2019年3月11日月曜日

「セブン24時間営業」の解説が残念な日経 田中陽編集委員

日本経済新聞の田中陽編集委員が電子版に8日付で「ニュースこう読む~セブン『東大阪の乱』 正念場の24時間営業」という記事を書いている。この問題を取り上げた点は評価したいが、内容は残念だった。セブン本部寄りの姿勢を責めるつもりはない。しかし、結論が「イノベーションでどうにかなる」では、まともな解決策になっていない。まずはそのくだりを見ておこう。
名護屋城跡(佐賀県唐津市)※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

日本でコンビニが誕生して40年超。経済成長、人口増が見込めた時代からビジネスモデルの核となる24時間営業とそれを支えるフランチャイズ契約の根幹は変わっていない。

実験でも24時間営業は譲れない一線だろう。ただ、共同配送が革新的な取り組みであることを世間に納得してもらったように24時間営業の必要性をどれだけ世間とオーナーに納得させることができるのか。

セブンはこれまでも様々なイノベーションによって店舗運営を効率化すると同時に、消費者の支持を集めてきた。合成の誤謬を解きほぐすイノベーションをつくり上げることで「持続可能な社会」の一員に踏みとどまれるはずだ


◎せめて具体的な内容を…

5年後、10年後には「イノベーション」で問題を解決できるかもしれない。だが問われているのは、人手が足りなくても「24時間営業」を強いるべきかという足元の問題だ。加盟店寄りになって「選択制を認めてあげたら…」と書けば本部の機嫌を損ねる。だからと言って「契約通りに死ぬ気で24時間営業を続けるべきだ。それが嫌ならオーナー辞めるしかない」とも主張しづらい。そこで「イノベーション」を持ち出したのだろう。

イノベーション」で逃げるのならば、せめてどんな「イノベーション」が期待できるのか具体的に記してほしかった。完全に店員の代わりができるロボットなのか。そこに触れれば「イノベーション」に期待するという結論がいかに現実離れしているか浮かび上がってしまう。それは田中編集委員も分かっているのだろうが…。

記事には、この問題に関する田中編集委員の認識不足を感じさせる記述もあった。それに関しては以下の内容で日経に問い合わせを送っている。


【日経への問い合わせ】

日本経済新聞社 編集委員 田中陽様

8日付で電子版に載った「ニュースこう読む~セブン『東大阪の乱』 正念場の24時間営業」という記事についてお尋ねします。問題としたいのは以下のくだりです。

<記事の引用>

セブンが今回の東大阪の乱について神経をとがらせているのは「アリの一穴」になりかねないとみているからだろう。それはコンビニがフランチャイズビジネスであることが背景にある。

小売業や飲食業のフランチャイズビジネスは同じ看板を掲げる以上、営業時間や品ぞろえ、サービスは統一しないとブランドの維持は難しくなる。だから個々のオーナーとの契約は例外を極力つくらないようにする。

同社は加盟店に対して一糸乱れぬ店舗運営を求める。例外をつくれば、本部とすべての加盟店との対等の関係が崩れるからだ。

「あの店のフランチャイズ契約とうちの契約が違うのは、どういうことか」と不満が出るのは明白だ。だからセブンにしてみたら例外を設けるのには消極的で、24時間営業は死守しないといけない。

--引用は以上です。

これを読むとセブンイレブンで「24時間営業」を免除されている加盟店はないと理解したくなります。しかし「セブン&アイ、小田急駅構内にコンビニ出店 提携後初」という2018年10月1日付の日経の記事によると「セブン―イレブン小田急マルシェ新宿店」の営業時間は「午前6時30分~午後11時」です。日経は提携時に「(小田急は)駅構内売店やコンビニはセブン―イレブンのフランチャイズ店舗に転換していく」とも報じています。

だとすれば「アリの一穴」は既に開いているのではありませんか。「同社は加盟店に対して一糸乱れぬ店舗運営を求める。例外をつくれば、本部とすべての加盟店との対等の関係が崩れるからだ」と田中様は解説していますが、「小田急」に「24時間営業」を「死守」させていますか。

同社は加盟店に対して一糸乱れぬ店舗運営を求める。例外をつくれば、本部とすべての加盟店との対等の関係が崩れるからだ」といった説明は誤りと考えてよいのでしょうか。問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。

問い合わせは以上です。回答をお願いします。御紙では読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。「世界トップレベルのクオリティーを持つメディア」であろうとする新聞社の一員として、責任ある行動を心掛けてください。

◇   ◇   ◇

追記)結局、回答はなかった。

※今回取り上げた記事「ニュースこう読む~セブン『東大阪の乱』 正念場の24時間営業
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO42144630X00C19A3X12000/


※記事の評価はD(問題あり)。田中陽編集委員への評価はDを据え置く。田中編集委員に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「小売りの輪」の説明が苦しい日経 田中陽編集委員「経営の視点」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/01/blog-post_21.html

2019年3月8日金曜日

地銀に外債という「逃げ場」なし? 日経 上杉素直氏の誤解

日本経済新聞の上杉素直氏(肩書は本社コメンテーター)の記事が相変わらず苦しい。8日朝刊オピニオン面に載った「Deep Insight~金融の革新阻む超低金利」という記事は、これまでにも増して問題が目立った。事実誤認と思える記述もあったので、以下の内容で問い合わせを送った。
呼子大橋(佐賀県唐津市)※写真と本文は無関係です

