2016年3月2日水曜日

「株価底入れ時期」の予測が残念な日経 鈴木亮編集委員

株価の予測なんて基本的に当たらないものだ。だから、「その手の記事を書くなら、ちゃんと的中させろ」とは言わない。ただ、外れてもいいから大胆に自分の見方を披露してほしい。記事に目を通す読者の多くもそう期待しているはずだ。その意味で、2日の日本経済新聞朝刊マネー&インベストメント面に載った「株価底入れ期待高まる~政策・自社株買いカギ」には少し失望した。筆者の鈴木亮編集委員ならば、リスクを取って思い切った予測をしてくれると期待していたのだが…。
石橋文化センター(福岡県久留米市) ※写真と本文は無関係です

記事の結論部分は以下の通り。

【日経の記事】

株価底入れの時期は、早ければ日米欧の金融政策決定会合などの重要日程をこなした3月中旬以降ではないだろうか。

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現時点で底入れしていないならば、上記の予測が外れる可能性はかなり低い。外れるのは3月上旬に底入れした時だけだからだ。記事が出た後は6営業日を残すのみ。その後ならば、いつ底入れしても見事に「的中」だ。せめて「底入れは近い。早ければ3月中旬にも」ぐらいは書いてほしかった。

さらに言えば「早ければ3月中旬以降」との表現は不自然だ。「3月中旬以降」には今年の12月も3年後も10年後も含まれる。それを「早ければ」と組み合わせても意味がない。

ついでに他にも気になる点を指摘しておきたい。

◎次こそ「追加緩和で底入れ」?

【日経の記事】

G20で経済成長に向けた国際協調が打ち出されたことで今後、各国の財政・金融政策の発動への期待が高まりそうだ。3月10日以降、欧州、日本、米国と中央銀行の金融政策決定会合がある(表C)。欧州は緊縮財政の見直しと追加金融緩和、日本も追加緩和と補正予算など財政出動、米国は利上げの見送りと、一連の成長戦略が期待される。

3月の決定会合で日銀が動くかどうかは見方が分かれるが、野村証券金融経済研究所の海津政信シニア・リサーチ・フェローは「1ドル=115円より円高方向の水準が定着しそうなら追加緩和に動く可能性がある」と読む。

4月に衆議院の補欠選挙、7月に参議院選挙があり、衆院の解散総選挙の可能性もくすぶっている。野党が合流や候補者調整など選挙対策を加速する中で、政府も国政選挙に向けて円高・株安の流れを変えるための対策を打つとの見方がある。本予算成立後、5兆円規模の補正予算など財政出動への期待が高まる

 (中略)日本株上昇につながる秘策を政府に期待する声もある。野村証券の海津氏は「5月下旬の主要7カ国(G7)首脳会議(伊勢志摩サミット)後に、政府は消費増税の再延長方針を打ち出す可能性がある」と語る。サミットで持続的な経済成長に向けた国際的な協調姿勢を示し、その実現のためという大義名分があれば、再延長も可能との読みだ。

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マイナス金利政策が株価底入れにつながらなかったのは鈴木編集委員も異論がないだろう。なのに、3月10日以降の追加緩和が今度は株価底入れにつながると見るのならば、その理由には触れてほしかった。「財政政策と組み合わせれば」とか「欧州などと同時にやれば」といった話には仕立てられるはずだ。

ただ、個人的には「追加緩和と財政出動が株価を本当に押し上げるかな」とは思う。例えば、マイナス金利は0.1%から1%にして、消費税率の引き上げは無期延期、さらには国債を増発して5兆円と言わず10兆円の補正予算を組んでみる。そうしたら「株は買いだ」となるだろうか。自分だったら「日本はいよいよヤバい(もちろん悪い意味で)」と感じて、株式市場から距離を置きたくなる。

付け加えると、米国に関する「一連の成長戦略」も気になる。「そんな話あったかな?」と思ってしまった。こちらの無知を責めるべきかもしれないが、もう少し説明が欲しい。

ついでに言葉の使い方でも注文を付けたい。

◎「在庫が改善」?

