2017年8月3日木曜日

週刊エコノミストで説明下手が目立つ関大介アイビー総研代表

週刊エコノミスト8月8日号の「Jリート 売りに回る投信や金融機関 分配金利回り上昇で『買い時』」という記事は色々と問題が目立った。筆者であるアイビー総研代表の関大介氏はリートに関して十分な知識があるとは思う。ただ、説明が上手くない。
豪雨被害を受けた福岡県朝倉市
      ※写真と本文は無関係です

エコノミスト編集部に問い合わせを送ったので、その内容を紹介したい。

【エコノミストへの問い合わせ】

週刊エコノミスト編集部 担当者様

御誌を定期購読している鹿毛と申します。

8月8日号の「Jリート 売りに回る投信や金融機関 分配金利回り上昇で『買い時』」(筆者はアイビー総研代表の関大介氏)という記事についてお尋ねします。関氏はJリートに関して「投資に当たっては基本的に利回りが高い方が望ましいが、極端に株価が安い銘柄は、増資の際に『投資口の希薄化』が起きる可能性がある」と説明しています。これを信じれば「株価(投資口価格)が極端に安い銘柄でない限り、『投資口の希薄化』が起きる可能性はない」と読み取れます。しかし、全ての銘柄は増資の際に「投資口の希薄化」の可能性から逃れられないはずです。記事の説明は不正確であり、厳しく言えば誤りだと思えます。御誌の見解を教えてください。

さらに何点か指摘させていただきます。

上記の記述の後の「Jリートは不動産を取得するための資金調達を増資によって賄う」との説明も不正確です。銀行からの借り入れなどで資金調達する場合も当然にあります。記事からはJリートの資金調達手段が「増資」に限られているとの印象を受けます。「Jリートは不動産を取得するための資金調達を増資によって賄う場合もある」などとすべきではありませんか。

次は以下の記述についてです。

「J-REIT(日本版不動産投資信託、Jリート)の58銘柄すべての分配金利回りが上昇している。全銘柄の単純平均利回りは7月14日時点で4.7%。東証1部で最も配当利回りが高い日産自動車(4.6%)を上回る。Jリートの利回りは2013年2月以来の高水準にあり、配当の確保を狙う投資家にとっては『買い時』と言える状況だ」

まず、「配当の確保を狙う投資家」についでは「分配金の確保を狙う投資家」とすべきではありませんか。記事中で「分配金利回り」という表現を用いているのですから、当該部分で「配当」と言い換える理由はないはずです。読者を混乱させる書き方だと思えます。


「58銘柄すべての分配金利回りが上昇している」というのがいつと比べているのか不明なのも気になりました。記事を読み進めても謎は解けません。これは困ります。「全銘柄の単純平均利回り」の数字が「7月14日時点」なのも感心しません。1週間後の7月21日時点の数値を入れることはできたはずです。なるべく新しい数値を盛り込むように努力してください。

また、リートの投資口価格を「株価」と表記したことも良しとしません。記事の最初の方で「投資口価格(株価)」と書いてはいます。ただ、「投資口価格=株価」ではありません。「投資口価格(株式での株価に相当)」などとするのが妥当でしょう。記事では「Jリートの株価」という表現を繰り返し用いています。これには大きな違和感がありました。「投資口価格」が用語として分かりにくいとの判断であれば、最初だけ「投資口価格(株式での株価に相当)」と表記して、後は「Jリートの価格」などとすれば問題ないはずです。

記事の最後には「株価と資産のバランスを測る指標としては、PBR(株価÷1口当たり出資額、株価純資産倍率)が参考になる」との説明まで出てきます。ここは「PBR」ではなく「NAV倍率」という用語を用いた方が好ましいでしょう。リートに関しては「NAV倍率」という言葉が広く用いられているので、「PBR」で覚えてしまうと混乱の元です。「株式で言うPBRがリートではNAV倍率だ」と、きちんと解説してあげるのが読者のためだと思えます。

