2022年5月31日火曜日

「『積み立て投資』が急速に広がっている」に根拠欠く日経朝刊1面の記事

日本経済新聞には肝心な情報が抜けている記事がよく載る。31日の朝刊1面に載った「積み立て投資、年2兆円ペース~若年層、老後に備え」という記事もそうだ。新聞の顔とも言える1面でこの完成度は辛い。全文を見た上で具体的に指摘したい。

サッポロビール九州日田工場

【日経の記事】

個人の間で投資信託を定期的に買い続ける「積み立て投資」が急速に広がっている。大手ネット証券と独立系投信の計7社に聞き取りしたところ、3月の投資額は1584億円と月間で過去最高になった。年間で2兆円に迫るペースに増えており、投信の純流入額の2割に相当する。老後への不安で若年層が資産形成に動いており、日本でも長期の資産運用に資金が向かい始めた。

積み立て投資は一定額を定期的に買い、長期の資産形成に向くとされる。購入額に増減がある投信全体と異なり、個人の投資の普及度合いを推し量る指標になる。日本経済新聞がSBI証券、楽天証券、マネックス証券、松井証券、auカブコム証券のネット証券5社、セゾン投信、さわかみ投信の計7社を対象に毎月積み立て設定の投信の買い入れ額を調べた。

3月は1584億円と年換算で約1.9兆円になる。投信全体の純流入額は2019~21年の3年平均で約9兆円。積み立て投資の年2兆円の水準は、投信全体の純流入額と比べると2割に相当する。また個人の現預金は21年に35兆円増えており、現預金偏重は変わらないが、2兆円の水準は約6%に相当する。


◎「急速に広がっている」と訴えるなら…

『積み立て投資』が急速に広がっている」というのが記事の柱だ。当然に「急速に広がっている」と裏付けるデータが要る。しかし、どの期間でどの程度の増加なのか全く分からない。

「書くのを忘れていた」というならば書き手としての資質に欠けるし、増加率のデータは元々ないのならば、根拠なしに「急速に広がっている」と書いたことになる。今回のような記事を1面に持ってきたデスクや編集局幹部の責任も重い。

3月の投資額は1584億円と月間で過去最高になった」とは書いている。ただ、これだけでは「急速に広がっている」かどうかは分からない。2月も「過去最高」で3月はそれをわずかに上回っただけかもしれない。前年同月で見る手もあるが、それでも伸び率が低い中での「過去最高」であれば「急速に広がっている」とは言えない。

さらに言えば、5月末に載せる記事でなぜ3月の数字なのか。各社とも4月の数字はありそうな気がする。

4月の数字をまだ出せないとしても「年間で2兆円に迫るペース」と書くならば1~3月の数字は見せたい。そこから「年間」の「ペース」を見るのが好ましい。

やはり、この記事の完成度は低い。


※今回取り上げた記事「積み立て投資、年2兆円ペース~若年層、老後に備え」https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20220531&ng=DGKKZO61278020R30C22A5MM8000


※記事の評価はE(大いに問題あり)

2022年5月30日月曜日

「『嫌い』が変える消費」の解説が強引な日経 中村直文編集委員

日本経済新聞の中村直文編集委員は強引な解説が目立つ。30日の朝刊ビジネス面に載った「経営の視点~『嫌い』が変える消費 酒・ユニクロ、アンチつかむ」という記事も苦しい内容だった。順に見ていこう。

三連水車

【日経の記事】  

元陸上選手の為末大氏が自身のニュースレターで意外なことを書いていた。「既存のスポーツシステムはスポーツ好きもうみましたが、スポーツ嫌いの方もたくさんうんできました」。スポーツは、アスリートの超人的な技で感動を生んだり、心身の健康を増進したり、プラス面が多い。その第一人者でもある為末氏がなぜ?

同氏によるとスポーツは「社会的な価値観を増幅させる機能」があり、苦手な人や権威的な体育会の体質で嫌な体験をした人を遠ざけてしまうことも理解する必要があるという。これはスポーツ以外にも通じる。「楽しいのが当たり前」と支配的な価値観が強まりすぎると、「アンチ」を生むことになる


◎解釈は合ってる?