【日経の記事】

中国では経済減速を招いた不動産と設備の供給過剰のうち、不動産については先行きに光明が見えてきた。金融緩和や購入規制の緩和などで住宅在庫が好転している。2015年9月時点で平均在庫は12.8カ月分となり、1年間で6カ月分改善した。北京、上海など大都市の平均在庫は10カ月分で、適正といわれる水準まで下がっている。

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在庫が改善」という言い方は2つの意味で気になる。まず日本語としての不自然さだ。「雇用」とか「経済情勢」は改善すると思うが、在庫そのものは改善しないはずだ(倉庫に寝かせておくと品質が良くなるならば別だが…)。

「過剰在庫が解消に向かう」という意味で使っているのは分かるが、それは「改善」なのか。住宅には売り手と買い手がいる。在庫の減少は売り手には良い兆候でも、買い手には残念な話かもしれない。こういう問題では安易に「改善」「悪化」を使わない方が無難だ。

今回の場合ならば「住宅在庫が好転している→過剰在庫が解消に向かっている」「平均在庫は12.8カ月分となり、1年間で6カ月分改善した→平均在庫は12.8カ月分となり、1年間で6カ月分減少した」などとした方がよいだろう。


※当たり障りのない予測には不満が残ったものの、全体として大きな問題はないので記事の評価はC(平均的)とする。鈴木亮編集委員への評価もCを据え置くが、弱含みではある。

2016年3月1日火曜日

本当に「ビジネスが貧困救う」? 日経1面「新産業創世記」

貧困層向けビジネスが貧困層を救っているかどうかは微妙だ。明確に「救っている」と言える場合もあるだろうが、「奪っている」と呼ぶべきものも多いと思える。1日の「新産業創世記~難題に挑む(3)収入2ドル層に三輪タクシー売る ビジネスが貧困救う」を読んでも、ビジネスが貧困を救っているようには見えなかった。特に最初の事例は、貧困層から徴収している金額が大きすぎる。

須佐能袁神社(福岡県久留米市) ※写真と本文は無関係です
【日経の記事】

「電気がつくようになって、子どもたちに夜、勉強を教えられるようになったわ」。アフリカ東部ケニア。首都ナイロビ郊外の土壁の簡素な自宅で、3人の子育てに追われるポーリーン・キラティア(31)がはにかんだ。

 この集落には今も電気は通っていない。一家に明かりをともすのはケニアのベンチャー、エムコパソーラーの太陽光で発電する装置。持ち運びできる大きさで2つの電灯と携帯電話の充電ケーブル、簡易ラジオがつく。

エムコパは2012年9月から収入が1日2ドル(約230円)未満の低所得者に装置の販売を始めた。今ではタンザニアなどでも展開、利用者は30万人を数える。

装置自体は珍しくない。中国製に比べても割高だ。それでも売れるのは銀行がお金を貸さない低所得者に割賦販売モデルを持ち込んだから。現地で普及する携帯電話の送金サービスを使い3500シリング(約4千円)の頭金と1日50シリングの使用料を1年間払い続けてもらう。

完済した顧客なら「一定の支払い能力がある」と判断して自転車など次の商品を売り込む。創業者の一人、ジェシー・ムーア(37)は「発電装置は我々のビジネスのきっかけにすぎない」と事業拡大に意欲を燃やす。

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記事に出てくる数字を基に円換算で計算すると、エムコパが顧客にしているのは年収8万4000円未満の人たちだ(1日の収入×365日で年収を計算)。太陽光発電装置で電気のある暮らしを手に入れるためには、頭金も含めて年間2万5000円前後が必要になる。年収8万4000円の人でも年収の3割が飛んでいく。収入がさらに下の層では半分を超える場合も十分にあり得る。これで「救っている」のか。

