2017年3月13日月曜日

再開後もやはり苦しい日経1面連載「断絶を超えて」

新年を迎えて日本経済新聞朝刊1面で「断絶を超えて」という連載が始まった時、「失敗が約束されている正月企画」と評した。「断絶」自体を見つけてくるのが困難だと思えたからだ。予想通り、まともに「断絶」を描けない連載になってしまった。
三潴銀行記念館(福岡県大川市)※写真と本文は無関係です

3月13日から「断絶を超えて」の連載が再開された。そして、予想通りの苦しい内容だ。第1回の記事には「大量生産品『興味ない』 私ファースト 新流通革命」という見出しが付いている。日経の1面企画記事で「革命」の文字を見つけたら要注意だ。その意味でもこの記事には期待しにくい。

まず、最初の事例を見てみよう。

【日経の記事】

その洋服は福岡市中心部の福岡アジア美術館に展示されていた。細かな編み目が施されたシンプルな白地のベストなど3点。生地のサンプルを触ってみると質感が毛糸とまるで違う。それもそのはず。3Dプリンターで作った洋服だからだ

ゴムのように伸びるプラスチック素材を使って1日がかりで「印刷」した。素材は違えど伸縮性は抜群。着るのはもちろん、たたむこともできる。

作ったのはネットベンチャーのキャンプファイヤー(東京・渋谷)。今は試作品だが、藤井裕二執行役員(40)は確信する。「夜にプリンターにセットした洋服が翌朝にはできあがる。そんな日がいずれくる」


◎「質感」の差は素材の差では?

まず、「生地のサンプルを触ってみると質感が毛糸とまるで違う。それもそのはず。3Dプリンターで作った洋服だからだ」との記述が引っかかる。「ゴムのように伸びるプラスチック素材」を使ったのならば、「毛糸」と「質感」が違うのは当たり前だ。質感の違いを「3Dプリンターで作った」ことに求める考えが理解できない。同じ素材を使っても3Dプリンターで作ると全く「質感」が異なるのならば、「3Dプリンターで作った洋服だからだ」と言われて納得できるが…。

そして、問題の「断絶」に関するくだりに入ってくる。

【日経の記事】

スーパー・ストアが出現し、小売りの主力となる――。経済学者、林周二氏が「流通革命」でそう書いて半世紀。大量生産・大量消費を前提にした流通システムが「断絶」する。自分だけが持つこだわりや価値観を大事にする「ワタシファースト」の消費者が大型店に行かずとも「私だけの商品」を手に入れる。


◎やはり苦しい「断絶」

大量生産・大量消費を前提にした流通システムが『断絶』する」と断言しているが、「確かに断絶があり得るな」と感じられる説明は見当たらない。衣料品に限っても、ユニクロのようなビジネスモデルが死滅しかかっているわけでもない。
アントワープのBNPハリバ ※写真と本文は無関係です

この連載の苦しさがここにある。読者を納得させる「断絶」がゴロゴロ転がっているわけではない。むしろ「ほぼない」と言える。それでも「断絶」を見つけて、それを「超えて」いく姿を描かなけれならない。誰がやっても無理だろう。ゆえに、連載としての失敗は必然となる。

それに、「大型店に行かずとも『私だけの商品』を手に入れる」のは、3Dプリンターに頼らなくても昔から可能だ。オーダーメイドで服を作るのは、昔も今もそれほど特別な消費行動ではない。

記事の問題点はまだ尽きない。続きを見てみよう。

【日経の記事】

中国が先を行く。アリババ集団が手掛ける中国最大のネット通販サイト「淘宝網(タオバオ)」が提供する画像検索サービス。街で見かけたお気に入りの商品をスマートフォン(スマホ)で撮影すると、その色や形を自動解析して8億に達するサイト上の商品群から類似品を割り出す。スマホ画面を指先で操作すれば注文完了。「大量生産品には興味ない」。上海市の会社員、丁麗舟さん(26)は言い切る。

◎「自分だけが持つこだわりや価値観」は?