【日経への問い合わせ】

日本経済新聞社 上杉素直様

8日朝刊オピニオン面の「Deep Insight~金融の革新阻む超低金利」という記事についてお尋ねします。問題としたいのは以下のくだりです。

逃げ場のない地銀に比べて、大手行は海外に活路を見いだせるだけ救いがあると思われてきた。だが、米国の利上げを受けて外貨調達コストは徐々に上がり、積み上がる預金を次々と海外に振り向ける限界や危険もはっきりしてきた。みずほフィナンシャルグループが6日発表した6800億円に上る今期の損失のうち、外国債券にまつわる運用の失敗が1800億円を占めたのは必ずしもみずほ特有の事情と言い切れない

記事からは「外国債券」での「運用」も「海外に活路」を見出す方策だと受け取れます。であれば「地銀」も「海外に活路を見いだせる」はずです。

地銀3行、赤字転落 4~12月 低金利で収益力限界」という2月15日付の日経の記事では「栃木銀行」について「含み損を抱えた外債を売却したのに伴い、35億円の売却損を計上した」と報じています。「静岡銀も外債残高を3970億円から2861億円へ3割削減し、損切りした」ようです。「海外に活路」を見出したものの、結果として損失を出したという点で「みずほフィナンシャルグループ」と変わりありません。

逃げ場のない地銀に比べて、大手行は海外に活路を見いだせるだけ救いがあると思われてきた」との説明は誤りではありませんか。外債投資を「逃げ場」と見なすならば、地銀にも「逃げ場」はあります。記事の説明に問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。

追加で3つ指摘しておきます。

記事に付けた「各国国債の利回り曲線」のグラフでは、中国、米国、英国、日本を比べて「日本の低金利は突出している」とタイトルを付けています。本当に「突出している」でしょうか。

例えばスイスです。スイス国債の利回り曲線を調べると10年、15年でもマイナス圏です。だとすると日本以上の低金利とも言えます。少なくとも日本はスイスに比べて大幅に金利が低い訳ではありません。

「グラフは4カ国の中で『日本の低金利は突出している』と言っているだけだ」との弁明は可能です。ただ、だとするとグラフの意味が感じられません。4カ国に絞って国債利回りを比べる意義があるでしょうか。欧州では国債利回り(10年)で0.5%以下の国が珍しくありません。それらと比べれば「日本の低金利は突出して」いないのです。

なのに、恣意的に比較対象を選んで「日本の低金利は突出している」とタイトルを付けるのは、ご都合主義が過ぎます。厳しく言えば読者を欺く行為です。

次は以下のくだりについてです。

担い手を引き寄せる磁力も弱まっている。インターネットで盛んに検索される「GAFA銀行」。米国のIT(情報技術)大手であるグーグルやアップル、フェイスブック、アマゾン・ドット・コムという4社が銀行業に参入しないかというネット世論の期待を映す。異業種からの銀行参入に寛容な日本だからこそ盛り上がる未来予想図ではあるが、実現の可能性に関する専門家の見立てはたいてい『ノー』。規制の厳しさと超低金利の環境を考えると、わざわざ日本で銀行業を始める理由はないという結論にたどり着く

異業種からの銀行参入に寛容な日本」と書いてあると「日本は異業種からの銀行参入への規制が厳しくない」との印象を受けます。しかし、直後に「規制の厳しさと超低金利の環境を考えると、わざわざ日本で銀行業を始める理由はないという結論にたどり着く」と解説しています。どう理解すればよいのでしょうか。整合性に問題がありませんか。

GAFA銀行」の説明には他にも問題があります。金利が高くて規制が緩い国では「GAFA銀行」が次々に誕生しているのならば、「規制の厳しさと超低金利の環境を考えると、わざわざ日本で銀行業を始める理由はないという結論にたどり着く」と嘆くのも理解できます。しかし、そういう状況ではないはずです。

最後に、記事の冗長さに触れておきます。気になったのは冒頭です。

銀行界の代表として、異例の踏み込んだ発言だった。全国銀行協会の藤原弘治会長(みずほ銀行頭取)が2月の定例記者会見で、日銀の金融政策に注文を付けた。注文を付けた、というよりも、今の政策への反対論を展開したというほうが正確かもしれない

注文を付けた」を繰り返しているのが特に無駄です。改善例を示してみます。

<改善例>

銀行界の代表として異例の発言だった。全国銀行協会の藤原弘治会長(みずほ銀行頭取)が2月の定例記者会見で日銀の金融政策に注文を付けた。というより、反対論を展開したと表現した方が正確かもしれない

かなりスッキリしていませんか。それでいて伝わる内容はほぼ同じです。記事を簡潔に書くのは記者としての基本です。そして上杉様は後輩たちの模範となるべき立場にあります。その点を自覚して、もう一度基本に立ち返ってください。

問い合わせは以上です。回答をお願いします。御紙では読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。「世界トップレベルのクオリティーを持つメディア」であろうとする新聞社の一員として、責任ある行動を心掛けてください。

◇   ◇   ◇


追記)結局、回答はなかった。


※今回取り上げた記事「Deep Insight~金融の革新阻む超低金利
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20190308&ng=DGKKZO42160390X00C19A3TCR000


※記事の評価はD(問題あり)。上杉素直氏への評価はDを維持する。上杉氏に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「麻生氏ヨイショ」が苦しい日経 上杉素直編集委員「風見鶏」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/03/blog-post_25.html

「医療の担い手不足」を強引に導く日経 上杉素直氏
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/07/blog-post_22.html

