2016年6月4日土曜日

日経女性面「34歳までに2人出産を政府が推奨」は事実?

34歳までに子どもを2人以上産み育てつつ就労継続すべし」と政府は日本の女性に推奨しているのだろうか。にわかには信じ難い。だが、4日の日本経済新聞朝刊女性面に詩人・社会学者の水無田気流氏が書いた「女・男 ギャップを斬る『女性活躍』掲げれど 音速の人生設計、まるでF1」というコラムではそう言い切っている。
キャナルシティ博多(福岡市博多区) ※写真と本文は無関係です

日経には以下の問い合わせを送っておいた。

【日経への問い合わせ】

「女・男 ギャップを斬る」というコラムに関してお尋ねします。記事には「たとえば34歳までに子どもを2人以上産み育てつつ就労継続すべしという、政府推奨の理想的ライフコースを再現すると、次のようになる」との記述があります。しかし、常識的に考えて、政府が「34歳までに子どもを2人以上産み育てつつ就労継続すべし」と国民に推奨するとは思えません。実際に「これが日本女性の理想コースですよ」と提示すれば、大きな反発を招くでしょう。色々と調べてみましたが「34歳までに子どもを2人以上産み育てつつ就労継続すべしと政府が推奨している」と確認できる情報は見当たりませんでした。記事の説明は正しいのでしょうか。正しいとすれば、何を根拠に「34歳までに子どもを2人以上産み育てつつ就労継続すべしと政府が推奨している」と判断したのでしょうか。

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34歳までに」というのは以下の件が基になっていると思われる。日本テレビの記事を引用する。

【日本テレビの記事(2013年5月29日)】

少子化対策を議論する内閣府の有識者会議は28日、待機児童対策の推進や男性の働き方の見直しなどを求める提言をまとめた。一方で、「女性が年齢とともに妊娠しにくくなる」との科学的知識を伝える「女性手帳」の配布も議論されたが、提言には盛り込まれず。

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この件に関しては「2013年には女性が35歳を過ぎると妊娠・出産しにくくなるとの啓発目的で検討された『女性手帳』が、当の女性たちからは『余計なお世話』と立ち消えとなった」と水無田気流氏も日経の記事で触れている。有識者会議の提言にさえ盛り込まれていないとすれば、「政府が推奨」の根拠にはなり得ない。

仮に「女性が35歳を過ぎると妊娠・出産しにくくなる」と政府が啓発したとしても、それを「34歳以下での妊娠・出産を推奨」と理解するのは間違いだ。例えば「タバコには健康を害する恐れがあると周知すること」と「禁煙の推奨」には距離がある。害の周知に関しては「喫煙するかどうかは個人(ただし大人)の自由だが、危険性はきちんと理解した上で判断してほしい」との趣旨だと理解すべきだ。

2人以上産み育てつつ就労継続すべし」については、さらに分からない。希望出生率1.8の実現を政府が目指しているのは確かだが、これに関する資料を見ると「2014 年の合計特殊出生率は 1.42 に止まっているのに対して、国民一人ひとりの結婚、出産、子育てに関する希望がすべてかなえられる環境が整備されれば、希望出生率 1.8 の実現へとつながっていく」と書いてある。「これを2人以上産み育てるべし」と解釈するのは無理がある。

しかも水無田気流氏は「34歳までに子どもを2人以上産み育てつつ就労継続すべし」と書いており、3つの条件が重なる状況を「政府推奨の理想的ライフコース」と呼んでいる。この場合「3つの条件を全て満たすように政府が推奨している」との状況が必要になる。

自分で調べた範囲では、記事の説明はかなり怪しいと思えた。今回の問い合わせは、女性面に載っているメールアドレスにも送っている。回答があれば紹介したい。


※記事の評価はD(問題あり)。今回の記事については、他にも問題が目立つ。それらは「日経女性面に自由過ぎるコラムを書く水無田気流氏」で取り上げる。筆者に対する評価もそこでしたい。

追記)結局、回答はなかった。

「増税再延期を問う」でも問題多い日経 中山淳史編集委員

3日の日本経済新聞朝刊1面に載った「増税再延期を問う(中) 民力高める工夫はいつ」(筆者は中山淳史編集委員)は「増税再延期を問う」というより「成長戦略を問う」とでも言うべき内容だ。「増税再延期は本当に景気浮揚効果があるのか」「企業経営にとってプラスは大きいのか」など再延期を巡っては企業関連でも色々と論点があるはずだ。しかし、中山編集委員はそうした点を素通りして、政府に「成長戦略や構造改革」を求めるだけだ。
太宰府天満宮(福岡県太宰府市)※写真と本文は無関係です

しかも、この記事は他にも色々とツッコミどころが多い。中身を順に見ながら注文を付けていこう。

◎円安で「特需」発生?

