2021年7月31日土曜日

歯切れの悪さ目立つ日経 上杉素直氏「Deep Insight~地銀『山口の変』の戒め」

31日の日本経済新聞朝刊オピニオン面に上杉素直氏(肩書は本社コメンテーター)が書いた「Deep Insight~地銀『山口の変』の戒め」という記事は歯切れが悪かった。「山口銀行など3つの銀行を傘下にもつ山口フィナンシャルグループ(FG)の会長兼グループ最高経営責任者(CEO)だった吉村猛取締役」について上杉氏は記事の後半で以下のように書いている。

夕暮れ時の筑後川

【日経の記事】

もっとも、今回の人事に驚きを覚えるのは、その唐突さだけが理由でない。16年に社長に就いた吉村氏は改革派の剛腕として名をはせた経営者だった。

山口の産品を全国に届ける地域商社、地元企業に経営層の人材を紹介する専門企業……。吉村氏は銀行から「地域価値向上会社」への転換を掲げ、毎年のように新しい組織をつくって金融以外の新ビジネスを広げていた。

先の国会で成立した改正銀行法は銀行の事業会社への出資規制を緩め、地方銀行が金融以外のビジネスに力を入れる環境を整えた。そんな法改正の何歩も先を行くのが山口FGであり、吉村氏の経営手腕だと評されていた。

では、いったい何が6月の解任劇を招いたのか。直接の引き金は新銀行の構想をめぐる対立だったが、そこへ至るまでを振り返ると、改革を急いだがゆえに抱え込んだ課題も見えてくる。多くの地銀が近い将来向き合う可能性が高いテーマだともいえる。

伏線になった2つの懸念に注目したい。一つは銀行業の現場の士気にまつわる懸念だ

「あの会社は昔は銀行だったらしいね、と言われるようになりたい」。吉村氏が口癖のように語っていたセリフだ。金融以外の新ビジネスを急いで伸ばそうというのが真意だろうが、銀行業に携わる大多数の行員たちはどんな気分で受け止めただろうか。

収益はさっぱりだとしても、銀行業は顧客との強い結びつきをもたらす。行員のプライドの源にもなっている。本業とのシナジーあっての新ビジネスだとすれば、やはり銀行業の活気は改革を進める必要条件になるはずだ。

つまり、古きを守りながら新しいものを育てる曲芸めいた技能が求められるわけだが、そのバランスは難しい。山口FGの場合、社外取締役から「現場がついてきていないのではないか」という心配の声が上がっていたそうだ。経営のかじ取りをめぐる対立の芽は少し前から現れていた。


◎「現場の士気」は低かった?

改革を急いだがゆえに抱え込んだ課題」として「銀行業の現場の士気にまつわる懸念」を挙げているが「現場の士気」が低かったと言える材料は見当たらない。「社外取締役から『現場がついてきていないのではないか』という心配の声が上がっていたそうだ」とは書いているが、「吉村氏」と対立する側の「社外取締役」の「心配の声」だけでは何とも言えない。

心配の声が上がっていたそうだ」という書き方から推測すると、上杉氏はこの「社外取締役」から直接話を聞いた訳でもないのだろう。

現場の士気」をどうやって判断するかという問題もある。「吉村氏」のやり方に反対の行員が多数を占めていたとしても、だから「現場の士気」が低かったとは言い切れない。「CEOには不満があるが仕事はやりがいがあるし一生懸命やりたい」という行員がいてもおかしくない。

現場の士気」を問題にするならば、もう少し突っ込んだ取材が必要だろう。

続きを見ていこう。


【日経の記事】

もう一つの伏線になったのは経営者の焦りではなかったか。山口FGに対する株式市場の評価が上がらないことを懸念する吉村氏の姿を覚えている人は多い。

それもそのはず。銀行が金融以外のビジネスを手がけても簡単にもうかるわけはないからだ。たとえば20年に参入した農業にしても、名産のワサビを途絶えさせない心意気はよいが、目先の収益はまた別の話だ。ほかの新ビジネスだって事情は似ている。

地域の将来にコミットしなければ、長い目で見た地域の発展も地銀の成長も見込めない。だが、すぐもうからないどころか成功する保証もないのだから、冷徹な株式市場が評価しないのもわかる。地銀改革の厳しさがここにある。それでもなお、収益を高める一発逆転の手としてミドルリスクの新銀行に走ったのだとしたら、山口FGらしくはなかった


◎辻褄合ってる?

