2017年3月27日月曜日

時期のズレが気になる日経1面「アパート融資 異形の膨張」

26日の日本経済新聞朝刊1面に載った「アパート融資 異形の膨張 昨年3.7兆円、新税制で過熱」というトップ記事では、時期のズレが気になった。まずは最初の方を見てみよう。
菜の花(福岡県久留米市)※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

金融機関による2016年の不動産向け融資が12兆円超と過去最高を記録した。背景の一つが相続対策のアパート建設だ。人口減社会には似つかわしくないミニバブル。まだ局所的とはいえ体力の弱い地域金融機関が主役だけに金融庁や金融界からも不安の声が上がる。米リーマン危機を引き起こしたサブプライムローン(信用力の低い個人向け住宅融資)問題の「日本版にもなりかねない」(大手銀行首脳)。

近鉄名古屋線、津駅から車で10分ほど。海岸に近い中河原地区を中心にアパートが急に増え始めたのは6年ほど前だ。すぐ数軒が目についた。「入居者募集中」。1キロ平方メートルほどの地区に数十軒以上が密集するアパート銀座だ。表札付きの部屋は一部で駐車場の車もまばら。徒歩圏内に駅もないこの地になぜなのか。

ブームだからと不動産業者があちこちに営業をかけた」。市内の男性(70)は憤る。自身も約10年前、業者の勧めで銀行から約2億円を借りて畑にアパートを建てた。近隣工場に勤務する人が入居したが、土地の安さに目を付けた業者が営業を強化しアパートが急増。入居者の争奪が起き「今はどこも空室だらけ。誰が責任を取るのか」。

日銀によると16年の全国の不動産融資は前年から15%増の12兆2806億円で統計のある1977年以降で最高。バブル期も上回った。アパートローンも同21%増の3兆7860億円と09年の統計開始以来、最高に達した。貸家の新設着工件数も41万8543件と8年ぶり高水準だ

理由の一つは、15年の税制改正で相続税の課税対象が広がったことだ。アパートを建てると畑や更地などより課税時の評価額が下がるため地主らが相続税対策で一斉に建築に走った。マイナス金利で貸出先を模索する金融機関も融資に動き、東京都の郊外などにとどまらず東北や山陰といった地方部にも異様なアパートラッシュが広がった

◇   ◇   ◇

海岸に近い中河原地区を中心にアパートが急に増え始めたのは6年ほど前」で「ブームだからと不動産業者があちこちに営業をかけた」ためらしい。だとしたら「ミニバブル」は6年前の2011年には起きていたことになる。
デュッセルドルフ(ドイツ)の教会
      ※写真と本文は無関係です

そしてミニバブルの「理由の一つは、15年の税制改正で相続税の課税対象が広がったことだ」という。これは解せない。税制改正の方向性は13年には固まっていたようだが、それでは11年の段階で「中河原地区を中心にアパートが急に増え始めた」理由を説明できない。

筆者ら(小野沢健一記者、亀井勝司記者)は「16年にアパートローンが増えた理由を説明しているだけだ」と言うかもしれないが、だとしたらなぜ「中河原地区」の事例を最初に持ってきたのか。相続税対策で「異様なアパートラッシュ」が起きている中から事例を選べばいいのではないか。

その後に出てくる事例にも時期の問題を感じる。

【日経の記事】

埼玉県羽生市は市内の空室率が10年でほぼ倍増。下水施設などの維持管理コストが膨らむことを懸念し、15年にはアパートの建設地域を従来よりも制限する規制を出した。関西や中部圏から同じ悩みを持つ自治体の視察も相次いでいる。

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15年にはアパートの建設地域を従来よりも制限する規制を出した」のならば、羽生市でのアパート建設の増加はもっと早い段階で起きていたはずだ。時期が完全にズレているとは言わないが、「15年の税制改正で相続税の課税対象が広がったこと」が影響して規制強化に至ったのかという疑問は残った。もっと早くから問題が顕在化していたのではないか。

