2019年1月21日月曜日

「小売りの輪」の説明が苦しい日経 田中陽編集委員「経営の視点」

21日の日本経済新聞朝刊企業面に 田中陽編集委員が書いた「経営の視点~世界観なき店舗は淘汰 アマゾンが問う『小売りの輪』」という記事は「小売りの輪」がキーワードになっているが、個別の事例に上手く当てはまっていない。
小石川後楽園(東京都文京区)※写真と本文は無関係

アマゾン・ドット・コム」に関しては「この理論を自ら取り込んで高速で回し続けている」らしい。そうなっているか見ていこう。

【日経の記事】

新しい小売業は革新的なローコスト経営で低価格を実現し、既存業者から市場を奪う。やがて同様の手法の業者が相次ぎ、価格競争が激化する。すると「安さ」だけでは魅力が薄れ、今度は品ぞろえや接客の充実、店内環境の改善などの非価格競争に移る。価格が上がると間隙を縫って再び低価格を武器とする新しい小売業が誕生する。この繰り返し。約60年前に米国の学者が提唱した「小売りの輪」の理論だ。新陳代謝、栄枯盛衰を表す。

今、この理論を自ら取り込んで高速で回し続けている代表格はアマゾン・ドット・コムであるに違いない。

デジタル革命は手のひらにのるスマートフォンを営業時間を気にしなくてよい巨大なショッピングモールにした。買い物に行く必要は無くなり、商品を自宅に届けてくれる。低価格の追求も怠らない。購買履歴などからオススメ商品まで紹介してくれる。技術に裏打ちされた新しい商品やサービスを連打する。本のネット販売が祖業でありながらいち早く電子書籍にも乗り出すなど自社内競合もお構いなしだ。

アマゾン流の小売りの輪は市場を根こそぎ奪うようなトロール網商法で、デス・バイ・アマゾン(アマゾンによる死)という言葉も生んだ。同社を前に立ちすくむ小売業が続出している。



◎アマゾンは「自ら取り込んでる」?

アマゾン」に関して「小売りの輪」が「高速で」回っている様子は見当たらない。回っているのならば「価格競争が激化」→「非価格競争に移る」→「低価格を武器とする新しい小売業が誕生」という流れが「アマゾン」の中で起きていなければならない。

しかし「技術に裏打ちされた新しい商品やサービスを連打する。本のネット販売が祖業でありながらいち早く電子書籍にも乗り出すなど自社内競合もお構いなしだ」などと書いているだけだ。

「『小売りの輪』の理論」が「新陳代謝、栄枯盛衰を表す」もので、「この理論を自ら取り込んで高速で回し続けている代表格はアマゾン・ドット・コム」と断言するのならば、「アマゾン」の中でどんな「栄枯盛衰」が起きてきたのか記すべきだ。

おそらく「アマゾン」内で「小売りの輪」は起きていない。しかし、記事の展開上、「この理論を自ら取り込んで高速で回し続けている代表格はアマゾン・ドット・コム」とした方が都合が良いので、そうしてしまったのだろう。

付け加えると「アマゾン流の小売りの輪は市場を根こそぎ奪うようなトロール網商法」との見方にも同意できない。「アマゾン」は「本のネット販売が祖業」だ。「アマゾンが誕生してもう四半世紀」とも田中編集委員は書いている。田中編集委員には、日経本社の近くにある丸善や紀伊国屋書店を覗いてみてほしい。その時に「本の市場はアマゾンに根こそぎ奪われてしまったなぁ…」と感じるだろうか。

さらに「小売りの輪」について検証していこう。

【日経の記事】

だが小売りの輪は至る所で今も回っている。キーワードは「館の雰囲気と新しい顧客体験」だ。

三越伊勢丹ホールディングスの三越日本橋本店は昨秋、30年ぶりの改装を機に売り場にコンシェルジュを配し、手厚い接客体制を敷く。杉江俊彦社長は「人の力、環境デザイン、サービス施設を一体とした新しい店づくり」と強調する。高島屋は「まちづくりの発想」(木本茂社長)で日本橋店周辺を開発。新しい商環境を目指す。ともにデジタルの世界では味わえないリアルな商いの風景だ。

スーパーのユニーを完全子会社化するなど積極果敢に急成長するドンキホーテホールディングスだが、「ネット通販はやらない」(大原孝治社長)と明確だ。うずたかく積まれた商品陳列をかいくぐりお目当ての商品を探し、思いもしない品も目に留まる楽しさがドンキという館の世界観と顧客体験である。



◎「小売りの輪」が回ってる?

繰り返すが「価格競争が激化」→「非価格競争に移る」→「低価格を武器とする新しい小売業が誕生」というのが「小売りの輪」だ。「小売りの輪は至る所で今も回っている」と訴えるのならば、この3つが起きていると示すべきだ。
大分香りの博物館(別府市)※写真と本文は無関係です

三越伊勢丹ホールディングス」「高島屋」の事例は「非価格競争に移る」動きなのか。しかし百貨店は「低価格を実現し、既存業者から市場を奪う」存在ではなかったので、最近になって「非価格競争」に力を入れている訳ではない。

それに、「手厚い接客体制」は百貨店に昔からあるものだ。こうした動きを「新しい顧客体験」と田中編集委員は持ち上げるが、具体性には欠ける。「新しい商環境を目指す」という高島屋の話もかなり漠然としている。

デジタルの世界では味わえないリアルな商いの風景」で良ければ、どの百貨店にもある。「三越伊勢丹ホールディングス」や「高島屋」だけが実現している訳ではない。

記事の終盤もついでに見ておこう。

【日経の記事】

ユニクロ、ニトリ、無印良品は店に足を踏み入れるだけで買い物客の多くが店の屋号を言い当てることができる。他の店では販売されていない独自商品で売り場がつくられ、館の世界観がしっかりとしているからだ。当然、そこには製造の現場まで踏み込んで独自の世界観を演出できるもの作りの思想は欠かせない。

小売業は顧客が毎日訪れる日銭商売のため経営環境の構造的な変化に気付くのが遅いといわれる。天気や景気などを不振の理由にして現状を直視しない宿痾(しゅくあ)がある。気が付けば、デス・バイ・アマゾンが本当に待ち受ける

アマゾンが入ってこられない聖域はどこにあるのか。アマゾンが誕生してもう四半世紀。いつまでも業績の低迷をアマゾンにかこつけていてもいいのか

デジタルの渦と小売りの輪。身を委ねているだけでは何ら進歩はない。



◎最後も辻褄が…

「(小売業は)天気や景気などを不振の理由にして現状を直視しない宿痾(しゅくあ)がある。気が付けば、デス・バイ・アマゾンが本当に待ち受ける」と書いてあると、小売業界では「アマゾン」の脅威を直視しない傾向が強いのだろうと思える。

しかし、直後に「いつまでも業績の低迷をアマゾンにかこつけていてもいいのか」と出てくる。だったら「アマゾン」の脅威という「現状を直視」しているようでもある。この辺りは辻褄が合うように書くべきだ。

今回はネタに困って強引に「小売りの輪」で記事を作ったのだとは思う。だとしても、もう少ししっかりした内容に仕上げてほしかった。


※今回取り上げた記事「経営の視点~世界観なき店舗は淘汰 アマゾンが問う『小売りの輪』
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20190121&ng=DGKKZO40133260X10C19A1TJC000


※記事の評価はD(問題あり)。田中陽編集委員への評価もDを据え置く。

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