まず「『アンチ』を生む」背景を正しく理解しているのか気になる。

為末氏」は「苦手な人や権威的な体育会の体質で嫌な体験をした人を遠ざけてしまうことも理解する必要がある」と訴えているだけだ。

それを「『楽しいのが当たり前』と支配的な価値観が強まりすぎると、『アンチ』を生むことになる」と中村編集委員は捉えている。「体育会の体質で嫌な体験をした人」は「『楽しいのが当たり前』と支配的な価値観が強まりすぎる」ことに反発しているのか。そもそも「体育会」に「楽しいのが当たり前」というイメージがあるのか。

さらに言えば「その第一人者でもある為末氏がなぜ?」との問いに中村編集委員は答えを出していない。例えば「為末氏」自身が多くの「スポーツ嫌いの方」を生んでしまった経験を持っているといった話があれば答えになる。

続きを見ていこう。


【日経の記事】

環境志向の高まり、縦型社会の揺らぎなど、社会・経済は激変している。当たり前と思い込んでいる価値観に対して「嫌い」が顕在化し、市場を揺さぶる。例えばお酒。「飲みニュケーション」として成長してきたアルコール市場では、ノンアルコール、あるいは微アルコール派が増えてきた

新型コロナウイルスの感染拡大で飲酒の場が減り、リモートワークが拡大。すると、酒、あるいは酒でつながる文化に嫌気がさしていた層が顕在化し、アンチ市場が広がった。実際に酒を飲めない、あえて飲まない人は約4千万人ともいわれ、酒類メーカーも嫌われない努力に余念がない。


◎話は合ってる?

『楽しいのが当たり前』と支配的な価値観が強まりすぎると、『アンチ』を生むことになる」事例として「お酒」を挙げているが、話が合っていない。

飲みニュケーション」に対して「『楽しいのが当たり前』と支配的な価値観が強まりすぎ」たから「アンチ」が増えてきたという流れなら分かる。しかし、むしろ逆だ。

新型コロナウイルスの感染拡大で飲酒の場が減り、リモートワークが拡大」したらしい。それは「飲みニュケーション」嫌いにとって好ましい状況だ。なのに「アンチ」が「顕在化」するのか。謎の現象だ。

さらに言えば「アルコール市場では、ノンアルコール、あるいは微アルコール派が増えてきた」からと言って「酒、あるいは酒でつながる文化に嫌気がさしていた層が顕在化」したとは言い切れない。

そもそも「微アルコール」は「」だ。「ノンアルコール」に関しても「飲みニュケーション」を否定しているとは限らない。「」は飲めないけど「飲みニュケーション」の場には参加したいという人にはありがたい商品だ。

少し飛ばして続きを見ていく。


【日経の記事】

キユーピーは「高カロリーを嫌う顧客」を想定し、カロリーハーフタイプを約30年前に発売した。社内でも「マヨネーズを否定することにならないか」と反対の意見も多かったが、今は約30%がカロリーカット型でアンチ派をうまく取り込んだ


◎高カロリーを好む価値観あった?

『楽しいのが当たり前』と支配的な価値観が強まりすぎると、『アンチ』を生むことになる」という話はどうなったのか。「『高カロリー』食品を食べるのは素晴らしいこと」といった「価値観」が「支配的」な時代は記憶にない。食糧難の時代の話か。

昔からの「マヨネーズ」好きも「高カロリー」を支持していた訳ではないだろう。「マヨネーズは高カロリーでなきゃ意味がない」といった考えが支配的になる中で「アンチ派」が台頭してきたのならば今回の記事に合うのだが…。

中村編集委員の書く記事はやはり無理がある。



※今回取り上げた記事「経営の視点~『嫌い』が変える消費 酒・ユニクロ、アンチつかむ

https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20220530&ng=DGKKZO61238080Z20C22A5TB0000

※記事の評価はD(問題あり)。中村直文編集委員への評価はDを維持する。中村編集委員に関しては以下の投稿も参照してほしい。

マックが「体験価値」を上げた話はどこに? 日経 中村直文編集委員「ヒットのクスリ」https://kagehidehiko.blogspot.com/2022/04/blog-post_15.html

無理を重ねすぎ? 日経 中村直文編集委員「経営の視点」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2015/11/blog-post_93.html

「七顧の礼」と言える? 日経 中村直文編集委員に感じる不安
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/05/blog-post_30.html

スタートトゥデイの分析が雑な日経 中村直文編集委員
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/06/blog-post_26.html

「吉野家カフェ」の分析が甘い日経 中村直文編集委員
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/07/blog-post_27.html

日経 中村直文編集委員「ヒットのクスリ」が苦しすぎる
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/08/blog-post_3.html