長くなりましたが以上です。今後の誌面作りの参考にしていただければ幸いです。お忙しいところ恐縮ですが「投資口の希薄化」については回答をお願いします。


◇   ◇   ◇

回答はたぶんないだろう。

※今回取り上げた記事「Jリート 売りに回る投信や金融機関 分配金利回り上昇で『買い時』

※記事の評価はD(問題あり)。関大介アイビー総研代表への評価も暫定でDとする。

2017年8月2日水曜日

「3%前半」の範囲は? 週刊エコノミスト花谷美枝記者に問う

3.1%」は「3%前半に限りなく近い」と言えるだろうか。それとも「3%前半」に含まれると考えるべきか。大した問題ではないが、週刊エコノミスト8月8日号の「丸の内、八重洲の不動産異変」を読んでいて気になったので、編集部に問い合わせを送ってみた。ついでに記事中の重複表現にも言及している。内容は以下の通り。
九州北部豪雨後の筑前岩屋駅(福岡県東峰村)
           ※写真と本文は無関係です


【エコノミストへの問い合わせ】

週刊エコノミスト 花谷美枝様

御誌を定期購読している鹿毛と申します。

8月8日号の「丸の内、八重洲の不動産異変」という記事についてお尋ねします。記事には「(還元利回りが)3%前半に限りなく近い取引事例もある。森ヒルズリート投資法人が森ビルからの「虎ノ門ヒルズ森タワー」(港区)の取得を3月に発表した際の還元利回りは3.1%だった」との記述があります。「3%前半」(「3%台前半」との趣旨でしょう)は「3.0~3.5%」辺りを指すはずです。だとすると、「3.1%」は「3%前半に限りなく近い」というより「3%前半」そのものです。

「虎ノ門ヒルズ森タワー」に関して「3%前半に限りなく近い取引事例」とするのは誤りではありませんか。正しいとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。御誌では、読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。日本を代表する経済メディアとして責任ある行動を心掛けてください。

さらに、重複表現について指摘させていただきます。「値上がり」は「値段が上がること」という意味なので「地価の値上がり」「価格の値上がり」とするとダブり感が出てしまいます。今回の記事で言えば、以下のくだりです。

例1)不動産価格の上昇は、地価の値上がりによるところが大きい。 
※「土地の値上がり」とすれば問題は解消します。

例2)不動産価格の値上がりは天井に近付いているとの見方もある。 
※「価格の値上がり」にダブり感ありです。この場合、「値上がり」を省いて「不動産価格は天井に近付いているとの見方もある」とするのが良いでしょう。「天井に近付いている」場合、値上がり局面であるのは自明です。

以上です。記事作りの参考にしていただければ幸いです。お忙しいところ恐縮ですが、「3%前半に限りなく近い」に関しては回答をお願いします。

◇   ◇   ◇

回答は望み薄だが、あれば紹介したい。

※今回取り上げた記事「丸の内、八重洲の不動産異変

※記事の評価はD(問題あり)。花谷美枝記者への評価は暫定C(平均的)から暫定Dへ引き下げる。

追記)結局、回答はなかった。

2017年8月1日火曜日

肝心のJフロントに取材なし? 週刊ダイヤモンド岡田悟記者の怠慢

週刊ダイヤモンド8月5日号に「人事天命~J.フロント リテイリング 他社に先駆け相談役を廃止も功労者2人は任期満了まで留任」という記事が載っている。筆者である岡田悟記者の解説には基本的に同意できる。ただ、この話が出てきたのは3カ月も前だ。なのにJフロントの関係者に取材した形跡が窺えないのは感心しない。「3カ月も経ってから書くな」とは言わないが、長く間を置いて記事にするのならば、当然にハードルは上がってくる。
豪雨被害を受けたJR日田彦山線(大分県日田市)
           ※写真と本文は無関係です

記事の全文は以下の通り。

【ダイヤモンドの記事】

ガバナンス改革の一環で、相談役ポストを廃止する企業が出てきた。高齢で経営の一線を退いており、役割や責任は不明確だが、現役幹部の経営判断に影響を与える恐れがあると、主に外国人投資家から問題視されているためだ。

大丸松坂屋百貨店やパルコを擁するJ.フロント リテイリングも、今年5月の株主総会で廃止を決定。ただし、現相談役の奥田務(77歳。写真)、茶村俊一(71歳)両氏は任期満了まで残る