自分だけが持つこだわりや価値観を大事にする『ワタシファースト』の消費者が大型店に行かずとも『私だけの商品』を手に入れる」動きに関して「中国が先を行く」らしい。しかし、その後に出てくる「アリババ」の事例は「自分だけが持つこだわりや価値観を大事にする」消費者の話には見えない。

街で見かけたお気に入りの商品」と似たような服を着ようとするのならば、他人の模倣だ。そこに「自分だけが持つこだわりや価値観」はあまり感じられない。ファッション誌を見て、モデルが着ているのと同じ服を買おうとするのと似たようなものだ。

また、アリババの「ネット通販サイト」で商品を買うと「大量生産品」を避けられるかどうかも分からない。「8億に達するサイト上の商品群」があるとしても、それが「大量生産品」である可能性は残る。全て非「大量生産品」と言えるのならば、その点は明示してほしい。

次の事例に移ろう。

【日経の記事】

世界で増殖するワタシファーストの消費者。彼らを振り向かせるすべはあるだろうか。

繊維メーカーのセーレンはオーダーメード衣料に活路を求める。色や形の組み合わせは47万通り。注文を受ければすぐさま福井県内の工場にデータを飛ばし、3週間後には消費者の手元に届く。ネット技術の革新が川田達男会長(77)が、「30年前から見てきた夢」という在庫不要のオーダー衣料事業を実現させた

◎「夢」が実現したのはいつ?

セーレンの「オーダー衣料事業」とは同社の「ビスコテックス」を指すのだろう。これはかなり長い歴史がある。ダイヤモンドオンラインの記事(2017年3月3日)ではこう書いている。

カラスの群れ(福岡県久留米市)
        ※写真と本文は無関係です
セーレンは2005年に旧カネボウの繊維事業を買収した。これによって、原糸から織り、染色加工、縫製までの一貫体制を完成させた。この一貫体制とビスコテックスの組み合わせが、パーソナルオーダーを可能にしたのである

日経の書き方だと「30年前から見てきた夢」が最近になって実現したような印象を受ける。しかし、「オーダー衣料事業」の少なくとも基本的な部分は10年以上前には完成していたのではないか。

最後に記事の終盤を見てみよう。やはり気になる点がある。

【日経の記事】

東京・銀座の店舗。堀井経昭さん(63)が自ら売り込むシャツやネクタイを前に目を細める。

31年間勤めた大手アパレル会社では中国の縫製工場を飛び回った。隣には仕入れ値を安くするために工場に圧力をかける同僚の姿。「これで本当に消費者は満足しているのか」。そんな疑念がいつも頭の片隅にあった。

国産衣料品だけを集めたネット通販サイト「ファクトリエ」の運営会社に61歳で転じた。「工場が売りたい価格で売ることで日本にものづくりを残した」。山田敏夫社長(34)の信念に共鳴した。山田氏が全国600以上の工場に足を運んで選んだこだわり商品を売る堀井氏は実感する。「作り手も買い手も満足する商品に向き合えている」

既存の枠組みを一歩踏み出せば、違った景色が見えてくる。さあ、あなたも踏み出しませんか。

◎「ワタシファースト」と関係ある?

最後の話は「ワタシファースト」の消費とどう関連するのだろうか。「私だけの商品」を手に入れようとするのが「ワタシファースト」の消費者ではなかったのか。

工場が売りたい価格で売ることで日本にものづくりを残したい」という考え方に共感して服を買うのであれば、あまり「ワタシファースト」とは感じられない。むしろ「工場ファースト」に近い。「ファクトリエ」の商品が大量生産と距離を置いているのかどうかも、記事からは判然としない。

アパレルが工場から商品を「仕入れ」ているような書き方も引っかかった。そういう事例もあるかもしれないが、アパレルの場合は「委託生産」のイメージが強い。だとしたら「仕入れ値を安くする」ではなく、「工賃を安くする」とすべきだ。


※今回取り上げた記事「断絶を超えて(1)大量生産品『興味ない』 私ファースト 新流通革命
http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20170313&ng=DGKKASDZ03ICT_T00C17A3MM8000

※記事の評価はD(問題あり)。1月に連載された「断絶を超えて」については、以下の投稿を参照してほしい。

失敗覚悟? 「断絶」見えぬ日経1面連載「断絶を超えて」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/01/blog-post.html

第2回も予想通りの苦しさ 日経1面連載「断絶を超えて」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/01/blog-post_3.html

肝心の「どう戦う」が見当たらない日経連載「断絶を超えて」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/01/blog-post_5.html

「メガヨット」の事例が無駄な日経1面連載「断絶を超えて」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/01/blog-post_25.html

そもそもファストリは「渡り鳥生産」? 日経「断絶を超えて」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/01/blog-post_7.html

最後まで「断絶」に無理がある日経連載「断絶を超えて」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/01/blog-post_8.html

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