【日経の記事】

「風がやんで等身大の姿に戻った」。先月、2017年3月期に4割もの営業減益になると発表したトヨタ自動車の豊田章男社長は記者会見でこう語った。

3年半にわたるアベノミクス。金融緩和に伴う円安の進行は企業活動に「追い風参考記録」(豊田氏)ともいわれる特需をもたらした

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安倍政権下での円安で輸出が劇的に増えたわけではない。通商白書2015では「2012年末以降、実質実効為替レートはようやく大幅な低下に転じたものの、我が国の輸出数量は増加に転じず、おおむね横ばいの動きを続けている」と書いている。数量が増えなくても為替相場が円安に動けば輸出企業の利益は大きくなる。しかし、それを「特需」とは言わない。「特需」があったのならば、「円安の進行」が輸出数量の大幅な伸びにつながっているはずだが…。

◎なぜ「12年6月末」と比較?

【日経の記事】

政府は法人税の実効税率も下げ、産業界が窮状を訴えた「6重苦」はかなり改善した。だが、アベノミクスは企業の創意工夫を生かす規制緩和や構造改革の勢いが不十分でもあった。

企業の資本効率を示す自己資本利益率(ROE)。安倍晋三政権になる直前の12年6月末は上場企業平均(金融除く株式時価総額で上位1千社)が5%弱にとどまっていたが、15年12月末には政府が「最低ライン」と言及した8%弱に改善した。だが欧米企業にはなお見劣りし「上昇分は円安と過去3年間の法人実効税率の引き下げ要因が大きかった」とSMBC日興証券の圷正嗣株式ストラテジストは指摘する。

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第2次安倍政権の発足は2012年12月だ。アベノミクスの成果を見るために上場企業のROEを「15年12月末」と比べるのであれば、起点は「12年12月末」が最適だろう。しかし、なぜか「12年6月末」と比べている。「12年6月末」が「安倍晋三政権になる直前」と言えるかも微妙だ。ご都合主義的なデータの見せ方ではないかとの疑念が深まる。

◎過当競争だと販管費が減らない?

【日経の記事】

伸び悩んだ原因は何か。同社の分析によれば、「人手不足で人件費が高止まりし、企業再編の停滞から過当競争も続いて販管費が低下しなかったため」(同)だという。

昨年起きた東芝の会計不祥事も元をたどれば企業再編の遅れが背景にあった。不採算事業を抱えつつ、問題解決を先送りする企業がまた現れるのは避けたい。企業が姿勢を正す一方で、再編を嫌がる会社や従業員をその気にさせるようなインセンティブを政府も考えてはどうか。「事業を売ったら法人税を減らすなどの制度があれば再編の起爆剤になる」と投資ファンド、KKRジャパンの平野博文社長はみる。

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過当競争も続いて販管費が低下しなかった」というコメントが理解できなかった。競争が激しいのであれば、普通は経費削減への圧力が強まるはずだ。しかし、なぜか「競争が激しいから販管費が減らない」と逆の説明になっている。これが正しければ、市場の独占によって大きな利益が得られるようになると、その会社には販管費を減らすインセンティブが強まるのだろう。ちょっと考えにくい。

推測だが、SMBC日興証券では「販管費が低下しなかった」ではなく「売上高販管費率が低下しなかった」と説明したのではないか。それを中山編集委員が誤解したと考えれば辻褄は合う。


◎「民泊」「相乗り」は「産業」?

シェアリングエコノミーや「インダストリー4.0」といわれるような新しい経済への対応もまだ足りない。

民泊の予約仲介サイトを運営する百戦錬磨(仙台市)の橋野宜恭最高財務責任者は「政府の対応が各国に比べて遅い」と話す。民泊では規制緩和を待たずに事業を本格化している企業も少なくなく、「順法意識から政府の法整備を待つ企業が割を食っている」という。

アプリで車の相乗りを仲介する米ウーバーテクノロジーズ。先月から自家用車で人を運ぶサービスを始めたが、認められたのは公共交通機関の空白地帯である京都府内の一部だ。タクシー業界の警戒感が強く、政府の対応もやはり後手に回る。

民泊も相乗りも世界では成長産業だ。米国では株式未公開ながら斬新な発想で企業価値を10億ドル以上に拡大した「ユニコーン」と呼ばれる企業群が勃興している。代表例が民泊のエアビーアンドビーやウーバーであり、時価総額世界一を競うアップル、グーグルなど既存勢力を脅かす存在だ

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民泊も相乗りも世界では成長産業だ」と中山編集委員は言うが、「民泊」や「相乗り」を「産業」の1つとして括るのは抵抗がある。「成長分野」ぐらいでいいのではないか。