「真央ちゃん企業」の括りが強引な日経 中村直文編集委員
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/08/blog-post_33.html

キリンの「破壊」が見えない日経 中村直文編集委員「経営の視点」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/12/blog-post_31.html

分析力の低さ感じる日経 中村直文編集委員「ヒットのクスリ」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/01/blog-post_18.html

「逃げ」が残念な日経 中村直文編集委員「コンビニ、脱24時間の幸運」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/04/24.html

「ヒットのクスリ」単純ミスへの対応を日経 中村直文編集委員に問う
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/04/blog-post_27.html

日経 中村直文編集委員は「絶対破れない靴下」があると信じた?
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/05/blog-post_18.html

「絶対破れない靴下」と誤解した日経 中村直文編集委員を使うなら…
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/05/blog-post_21.html

「KPI」は説明不要?日経 中村直文編集委員「ヒットのクスリ」の問題点
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/06/kpi.html

日経 中村直文編集委員「50代のアイコン」の説明が違うような…
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/06/50.html

「セブンの鈴木名誉顧問」への肩入れが残念な日経 中村直文編集委員
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/07/blog-post_15.html

「江別の蔦屋書店」ヨイショが強引な日経 中村直文編集委員
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/08/blog-post_2.html

渋野選手は全英女子まで「無名」? 日経 中村直文編集委員に異議あり
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/08/blog-post_23.html

早くも「東京大氾濫」を持ち出す日経「春秋」の東京目線
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/08/blog-post_29.html

日経 中村直文編集委員「業界なんていらない」ならば新聞業界は?
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/09/blog-post_5.html

「高島屋は地方店を閉める」と誤解した日経 中村直文編集委員
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/10/blog-post_23.html

野球の例えが上手くない日経 中村直文編集委員「ヒットのクスリ」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/11/blog-post_15.html

「コンビニ 飽和にあらず」に説得力欠く日経 中村直文編集委員
https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/01/blog-post_23.html

平成は「三十数年」続いた? 日経 中村直文編集委員「Deep Insight」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/02/deep-insight.html

拙さ目立つ日経 中村直文編集委員「ヒットのクスリ~アネロ、原宿進出のなぜ」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/02/blog-post_28.html

「コロナ不況」勝ち組は「外資系企業ばかり」と日経 中村直文編集委員は言うが…
https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/06/blog-post.html

データでの裏付けを放棄した日経 中村直文編集委員「ヒットのクスリ」https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/07/blog-post_17.html

「バンクシー作品は描いた場所でしか鑑賞できない」と誤解した日経 中村直文編集委員https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/09/blog-post_11.html

「新型・胃袋争奪戦が勃発」に無理がある日経 中村直文編集委員「経営の視点」https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/10/blog-post_26.html

「悩み解決法」の説明が意味不明な日経 中村直文編集委員「ヒットのクスリ」https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/12/blog-post_19.html

問題多い日経 中村直文編集委員「サントリー会長、異例の『檄』」https://kagehidehiko.blogspot.com/2021/01/blog-post_89.html

「ジャケットとパンツ」でも「スーツ」? 日経 中村直文編集委員「ヒットのクスリ」https://kagehidehiko.blogspot.com/2021/01/blog-post_30.html

「微アルコール」は「新たなカテゴリー」? 日経 中村直文編集委員の誤解https://kagehidehiko.blogspot.com/2021/03/blog-post_12.html

「ながら族が増えた」に根拠欠く日経 中村直文編集委員「ヒットのクスリ」https://kagehidehiko.blogspot.com/2021/05/blog-post_14.html

「プロセスエコノミー」の事例に無理がある日経 中村直文編集委員「Deep Insight」https://kagehidehiko.blogspot.com/2021/10/deep-insight.html

2022年5月28日土曜日

国立女子大の工学部を東洋経済オンラインで前向きに取り上げた杉山直隆氏に問う

男子大がない日本では「国立女子大=性差別制度」と言うほかない。しかし、なぜかメディアでは前向きに取り上げられがちだ。オフィス解体新書・代表の杉山直隆氏が27日付で東洋経済オンラインに書いた「国立女子大で『工学部』が相次ぎ新設される背景~『工学=男性』は過去に、STEM人材を増やせ」という記事もそうだ。一部を見ていこう。

