイヤモンドへの問い合わせ】

10月14日号の「World Scope『from 米国』北朝鮮問題の深刻化で浮上する開戦シナリオ 1937年不況の再来?」という記事についてお尋ねします。記事中に「37年不況で世界経済が縮小すると、『自国が第一』とばかりに世界経済はブロック化した」との記述があります。しかし「37年不況で世界経済が縮小」する以前に「世界経済はブロック化」していたのではありませんか。

例えば大辞林では、スターリングブロックの始まりとされる「オタワ協定」について「1932年、世界恐慌に対処するため、イギリス連邦がオタワで開いた経済会議で結んだ協定。連邦内の特恵関税と域外への保護関税を強め、市場の安定化をはかったが、伝統的自由貿易主義が放棄され、世界経済のブロック化を促進した」と説明しています。

米国のブロック経済化の端緒となった「スムート・ホーリー法」については毎日新聞に以下の解説があります。「1929年からの大恐慌を受けて、共和党のフーバー米大統領が翌年、国内産業を保護する目的で、輸入品への高関税政策を打ち出した根拠法。提案した2人の議員の名からそう呼ばれている。結果的には、世界恐慌は深刻化し、ブロック経済化が進み、第二次世界大戦の要因になったとされる
豪雨被害を受けた福岡県朝倉市 ※写真と本文は無関係です

こうした資料の内容が正しければ、米国や英国では1930年代前半にはブロック経済化していたことになります。「37年不況」をきっかけに「世界経済はブロック化した」という記事の説明は誤りではありませんか。正しいとすれば、その根拠も併せて教えてください。

御誌では読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。日本を代表する経済メディアとして責任ある行動を心掛けてください。

◇   ◇   ◇

記事では「29年に起こり33年ごろまで続いた世界大恐慌ののち、米経済はケインジアン的な政策で持ち直したが、36年に見切り発車で金融政策を引き締め、37年には財政も圧縮する」とも書いている。つまり、「29年に起こり33年ごろまで続いた世界大恐慌」ではブロック経済化が起きていなかったと松浦編集委員は認識しているのだろう。だが、常識的に考えれば「世界経済のブロック化」が起きたのは「37年不況」より前だと思える。


※今回取り上げた記事「World Scope『from 米国』北朝鮮問題の深刻化で浮上する開戦シナリオ 1937年不況の再来?
http://dw.diamond.ne.jp/articles/-/21494

※記事の評価はD(問題あり)。松浦肇編集委員への評価もDを据え置く。

2017年10月8日日曜日

これでニュース記事? 日経「ユニクロユー 3シーズン目に」

日本経済新聞の企業ニュース記事は総じてレベルが低い。中でもベタ記事は、ニュース記事としての体を成していないものが目立つ。7日の朝刊企業1面に載った「『ユニクロ ユー』3シーズン目に ルメール氏コラボ」という記事はその典型だ。
豪雨被害を受けたJR日田彦山線(大分県日田市)
           ※写真と本文は無関係です

記事の全文は以下の通り。

【日経の記事】

ファーストリテイリング傘下のユニクロは6日、元エルメスのデザイナー、クリストフ・ルメール氏が商品開発を主導した「ユニクロ ユー」の秋冬商品を本格発売した。縫い目のないニットのワンピースなどを提案する。新しい素材や縫製技術を採用し、次世代の洋服の形を提案する取り組みは今回が3シーズン目となる

目玉商品はホールガーメントで作り上げた商品群「3D U―Knit」。編み機大手の島精機製作所と設立した共同出資会社が手がける。縫い目のない立体的なシルエットが特徴で、女性用ワンピース3型のほかセーターやスカートを販売する。


◎何がニュース?