奥田氏は大丸出身で、2007年に実現した松坂屋との経営統合の立役者。J.フロント初代社長として、徹底した低コスト化と多角化で、現在のJ.フロントの基礎をつくり上げた。今も日本銀行参与を務めるなど「忙しそうに活躍されている」(金融業界関係者)。茶村氏も松坂屋最後のトップとして両社の融合に尽力した。

J.フロントは今年から、百貨店大手として初めて、指名委員会等設置会社に移行した。「脱百貨店」を掲げて構造改革を断行する同社だが、ガバナンスでも最先端を走っているというわけだ。

ただ、功労者2人を任期満了まで留任させたのは、余計な「忖度」のようにも映る。例えば、日清紡ホールディングスは、6月で相談役、顧問ポストを廃止し、現職者も退任させた。苦境に立つ百貨店業界のトップランナーとして、より強い覚悟を見せるべきではなかったか。


◎なぜJフロント関係者に取材しない?

「3カ月も経ってから記事にするのだから、せめてJフロント関係者のコメントを載せよう」と岡田記者は思わなかったのか。現経営陣でも奥田務氏でも茶村俊一氏でもいい。それが難しいのならば広報担当者でもいい。全て取材を断られたのならば、その事実を伝えるだけでもJフロントの企業体質が伝わってくるのに、なぜ岡田記者は動かなかったのか(動いたとしたら、なぜそれを記事に盛り込まなかったのか)。怠慢と言われても仕方がない。

功労者2人を任期満了まで留任させたのは、余計な『忖度』のようにも映る」と岡田記者は書いているが、「忖度」かどうかも明確ではない。奥田氏や茶村氏が任期途中での退任に激しく抵抗したから「功労者2人を任期満了まで留任させた」のかもしれない。

今回の「留任」は他のメディアでも批判的に報じられている。なのに「功労者2人」は任期満了まで相談役に残るようなので、「2人」の強い希望に沿う形で「任期満了まで留任させた」可能性は十分にある。そうした点をJフロント関係者に取材したいと岡田記者は思わないのか。だとしたら、経済記者としては問題意識がなさすぎる。


※今回取り上げた記事「人事天命~J.フロント リテイリング 他社に先駆け相談役を廃止も功労者2人は任期満了まで留任
http://dw.diamond.ne.jp/articles/-/20888


※記事の評価はD(問題あり)。岡田悟記者への評価はF(根本的な欠陥あり)を据え置く。岡田記者に関しては以下の投稿も参照してほしい。

週刊ダイヤモンドも誤解? ヤフー・ソニーの「おうちダイレクト」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/11/blog-post_4.html

こっそり「正しい説明」に転じた週刊ダイヤモンド岡田悟記者
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/08/blog-post_96.html

2017年7月31日月曜日

どこに「自己否定」? 日経 石鍋仁美編集委員「経営の視点」

看板に偽りありと言うべきだろう。31日の日本経済新聞朝刊企業面に載った「経営の視点~グリコ、おしゃれな『健康アイス』 自己否定からヒット商品」という記事は、肝心の「自己否定」が見当たらないし、「ヒット商品」かどうかも怪しい。石鍋仁美編集委員が書いた記事を見ながら、そうした点を検証したい。
九州北部豪雨で冠水した国道386号(福岡県朝倉市)
        ※写真と本文は無関係です。

【日経の記事】 

江崎グリコが今年発売したアイスクリーム「SUNAO(スナオ)」シリーズが売れている。特徴は低糖質と低カロリー。前身となる健康志向アイスに比べ売上高は倍増したそうだ

◎それで「ヒット」と言える?