有明海

【東洋経済オンラインの記事】

工学=男性はもはや過去の話。

男女の性差を解析し、研究開発に取り入れる「ジェンダード・イノベーション」の重要性も叫ばれ、工学分野でも女性の人材が求められるようになっている。

ところが、日本は工学分野の女性人材があまりに少ない。経済協力開発機構(OECD)の調査によると、2019年に大学などの高等教育機関に入学した学生のうち、STEM(科学・技術・工学・数学)分野を専攻する女性の割合は、日本は加盟国36カ国で最下位。とくに工学・製造・建築は16%にとどまる

この問題を解決すべく、女子大初の工学部設置に乗り出したのが、国立女子大の奈良女子大学とお茶の水女子大学だ。両校は2016年に大学院の生活工学共同専攻を開設している。

共学の工学部は男子が大半を占めるので抵抗を感じる女子学生もいた。そうした人も女子大ならば、思う存分、工学を学べるわけだ


◇   ◇   ◇


疑問点を列挙してみる。

(1)「日本は工学分野の女性人材があまりに少ない」?

日本は工学分野の女性人材があまりに少ない」と見る根拠は「STEM(科学・技術・工学・数学)分野を専攻する女性の割合は、日本は加盟国36カ国で最下位」という「経済協力開発機構(OECD)の調査」。これだと「あまりに少ない」とは感じられない。

日本で必要とされる「工学分野の女性人材」の人数に対して供給される「人材」が圧倒的に少ないのならば分かる。しかし、そうした情報は出てこない。「工学・製造・建築は16%」しかいないとしても、それで企業や研究機関が困っていないのならば問題はない。

STEM分野を専攻する女性の割合」の高さを競うことに意味はない。日本は「STEM分野を専攻する男性の割合」が加盟国でトップとも言える。そんなに悪いことなのか。


(2)女子大への工学部設置で「問題を解決」?

女子大への「工学部設置」が「問題」の「解決」につながるとも思えない。「共学の工学部は男子が大半を占めるので抵抗を感じる女子学生もいた。そうした人も女子大ならば、思う存分、工学を学べるわけだ」と杉山氏は言う。しかし「そうした人」がどの程度いるのかには触れていない。数が少なければ効果は限定的だ。「共学の工学部」に進む女子学生を減らすだけに終わる可能性も十分にある。

共学の工学部」にも「16%」の女子学生がいるとしよう。それでも「男子が大半を占めるので抵抗を感じる」からと言って「工学部」への進学を諦める女子学生は「工学」への熱意が高いとは考えにくい。「そうした人」が「女子大」の「工学部」に集まってくるとしたら、その「人材」に多くを期待できない気もする。


(3)国立女子大の性差別は気にならない?

やはり「国立女子大=性差別制度」という問題も引っかかる。杉山氏はこの問題に触れないまま「女子大初の2つの工学部が軌道に乗れば、ほかの女子大でも工学部設置の動きが生まれ、女性のSTEM人材が増えるだろう。両大学に寄せられる期待は大きい」と記事を締めている。

なぜ女子は全ての国立大学の受験資格があるのに男子は2校から排除されるのだろう。これを性差別でないとするのは難しい。何も問題を感じないのか。

杉山氏が性差別容認論者ならば、それはそれでいい。ただ「国立女子大の奈良女子大学とお茶の水女子大学」が男子に門戸を閉ざしても良いと言える理由はぜひ考えてほしい。


※今回取り上げた記事「国立女子大で『工学部』が相次ぎ新設される背景~『工学=男性』は過去に、STEM人材を増やせ

https://toyokeizai.net/articles/-/590165


※記事の評価はD(問題あり)

2022年5月26日木曜日

女性だけが改姓を強いられる? 毎日新聞 佐藤千矢子論説委員の誤解

女性論者が女性問題を論じると雑な主張になりやすい。おかしな主張でも許してしまう雰囲気がメディアの中にもあるのだろう。毎日新聞の佐藤千矢子論説委員が5月23日付のプレジデントオンラインの書いた「『オッサン』かどうかを判断するリトマス試験紙になる"ある質問"~多くの人の幸せを奪う"オッサンの壁"」という記事にも色々と問題を感じた。