代表例が民泊のエアビーアンドビーやウーバーであり、時価総額世界一を競うアップル、グーグルなど既存勢力を脅かす存在だ」という説明も引っかかる。これだとアップルやグーグルが民泊や相乗りでのトップランナーのように見える。

「脅かしているのは、時価総額に関してだ」と中山編集委員は言うかもしれない。しかし、企業価値で言えば、エアビーアンドビーやウーバーはアップルを「脅かす存在」ではないだろう。断定はできないが、桁が1つ少ない気がする。さらに言えば、「時価総額世界一を競うアップル、グーグル」の「グーグル」は「アルファベット(グーグルの親会社)」などとすべきだ。

◎「労働時間規制の見直し」で「人材を移す」?

【日経の記事】

日本でもそうした企業が次々に誕生し、新陳代謝を起こせば、稼ぐ力が増す。解雇規制や労働時間規制の見直しなども併せて進め、生産性の低い分野から高い分野に人材を移すような雇用改革にもつなげたい

日本の企業には将来の成長に向けた原資がないわけではない。上場企業の手元資金はアベノミクス前後で3割以上増え、100兆円を超えた。

ためるだけでは経済は活性化しない。政府が必要な成長戦略や構造改革を進めたうえで企業も技術革新につながる研究・開発や消費を促す賃上げ、投資を進める。

手をこまぬいている余裕はない。消費税率を10%に引き上げる19年10月まで40カ月。それまでに生産性を向上させ稼ぐ力を伸ばさなければ、増税への道筋は整わない。

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解雇規制や労働時間規制の見直しなども併せて進め、生産性の低い分野から高い分野に人材を移すような雇用改革にもつなげたい」と訴えているのだから「労働時間規制の見直し」には人材を流動化させる効果があると中山編集委員は判断しているはずだ。しかし、本当にそうだろうか。

労働時間規制の見直し」とは「残業代なしで長時間労働ができるようにすること」を指しているのだろう。「生産性の低い分野」も「高い分野」も見直しの対象になるはずなので、「生産性の低い分野から高い分野に人材を移す」効果はほぼないと感じる。「生産性の高い分野ではきちんと残業代を出すが、低い分野では残業代なしで長時間労働」となるならば話は別だが…。

上記のくだりは記事の結論部分に当たる。「増税再延期」に関しては結局、「手をこまぬいている余裕はない。消費税率を10%に引き上げる19年10月まで40カ月。それまでに生産性を向上させ稼ぐ力を伸ばさなければ、増税への道筋は整わない」と書いただけだ。これで「増税再延期を問う」という看板にふさわしい内容と言えるだろうか。


※記事の評価はD(問題あり)。中山淳史編集委員への評価はDを据え置く。中山編集委員に関しては「三菱自動車を論じる日経 中山淳史編集委員の限界」「日経 中山淳史編集委員は『賃加工』を理解してない?」「日経『企業統治の意志問う』で中山淳史編集委員に問う」も参照してほしい。

2016年6月3日金曜日

日経「イオン、総菜特化の小型店」は本当に総菜特化?

3日の日本経済新聞朝刊 企業・消費面に載った「イオン、総菜特化の小型店 2年で10店、まず東海で」 という記事によると「イオンは持ち帰り総菜に特化した新しい小型店の運営を始める」らしい。しかし、「パンやサラダ類を中心とした総菜、弁当、デザート、輸入菓子、酒類などを扱う」とも書いてある。これで「総菜に特化」と言えるのだろうか。
筑後川に架かる両筑橋(福岡県朝倉市・久留米市)
           ※写真と本文は無関係です

記事の全文は以下の通り。

【日経の記事】

イオンは持ち帰り総菜に特化した新しい小型店の運営を始める。売り場面積は200平方メートル前後とし、まず東海地方の都市部で2年ほどかけて約10店の出店を目指す。単身世帯や共働き世帯の増加で、総菜や弁当などの「中食」需要は強まっている。立ち寄りやすい小型店の出店でコンビニエンスストアに対抗する。

新業態名は「DELACO(デラコ)」。総合スーパー(GMS)を手掛けるイオンリテールが6日、名古屋市の中心部に実験店を開業する。パンやサラダ類を中心とした総菜、弁当、デザート、輸入菓子、酒類などを扱う。総菜の一部は店員が量り売りする。

働く20~30代の女性を主要顧客と想定する。「スモークサーモンとほうれん草のキッシュ」で734円、「炙り焼きチャーシュー」は100グラムあたり421円と、通常のスーパーより価格は高めの品ぞろえにする。実験店には設置しないが、今夏に開業予定の2号店では買ったものをその場で食べるイートインスペースを設置。2店の動向を踏まえ、さらなる拡大を検討する。