次の事例には別の問題を感じた。なぜ社名を伏せるのかという問題だ。

【日経の記事】

融資急増の反動も出ている。「家賃減額分を支払ってほしい」。愛知県に住む80歳代の男性は2月、不動産大手を相手取った訴訟を地裁に起こした。「10年は家賃が変わらない契約だったのに、6年後に10万円減額された」と主張している。

男性はある契約を交わしていた。家賃徴収などを会社に一任する「サブリース」で、契約で決めた家賃を大家に払い続けるためリスクが少ないとされる。だが契約大家でつくる会によると、業績悪化などを理由に家賃を減らし、トラブルになるケースが増えている。この不動産大手は「運営環境などに基づいて判断し、協議したうえで決めている。家賃を上げることもある」と説明する。

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一方、週刊ダイヤモンドは4月1日号の記事で以下のように書いている。

【ダイヤモンドの記事】

今年2月22日に愛知県の男性が、同社(=レオパレス21)を相手取り裁判を起こした。

この男性は20戸のアパートを建て、05年1月に同社とサブリース契約を結んだ。契約書には「家賃は当初10年間は不変」との記載があったにもかかわらず、08年のリーマンショックで同社の経営が悪化した際に、10年未満で家賃減額を求められたという。

そこでLPオーナー会が特別部会を立ち上げ、簡易裁判所の調停で解決を目指したが、折り合いがつかず、同部会代表者が訴訟に踏み切った。今回の請求金額は約81万円だが、同じ境遇のオーナーが他に100人以上おり、こちらも集団訴訟になりそうだ。

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断定はできないが、日経とダイヤモンドが取り上げた裁判は同じものである可能性が高い。多くの内容が一致している。
千仏鍾乳洞(北九州市)※写真と本文は無関係です

だとすると、日経が社名を伏せて「不動産大手」とするのは感心しない。「異様なアパートラッシュ」に警鐘を鳴らす意図があるならば、こうした裁判についても社名を明らかにする方が情報としての価値は高まる。「不動産大手」を怒らせないように配慮した結果として社名を伏せたのだろうが、他のメディアが堂々と社名を出して報道しているのを目にすると、日経の腰の引けた姿勢が目立ってしまう。

また、ダイヤモンドの記事によれば「08年のリーマンショックで同社の経営が悪化した際に、10年未満で家賃減額を求められた」となっている。日経が取り上げた裁判でもリーマンショックの直後に「家賃減額」となったのならば、「融資急増の反動も出ている」例としては不適切だ。融資急増の前からこの問題は起きていたことになる。

ついでに言うと、「異様なアパートラッシュ」は悪い話ではないと個人的に思っている。供給者の立場では悪い話だろうが、借りる側からすれば歓迎すべき事態だ。物件が増えて選択肢が豊富になるし、賃料も下がるのであれば非常に喜ばしい。

記事では「米リーマン危機を引き起こしたサブプライムローン(信用力の低い個人向け住宅融資)問題の『日本版にもなりかねない』(大手銀行首脳)」と煽っているが、サブプライムローン問題は「信用力の低い個人向け住宅融資」を増やし過ぎたために起きたのであって、今の日本の「アパートラッシュ」とは話が違う。筆者らも書いているように「借り手には相続対策が必要な富裕層が多い」。

破綻する人も中にはいるだろう。しかし、全体として金融システムを揺るがすような事態に発展するリスクは小さそうだ。全体としては、賃貸住宅の選択肢が増えて賃料が下がるメリットの方が上回る気がする。そういう視点からもこの問題を論じれば、記事にもっと深みが出たと思える。


※今回取り上げた記事「アパート融資 異形の膨張 昨年3.7兆円、新税制で過熱
http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20170326&ng=DGKKZO14524490W7A320C1MM8000

※記事の評価はD(問題あり)。小野沢健一記者への評価は暫定でDとする。亀井勝司記者への評価は暫定C(平均的)から暫定Dへ引き下げる。

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