それでも1年我慢すれば発電装置が自分の物になるのならいいが、どうも怪しい。「1日50シリング」はあくまで「使用料」だ。常識的に考えれば、使用料とは別に発電装置の代金を分割で支払っていくのだろう。そして2年目以降も使用料は払い続ける--。もしそうならば、かなり危険な香りが漂ってくる。

見出しにも問題を感じた。今回の記事には「収入2ドル層に三輪タクシー売る」という見出しが付いている。ただ、それが確認できる記述は見当たらない。2番目の事例を見てみよう。

【日経の記事】

世界銀行によると1日の生活費が1.9ドルに満たない貧困人口は12年時点で約9億人。これまでも米プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)など世界企業が格安な製品やサービスで貧困層に挑んできた。その舞台に人材や資金力に限りがあるベンチャーや中小企業が立つ。

フィリピン首都マニラ近郊のビジネス街マカティ。グローバルモビリティサービス(GMS、東京・中央)は昨秋、バイクにサイドカーをつけた三輪タクシーの割賦販売を始めた。車両に遠隔制御装置を取り付け、支払いが滞ればエンジンを強制停止して車両を回収する。「これで銀行からお金を借りられない人たちにもお金が回る」。社長の中島徳至(49)は5千台の導入を狙う。

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1日の生活費が1.9ドルに満たない」と「収入2ドル」はかなり違うが、そこは問わないでおこう。ただ、グローバルモビリティサービスは「収入2ドル層」に限定して三輪タクシーを売っているのではなさそうだ。「収入2ドル層に三輪タクシー売る」と見出しに取るならば、「割賦販売の対象は1日の収入が2ドル未満の人」とか「フィリピンでは1日の収入が2ドルを切るとローンで車が買えない」とか「三輪タクシーをGMSから購入した人の9割は1日の収入が2ドル未満」といった話が欲しい。

最後の事例も疑問が残った。

【日経の記事】

14年8月、エチオピアの首都アディスアベバ近郊で工場を稼働した革製品のヒロキ(横浜市)。同国でしか採れない高級素材の羊革「エチオピアシープ」を日本向けの30万円のコートや10万円のバックに縫い上げる。

エチオピアシープは世界一丈夫といわれ、裁断や縫製が難しい。その技を日本人職人が約20人の現地従業員に丁寧に伝えた。新たな作り手が戦力となり革衣料の増収率は3割弱に。技能を身につけた従業員の賃金は現地平均の約6倍に増えた

社長の権田浩幸(48)は言う。「ビジネスとしてやるべきことをやる。それが結果的に彼らの生活を良くする」

急がず、気負わず。そんな企業家の気構えが貧困から人々を救う原動力になる。

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記事を読む限りでは、途上国に進出した企業が現地で高めの給料を出して人を雇っているだけの話だ。わざわざ「新産業創世記」で取り上げる必要があるのか。こういう事例が出てくると「ビジネスが貧困救う」に当てはまる話が見つからなくて苦労したのだなと思ってしまう。

ついでに言うと、「技能を身につけた従業員の賃金は現地平均の約6倍に増えた」という説明は感心しない。「現地平均の6倍」が事実でも、「現地平均の約6倍に増えた」と表現すると誤解を招く。「現地平均の約6倍に達する」とでも書くべきだろう。事業を始めた2014年に比べても賃金が「6倍」ならば、それを明示すべきだ。技能を身に付けた段階で一気に賃金が増える仕組みなのかもしれないが、記事からはどう賃金が「増えた」のか読み取れない。