麻生太郎財務相への思いが強すぎる日経 上杉素直氏
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/09/blog-post_66.html

2019年3月7日木曜日

焦点定まらぬ日経 飯野克彦論説委員「中外時評~ベネズエラが色分ける世界」

コラムを書くならば「何を訴えたいか」を明確にして構成を考えてほしい。「上級論説委員」という大層な肩書を付けているなら、なおさらだ。しかし日本経済新聞の飯野克彦上級論説委員が書いた7日朝刊オピニオン面の「中外時評~ベネズエラが色分ける世界」という記事は、焦点が定まらない内容になっている。
名護屋城跡(佐賀県唐津市)※写真と本文は無関係

記事の全文は以下の通り。

【日経の記事】

「わが国としてグアイド暫定大統領を明確に支持することを表明いたします」。河野太郎外相は2月19日の記者会見でこう語った。2人の人物が「われこそは正統な指導者である」と主張しているベネズエラ情勢をめぐり、一方に肩入れする立場を明らかにしたのである。

ベネズエラでは2018年5月の大統領選挙でニコラス・マドゥロ大統領が再選を果たした。ただこの選挙は、有力な野党指導者の投獄など政権による干渉が露骨で、当初から「公正ではない」との非難が内外で上がっていた。

マドゥロ氏は19年1月10日に2期目の就任式典に臨んだが、政府代表を派遣しなかった国も少なくなかった。そして2週間もたたない23日、事態は動いた。野党勢力をまとめあげ国会議長になったばかりのフアン・グアイド氏が、自ら「暫定大統領に就いた」と宣言したのである。

ただちに反応したのが米国のドナルド・トランプ大統領で、グアイド氏を正統な指導者として承認した。隣のブラジルやコロンビアなど多くの中南米諸国、さらに欧州の複数の国々があとに続いた。これまでに50カ国以上がグアイド氏を正統と認めている。

一方、キューバやボリビアといった中南米の反米左派政権、域外からは中国やロシア、トルコなどがマドゥロ氏についた。こうして国際社会の色分けが進むなかで、日本政府はグアイド氏の支持に踏み切ったわけである。

政治も経済も深刻な危機に陥っているとはいえ、いまもベネズエラ国内はマドゥロ政権が実効的に統治している。ノーを突きつけるのは日本政府にとって容易でなかったはずである。実際、慎重に検討を重ねたフシがある。

グアイド氏の暫定大統領就任宣言に対する日本政府の最初の反応は、1月25日に発表した外務報道官談話だった。「民主主義の回復を希求するベネズエラ国民の意思が尊重される」よう求め、注記でグアイド氏の宣言を紹介した。あえて正面から触れることは控えた印象だった。

次は2月5日の外相談話。大統領選挙を実施するため暫定大統領に就いた、とグアイド氏が表明したことを紹介したうえで、公正で自由な大統領選挙の早期実施を求めた。最終的に米国に歩調を合わせるまでに一定の段階を踏んでみせたといえる。表の流れだけをみれば欧州の国々にならった印象が強い。

世界を見わたすと立場を明確にしていない国も多い。主要7カ国(G7)のなかではイタリアの腰が定まらない。欧州ではグアイド氏を支持している国が多いが、イタリアが反対したため欧州連合(EU)として統一した政策にはなっていない。

「世界最大の民主主義国」を自認するインドは「対話による問題解決」を訴えるにとどめている。いわば中立の姿勢であり、実質的には現状容認に近い。マドゥロ政権の駐インド大使は「インドはマドゥロ大統領を支持している」と解説している。

今後の展開は見通せない。国連安全保障理事会は、常任理事国である米英仏と中ロの対立でなかば機能不全に陥っている。あたかも冷戦の時代に戻ったような国際社会の分裂が、ベネズエラを軟着陸に誘導するシナリオを描くのを難しくしている。

中南米諸国や欧州諸国が対話による事態の打開を目指しているのに対し、トランプ米大統領は今後の展開によっては軍事的選択肢も視野にあると公言している。グアイド氏を支持する国々の間にも足並みの乱れがあるのである。

カギを握るのはやはりベネズエラ国内の情勢だろう。暫定大統領への就任を宣言したあとグアイド氏は、米国などの協力を得て食糧や医薬品などの人道支援物資をベネズエラに運び込むため、国外を奔走していた。

だが、この取り組みがマドゥロ政権によって阻まれたのを踏まえ、今後は国内で活動する構えである。3月4日に帰国し、政権に圧力をかけるため大々的なデモを呼びかけている。これにマドゥロ政権がどう対応するか。それによって日本を含む国際社会は新たな判断を迫られる



◎これまでの経緯をなぞっただけ?