夕暮れ時

一部を見ていこう。

【プレジデントオンラインの記事】

なぜ選択的夫婦別姓の問題に私がこだわるのか。それは、女性の「生きづらさ」を解決するために、これが「一丁目一番地」のように感じるからだ。

選択的夫婦別姓の問題は、主に女性が結婚とともに夫の姓への改姓を事実上、強制されることによって、社会的に不利益を被る問題として語られることが多い。もちろんその問題は大きい。しかし、それだけではない。氏はその人の人格を構成する重要なアイデンティティの一部だ。改姓に抵抗のない人もいるが、改姓によって、それまでの自分の人生が否定されたように感じる人もいる。この感覚は私には経験はないが、よくわかる気がする。もちろん男性が改姓してもいいわけだが、実際には女性が改姓するケースが96%と圧倒的だ。女性だけが、結婚とともに、改姓を強いられ、自己喪失感を持つという問題を、放置していいはずがない。なぜ女性だけが、生まれながらの姓で生きることが許されないのか、説明がつかない。


◎そんなに「強制」ある?

女性だけが、結婚とともに、改姓を強いられ、自己喪失感を持つという問題を、放置していいはずがない」という認識は明らかに間違っている。

まず「改姓を強いられ」ることは基本的にない。男性が「改姓」してもいいと佐藤論説委員も認めている。どうしても「改姓」が嫌ならば「結婚」をやめてもいい。その自由もある。

選択的夫婦別姓の問題は、主に女性が結婚とともに夫の姓への改姓を事実上、強制されることによって、社会的に不利益を被る問題として語られることが多い」と佐藤論説委員は書いているが「夫の姓への改姓を事実上、強制される」という事例がそんなにあるのか。

改姓」を拒めば家族を皆殺しにすると脅されて「改姓」に応じた女性もいるかもしれない。その場合は「事実上」の「強制」と言えなくもない。しかし、そうした話は稀だろう。

実態にはそぐわないが「改姓した人=改姓を強いられた人」との前提で考えてみよう。この場合でも「女性だけが、生まれながらの姓で生きることが許されない」とは言えない。

女性が改姓するケースが96%」と佐藤論説委員も書いている。言い換えれば「男性が改姓するケースが4%」ある。ここに属する男性も「生まれながらの姓で生きることが許されない」人に当たるはずだ。

ついでに言うと「選択的夫婦別姓の問題」が「女性の『生きづらさ』を解決するため」の「一丁目一番地」ならば日本の女性が抱える問題は大きくない。「選択的夫婦別姓」が実現しなくても生活苦に陥る訳ではない。貧困や差別などで目立った問題がないから「選択的夫婦別姓の問題」を「一丁目一番地」と感じるのだろう。やはり日本の女性は恵まれている。

もう少し見ていく。


【プレジデントオンラインの記事】

私は男性優位に設計された社会でその居心地の良さに安住し、意識的にも無意識のうちにも現状維持を望むあまり、変化に適応できない人を「オッサン」と称しているが、これだけ選択的夫婦別姓容認派が多数を占めてもなお、「家族の絆」や「日本の伝統」を理由に「選択的に」夫婦別姓を認めることにさえ反対するのは、年長の男性が家庭で権力を持つ「家父長制」や性別役割分担の意識に縛られた「オッサンの壁」の象徴のように思える。

立法府で重い責任を負う国会議員たちが、この問題に賛成するか反対するかは、私にとって「オッサン」(オッサン予備軍を含む)かどうかを判断するリトマス試験紙のような役割を果たしている。だから、こだわらざるを得ない。男性の既得権、もっとやわらかく言えば、男性が生まれながらにはいている「下駄」に気づかず、男性優位社会を当たり前のこととして守ろうとする「オッサンの壁」が、多くの人たちの幸せを奪っているのではないだろうか。選択的夫婦別姓問題はそのわかりやすい例のように思う。


◎「オバハン」もあり?

佐藤論説委員は「男性優位に設計された社会でその居心地の良さに安住し、意識的にも無意識のうちにも現状維持を望むあまり、変化に適応できない人を『オッサン』と称している」らしい。

男性優位に設計された社会でその居心地の良さに安住し、意識的にも無意識のうちにも現状維持を望むあまり、変化に適応できない女性」がいたら「オバハン」と佐藤論説委員は呼ぶのだろうか。

あるいは「女性だけが、結婚とともに、改姓を強いられ」ると誤解する佐藤論説委員のような女性を「オバハン」と称する人がいたら受け入れられるのか。そこを考慮した上で「オッサン」という言葉を使ってほしい。

選択的夫婦別姓」に賛成するかどうかは、自分から見れば好みの問題だ。国民の過半数が導入を望むなら導入すべきだし、そうでないなら見送っていい。自分と意見が異なるからと言って反対派を「オッサン」と称して蔑むような態度は感心しない。