地方の大型店が多いイオンは、人口が流入する都市部への事業基盤のシフトを重要な経営戦略の1つに掲げる。中でも小型店は地域ごとに新業態の開発に力を入れており、全国展開できるモデルの確立を急ぐ。

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総菜に特化=総菜比率100%」とは言わない。しかし、記事では総菜以外に「パン」「弁当」「デザート」「輸入菓子」「酒類」も扱うと書いている。「など」が付いているので、もっと幅広く扱うのかもしれない。例えば「総菜以外も扱うが、商品の90%以上は総菜」というなら「総菜に特化」と認めてもいい。しかし、そういう説明はない。記事だけで判断すると「総菜に特化」とは思えない。

記事では、具体的な商品として「スモークサーモンとほうれん草のキッシュ」を挙げている。「キッシュ」とは、フランスのパイ料理の1つらしい。「総菜」を辞書で調べると「日常の食事の副食物。ふだんのおかず」(大辞林)と出てくる。だとすると「キッシュ」が「総菜」かどうかは微妙だ。個人的には「何でもいいから総菜を買ってきて」とお願いして「キッシュ」を選んでこられたら、かなり驚く。

総菜に特化」というのが話の柱で、見出しにも使っているのだから「確かにこれは総菜に特化した店だな」と納得できる説明をしてほしかった。

ついでに言うと「パンやサラダ類を中心とした総菜、弁当、デザート、輸入菓子、酒類などを扱う」という列挙の仕方は頂けない。これだと「パン総菜」と解釈できるが、パンは総菜ではないだろう。「パンや、サラダ類を中心とした総菜」と読点を用いれば問題は解決する。ただ、「総菜に特化」という要素を考えると、最初に出てくるのが「パン」なのは好ましくない。例えば「サラダ類を中心とした総菜、弁当、パン、デザート、輸入菓子、酒類などを扱う」としてはどうだろうか。

もう1つ付け加えておこう。

最初の段落では「東海地方の都市部で2年ほどかけて約10店の出店を目指す」と書いているのに、読み進めると「2店の動向を踏まえ、さらなる拡大を検討する」となっている。「2年で10店」という方針は決まっているのか、それとも2店がうまくいけば「2年で10店」を目指すのか、判断に迷った。

「2年で10店の方針は決まっている。そこからさらに増やすかどうかを最初の2店で見極める」という可能性もある。しかし説明が不十分なので、実際にイオンがどう考えているのか、よく分からないままだ。

※記事の評価はD(問題あり)。

週刊ダイヤモンド「スバル社名変更の真意」に問題あり

週刊ダイヤモンド6月4日号に載った「最大顧客ボーイングも納得 『スバル』社名変更の真意」はあれこれ納得できない記事だった。まず、見出しでは「ボーイングも納得」となっているが、記事にはそうした記述が見当たらない。ボーイングが出てくる部分は以下のようになっている。
唐津湾(佐賀県唐津市) ※写真と本文は無関係です

【ダイヤモンドの記事】

また、祖業である航空機部門への影響についても限定的だ。富士重経営陣は、米ボーイングなどの重要顧客を抱える航空機部門幹部たちに社名変更のお伺いを立てたが、「ボーイングすら、富士重のことをスバルと呼ぶので問題ない、ということになった」(富士重幹部)という

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砕けた言い方をすれば、富士重の経営陣が社内の航空機部門幹部に「社名変更しようと思うけど、どうかな」と聞いたら、「ボーイングもウチのことをスバルって呼んでるし、問題ないんじゃないですか」と答えたという話だろう。富士重の航空機部門幹部は「納得」しているかもしれないが、ボーイングが納得したわけではないはずだ。看板に偽りありと言える。

見出しにある「社名変更の真意」にも疑問が残る。記事では「なぜ今、社名変更をするのか」と問題提起しているが、その後を読んでも「社名変更の真意」が判然としない。関係する部分を見てみよう。

【ダイヤモンドの記事】

なぜ今、社名変更をするのか。その狙いについて吉永泰之・富士重社長は、「富士重という社名には愛着があるし、反対もあった。でも、社内に向けてメッセージを発信すべきと判断した」と説明する

富士重自らが「スバル」の名を背負うことで、ブランドの発信力は今まで以上に高まることになる。「これまでも、スバルブランドを磨こうよ、と言い続けてきた。社名変更によって、従業員の皆さんが、それを磨く当事者なのだということを示したかった」(吉永社長)という