国際社会が「グアイド暫定大統領」支持派、「ニコラス・マドゥロ大統領」支持派、中立派に分かれている状況を飯野論説委員はまず解説する。ここまでで記事の8割ぐらいを費やしている。長すぎる気もするが、とりあえず良しとしよう。問題はその後だ。

今後の展開は見通せない」「カギを握るのはやはりベネズエラ国内の情勢だろう」などと解説した後で「大々的なデモ」に「マドゥロ政権がどう対応するか。それによって日本を含む国際社会は新たな判断を迫られる」と締めている。

「ベネズエラが今後どうなるかは結局、国内情勢次第だ」と伝えたいのならば、国際社会で「グアイド暫定大統領」支持派と「ニコラス・マドゥロ大統領」支持派がどういう「色分け」になっているのか長々と説明する必要はない。

見出しは「ベネズエラが色分ける世界」だ。「色分け」から何が読み取れるのか。「色分け」が国際情勢にどんな影響を与えるのか。それを他の人とは異なる視点から分析してこそ「上級論説委員」と呼ぶに値する。

ベネズエラの国内情勢で大きな動きがあれば「日本を含む国際社会」が「新たな判断を迫られる」のは当たり前だ。飯野論説委員に教えてもらうまでもない。こんな記事で良ければ簡単に書ける。

例えば、北朝鮮に関してこれまでの経緯をあれこれ書いて「今後の展開は見通せない」「カギを握るのはやはり北朝鮮国内の情勢だろう」「金正恩政権がどう対応するか。それによって日本を含む国際社会は新たな判断を迫られる」などと書けば一丁上がりだ。大きく間違えるリスクもない。

自らの主張に「上級論説委員」の自分だからこそ打ち出せる独自性や新規性はあるのか。次にコラムを書く時には、その辺りをじっくりと検討してほしい。


※今回取り上げた記事「中外時評~ベネズエラが色分ける世界
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20190307&ng=DGKKZO42107360W9A300C1TCR000


※記事の評価はC(平均的)。飯野克彦上級論説委員への評価はCで確定とする。飯野論説委員に関しては以下の投稿も参照してほしい。

日経 飯野克彦論説委員はキルギスも「重量級」に含めるが…
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/06/blog-post_14.html

やはり本部寄り? 日経「24時間 譲れぬセブン」今井拓也記者に注文

7日の日本経済新聞朝刊企業3面に載った「ビジネスTODAY~24時間 譲れぬセブン 利益分配 人件費は加盟店負担 高収益モデル岐路に」という記事は、セブンイレブン加盟店側のコメントも盛り込んでそれなりにバランスを取っていた。しかし日経 企業報道部の宿命なのか本部寄りの姿勢がやはり目に付く。
玄海エネルギーパーク観賞用温室(佐賀県玄海町)
          ※写真と本文は無関係です

記事中に矛盾する説明もあったので、以下の内容で問い合わせを送った。

【日経への問い合わせ】

日本経済新聞社 今井拓也様

ビジネスTODAY~24時間 譲れぬセブン 利益分配 人件費は加盟店負担 高収益モデル岐路に」という記事についてお尋ねします。記事には「セブン―イレブン・ジャパンは一部店舗で時短営業の実験を始める方針だが、なお『決して24時間営業の原則を変えるわけではない』と強調する」「今後も加盟店支援策として人手不足の店舗には従業員の派遣業者を紹介するなどする考えでフランチャイズ契約の見直しは現時点では検討していないという」 との記述があり、見出しの「24時間 譲れぬセブン」も併せて考えると「24時間営業の見直しは検討しない」と取れます。

しかし、写真に付けた説明文を見ると「24時間を見直すか検討するための実験を始める(セブンの店舗)」となっています。こちらが正しければ「24時間営業の見直しを検討する」はずです。記事中の説明に矛盾がありませんか。どちらの説明を信じればよいのですか。そして、どの説明が間違っているのですか。いずれも問題なしとの判断であれば、どう解釈すべきか教えてください。

せっかくの機会なので、ほかにも何点か注文を付けておきます。

決して24時間営業の原則を変えるわけではない」というのが本部の方針だとすると、何のために実験をしているのかとの疑問が湧きます。しかし記事には説明がありません。「24時間営業は必要」との結論ありきで実験をしているのであれば、その点は明示してほしいところです。

今回の記事は本部、加盟店の両方の言い分が反映されてはいますが、やはり本部寄りだとは思えます。まず以下のくだりについてです。

24時間の原則を変えない理由として、『社会インフラ』としての消費者ニーズのほか、コンビニの標準化されたチェーン運営の仕組みが、24時間営業を前提に成り立ってきたという事情もある。朝に販売する弁当などを深夜に配送しており、弁当などを供給する工場も24時間稼働していることが多い。営業時間を短縮する店舗が相次ぐと取引先を巻き込んだ大規模な仕組みのつくり直しが必要で『いきなり全店で見直せば崩壊する』(セブン幹部)

いきなり全店で見直せば崩壊する」との主張をそのままコメントとして使うのは感心しません。加盟店側も「いきなり全店」で「24時間営業」を中止せよと要求している訳ではありません。「選択制」を求めているだけです。「セブン幹部」のような「反論になっていない反論」はよく見られます。「公務員の数が多過ぎる。削減すべきだ」との主張に対して「公務員が1人もいなくなれば、国民の暮らしは成り立たない」と返すようなものです。

今回の場合であれば「加盟店側は選択制を求めているだけですよね。選択制にしたら、ほぼ全店が24時間営業をやめるんですか。そういう聞き取りもやってるんですか」などと突っ込んでほしいところです。そうすれば、より深みのある記事になったでしょう。

以下のくだりも引っかかりました。

終夜営業を見直すと人手不足の緩和につながるものの、加盟店の収益が一層悪化する可能性もある。深夜に商品を補充して売り場を充実させることで朝から売り上げ拡大を見込める効果が期待できる。このため時短営業に移行すると想定以上の売り上げ減少に見舞われる恐れがあるのだ

コンビニ加盟店ユニオンはセブンの「実験」に関して「一律に午前7時から午後11時までの営業という実験であれば地域のニーズに合った営業時間にならないのではないか(午前6時台に客数の多い店もある)」とコメントしています。