見出しから判断すると「ユニクロ ユー」が「3シーズン目」を迎えたことがニュースなのだろう。記事の書き出しからは「ユニクロ ユー」が「秋冬商品を本格発売した」ことがニュースだとも解釈できる。いずれにしても「どこにニュース性があるの?」と思ってしまう。記事を読む限り、「3シーズン目」に従来と大きく変えたところもなさそうだ。

付け加えると、何の説明もなしに「ホールガーメント」と出てくるのも苦しい。「縫い目のないニット」と関連があるのかもしれないが、記事からは判断できない。

記事を書いた記者も問題だが、企業報道部のデスクがそのまま紙面化してしまうのも怖い。完成度の低い記事に慣れ過ぎて感覚が麻痺しているのだろうか。


※今回取り上げた記事「『ユニクロ ユー』3シーズン目に ルメール氏コラボ
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20171007&ng=DGKKZO22022680X01C17A0TJ1000

※記事の評価はE(大いに問題あり)。

2017年10月7日土曜日

日経社説「増税凍結と原発ゼロだけでは無責任だ」の無責任

希望の党の公約は問題が多いとは思う。しかし、それを批判した7日の日本経済新聞朝刊の社説も問題ありだ。朝刊総合1面の「17衆院選 増税凍結と原発ゼロだけでは無責任だ」という社説の見出しを見ると、希望の党の公約は「増税凍結と原発ゼロだけ」で「無責任」なものとの印象を受ける。だが、むしろ日経の社説の方に「無責任」を感じてしまう。
鳥栖駅(佐賀県鳥栖市) ※写真と本文は無関係です

社説の一部を見ていこう。

【日経の社説】

希望の党が衆院選の公約を発表した。消費増税の凍結と原発ゼロを看板政策に掲げたが、新たな財源や代替電力をどうするかは詳しく説明していない。政権交代を目指す以上は、政策実現に向けた具体的な道筋や経済への影響をどう抑えていくのかも有権者にきちんと示す責任がある。

党代表の小池百合子東京都知事は6日に記者会見し「タブーに挑戦する気持ちで思い切った案を公約に盛り込んだ」と強調した。

公約は2019年10月に予定する消費増税について「一般国民に好景気の実感はない。消費税10%への増税は、一度立ち止まって考えるべきだ」と指摘した。

増税の前提として議員定数や報酬の削減、公共事業の見直しに言及。「300兆円もの大企業の内部留保への課税なども検討し、プライマリーバランス(基礎的財政収支)の改善を図る」とした。

国会や行政の「身を切る改革」は不断に取り組むべき課題だが、一般会計予算の3分の1を占める社会保障費の安定財源にはなり得ない。内部留保課税は企業が法人税を払って蓄積した資本への二重課税になり、経営の自主性や国際競争力を損なう恐れがある。


エネルギー政策は「30年までに原発ゼロを目指す」と明記し、発電に占める再生可能エネルギーの比率を30%まで向上させて省エネを徹底するとした。風力や太陽光は天候に左右される。コスト増による産業や家計への影響をどう抑え、地球温暖化対策といかに両立していくかも難しい課題だ。


◎「詳しく説明していない」としても…

新たな財源や代替電力をどうするかは詳しく説明していない」とは言えるかもしれない。だが、ある程度は説明している。「増税凍結と原発ゼロだけでは無責任だ」と批判するのは苦しい。
豪雨被害を受けた自動車(福岡県朝倉市)
         ※写真と本文は無関係です

日経が総合3面に載せた「希望 公約要旨」を見ると「消費増税の代替財源として、約300兆円もの大企業の内部留保への課税を検討する」と出ている。個人的には内部留保課税に反対だが、「新たな財源」については「ほぼ説明できている」と感じる。

原発ゼロ」の「代替電力」についても同様だ。日経の社説でも「エネルギー政策は『30年までに原発ゼロを目指す』と明記し、発電に占める再生可能エネルギーの比率を30%まで向上させて省エネを徹底するとした」と書いている。社説では「風力や太陽光は天候に左右される。コスト増による産業や家計への影響をどう抑え、地球温暖化対策といかに両立していくかも難しい課題だ」と続けており、その通りかもしれない。だからと言って、希望の党の公約を「原発ゼロだけでは無責任だ」と批判するのは無理がある。

そもそも現状で発電量の1%程度に過ぎない原子力発電をゼロにするのに「代替電力をどうするか」と考える必要があるのか疑問だ。人口が減少していく日本では電力需要も低下していくはずだ。「新規原発の建設をやめ、40年廃炉原則を徹底し『原発ゼロ』の30年までの実現を目指す」という希望の党の緩い公約に「代替電力」を求めるべきとも思えない。