佐藤論説委員はそうは思わないのか。


※今回取り上げた記事「『オッサン』かどうかを判断するリトマス試験紙になる"ある質問"~多くの人の幸せを奪う"オッサンの壁"」

https://president.jp/articles/-/57345


※記事の評価はD(問題あり)

2022年5月25日水曜日

FACTAで「過去の国債債務不履行=非自国通貨建て」と断言した中野剛志氏に問う

個人的にはMMTを支持しているが、日本での代表的な論者である中野剛志氏はあまり信用していない。FACTA6月号の記事でも事実誤認と思える記述があった。以下の内容で問い合わせを送っている。

室見川

【FACTAへの問い合わせ】

評論家 中野剛志様  FACTA編集人兼発行人 宮嶋巌様

FACTA6月号に中野様が書いた「『狂信と平和ボケ』の財務省」という記事についてお尋ねします。問題としたいのは「実際、過去の債務不履行の事例は、いずれも、非自国通貨建て国債に関するものだ」との記述です。

記事の中で「(変動相場制の下で)自国通貨建ての国債が債務不履行に陥ることは、その国家に返済の意志がある限りはあり得ない」というMMT(現代貨幣理論)の主張を中野様は紹介しています。この主張が正しいとしても「過去の債務不履行の事例は、いずれも、非自国通貨建て国債に関するもの」とは思えません。

代表的なMMT論者であるL・ランダル・レイ氏は著書「MMT」で以下のように述べています。

1998年、ロシアはその政府債務のデフォルトによって金融市場に衝撃を与えた。多くの人々が、ロシアのデフォルトは、主権を有する政府の債務にデフォルトリスクはないというMMTの立場に反するものだと信じている。ロシアの債務が、政府によって発行された通貨であるルーブル建てだったことは間違いない

レイ氏も含め「1998年」の「ロシアのデフォルト」はロシア政府が返済の意思を欠いていたために起きたと見なす場合が多いようです。なのでMMTの主張が誤りとは言えません。ただ「債務不履行の事例」に「自国通貨建て国債に関するもの」もあるはずです。

過去の債務不履行の事例は、いずれも、非自国通貨建て国債に関するもの」という説明は誤りと見て良いのでしょうか。問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。御誌では読者からの間違い指摘を無視してミスを放置する対応が常態化しています。読者から購読料を得ているメディアとして責任ある行動を心掛けてください。


◇   ◇   ◇


※今回取り上げた記事「『狂信と平和ボケ』の財務省」https://facta.co.jp/article/202206010.html


※記事の評価はD(問題あり)

2022年5月24日火曜日

「戦時の日米首脳会談は20年ぶり」? 日経 吉野直也 政治部長はやはり苦しい

日本経済新聞の吉野直也政治部長に記事を書かせるのはやめた方がいい。ベテランでありながら朝刊1面の解説記事で「戦時の日米首脳会談はアフガニスタンとイラクでの戦争以来、ほぼ20年ぶりである」と堂々と書いてしまうならば、かなり苦しい。周りがサポートできていないのか、吉野部長がサポートを受け付けないのか。いずれにしても書き手としての適性は明らかに欠けている。

耳納連山に立つ電波塔

日経には以下の内容で問い合わせを送った。

【日経への問い合わせ】

日本経済新聞社 政治部長 吉野直也様

24日朝刊1面の「同盟深化が促す『自立』」という記事についてお尋ねします。問題としたいのは「戦時の日米首脳会談はアフガニスタンとイラクでの戦争以来、ほぼ20年ぶりである」というくだりです。

ここで言う「戦時」を「日米どちらかが戦争をしている時期」とした場合、現状は「戦時」に当たらないのではありませんか。

世界のどこかで戦争が起きていれば戦時」との前提でも考えてみました、その場合でも「ほぼ20年ぶり」が成立しません。「アフガニスタン戦争」に関して日経は「20年に及ぶ米史上最長の戦争」であり「米軍撤収期限直前の(2021年)8月15日にタリバンがアフガンほぼ全土を掌握して、事実上、米国の敗北で終わった」と説明しています。

これを信じれば、2021年4月の菅・バイデン会談も17年2月の安倍・トランプ会談も「戦時の日米首脳会談」となります。「戦時」を「日米のどちらかが戦争をしている時期」と定義した場合でも「ほぼ20年ぶり」はやはり成り立ちません。