実験の結果、「」の売り上げが大きく落ち込む可能性もあります。しかし、営業開始時刻を早めればほぼ解決する問題です。24時間営業でないと対応できない訳ではありません。

さらに言えば、加盟店が求めているのは「選択制」ですから、「加盟店の収益が一層悪化する可能性」の判断は加盟店に任せるべきです。「終夜営業は必要だ」と感じれば元に戻してもいいでしょう。「加盟店としての利益は減ったけど、それでも営業時間の短縮を続けた方が楽だ」との判断もあり得ます。

今井様に対しては、本部側から「24時間営業は必要」との説得があるはずです。しかし、本部の主張が常に妥当だとは限りません。そこを見極める力を付けてください。今回の記事を読む限りでは、そこに不安が残ります。

問い合わせは以上です。回答をお願いします。御紙では読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。「世界トップレベルのクオリティーを持つメディア」であろうとする新聞社の一員として、責任ある行動を心掛けてください。

◇   ◇   ◇

写真の説明文は整理部の担当者がこれまでの経緯を踏まえて作ったのだろう。しかし、記事では「決して24時間営業の原則を変えるわけではない」という本部の方針を今井記者が前面に押し出したので、整合性の問題が生じた--。推測すると、そんなところではないか。

以前にも書いたが、流通担当の中村直文編集委員は何をしているのか。「コンビニ24時間営業問題」を編集委員として署名入りでしっかり論じてほしい。消費関連企業のヨイショ記事がやたらと目立つ中村編集委員が、この問題をどう料理するかは注目だ。料理しない可能性もそこそこありそうだが…。


※今回取り上げた記事「ビジネスTODAY~24時間 譲れぬセブン 利益分配 人件費は加盟店負担 高収益モデル岐路に
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20190307&ng=DGKKZO42107400W9A300C1TJ3000


※記事の評価はC(平均的)。今井拓也記者への評価も暫定でCとする。「コンビニ24時間営業問題」に関しては以下の投稿も参照してほしい。今井記者が関わっている可能性も十分にある。

日経「ビジネスTODAY~コンビニ24時間転機」で引っかかること
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/03/today24.html

2019年3月6日水曜日

「自動車産業のアライアンス」に関する日経 中山淳史氏の誤解

日本経済新聞の中山淳史氏(肩書は本社コメンテーター)が6日の朝刊オピニオン面に書いた「Deep Insight~日産・ルノー、脱国益への道」という記事は問題が多かった。誤りと思える記述もあったので、以下の内容で問い合わせを送っている。
ホテルモントレ長崎(長崎市)
      ※写真と本文は無関係です

【日経への問い合わせ】

日本経済新聞社 中山淳史様

6日の朝刊オピニオン面に載った「Deep Insight~日産・ルノー、脱国益への道」という記事についてお尋ねします。記事中には「リーマン・ショック以降、自動車産業を見渡せば、国家を超えて企業と企業が成長を模索するアライアンスの取り組みは、日産とルノーだけになっている」との記述があります。しかし「国家を超えて企業と企業が成長を模索するアライアンスの取り組み」はいくつもあります。それは日経の記事からも明らかです。

中国・吉利、マレーシア・プロトンに49%出資」という2017年5月25日付の記事では「中国の自動車大手、吉利汽車の親会社である浙江吉利控股集団は24日、マレーシアの同業、プロトン・ホールディングスの株式の49.9%を取得すると発表した。プロトンが持つ英高級車ロータスの株式51%も譲り受ける」と報じています。「吉利は10年に米フォード・モーターからボルボ・カーを買収」「東南アジアでは、中国自動車大手の上海汽車集団がすでにタイ財閥のチャロン・ポカパン(CP)グループと合弁生産に乗り出している」との記述もあります。

他にも、英国のジャガー・ランドローバーを傘下に持つインド自動車大手タタ・モーターズの例もあります。「リーマン・ショック以降、自動車産業を見渡せば、国家を超えて企業と企業が成長を模索するアライアンスの取り組みは、日産とルノーだけになっている」との説明は誤りと考えてよいのでしょうか。問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。

ついでに記事の書き方にも注文を付けておきます。気になったのは「経営統合を進めたいルノーは資本の論理にあらがい、言うことを聞かない日産にいらだってきた」という記述です。素直に読むと「資本の論理にあらが」っているのは「ルノー」になります。しかし中山様は「経営統合を進めたいルノーは『資本の論理にあらがい、言うことを聞かない日産』にいらだってきた」と伝えたいのでしょう。その場合、書き方を見直す必要があります。

例えば「経営統合を進めたいルノーは、資本の論理にあらがい言うことを聞かない日産にいらだってきた」と読点の位置を変えるだけでも問題はかなり解消します。中山様は記者の手本となる記事を書くべき立場にあるはずです。細心の注意を払って記事を仕上げてください。

問い合わせは以上です。回答をお願いします。御紙では読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。「世界トップレベルのクオリティーを持つメディア」であろうとする新聞社の一員として、責任ある行動を心掛けてください。

◇   ◇   ◇

記事には他にも問題を感じた。そのくだりを見ていこう。

【日経の記事】

疑心暗鬼をぬぐうのはそう難しいこととは思わない。例えば、ルノーの最大株主の仏政府が、保有する同社株式を完全に手放すか、大幅に売却する。それが実現するだけで、日産とルノーの距離はぐっと縮まるだろう

中略)日産の少数株主はもっと主張すべきだ。親子上場は日本でまだ多くの事例があるが、利益相反やガバナンス(企業統治)への懸念から米国や英国ではほぼ消滅した。そうした経営構造や慣行はできるだけ早く改善する必要があり、まず検討すべきは仏政府がルノーの経営から身を引くことだ


◎どう理解すべき?