希望の党への批判は大いにやってほしい。だが、今回の社説のような内容では困る。


※今回取り上げた社説「17衆院選 増税凍結と原発ゼロだけでは無責任だ
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20171007&ng=DGKKZO22021620W7A001C1EA1000


※社説の評価はD(問題あり)。

東芝メモリ売却の「教訓」に説得力がない週刊ダイヤモンド

週刊ダイヤモンド10月7日号の「DIAMOND REPORT~遅過ぎた決着 東芝メモリ売却 買い手が二転三転した理由と代償」という記事について問題点をさらに指摘したい。記事では「東芝メモリ売却の顛末を見てみると、幾つかの教訓が浮かび上がる」とした上で、「日本企業の共通課題が浮き彫りに」というタイトルの図で「東芝メモリの売却から得られる教訓」を3つ挙げている。これがどうも説得力に欠ける。
豪雨被害を受けた福岡県朝倉市 ※写真と本文は無関係です

記事では「最大の課題は、国が民間企業の売却交渉に介入することの限界だ」と書いているので、まずは3点のうち「国の民間介入は競争力を削ぐ」という項目を見ていこう。

【ダイヤモンドの記事】

高い買収額を提示した候補者が東芝メモリを買うのが市場原理。国の介入はそれをゆがめる。淘汰されるべき会社が残り、最適な買い手に事業が渡らない。



◎「日本企業の共通課題」?

まず、子会社売却に国が介入してくることが「日本企業の共通課題」と言えるのか。国が介入するケースが全体の過半に達するのならば「日本企業の共通課題」かもしれない。だが、そういう状況とは思えない。東芝はかなり特殊なケースに分類できるのではないか。

国の民間介入は競争力を削ぐ」という主張も納得できなかった。ここで言う競争力が「東芝メモリ」のことならば、「高い買収額を提示した候補者」に買われる方が競争力を高めるとは限らない。2兆1000億円で買収する企業の方が、2兆円で買収する企業よりも東芝メモリの競争力を高められると言える根拠はないと思える。

では、東芝本体はどうか。東芝が「淘汰されるべき会社」だとして、「淘汰される」と競争力が高まるという論理も理解できない。「淘汰される東芝が消滅する」という意味ならば、東芝そのものがなくなるのだから、東芝の競争力が高まるはずがない。

東芝メモリの売却に国が介入する必要はないとは思う。ただ、介入すると「競争力を削ぐ」とか、介入しなければ競争力が削がれないという話ではないだろう。

次に3番目の「東芝の決断力・ガバナンスに問題あり」という項目にも注文を付けたい。ここの説明には矛盾を感じた。

【ダイヤモンドの記事】

東芝役員が、銀行が推す日米連合に東芝メモリを売ろうとするグループとそれ以外に分裂。国と銀行に依存して意思決定能力を失った。



◎銀行はどっち側?

上記の説明だと銀行は「日米連合」への売却を求めていたと考えるほかない。しかし、別の図では銀行のところに「(日米連合でも日米韓連合でも)どっちでもいいから早く売って、金を返せ」という吹き出しが付いている。本文中にも「『どこでもいいから早く決めてほしい』と早期決着を求める主力行」と出てくる。辻褄が合っていない。
豪雨被害を受けた筑前岩屋駅(福岡県東峰村)
          ※写真と本文は無関係です

さらに言えば「東芝の決断力・ガバナンスに問題あり」は「日本企業の共通課題」とは言い難い。あくまで東芝の話だ。「国と銀行に依存して意思決定能力を失った」姿が日本企業に共通するとは考えにくい。そもそも、ほとんどの企業は経営危機に陥っても「」に依存できないはずだ。

結局、この記事は読むに値する中身になっていない。記事を担当した千本木啓文記者と村井令二記者には猛省を促したい。


※今回取り上げた記事「DIAMOND REPORT~遅過ぎた決着 東芝メモリ売却 買い手が二転三転した理由と代償
http://dw.diamond.ne.jp/articles/-/21428


※記事の評価はE(大いに問題あり)。千本木啓文記者への評価は暫定C(平均的)から暫定Eへ引き下げる。村井令二記者への評価はEで確定とする。今回の記事については以下の投稿も参照してほしい。

東芝メモリ買い手を「強盗と詐欺師」に見せる週刊ダイヤモンド
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/10/blog-post_2.html