江崎グリコが今年発売したアイスクリーム『SUNAO(スナオ)』」が「ヒット商品」かどうかを探る材料は「前身となる健康志向アイスに比べ売上高は倍増した」ことだけだ。この材料から「ヒット商品」だと結論付けられるだろうか。

まず、販売数量や販売金額には触れていない。「前身となる健康志向アイス」の販売が振るわなかった場合、リニューアルして売上高が「倍増」したとしても、「ヒット商品」と言えるような販売規模ではない可能性が十分にある。

また、リニューアルして広告宣伝などに力を入れれば、「前身となる」商品を上回る売り上げでスタートするのは当然だと思える。例えば、自動車でモデルチェンジした車種の発売直後の売り上げがモデルチェンジ直前の2倍になった時、それだけで「ヒット商品」誕生と断定できるのか。

結局、「スナオ=ヒット商品」と信じるべき根拠は見当たらない。

次に「自己否定」について検証しよう。

【日経の記事】

出発点は「アイスを食べる罪悪感、うしろめたさの払拭」だったと、開発を担当した健康事業・新規事業マーケティング部の原田祐輔氏は振り返る。

アイスクリームという商品の魅力のもとは砂糖の甘さとミルクのコクにある。新商品では、この2つを極力避けた。いわばアイスという商品の自己否定だ。砂糖は一切使わず、豆乳などを用いることで糖質は通常の半分、カロリーは3分の1に抑えた。

しかし、健康にいい食品でも、おいしく、おしゃれでなければ、広範な支持は得られない。脱脂濃縮乳など素材の工夫で後口のよい甘みとコクを確保。パッケージデザインも写真に撮り友人に自慢できる「インスタ映え」するものに一新。時には甘い物を素直に楽しもうという呼びかけに「スナオ」と名づけた。


◎これで「自己否定」?

スナオ」に関して「いわばアイスという商品の自己否定だ」と石鍋編集委員は述べている。だが、これは「前身となる健康志向アイス」と大差ない気がする。
九州北部豪雨後のJR日田彦山線の陸橋
(福岡県東峰村)※写真と本文は無関係です

否定したのは「砂糖の甘さとミルクのコク」で「砂糖は一切」使っていないという。ただ、砂糖不使用は前身の「カロリーコントロールアイス」も同じだ。「糖質は通常の半分」というのもほぼ同じ。カロリーも「80キロカロリー」で変わっていない。

ミルクのコク」についても「脱脂濃縮乳など素材の工夫で後口のよい甘みとコクを確保」しているのであれば、「アイスという商品の自己否定」とまでは言い切れない。「ミルク」は使っているし、「コク」も確保している。

ついでに言うと「パッケージデザインも写真に撮り友人に自慢できる『インスタ映え』するものに一新」という説明も引っかかった。個人的には、普通のカップ入りのアイスにしか見えない。これを多くの消費者が「『インスタ映え』する」と感じるのだろうか。

この記事には他にも引っかかる点があった。いくつか紹介しておこう。

【日経の記事】

第3に社内でのカニバリズム(共食い)をおそれなかったことも指摘できる。新商品を開発した新規事業部門は終始、既存のアイスクリーム部門に応援してもらったという。開発の中心となる原田氏が直前までアイス部門に在籍していたことがプラスに働いた。

既存部門と新規部門の関係がこじれると、うまくいくものもダメになる。実際には、スナオを置いた小売店ではアイス全体の売り上げが伸びた。共食いではなく市場が拡大したのだ。

◎「カニバリズム」心配の必要ある?

グリコのホームページで「カロリーコントロールアイス」を見ると「カロリーコントロールアイスは、SUNAOに生まれ変わりました」と出てくる。既存商品を新商品に置き換えるのだから「社内でのカニバリズム(共食い)をおそれなかったこと」は当然で、恐れる方が不思議だ。「カロリーコントロールアイス」と「スナオ」が同時に市場を奪い合うのならば話は別だが…。
九州北部豪雨で流されたJR久大本線の陸橋
    (大分県日田市)※写真と本文は無関係です

高齢化や人口減をただ嘆くのではなく、かといって安易に健康志向に乗るだけでもない。手のひらサイズのカップに、逆風下の経営への教訓が詰まっている」と石鍋編集委員は記事を締めている。だが、ヒットしているかどうか怪しい商品を乏しい根拠に基づいて持ち上げているようにしか見えなかった。


※今回取り上げた記事「経営の視点~グリコ、おしゃれな『健康アイス』 自己否定からヒット商品
http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20170731&ng=DGKKZO19439100Q7A730C1TJC000