戦時の日米首脳会談はアフガニスタンとイラクでの戦争以来、ほぼ20年ぶりである」との説明は誤りと考えてよいのでしょうか。問題なしとの判断であれば、その根拠を併せて教えてください。御紙では読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。日本を代表する経済メディアとして責任ある行動を心掛けてください。


◇   ◇   ◇


※今回取り上げた記事「戦時の日米首脳会談はアフガニスタンとイラクでの戦争以来、ほぼ20年ぶりである

https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20220524&ng=DGKKZO61055380U2A520C2MM8000


※記事の評価はD(問題あり)。吉野直也政治部長への評価はDを維持する。吉野部長に関しては以下の投稿も参照してほしい。

相変わらず苦しい日経 吉野直也政治部長「Angle~『工作員』プーチン氏の限界」https://kagehidehiko.blogspot.com/2022/05/angle.html

2月と3月でウクライナ情勢の分析を一変させた日経 吉野直也政治部長の厚顔https://kagehidehiko.blogspot.com/2022/03/23.html

おかしな分析を連発…日経 吉野直也政治部長の「Angle~弱い米国がもたらす世界」https://kagehidehiko.blogspot.com/2022/02/angle.html

トランプ氏の発言を不正確に伝える日経 吉野直也記者
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/05/blog-post_7.html

トランプ大統領「最初の審判」を誤解した日経 吉野直也次長
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/03/blog-post_13.html

日経 吉野直也記者「風見鶏~歌姫がトランプ氏にNO」の残念な中身
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/10/no.html

漠然とした訴えが残念な日経 吉野直也政治部長「政策遂行、切れ目なく」https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/08/blog-post_29.html

日経が好んで使う「力の空白」とは具体的にどんな状況? https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/08/blog-post_30.html

2022年5月21日土曜日

おかしな解説が目立つ日経社説「賃上げ伴う物価上昇の好循環を総力で」

 21日の日本経済新聞朝刊総合1面に載った「賃上げ伴う物価上昇の好循環を総力で」という社説はおかしな解説が目立った。順に見ていく。

夕暮れ時の筑後川河川敷

【日経の社説】

総務省が発表した4月の消費者物価指数は生鮮食品を除く総合指数で前年同月比2.1%上昇した。日銀が物価安定の目標とする2%を超えたのは消費税率引き上げの影響が出た2015年3月以来、約7年ぶり。その特殊要因を除くと、13年7カ月ぶりだ。

長くデフレに苦しんだ日本だがこの2%到達は朗報といえない。日本経済の活力を高め、賃上げを伴う物価上昇の好循環が起きるような環境を整えるのが急務だ。


◎デフレ脱却はできた?

まず1つ日経にお願いしたい。「長くデフレに苦しんだ日本だがこの2%到達は朗報といえない」と書いているが、現状でデフレ脱却はできたのか。日経の見解を社説で示してほしい。日銀の見方とはもちろん違ってもいい。

2%に達してもデフレ脱却とは見なせないとするならば、日経にとってデフレ脱却の基準は何なのかも教えてほしい。「消費者物価指数(生鮮食品を除く総合)」以外の基準を持ち出す場合、物価上昇率が5%になっても10%になっても「デフレ脱却はまだまだ」という状況もあり得る。

そうなると「デフレ」とは何なのかという話にもなってくる。そこを経済紙としてしっかり説明してほしい。

続きを見ていこう。


【日経の社説】

物価上昇は世界共通の流れだ。消費者物価は米国で40年ぶりの8%台、ユーロ圏も7%台半ばと高い伸びが続く。ロシアのウクライナ侵攻が原油や資源、穀物の高騰に拍車をかけた。

日本では21年春に携帯大手各社が一斉に料金を値下げした影響が上昇率を押し下げてきたが、4月はその要因が薄れた。日銀の黒田東彦総裁は22年度に物価上昇が「いったん2%程度」まで高まると指摘した。到達は予想通りだ。

数字こそ2%に達したものの、世界的な資源高や円安といった外部要因による物価上昇は、国富の海外流出を招き、家計を苦しめて個人消費を沈滞させる。日銀は金融緩和の手をゆるめられないため円安が一段と進み、輸入価格を押し上げる悪循環を生む

すくみ合いの構図を脱し、流れを反転させる必要がある


◎「流れを反転させる必要がある」?