そもそも、国内外の販売店は全てスバルブランドで統一されており、インパクトは小さい。海外の現地法人にしても、ほぼ全てがスバルの名を冠しており、「むしろ海外では、富士重よりもスバルの方が名が通っており、ユーザーには何の驚きもない」(同)という。

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上記の説明を読んで、なぜ今この時期に社名変更するのか納得できるだろうか。「社内に向けてメッセージを発信すべきと判断した」「社名変更によって、従業員の皆さんが、それを磨く当事者なのだということを示したかった」と言われても、「なぜ今」なのかは手掛かりすらない。しかも「国内外の販売店は全てスバルブランドで統一されており、インパクトは小さい」と筆者の山本輝記者自身が書いている。「なぜ今」なのかは謎のままだ。

社名変更に掛かるコスト」の説明も引っかかった。

【ダイヤモンドの記事】

気になるのは社名変更に掛かるコストだが、「普通に積算すれば2億円程度」(同)しか掛からないという。先述の通り、販売店は既にスバルで統一されており、主な費用である看板の付け替えなどが国内拠点の5~6カ所のみで済むためだ。2008年に、パナソニックが松下電器産業から社名変更した際の費用が300億~400億円だったことを考えると、非常に少額である。

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パナソニックとの比較では確かに「少額」だが、「主な費用である看板の付け替えなどが国内拠点の5~6カ所のみで済む」のに「社名変更に掛かるコスト」が「2億円程度」も掛かるのが驚きだ。1つの工場で看板を替えたりするだけで数千万円の費用になるのだろう。そういうものかもしれないが、「非常に少額」とは思えなかった。

最後に、記事の結論部分で使った「名は実の賓なり」という諺の使い方にも疑問を呈しておきたい。

【ダイヤモンドの記事】

「大きくはないが、強い特徴を持ち質の高い会社」を標榜する富士重。名は実の賓なりというが、社名変更は足掛かりにすぎない。ブランドにふさわしい戦略が今後不可欠となる。

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筆者の山本記者は「名は実の賓なり」という諺を「名前よりも中身の方が重要」とのニュアンスで使っているように見える。しかし、辞書で調べると「徳が主で、名誉は客であること。名誉は徳に伴うべきものであること」(デジタル大辞泉)となっている。「名誉は徳に伴うべきものであるというが、社名変更は足掛かりにすぎない」と言い換えてみると、ちょっと違うかなと思える。


※記事の評価はD(問題あり)。山本輝記者への評価も暫定でDとする。

2016年6月2日木曜日

「消費増税の再延期」日経 菅野幹雄編集委員の賛否は?

消費税率の引き上げを再延期する方針が正式に決まった。これを受けて、2日の日本経済新聞朝刊1面に「増税再延期を問う (上) 出直し改革 覚悟はあるか」という記事が載っている。繰り返して読んでみたが、筆者の菅野幹雄編集委員が再延期に賛成なのか反対なのかよく分からない。総合1面の社説「参院選でアベノミクスに国民の審判を」でも、再延期をどう評価するのか明らかにしていない。かつて日経は「決められない政治」をよく批判していた。今や日経自身が「決められない言論機関」なのではないか。
鎮西身延山 本佛寺(福岡県うきは市) ※写真と本文は無関係です 

1面の記事で菅野幹雄編集委員は以下のように述べている。

【日経の記事】

安倍晋三首相が再び消費税の増税を延期する。力を欠く個人消費、中国ら新興国の不安といった逆風を受けた判断とはいえ、増税できる環境を整えられなかった首相の責任は重い。弱々しい日本の経済、財政、そして政治への信頼の回復へ時間の空費は許されない。

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増税できる環境を整えられなかった首相の責任は重い」とは書いているが、増税再延期の是非には触れていない。さらに続きを見ていこう。

【日経の記事】

「再び延期することはない。ここではっきりそう断言します」。2014年11月の安倍首相の言葉だ。この1年半は一体何だったのか。「こんな強い政権で増税できなければ、他ではおよそできない」。小林喜光経済同友会代表幹事の失望はもっともだ

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失望はもっともだ」と書いているので、菅野編集委員は再延期反対の立場なのかなと思わせる。しかし、そういう流れにはならない。

【日経の記事】

市場は増税再延期を完全に織り込み、世論調査も増税反対の声が圧倒的に多い。今の景気では増税に耐えられないと多くの人が感じている。アベノミクスで強く経済を押し上げ、先進国で最悪の財政を徐々に立て直す筋書きは大きく狂った。

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今の景気では増税に耐えられないと多くの人が感じている」との記述から「菅野編集委員は再延期やむなしとの考えなのか」と今度は感じる。しかし、賛否を判断するための材料はこれで出尽くしだ。後は「2年半後に本当に増税できる環境を整えるには、今すぐ底力を鍛え直す経済政策を幅広く動員しなければ、間に合わない」「全てに真剣に取り組まないと活路は開けない」などと、今後の政府の対応に期待して記事を終えている。