※記事の評価はD(問題あり)。

「証券化商品」はどこへ? 日経夕刊「プラチナ投資ブーム」

記事の最初の段落を「まとめ」的に作った場合、「これから、こんな内容を綴っていきます」という読者への宣言になる。その約束を堂々と無視した記事が、29日の日本経済新聞夕刊総合面に出ていた。「プラチナ投資ブーム 金に比べ大幅に値下がり コインや証券化商品」という囲み記事では、冒頭で「延べ板だけでなくプラチナを証券化した金融商品なども売れ行きを伸ばしている」と「宣言」しているのに、その後は「延べ板」にも「プラチナを証券化した金融商品」にも触れずに記事を終えている。見出しでにも「証券化商品」と入っていてこれでは困る。
石橋文化センター(福岡県久留米市)
            ※写真と本文は無関係です

記事の全文は以下の通り。

【日経の記事】

貴金属のプラチナ(白金)が投資商品として人気を集めている。通常なら金より高価だが、逆転して安くなっているため売れ行きを伸ばしている。日本で人気が高い金貨を販売するオーストリア造幣局は4月に純プラチナ製のコインを発売。延べ板だけでなくプラチナを証券化した金融商品なども売れ行きを伸ばしている

オーストリア造幣局は1トロイオンス(31グラム)サイズのコインをまずは5000枚製造する。純金製のコインに続き、需要が急速に伸びてきたプラチナにも手を広げる。他国に比べ金貨の店頭販売に勢いがある日本市場で7割に相当する3500枚を販売する計画だ

加工費なども加味した販売価格は、現在の国際相場で算出すると1枚13万円弱。販売代理店となる貴金属大手、田中貴金属工業は「資産用ビジネスの裾野が広がる」と期待を寄せる。プラチナは金に比べ景気の影響を受けやすい。

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最初に「貴金属のプラチナ(白金)が投資商品として人気を集めている」と書いているのに、それを裏付けるデータが全くないのも気になる。強いて挙げれば、オーストリア造幣局が4月に日本で純プラチナ製のコイン3500枚を発売することだろう。ただ、これも「他国に比べ金貨の店頭販売に勢いがある」からだそうで、プラチナが投資商品として人気を集めている根拠としては苦しい。

今回の記事は結局、「オーストリア造幣局が純プラチナ製のコインを発売する」という話だ。だったら始めから、正直にそう書けばいいのではないか。そして「オーストリア造幣局が純プラチナ製のコインを発売するのは初めてなのか」「純プラチナ製のコインは珍しいのか」などの情報を盛り込んだ方が、よほど読者に親切だ。

記事を書いた記者には「貴金属のプラチナ(白金)が投資商品として人気を集めている」という話に仕上げる気が本当にあったのだろうか。


※記事の評価はD(問題あり)。

2016年2月29日月曜日

典型的な詰め込み過ぎ 日経1面企画「新産業創世記」(2)

28日の「新産業創世記~難題に挑む(1)シリア難民に無料の授業  ITで格差埋めろ」の後半部分について、気になる点を指摘していく。ここでも詰め込み過ぎが説明不足を招いていると思える。

◎その言葉でなぜ「塾」へ?
大分川と由布岳(大分県由布市)※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

日本も教育格差と無縁ではない。「子供の貧困率」は悪化し、平均的な世帯収入の半分に満たない環境で6人に1人の子供が暮らす。

「この子がやりたいことはなんでもかなえてあげたい」。石井貴基(31)が生命保険の飛び込み営業で訪れた北海道の公営住宅。手狭な食卓で向き合ったシングルマザーの一言に心を揺さぶられた。彼女の月収は12万円。4歳の娘に良い教育を受けさせたいが、塾に通わせる余裕はない。

12年に会社を辞めた石井は、中高生向けにネットで授業を配信するアオイゼミを設立した。受験対策などをうたう同業はあったが、石井が目指すのは教育格差の解消。だから授業料は原則、無料として門戸を開いた。大学などからの広告収入、希望者向けの有料授業で運営費をまかなう。登録会員は20万人を超えた。

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4歳の娘がいるシングルマザーから「この子がやりたいことはなんでもかなえてあげたい」という話を聞いて「よし。ネットで授業を無料配信する塾を作ろう」と思うのは、かなりの飛躍がある。4歳の娘が「塾に行きたい」とは言わないだろうし、母親の「なんでもかなえてあげたい」は受験関連とは限らないはずだ。もっと行数を割けば、納得できるストーリーになるのだろうが…。


◎「ITで格差埋めろ」はどこへ?