流れを反転させる必要がある」と日経は言う。「日銀は金融緩和の手をゆるめられないため円安が一段と進み、輸入価格を押し上げる悪循環を生む」のが現状だ。この「流れを反転させる」とどうなるだろう。

まず「日銀は金融緩和の手をゆるめ」る。すると「円安」から円高に流れが変わる。「輸入価格を押し上げる」力が弱まり「家計」に恩恵が及んで「個人消費」が活発になるといったところか。しかし「金融緩和の手をゆるめ」るべきだと日経は訴えていない。

金融緩和」を見直せば本当に上記のような「流れ」になるかどうかは分からない。しかし日経が「流れを反転させる必要がある」と見るならば「強引な長期金利の抑圧をやめろ」ぐらいの主張はしていい。

さらに見ていく。


【日経の社説】

企業は原材料高を価格に上乗せできていない。企業間で取引する「川上」の価格を示す国内企業物価指数の4月の上昇率は10.0%。「川下」の消費者物価との差は8ポイント近い。顧客離れを恐れて企業がコスト増を抱え込むためだが、これは持続的ではない。

最近、生活に身近な食品や飲料で値上げの発表が相次いでいるのはやむを得ない。企業は適切な価格転嫁を通じ、生産性や付加価値を高める努力が必要だ。


◎初歩的な理解ができていないような…

国内企業物価指数の4月の上昇率は10.0%。『川下』の消費者物価との差は8ポイント近い」というデータを根拠に「企業は原材料高を価格に上乗せできていない」と断定できるだろうか。きちんと「原材料高を価格に上乗せできて」いる可能性は十分にある。社説の筆者は基本的なことを理解できていないと感じる。

商社が小麦を輸入しパンメーカーが製造販売(小売りも手掛けているとする)している場合を考えてみよう。小麦の輸入コストが10%上昇したので、それを上乗せして商社はパンメーカーに販売する。10%をきっちり転嫁できている。企業間取引であり「上昇率は10.0%」となる。

パンの製造販売コストのうち小麦価格が占める割合は20%だとしよう。これが1割アップとなるので、小売価格に転嫁すると2%の値上げとなる。上昇率は2%だ。

小麦の仕入れコストの上昇率とは「8ポイント」の差があるが、商社もパンメーカーも「原材料高を価格に上乗せできて」いる。

社説の筆者は「国内企業物価指数」の「上昇率」が「消費者物価」のそれと上回っていれば「企業は原材料高を価格に上乗せできていない」と思い込んでいるのだろう。実際はそんなに単純な話ではない。

国内企業物価指数」はモノだけが対象なのに「消費者物価」はモノとサービスを対象としている点にも注意が必要だ。

社説の終盤も見ておこう。


【日経の社説】

果実は賃上げの形で従業員に積極的に還元すべきだ。22年1~3月期の実質雇用者報酬は前期比0.4%減と悪化した。一部大手企業は労使交渉で2%程度の賃上げを決めたが、2%の物価高で帳消しとなり、個人消費の足を引っ張る。生産性の向上に見合った一段の賃上げの努力が欠かせない。

政府も規制改革やデジタル改革、労働市場改革を意欲的に進めて後押しすべきだ。いかに経済活動の体温を高め、安定的な物価上昇につなげるか。「物価2%」を総力戦の号砲にしてほしい。


◎賃上げが消費の「足を引っ張る」?

一部大手企業は労使交渉で2%程度の賃上げを決めたが、2%の物価高で帳消しとなり、個人消費の足を引っ張る」と日経は言う。

2%程度の賃上げ」が「個人消費の足を引っ張る」とは思えない。物価上昇に追い付いていないとしても、「個人消費」にとってはプラス要因だろう。

そもそも日経は「流れを反転させる必要がある」と見ていたのではないのか。「賃上げ」の動きが加速すると物価上昇に弾みが付いてしまう。そうなると少なくとも「流れ」は「反転」しない。

世界的な資源高や円安といった外部要因」で2%の「物価上昇」となる中で「経済活動の体温を高め」ると物価上昇率はさらに高まるだろう。

それが好ましいと言うのならば「物価上昇」をどの程度にすべきか日経の見解を打ち出してほしい。

今回の社説を読んでいると「経済紙なのにこれで大丈夫なのか」という不安が先行してしまう。


※今回取り上げた社説「賃上げ伴う物価上昇の好循環を総力で

https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20220521&ng=DGKKZO61003150Q2A520C2EA1000


※社説の評価E(大いに問題あり)