※記事の評価はD(問題あり)。石鍋仁美編集委員への評価はC(平均的)からDへ引き下げる。石鍋編集委員については以下の投稿も参照してほしい。

「シェアリング」 日経 石鍋仁美編集委員の定義に抱いた疑問
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/02/blog-post_88.html

2017年7月30日日曜日

「脱時間給」で八代尚宏教授が愚か者に見える日経の記事

脱時間給」で日本経済新聞が頼りにしているのが「労働経済学が専門で、政府で規制改革推進会議委員を務める八代尚宏・昭和女子大学特命教授」。30日朝刊総合3面にも「休日確保義務は有効 八代尚宏・昭和女子大学特命教授に聞く」というインタビュー記事が出ている。
豪雨被害を受けたJR久大本線(大分県日田市)
          ※写真と本文は無関係です

ただ、八代教授の説明は辻褄が合っていない。記事が発言を正しく伝えているのならば、日経としては八代教授を使わない方がいい。「脱時間給」制度の必要性を認識してもらう妨げとなるだけだ。

問題のくだりを見ていこう。

【日経の記事】

――過重労働を助長するとの懸念がでています。

「労働時間短縮には残業時間に上限を設けるというやり方がある。だが、脱時間給の対象になる人たちは家に帰ってもアイデアを練り、仕事のための資料を点検する。こういった時間を労働とみるかどうかの境目は曖昧だ。残業上限を適用しても実効性が弱い

――連合が求めていた修正案をどう評価しますか。

「かなり筋が良い提案だった。現行案は365日働かせられる。労働の境目が曖昧だから連合案の『年104日以上』という休日確保の義務付けで過重労働を防げる。政府は連合の修正案を取り入れるべきだ」


◎休日にはアイデアを練らない?

脱時間給の対象になる人たちは家に帰ってもアイデアを練り、仕事のための資料を点検する」から「残業上限を適用しても実効性が弱い」という八代教授の主張を取りあえず受け入れてみよう。その場合、「『年104日以上』という休日確保の義務付けで過重労働を防げる」だろうか。
豪雨被害を受けた福岡県朝倉市
      ※写真と本文は無関係です

家に帰ってもアイデアを練り、仕事のための資料を点検する」人がいるとは思う。ただ、そういう人は休日も同様だと考える方が自然だ。「仕事がある日は帰ってからもアイデアを練るが休日には練らない」との前提は、あまりに不自然だ。

家に帰ってもアイデアを練り、仕事のための資料を点検する」から「残業上限を適用しても実効性が弱い」のならば、「過重労働」を防ぐ手立ては基本的にない。家の中で仕事のアイデアを考えている人を強制的に休ませる手段などない。それは休日でも同じだ。

八代教授は「残業上限の適用には反対だが、休日確保の義務付けは容認」という主張に合わせるために、ご都合主義的な主張を展開しているのだろう。だが、整合性の問題が大きすぎる。

今回のインタビュー記事だけ読むと、八代教授が愚か者に見える。仮にそうだとしても、せっかく取材に応じてくれているのだから、そこは日経の記者がカバーしてあげてほしい。「辻褄が合わなくないですか」などと取材時に質問すれば、八代教授もさすがにそれなりの弁明を加えてくれるのではないか。

ついでに言うと、インタビュー記事とセットになっている「働き方改革の道筋~『脱時間給』停滞を懸念 連合の容認撤回で 経済界、政権の本気度探る 」という記事は好感が持てた。

【日経の記事】

政府不信は根深い。昨秋始まった働き方改革実現会議も、経済界の思惑通り運ばなかったとの思いがある。検討が進むのは残業上限や同一労働同一賃金など労働者に優しい政策ばかり経済界が求めた脱時間給などの議論は不完全燃焼に終わった。あるメーカー幹部は「せめて脱時間給ぐらい入れてくれないと、改革にならない」とぼやく。



◎正直さに好感

上記の書き方からは「脱時間給は労働者に優しくない政策」だと明確に読み取れる。「脱時間給」で日経の記事に問題が多いのは、「労働者に優しくない政策」を「労働者に優しい政策」のように見せようとするからだ。今回の記事にはそれがない。