「再延期に賛成」と言うと「財政再建はどうする」との問いに答える必要が出てくる。「反対」の立場に回れば「景気や市場に与えるマイナスの影響をどう考えるのか」と突き付けられる。菅野編集委員が判断に迷うのは理解できる。

だからと言って「立場を曖昧にしたまま記事を書こう」と考えるのは、あまりに安易だ。菅野編集委員は記事の最後で「摩擦やあつれきを恐れずに改革を進め、将来に安定した経済と財政を引き継ぐ覚悟があるのか。『アベノミクスのエンジンを最大限にふかす』と力説する首相に問いたい」と述べている。ならば菅野編集委員にも問いたい。「消費税の増税再延期に関して自らの賛否を明らかにした上で、日本の進むべき道を指し示す覚悟があるのか」と。

その程度のことができないのに、首相に覚悟を問うても説得力はない。

増税再延期に関して、さらに逃げ腰なのが2日の社説だ。「参院選でアベノミクスに国民の審判を」というタイトルからも分かるように、増税再延期の是非を論じることから完全に逃げている。増税再延期に絡むくだりを見ていこう。

【日経の社説】

通常国会が閉幕し、与野党は夏の政治決戦に向けて走り出した。取り沙汰された衆参同日選にはならなかったが、参院選単独でも国民にとって大事な審判の機会であることに変わりはない。何が争点で、何を基準に判断すればよいのか。初めて投票する18歳にもわかりやすい選挙戦を期待したい。

有権者が最も重視すべきは日本経済の先行きだ。安倍晋三首相は記者会見で「アベノミクスを加速させるのか、逆戻りさせるのか」と自ら争点を設定した。

個人消費を腰折れさせないためだ、として消費増税の2年半先送りを表明した。その理由として日本経済は順調だが、世界経済に不安があることを強調した。民進、共産など野党は「アベノミクスの失敗が明白になった」と内閣総辞職を求めている。

どちらの言い分に理があるのかを問う「アベノミクス選挙」である。参院選は政権選択選挙ではないが、有権者も今回の参院選は軽んじずに1票を投じたい。

不安なのは野党も増税先送りを主張しており、違いがはっきりしないことだ。政治はいまだけをみればよいわけではない。財政再建の見通しはどう立てるのか。膨らむ社会保障費の財源をどう手当てするのか。長期的な展望をきちんと示せる政党を応援したい。

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「増税の是非は論じたくない」という論説委員の声が聞こえてきそうな内容になっている。社説では「増税が再延期になりましたね。この問題に関してよく考えた上で参院選の投票に臨みましょう」と呼びかけているだけだ。公約違反と言える増税再延期が決まったのに、それをどう評価するか社論を明らかにできないのであれば、社説は廃止した方がいい。社会への影響力は減退しているし、記事としての完成度も低いものが多い。続ける理由はないはずだ。


※1面の記事の評価はC(平均的)、社説の評価はD(問題あり)とする。暫定でCとしていた菅野幹雄編集委員への評価はCで確定させる。

2016年6月1日水曜日

「アパート空室率の上昇」を「悪化」と日経は言い切るが…

アパートの空室率が上がるのは憂慮すべき事態だろうか。それは立場によるはずだ。入居するアパートを探す人にとっては、空室率の高い方が選択肢は多くなるし、家賃交渉もしやすい。一方、アパートの所有者にとっては歓迎できる話ではない。

西南学院大学(福岡市早良区)※写真と本文は無関係です
「円高」「原油安」などにも同じような面がある。もし日本経済新聞がアパート経営者向けのメディアならば「空室率の上昇」を「悪化」と捉えても問題はない。しかし、消費者も含めて幅広い層を読者として想定しているのであれば、単純に「空室率の上昇」を「悪化」と断定する書き方は感心しない。

ところが1日の朝刊企業・消費面に載った「アパート空室率 首都圏で急上昇 相続税対策で建設増え」という記事では「空室率が悪化」「過去最悪の水準を更新」などと躊躇なく書いている。

記事の全文は以下の通り。

【日経の記事】

首都圏のアパートの空室率が悪化している。不動産調査会社のタス(東京・中央)が31日発表した統計によると、3月の神奈川県の空室率は35.54%と2004年に調査を始めて以来、初めて35%台に上昇した。東京23区や千葉県でも空室率の適正水準とされる30%を3~4ポイントほど上回っている。相続税対策でアパートの建設が急増したものの、入居者の確保が追いついていない。