常識的な線で「日産はルノーの支配を受け入れたくない」との前提で考えてみよう。経営統合を求める「仏政府」がルノーの「株式を完全に手放すか、大幅に売却する」と「日産とルノーの距離はぐっと縮まる」かもしれない。これは分かる。

ただ、「親子上場」的な今の状況を「改善する」方向に動くとは考えにくい。「上場」を一本化するならば、ルノーが日産を完全子会社化するような形になるだろう。しかし、それでは「ルノーの支配を受け入れたくない」という意思に反してしまうので、そうした動きが浮上した時点で「日産とルノーの距離」は離れてしまう。

「日産はルノーの支配を受け入れてもよい」との前提で考えれば、「親子上場」的な状況の解消は難しくないが、だったら「仏政府がルノーの経営から身を引く」必要性は乏しい。

親子上場」的な状況の解消に関して、日産がルノーを子会社化するのであれば「仏政府がルノーの経営から身を引く」必要はあるかもしれない。だが、今の資本関係から考えて日産がルノーを傘下に置く可能性は非常に低い。日産がそうした意思を鮮明にした場合「日産とルノーの距離」はやはり離れてしまいそうだ。

仏政府がルノーの経営から身を引く」→「『親子上場』的な状況の解消」という道筋はいずれにしても理解に苦しむ。中山氏の分析がおかしいのか、自分の読解力が低いのか…。


追記)結局、回答はなかった。


※今回取り上げた記事「Deep Insight~日産・ルノー、脱国益への道
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20190306&ng=DGKKZO42000380U9A300C1TCR000


※記事の評価はD(問題あり)。中山淳史氏への評価もDを据え置く。中山氏については以下の投稿も参照してほしい。

日経「企業統治の意志問う」で中山淳史編集委員に問う
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/07/blog-post_39.html

日経 中山淳史編集委員は「賃加工」を理解してない?(1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/03/blog-post_8.html

日経 中山淳史編集委員は「賃加工」を理解してない?(2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/03/blog-post_87.html

三菱自動車を論じる日経 中山淳史編集委員の限界
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/05/blog-post_24.html

「増税再延期を問う」でも問題多い日経 中山淳史編集委員
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/06/blog-post_4.html

「内向く世界」をほぼ論じない日経 中山淳史編集委員
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/11/blog-post_27.html

日経 中山淳史編集委員「トランプの米国(4)」に問題あり
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/01/blog-post_24.html

ファイザーの研究開発費は「1兆円」? 日経 中山淳史氏に問う
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/08/blog-post_16.html

「統治不全」が苦しい日経 中山淳史氏「東芝解体~迷走の果て」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/10/blog-post.html

シリコンバレーは「市」? 日経 中山淳史氏に問う
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/01/blog-post_5.html

欧州の歴史を誤解した日経 中山淳史氏「Deep Insight」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/03/deep-insight.html

日経 中山淳史氏は「プラットフォーマー」を誤解?
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/06/blog-post.html

ゴーン氏の「悪い噂」を日経 中山淳史氏はまさか放置?
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/11/blog-post_21.html

GAFAへの誤解が見える日経 中山淳史氏「Deep Insight」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/01/gafa-deep-insight.html

日産のガバナンス「機能不全」に根拠乏しい日経 中山淳史氏
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/01/blog-post_31.html

2019年3月5日火曜日

週刊エコノミスト「ベーシックインカムは万能か」に足りないもの

ベーシックインカムを否定したいのは分かるが、うまく否定できていない--。週刊エコノミスト3月12日号に載った「学者が斬る 視点争点~ベーシックインカムは万能か」という記事を読んで、そう感じた。筆者は後藤・安田記念東京都市研究所研究員の倉地真太郎氏。「学者が斬る」というタイトルを付けるならば、もう少ししっかりした内容に仕上げてほしかった。
平和公園(長崎市)※写真と本文は無関係です

まず、この記事では「ベーシックインカムは万能か」を論じてはいない。最後の段落で倉地氏は以下のように述べている。

【エコノミストの記事】

ベーシックインカムに賛成する人は意外と多く、普遍的に給付を行うことによるさまざまな効果検証は実証実験の結果を待たなければならない。だが、ベーシックインカム以外にも、暮らしを保障するための、きめ細やかな仕組みが海外諸国で導入されていることに目を向けてもいいだろう。そういった制度の方が日本の社会保障制度にも親和性が高いのではないだろうか。

◎どっちかと言うと…

ベーシックインカムは万能か」という見出しを付けたのは編集部の担当者だとは思う。ただ、見出しに注文を付けることは倉地氏にもできたはずだ。

今回の記事の内容であれば「ベーシックインカムは不可欠か」ぐらいが限界だ。付け加えると、倉地氏は「そういった制度の方が日本の社会保障制度にも親和性が高いのではないだろうか」と記事を締めているが、なぜ「親和性が高い」と考えられるのかは教えてくれない。ここにも不満が残った。

ベーシックインカムは万能か」に関して言えば、「万能」でないのは当然だ。「万能」と言っている賛成論者も見たことがない。重要なのは「他の制度と比べてどちらがマシなのか」だ。今回の記事では、そこも見えてこない。