日経が「脱時間給」の導入を求めるのはいい。メディアの性格からして、その方が自然だ。だが、ムチをアメに見せかけるような姑息な真似は止めてほしい。


※今回取り上げた記事

休日確保義務は有効 八代尚宏・昭和女子大学特命教授に聞く
http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20170730&ng=DGKKZO19429400Z20C17A7EA3000

働き方改革の道筋~『脱時間給』停滞を懸念 連合の容認撤回で 経済界、政権の本気度探る 」
http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20170730&ng=DGKKZO19429340Z20C17A7EA3000


※記事の評価はいずれもC(平均的)。

2017年7月29日土曜日

「脱時間給」擁護の主張が苦しい日経 水野裕司編集委員

28日の日本経済新聞朝刊1面で水野裕司編集委員が「脱時間給」の導入を訴える解説記事を書いている。この件では、いつも同じような指摘になってしまうのだが、日経が相変わらずおかしな主張を展開するので仕方がない。まず「誰のための連合か」という記事の一部を見ていこう。
豪雨被害を受けた大分県日田市 ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

連合の新制度への反対姿勢に透けるのは、年功制や長期雇用慣行のもとでの旧来の働き方を守り抜こうとしていることだ。だが日本が成長力を伸ばすには、もっと生産性を上げられる働き方を取り入れることは欠かせない。

グローバル化が進み、企業の競争が一段と激しくなるなか、働く人の生産性向上を促す脱時間給はできるだけ早く導入しなければならない制度である。単純に時間に比例して賃金を払うよりも、成果や実績に応じた処遇制度が強い企業をつくることは明らかだ。企業の競争力が落ちれば従業員全体も不幸になる。連合が時代の変化をつかめていないことの影響は大きいといえよう。


◎「生産性を上げられる」?

脱時間給」を「もっと生産性を上げられる働き方」だと水野編集委員は言うが、根拠はあるのか。まともな根拠として考えられるのは「残業代を気にせずに従業員を働かせられるので、1人当たりの労働時間を増やす効果がある」ということぐらいだ。これだと、労働者としては残業代なしで負荷が増える結果になる。そんな制度を連合が支持する方がおかしい。

単純に時間に比例して賃金を払うよりも、成果や実績に応じた処遇制度が強い企業をつくることは明らかだ」という説明も誤解を招く。仮にその通りだとしても、現行制度の下で「成果や実績に応じた処遇制度」が禁止されているわけではない。歩合給の比率が高い仕事はたくさんあるし、給与水準を決める際に「成果や実績に応じた」ものにするのは珍しくない。例えばタクシー会社では運転手の給与を「単純に時間に比例して賃金を払う」仕組みにしているだろうか。

また、脱時間給制度が導入されても、「給与は入社年次に応じて自動的に決まる。成果部分はなし」という方式は採用できる。水野編集委員の解説だと、現状では「成果や実績に応じた処遇制度」を採用できず、「脱時間給」になると一気に成果重視になるような印象を受ける。だが、そう理解するのは誤りだ。

ついでに、28日の「政労使合意なくても労基法改正を確実に」という社説に奇妙な説明があったので紹介したい。

【日経の社説】

脱時間給は長時間労働を招きかねず、残業を規制する動きと矛盾する、とも指摘される。だが新制度では本人が工夫して効率的に働けば、仕事の時間を短縮できる。その利点に目を向けるべきだ。


◎「脱時間給」ゆえの利点?

新制度では本人が工夫して効率的に働けば、仕事の時間を短縮できる」と言われると、「今の制度では無理なの?」と聞きたくなる。「本人が工夫して効率的に働けば、仕事の時間を短縮できる」のは、「脱時間給」を導入してもしなくても変わらない。それを「脱時間給」特有の「利点」のように書くのは感心しない。

しかも社説の筆者は「その利点に目を向けるべきだ」と説いている。結局、「働き過ぎなんか心配要らない。自分で工夫して仕事の時間を短縮すれば済む話だ」とでも言いたいのだろうか。


