2019年7月17日水曜日

「TPP11とEUの大連携」を日経 滝田洋一編集委員は「秘策」と言うが…

15日の日本経済新聞朝刊オピニオン面に載った「核心~自由貿易 巻き返しへ秘策」という記事はツッコミどころが多かった。冒頭で筆者の滝田洋一編集委員は以下のように記している。
石巻駅(宮城県石巻市)※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

米中の通商摩擦や保護主義の台頭が、世界経済に暗雲となって垂れ込めている。米国や中国に直接働きかけても埒(らち)が開かない。それなら環太平洋経済連携協定(TPP11)と欧州連合(EU)が手を結び、巨大自由貿易圏をつくってはどうだろう

活発に政策提言をするフランスのザキ・ライディ・パリ政治学院教授、経済財政諮問会議メンバーである竹森俊平慶大教授らが提唱した。単に保護主義反対と言ったところで、話は前に進まない。日欧による米国への対抗軸と受け取られない配慮は必要だが、ここはひとつ大風呂敷を広げてみるときではあるまいか



◎「直接働きかけても埒が開かない」相手なら…

環太平洋経済連携協定(TPP11)と欧州連合(EU)が手を結び、巨大自由貿易圏」を作るのが「秘策」らしい。しかし「日欧による米国への対抗軸と受け取られない配慮は必要」だと言う。

なぜ必要なのかは不明だが、取りあえず受け入れてみよう。しかし「直接働きかけても埒が開かない」米国にどうやって「配慮」するのか。記事では最後の方でも「日欧間で米国を無視するかのような貿易圏構想が浮上しているといった誤解を招くのは禁物だ。そこを十分に配慮するとしても~」と書いている。

そもそも「米国や中国に直接働きかけても埒が開かない」からTPP11とEUで手を結ぼうという発想のはずだ。だとしたら「米国を無視するかのような貿易圏構想」との認識は「誤解」とは言えない。

誤解」されたらマイナスの方が大きい「構想」ならば、実現には動かない方が良いだろう。とても「秘策」とは言えない。

記事の続きを見ていこう。

【日経の記事】

2017年に発足したトランプ政権の初仕事がTPPからの離脱だった。多国間の貿易協定では米国の声が通らず利益を損なう。2国間の交渉でこそ米国の主張を貫ける――。大統領がそんな姿勢を鮮明にするなか、自由貿易協定(FTA)は大きな逆風にさらされている

日本貿易振興機構(ジェトロ)によれば、18年末時点で発効済みのFTAの数は全世界で309件にのぼる。とはいえ18年に発効したFTAは合わせて5件にとどまり、17年の10件に比べて半減した。05~09年の5年間に79件、10~14年には67件のFTAが発効したのと比べて、明らかにペースは落ちている

ならば、自由貿易に向けた巻き返し策はないか。TPP11とEUの大連携の構想は、そんな発想から生まれた。



◎根拠になる?

FTAが発効」する「ペース」が「落ちている」ことを根拠に「自由貿易協定(FTA)は大きな逆風にさらされている」と滝田編集委員は解説している。これは奇妙だ。

各国が必要とする「FTA」を実現させてしまえば、最終的には「FTA」の新規発効はゼロになるはずだ。だからと言って、その時点で「FTA」が「大きな逆風にさらされ」る訳ではない。

例えば国連で新規加盟がどんどん減り、全ての国が加盟したために最終的に新規加盟ゼロが常態化したとしよう。この場合、国連は「大きな逆風にさらされている」と考えるべきだろうか。

さらに記事の続きを見ていこう。

【日経の記事】

日本は18年12月、アジア・太平洋の国々とTPP11を発効させた。米国が抜けた痛手にめげず努力を続けた成果が実った。19年2月には日本とEUの間で経済連携協定(EPA)が発効。その延長線上でアジア・太平洋と欧州に架橋しようというのである



◎既に「架橋」できているのでは?