記事の最初の方に話を移す。

【エコノミストの記事】

以前、「ベーシックインカムが導入できるかどうかは財源次第ですよね?」と、非常勤先の授業後に学生から質問を受けたことがある。この学生に限らず、ベーシックインカムが実際に導入できるかどうかは、技術的・財源的な問題でしかないと考える読者は多いのではないだろうか

ベーシックインカムにはさまざまなタイプがあるといわれ、一部の実証実験では、実質的には失業給付の期間を延長しただけに過ぎないものもあるようだ。しかし、いずれのタイプにおいても、最低限の所得保障によって人々を労働の義務から解放するという理念が込められている。

それでは、豊富な税収を有し、寛容な福祉を実現する北欧諸国でベーシックインカムが導入されていないのはなぜか。今回は、筆者が専門とするデンマークにおける所得保障制度の考え方を概説することで、「なぜベーシックインカムではないのか」を考えたい。



◎つながりが…

ベーシックインカムが実際に導入できるかどうかは、技術的・財源的な問題でしかないと考える読者は多いのではないだろうか」と問題提起しているので、この問題に何かヒントを与えてくれるのかと期待したが、そこから「ベーシックインカム」の用語解説に移ってしまう。「技術的・財源的な問題」以外にどんな「問題」があるのか倉地氏は最後まで論じない。そして「ベーシックインカム以外にも、暮らしを保障するための、きめ細やかな仕組みが海外諸国で導入されていることに目を向けてもいいだろう」という結論に至ってしまう。

ベーシックインカム」の「問題」には触れないものの、その代わりなのか「住宅手当」にはかなりの紙幅を割いている。今度はそこを見ていこう。

【エコノミストの記事】

日本には、年金、失業給付、生活保護制度などの所得保障制度があるものの、住宅費に充当することに特化した「住宅手当」は存在していない。対して、デンマークでは住宅手当が1967年に導入され、社会住宅制度(政府補助付き非営利住宅)と共に機能している。社会住宅とは広く国民に「住の保障」をする「みんなの家」として知られ、低所得者が優先されはするものの、そうではない所得者層も入居可能だ。後述するような要件を満たせば、家賃の一部には住宅手当が付く。ちなみに、一般住宅にも住宅手当は付く。このように、住宅手当はきわめて広い所得階層をカバーしており、高齢者世帯の約半分が受給者世帯である。デンマークの住宅手当は最低生活保障だけでなく、社会階層間の分断を防ぐ機能を有するのである。 

なぜ住宅手当制度は、ベーシックインカムのように一本化せず、年金や失業給付などとは別個に設けられているのだろうか。

考えてみよう。例えば、とある地域に一律5万円の住宅手当が配られたとする。一見すると家賃負担が減ったように見えるが、その後家主側は家賃を一斉に5万円引き上げる可能性がある。こうなってしまうと、受給者の取り分はすべて家主に吸い上げられてしまい、住宅手当の効果はほとんどなくなる。では、住宅手当による「住まいの保障」を実現するにはどうすればいいのか。

それは、行政が、住宅手当額に見合うよう、住宅の質や家賃を調整する、つまり適切な住宅市場を形成することだ。住宅費用と住宅手当を比較するためには、住宅保障費用をベーシックインカムに一体化するのではなく、住宅手当という単独の保障で住宅関連費用を可視化する必要があるのだ。

住宅手当は全ての住宅に適応されるわけではない。住民代表や行政で構成する基礎自治体(コムーネ=日本の市町村に相当)の住宅協議会が、その地域において家賃水準や住宅の質・面積が適切だと判断して初めて住宅手当の給付要件が満たされる。そのため「安かろう悪かろう」といった質の低い住宅は淘汰(とうた)されるし、反対に六本木ヒルズのような高級マンションに居住して住宅手当で補充する、という不公平な状況も回避することができる。

以上のように、デンマークでは最低所得を保障する制度を構想する上で、住宅手当は独立した給付とすることが不可欠であり、最低限の所得水準と住まいのあり方は地域で決めている。


◎逆の結果になりそうな…

考えてみよう。例えば、とある地域に一律5万円の住宅手当が配られたとする。一見すると家賃負担が減ったように見えるが、その後家主側は家賃を一斉に5万円引き上げる可能性がある」と倉地氏は言う。もちろん、その「可能性」はゼロではない。しかし限りなくゼロに近い。少し「考えて」みれば分かるはずだ。
震動の滝(雌滝、大分県九重町)
      ※写真と本文は無関係です

例えば、20歳以上の日本国民全員に「一律5万円の住宅手当(月額)」を支給するとしよう。この場合、物価全体に上昇圧力がかかるとは思う。しかし「家賃」が「一斉に5万円」上がる可能性はほぼない。「住宅手当」とはあくまで名目で、これで服を買ってもいいし、借金の返済に充ててもいいからだ。

家賃」の支払いにしか充てられない特別な仕組みを作るならば別だが、持ち家の人にも支給するので難しいだろう。

一方、記事で取り上げた「デンマーク」のケースでは「家賃」の上昇要因になりやすい。「その地域において家賃水準や住宅の質・面積が適切だと判断して初めて住宅手当の給付要件が満たされる」のであれば、「住宅」によって「手当」が付いたり付かなかったりするはずだ。

家主側」がその情報を知っている場合、「手当」が付く「住宅」の「家主」は、そうでない「家主」よりも強気の家賃設定ができる。「受給者の取り分」が「家主に吸い上げられてしま」うリスクを回避したいならば、「住宅」ごとに「手当」を付けたり付けなかったりするのは得策ではない。