アパートは木造や軽量鉄骨で造られた賃貸住宅で、空室率は入居者を募集している総戸数のうち空いたままの住戸の割合を示す。不動産会社のアットホームのデータなどをもとに算出した。東京23区の空室率は33.68%。15年9月から6カ月連続で過去最悪の水準を更新した。千葉県でも34.12%と過去最悪の更新が3カ月続いている。埼玉県は30.90%、23区以外の都内は31.44%と比較的安定した水準だ。

首都圏でアパートの空室率が急速に悪化したのは15年夏ごろ。15年の相続増税にともない「アパートの建設需要が盛り上がり、空室率が急速に悪化した」(タス)。アパートの建設費用は家賃収入で賄うのが一般的だ。空室率が高いと想定した賃料収入に満たず、多額の建設費用をオーナーが抱えるリスクがある。

アパートの開発事業者は旺盛な建設需要に押されて営業活動に引き続き力を入れている。住友林業は全国の支店の営業・設計業務を支援するチームを4月に設立。大東建託は営業人員を20年に約4千人と16年と比べて1割強増やす計画だ。

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記者が疑いもなく「空室率の上昇」を「悪化」と捉えたのは、データを発表した「不動産調査会社のタス」がそう言っているからだろう。「アパートの建設需要が盛り上がり、空室率が急速に悪化した」というタスのコメントからもそれが窺える。

記事の書き出しが「首都圏のアパートの空室率が悪化している」なのに、見出しが「アパート空室率 首都圏で急上昇」と「悪化」を使っていないのは、見出しを付ける整理部担当者の良識の表れかもしれない。

記事を書いたのが若手記者であれば、取材先の価値観に引きずられるのはやむを得ない面がある。そこは企業報道部のデスクがうまく指導してあげてほしいのだが、今の日経にそれを期待するのは難しいだろう。

この記事には他にも気になる点がある。列挙してみたい。

◎地域差が生じた理由は?

首都圏でアパートの空室率が急速に悪化したのは15年夏ごろ」と書いているが、記事でも触れているように埼玉県や東京市部は「比較的安定した水準だ」。「相続税対策でアパートの建設が急増」したのであれば、地域差は生じにくそうに思える。なのになぜ顕著な地域差が生じたのかは、推測でもいいから説明すべきだ。最悪の場合、「地域差が生じた理由は分からない」でもいいから言及はしてほしい。

◎何のための繰り返し?

首都圏でアパートの空室率が急速に悪化したのは15年夏ごろ。15年の相続増税にともない『アパートの建設需要が盛り上がり、空室率が急速に悪化した』(タス)」と書くと「空室率が急速に悪化した」を非常に近い場所で繰り返してしまう。上手い書き方とは言えない。改善例を示しておく。「悪化」は「上昇」に書き換えておく。

【改善例】

首都圏でアパートの空室率が急上昇し始めたのは15年夏ごろ。15年の相続増税に伴い「アパートの建設需要が盛り上がった」(タス)ためだ。

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◎「木造で造られた」にダブり感

アパートは木造や軽量鉄骨で造られた賃貸住宅」と書くと「木造で造られた」となるので、ダブり感がある。「木材や軽量鉄骨で造られた賃貸住宅」「木造や軽量鉄骨造の賃貸住宅」であれば違和感はない。


※記事の評価はD(問題あり)。

自分たちの知恵は出さない日経「シェアエコノミーとルール」

日本経済新聞朝刊の総合1面に載った「シェアエコノミーとルール (下)段ボールに集った知恵 独占捨て共存共栄」も(上)と同様に色々と気になった。最初に出てくるのは「知的財産権」のシェアリングだ。違うとは言わないが、「これもシェアリングエコノミーに含めてしまうのか」とは思った。

山辺道文化館(福岡県久留米市) ※写真と本文は無関係です
記事では以下のように書いている。

【日経の記事】

東京都台東区の「ホテルグラフィー」。観葉植物が茂る雰囲気が受け、欧州からの旅行者に人気だ。ロビーにパンフレットを置いた飾り棚がある。素材は段ボールだ。

 製造したのは王子グループの王子産業資材マネジメント(王子IMM、東京・中央)。先細りする包装資材の需要を開拓するため、消費者との共同開発を支援するサイト「Wemake(ウィーメイク)」で昨年春からアイデアを募った。

王子IMMの商品開発担当者は約40人。サイトでは数百人から意見をもらえる。「シンプルでおしゃれな棚ができた。社内にはない発想だ」と同社の山県茂・販売戦略本部長は手応えを感じる。

あえて捨てたものもある。商品の知的財産権だ。棚は一見素朴だが、強度や量産しやすさなどを考え抜いた。開発プロセスをネットに公開しなければ特許権などを獲得できる可能性もあったが「知財を独占するより、新たなものづくりを選んだ」(山県本部長)。