上記の説明だと「TPP11」の中で「EU」と「経済連携協定(EPA)」を結んでいるのは「日本」だけとの印象を受ける。しかし、報道によると、ベトナムやシンガポールは締結済みで、メキシコやオーストラリアも交渉を進めているようだ。

TPP11とEUの大連携」によって日本以外でも「アジア・太平洋と欧州に架橋」が実現すると捉えるのはやや無理がある。

さらに続きを見ていく。

【日経の記事】

このTPP11とEUの大連携の特徴は、何といっても経済規模の大きさにある。世界の域内総生産(GDP)に占めるウエートは、TPP11が13%でEUは22%。合わせて35%にのぼる。米国の24%や中国の15%を大幅にしのぐ。

狙いは経済面にとどまらない。自由貿易や多国間の貿易体制を守り続けるという政治的メッセージにこそある。この大連携は、貿易やハイテク分野での米中対立の嵐から、参加国の身を守る保険の役割を果たす、というのだ



◎「政治的メッセージ」が効く?

大前提として「米国や中国に直接働きかけても埒が開かない」はずだ。なのに「TPP11とEUの大連携」によって「自由貿易や多国間の貿易体制を守り続けるという政治的メッセージ」を送ると「米国や中国」の考えが変わるのか。「変わる」と滝田編集委員が確信しているのならば、その理由を明示すべきだ。
支倉常長像(仙台市)※写真と本文は無関係です

この大連携は、貿易やハイテク分野での米中対立の嵐から、参加国の身を守る保険の役割を果たす」との説明も納得できなかった。「米中対立の嵐」が起きても悪影響を受けずに済む「保険」などあるだろうか。

この後もよく分からない説明が続く。

【日経の記事】

米中の通商摩擦は、ケンカ両成敗では終わらせない。TPP11もEUも、関税をなくし、知的財産権などを保護するといった点では、質の高い仕組みを求めている。

▼政府の産業補助金、国営企業の役割、知的財産権の保護。これらのルールを、明確化し近代化すること。

▼外国からの直接投資や市場アクセスを安全にすること。政府調達へのアクセスを透明にし互恵的にすること。

これらの提言は中国に対して一層の門戸開放と構造改革を促すものでもある。米中の通商協議で米国側が中国に求めている項目とも重なり合う。その意味で、TPP11とEUの大連携は、米国と手を携える余地が大きかろう



◎一緒に中国と戦う?

TPP11とEUの大連携は、米国と手を携える余地が大きかろう」と滝田編集委員は言う。「米国」は「直接働きかけても埒が開かない」相手だから、「手を携える」場合は米国のいいなりになるしかない。だったら何のための「TPP11とEUの大連携」なのか。

記事の最後で「企業に活を入れるためにも、TPP11とEUの大連携は悪くない話のように思えるのだが」と滝田編集委員は締めているが、記事を読む限りでは筋の悪そうな話としか思えなかった。本当に「秘策」なのか。


※今回取り上げた記事「核心~自由貿易 巻き返しへ秘策
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20190715&ng=DGKKZO47299840S9A710C1TCR000


※記事の評価はD(問題あり)。滝田洋一編集委員への評価はE(大いに問題あり)を据え置く。滝田編集委員については以下の投稿も参照してほしい。

日経 滝田洋一編集委員 「核心」に見える問題点(1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/08/blog-post_4.html

日経 滝田洋一編集委員 「核心」に見える問題点(2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/08/blog-post_24.html

日経 滝田洋一編集委員 「核心」に見える問題点(3)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/08/blog-post_5.html

引退考えるべき時期? 日経 滝田洋一編集委員 「核心」(1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/09/blog-post_32.html

引退考えるべき時期? 日経 滝田洋一編集委員 「核心」(2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/09/blog-post_40.html

市場をまともに見てない? 日経 滝田洋一編集委員「羅針盤」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/10/blog-post_69.html

日経 滝田洋一編集委員「リーマンの教訓 今こそ」の問題点
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/01/blog-post_16.html

市場への理解が乏しい日経 滝田洋一編集委員「羅針盤」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/01/blog-post_9.html

株式も「空前の低利回り」? 日経 滝田洋一編集委員の怪しい解説
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/02/blog-post_19.html

今回も市場への理解不足が見える日経 滝田洋一編集委員「核心」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/02/blog-post_25.html

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