最後に1つ付け加えておきたい。「住民代表や行政で構成する基礎自治体(コムーネ=日本の市町村に相当)の住宅協議会が、その地域において家賃水準や住宅の質・面積が適切だと判断して初めて住宅手当の給付要件が満たされる」という状況を倉地氏は好ましいものと捉えている。「ベーシックインカム」を支持する立場からは、こうした制度こそが問題となる。

六本木ヒルズのような高級マンションに居住して住宅手当で補充する、という不公平な状況も回避することができる」と倉地氏は言うが、どこで線引きするのが適切なのかは非常に難しい。「住宅協議会」といった組織を立ち上げて総合的に判断する場合は恣意性を排除できない。「ベーシックインカム」にはこうした問題がない。

それでも、なお「住宅手当」として支給するのが好ましいと倉地氏が見ているのであれば、その根拠を示してほしかった。「『なぜベーシックインカムではないのか』を考えたい」のであれば、そこまで踏み込みべきだ。


※今回取り上げた記事「学者が斬る 視点争点~ベーシックインカムは万能か
https://weekly-economist.mainichi.jp/articles/20190312/se1/00m/020/005000c


※記事の評価はD(問題あり)。倉地真太郎氏への評価も暫定でDとする。

2019年3月4日月曜日

「格安スマホ」の説明が成立してない日経ビジネス高槻芳記者

日経ビジネス3月4日号に載った「時事深層 INDUSTRY~減速する格安スマホに『前門の虎、後門の狼』」という記事は問題が多かった。筆者の高槻芳記者の実力不足なのか手抜きなのか分からないが、いずれにしても合格点は与えられない。
長崎港(長崎市)※写真と本文は無関係です

記事を見ながら具体的に指摘していく。

【日経ビジネスの記事】

格安スマホ育成に向け“援軍”を送る総務省だが格安スマホを取り巻く状況は急変している

調査会社のMM総研によると国内の格安スマホ回線数は18年9月末時点で1202万件。前年同期に比べ28.7%増にとどまった。年4~7割のペースで伸びた過去数年の勢いはみられない。

苦戦の要因は携帯大手のサブブランドを通じた安値攻勢だ。ソフトバンクが展開する「ワイモバイル」は17年には約200万件といわれてきた契約回線数が18年秋ごろに約400万件と、短期間で倍増した。KDDIが傘下の通信会社を通じて提供する「UQモバイル」も、大量のテレビ広告などを投じるなどしてシェアを急拡大させている。


◎「苦戦の要因」と言える?

まず「格安スマホを取り巻く状況は急変している」が苦しい。「格安スマホ回線数」が「28.7%増」で「年4~7割のペースで伸びた過去数年の勢いはみられない」と言うが、3割近い伸びは維持している。しかも、この数字は約半年前の「18年9月末時点」のものだ。それで「状況は急変している」と言われて困る。

さらに問題があるのが「苦戦の要因」だ。「携帯大手のサブブランドを通じた安値攻勢」を「28.7%増にとどまった」理由にするのは無理筋だ。「MM総研」は「国内の格安スマホ回線数」に「KDDIが傘下の通信会社を通じて提供する『UQモバイル』」を含めている。

UQモバイル」が「大量のテレビ広告などを投じるなどしてシェアを急拡大させている」のならば、それは「国内の格安スマホ回線数」に反映される。仮に他の「格安スマホ」の契約を奪っているだけだとしても、「格安スマホ」の「苦戦の要因」にはなり得ない。

記事には「携帯大手が格安スマホ市場も牛耳る」というタイトルが付いた表も載っている。ここでは「ワイモバイル (ソフトバンクのサブブランド)」も「格安スマホ」に含めている。この前提で言えば「ワイモバイル」の契約数が伸びていることも「格安スマホ」の「苦戦の要因」ではなくなる。

記事からは「格安スマホ」には「ワイモバイル」や「UQモバイル」を含むと読み取るしかない。しかし「苦戦の要因」は「携帯大手のサブブランド」を除く「格安スマホ」について述べているのだろう。これでは説明として成り立たない。

以下の説明も引っかかった。

【日経ビジネスの記事】

敵は別方面からも襲来している。NTTドコモが19年6月をめどに値下げを実施する方針。他の大手も対応策を講じる可能性が高く、「体力勝負に突入する」(ケイ・オプティコム)見通しだ。


◎「別方面」と言うには…

敵は別方面からも襲来している」と高槻記者は言う。これを受けて見出しを「格安スマホに『前門の虎、後門の狼』」としたのだろう。しかし「携帯大手のサブブランド」も「携帯大手」が手掛けており、「別方面」と呼ぶのはやや無理がある。それを「前門の虎、後門の狼」とすると、さらに苦しくなる。


※今回取り上げた記事「時事深層 INDUSTRY~減速する格安スマホに『前門の虎、後門の狼』
https://business.nikkei.com/atcl/NBD/19/depth/00064/?P=1


※記事の評価はD(問題あり)。高槻芳記者への評価も暫定C(平均的)から暫定Dへ引き下げる。高槻記者に関しては以下の投稿も参照してほしい。

給与前払いは「錬金術」? 日経ビジネス「貧テックって何だ?」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/05/blog-post_6.html

「持分法適用会社=連結対象外」は日経ビジネスの癖?
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/05/blog-post_87.html