技術開発の成果や著作物は、法令に基づいて独占権を得ることに価値があった。その常識が崩れつつある

バンダイナムコエンターテインメントは自社ゲームの知財を開放する「カタログIPオープン化プロジェクト」を進める。審査を通った個人や企業に、ゲームのキャラクターや音楽を使ったスマートフォン(スマホ)向けゲームなどの二次創作を認める仕組みだ。

対象は、2000年代までに発売した「パックマン」「ゼビウス」といった計21のゲーム。バンダイナムコは、二次創作されたゲームに付ける広告収入の一部などを受け取る。できるだけ多く使ってもらい、広く薄く対価を得る狙いだ。

ネットで知恵を募る「ユーザー・イノベーション」の手法に詳しい神戸大学大学院経営学研究科の小川進教授は「大量生産・販売に向かずに企業が製品化しづらかった商品やサービスを開発できる」と話す。

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取材班の考えでは、トヨタ自動車が2015年に発表した燃料電池関連の特許実施権の無償提供などもシェアリングエコノミーに含むのだろう。しかし、トヨタのニュースを聞いた時に「ここでもシェアリングエコノミーが広がってきているな」と思う人はかなり少ないのではないか。

記事に出てくる「バンダイナムコエンターテインメント」の話も引っかかる。これは「技術開発の成果や著作物は、法令に基づいて独占権を得ることに価値があった。その常識が崩れつつある」と言える一例なのか。「広告収入の一部などを受け取る」代わりに「二次創作を認める」のだから、知的財産権の活用によって利益を得るだけの話だ。これだと「独占権を得ること」には今も価値があることになる。「対価を支払って特許取得済みの技術を使わせてもらう」といった昔からある関係と似たようなものだろう。

しかも、上記の話は「ルール」とあまり関係がない。「知的財産権」のシェアリングを妨げる「ルール」は、記事を読む限りでは見当たらない。ならば「シェアエコノミーとルール」というタイトルの連載で取り上げる意味があるのか。

記事の後半部分にも注文を付けたい。

【日経の記事】

シェアリングエコノミーの存在感は高まっているが、先行きはバラ色なのだろうか。

月20万円以上稼げる人は、約80万人の利用者のうち、たった111人――。ネットで個人に仕事を外注するクラウドソーシング大手のクラウドワークス(東京・渋谷)が今年2月に公表した。同社は「発注者に適正な報酬金額を促している」というが、サイトには「時給200円」などの発注も見られる

米国では請負労働者の低賃金などが社会問題になり、この1~2年、訴訟が頻発。ネットで仕事を請け負った労働者側は「正規の従業員と同等の働きなのだから、給与や労災補償なども平等に」と訴える。訴訟対応で資金が回らなくなり破綻した家事代行サービスもある。「日本も二の舞いの恐れがある」。山崎憲・労働政策研究・研修機構主任調査員は警告する。

ネットを駆使したシェアエコノミーは、世界中から最適な知恵や労働力を調達できる魔法の道具にも思える。だからこそ国境を越えた法的リスクの管理に知恵を出し合わねばならない。

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請負労働」も「家事代行」もシェアリングエコノミーの一部だというのは取りあえず受け入れるとしても、これはシェアリングエコノミーの問題ではなく、労働問題だろう。「請負労働者の低賃金」をシェアリングエコノミーという枠で論じる必要があるのか。

しかも、取材班は自分たちで解決策を考えようとはしない。「だからこそ国境を越えた法的リスクの管理に知恵を出し合わねばならない」と他者に丸投げして連載を終えている。「知恵を出し合わねばならない」と感じているのならば、まず自分たちが出してはどうか。

シェアリングエコノミーの範囲を広げると「シェアリングエコノミーに関するルールはどうあるべきか」を論じるのが非常に難しくなる。どうしてもこのテーマで連載したいのならば、シェアリングエコノミーの範囲を狭めた上で、どこまで規制緩和して、どういう規制を残したり加えたりするのかを検討すべきだ。

今回はシェアリングエコノミーを広義で捉えすぎている上に、「ルールはどうあるべきか」に十分に踏み込まないまま終わってしまっている。その象徴が「知恵を出し合わねばならない」という結びの言葉に集約されているのではないか。


※連載全体の評価はC(平均的)。連載を担当した5人(瀬川奈都子編集委員、渋谷高弘編集委員、児玉小百合記者、伊藤正倫記者、植松正史記者)への評価も暫定でCとする。今回の連載に関しては「日経1面『シェアエコノミーとルール』に感じた問題」も参照してほしい。