※今回取り上げた記事

誰のための連合か
http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20170728&ng=DGKKASDC27H2W_X20C17A7MM8000

政労使合意なくても労基法改正を確実に
http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20170728&ng=DGKKZO19361230Y7A720C1EA1000

※記事の評価はともにD(問題あり)。 水野裕司編集委員への評価もDを維持する。

2017年7月27日木曜日

早大付属校の説明に問題あり 東洋経済「これから伸びる中学・高校」

週刊東洋経済7月29日号の第1特集「これから伸びる中学・高校」で早稲田大学の付属校に関して不正確だと思える説明があった。23日(日)に問い合わせを送ったが、27日(木)の段階で回答はない。先日、間違い指摘に久々の回答をした東洋経済だが、読者の指摘に対して誠実に向き合う姿勢に転じたとまでは言えないようだ。
豪雨被害を受けた朝倉市 ※写真と本文は無関係です

問い合わせの内容は以下の通り。

【東洋経済への問い合わせ】

7月29日号の第1特集「これから伸びる中学・高校」の中の「入学後に後悔しない付属校の正しい選び方」という記事についてお尋ねします。この記事には以下の記述があります。

「大学付属校といえば、首都圏では早稲田大学、慶応義塾大学、明治大学、青山学院大学、立教大学、中央大学、法政大学、関西では関西大学、関西学院大学、同志社大学、立命館大学の系列が有名だ。これらの付属校は内部進学率が圧倒的に高い。左ページ表は中学受験における大学付属校各校の偏差値だ」

ここで気になるのが早稲田大学の系列です。早稲田高校のホームページには「近年の卒業生(現役)の進学状況をみると、約50%が早稲田大学へ推薦で進学しています」との説明があり、「内部進学率が圧倒的に高い」状況とはなっていません。

早稲田佐賀も同様で、同校のホームページによれば「早稲田大学への推薦入学制度」を利用しているのは「入学定員の50%程度」にとどまるようです。早稲田摂陵に至っては早稲田大学への推薦枠が「40名程度」(同校ホームページ)しかなく、内部進学率は10%強にとどまるはずです。

この指摘に対しては「3校は付属校ではなく系属校であり、しかも早稲田佐賀と早稲田摂陵は首都圏外だ」との反論が考えられます。しかし、記事で言う「左ページ表」では「早慶MARCHの付属校でもレベルはさまざま-2017年中学入試結果偏差値(首都圏)-」というタイトルになっていて、早稲田高校、早稲田佐賀、早稲田摂陵も「首都圏の付属校」として名を連ねています。

これを基にすると、早稲田大学に関して「付属校は内部進学率が圧倒的に高い」というのは一部しか当てはまらないのではありませんか。「記事で言う付属校とは系属校を除く」との前提があるのならば、表の説明に問題があると思えます。御誌の見解を教えてください。

◇   ◇   ◇

早稲田大学に関しても、付属校と系属校に分けて考えれば「付属校は内部進学率が圧倒的に高い」との説明で問題ない。だが、記事に付いた表を見る限り系属校も含めて「付属校」として扱っている。
九州北部豪雨後の福岡県立朝倉光陽高校(朝倉市)
            ※写真と本文は無関係です

早稲田佐賀、早稲田摂陵がなぜ「首都圏」なのかもよく分からないが、表で言う「首都圏」とは「首都圏の大学の付属校」という意味かもしれない。

今回の記事からは(1)早稲田大学の付属校(早稲田、早稲田佐賀、早稲田摂陵を含む)は内部進学率が圧倒的に高い(2)早稲田佐賀、早稲田摂陵に関しては偏差値が50以下--と読み取れる。そこから「早稲田佐賀、早稲田摂陵は難易度が高くないのに、ほぼ確実に早稲田大学へ進学できる」と誤解する読者がいてもおかしくない。

なのに、問い合わせに対してきちんと回答する姿勢を見せないとは…。


※記事の評価はD(問題あり)。ただ、上記の問題以外に気になる点はない。表の作成は編集部に任せている可能性が高いと思えるので、筆者である おおたとしまさ氏(育児・教育ジャーナリスト)への評価は見送る。

追記)結局、回答はなかった。