銀行が金融以外のビジネスを手がけても簡単にもうかるわけはない」「収益を高める一発逆転の手としてミドルリスクの新銀行に走った」という書き方から判断すると「ミドルリスクの新銀行」は本業の「金融」故に「簡単にもうかる」可能性を秘めていると取れる。

だったら、やるべきではないか。「収益を高める一発逆転の手」を捨てて「簡単にもうかるわけ」がない「金融以外のビジネス」に手を出し続けるのが「山口FG」らしさなのか。

そもそも「ミドルリスクの新銀行」は「収益を高める一発逆転の手」なのかという疑問も湧く。記事の冒頭で上杉氏は「経営破綻した日本振興銀行」に触れ「(山口FGの新銀行は)その振興銀のいきさつを思い出させる案件だ、と指摘する当局関係者がいた」と述べている。だったら「収益を高める一発逆転の手」と見なす方がどうかしている。

簡単にもうかるわけはない」事業を新たに始めたという意味で「ミドルリスクの新銀行」の件は「山口FG」らしいと見る方が自然だ。

記事の結論部分も見ておこう。


【日経の記事】

もちろん、難しいから改革のペースを落とせばよいということにはならない。実行の局面に入ったからこそ見えてきた課題を着実に解消し、改革を軌道に乗せるのが王道だ。吉村氏の後任CEOに指名された椋梨敬介社長は「対話」を掲げてスタートした。その仕切り直しの巧拙は業界の改革機運を左右する重みをもつ。


◎結局、どっちを支持?

「『吉村氏』に問題あり。解任は妥当」と言いたいのかと思っていたら「難しいから改革のペースを落とせばよいということにはならない」とも最終段落で書いている。上杉氏の迷いが記事に投影されている印象を受ける。

今回の「山口FG」の件を取り上げるならば、「吉村氏」と「社外取締役」のどちらに付くかは明確にしたい。「どっちもどっち」と打ち出しても良いだろう。だが、上杉氏はあれこれ書いてはみたものの、結局うやむやに記事を終わらせている。

最後の段落では「吉村氏の後任CEOに指名された椋梨敬介社長」に触れた上で「その仕切り直しの巧拙は業界の改革機運を左右する重みをもつ」と成り行き注目型の結論で逃げている。それが上杉氏にとっての精一杯ならば、この問題を取りげるのは荷が重すぎた。


※今回取り上げた記事「Deep Insight~地銀『山口の変』の戒め

https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20210731&ng=DGKKZO74350940Q1A730C2TCR000


※記事の評価はD(問題あり)。上杉素直氏への評価はDを維持する。上杉氏に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「麻生氏ヨイショ」が苦しい日経 上杉素直編集委員「風見鶏」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/03/blog-post_25.html

「医療の担い手不足」を強引に導く日経 上杉素直氏
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/07/blog-post_22.html

麻生太郎財務相への思いが強すぎる日経 上杉素直氏
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/09/blog-post_66.html

地銀に外債という「逃げ場」なし? 日経 上杉素直氏の誤解
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/03/blog-post_8.html

日経 上杉素直氏 やはり麻生太郎財務相への愛が強すぎる?
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/06/blog-post_27.html

「MMTは呪文の類」が根拠欠く日経 上杉素直氏「Deep Insight」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/07/mmt-deep-insight.html

「法人税の最低税率」への誤解が怖い日経 上杉素直氏「Deep Insight」https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/10/deep-insight.html

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