【日経の記事】

「みんなでこの英文を訳してみよう」。長村裕(34)が声をかけると、生徒が問題に向き合う。ここは福岡県のある公立中学校。長村は非営利団体のティーチフォージャパン(TFJ)に所属する講師として教壇に立つ。TFJは全国の公立学校の求めに応じて講師を送り込む。担い手は社会人経験者を中心に約40人を数えるまでになった

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最後の事例ではついに「IT」も「格差」も関係なくなってしまった。実際にはTFJがITを駆使して格差縮小に取り組んでいるのかもしれないが、記事からは単なる講師派遣業のように見える。


※詰め込み過ぎの感はあるが、目立った大きな問題はないので、記事の評価はC(平均的)とする。 

典型的な詰め込み過ぎ 日経1面企画「新産業創世記」(1)

日本経済新聞の1面企画記事では、多くの場合「事例の詰め込み過ぎ」が起きる。28日から連載が始まった「新産業創世記~難題に挑む」はその典型だ。第1回の「シリア難民に無料の授業  ITで格差埋めろ」では、約100行の中に4つの事例を押し込んでいる。これで説得力のある説明をするのは至難だ。

まず記事の前半部分を見ていこう。
美奈宜の杜(福岡県朝倉市)からの眺め ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

「最初は信じられなかった。でも現実に私は学べている」。目を輝かせるのはドイツ在住のシリア難民、ラシャ・アッバス(31)だ。無料オンライン大学「キロン大学」でジャーナリズムを学ぶ。「まだ祖国に戻れないが、将来はフリーの立場で活躍したい」

2015年だけで難民申請者が100万人を超えたドイツ。難民が経済的に自立し社会に定着するには教育が欠かせない。そこで20~30代の若者らがキロン大学を創設した。運営資金はインターネットで市民から募ったり、企業から提供を受けたりした。

学生はネット上で2年間基礎を学習する。独アーヘン工科大学、米エール大学など名門大学が講義を無料で提供。3年目から提携先の大学で学位を取得する道もある。

オンライン大学は世界に広がり、祖国を追われた難民も恩恵を受ける。15年の学生数は14年比2倍の3500万人。日本の大学生数の約12倍に相当する。関連産業は年率30%以上のペースで成長し、20年には1兆円規模となる見通しだ。

ITを用いて教育格差解消に挑む流れを作ったのは、セバスチャン・スラン(48)。米グーグル元幹部で自動運転車「グーグル・カーの父」だ

14年にグーグルを去ると、自ら立ち上げたオンライン教育「ユダシティ」の普及にまい進した。当初は無料講義を中心にしていたが、独自の学位も有料で発行。安定収入に道筋をつけた。その学位はいまやシリコンバレーのIT企業へのパスポートともいわれる。

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まず、無料オンライン大学で学ぶラシャ・アッバスさんの話があっさりしすぎている。彼女に関しては色々と疑問が浮かぶ。大学で学んでいるのだから言葉の問題はないのだろう。なのに31歳にもなって大学で学ぶのはなぜなのか。「経済的に貧しくて高等教育を受けられないでいる難民の子供たちのためにオンライン大学を」という話ならば分かるが、31歳女性の学び直しみたいな事例を詳しい背景説明なしに持ってこられても、説得力は感じない。

実は電子版の関連記事を読むとある程度の背景が分かる。そこには以下のような説明がある。

【電子版の記事】

ラシャ・アッバス(31)は14年9月、難民として3年間の滞在許可を得た。シリアの首都ダマスカスでジャーナリズムを学んでいたが、独裁政権下で女性がこの分野に関心を持つこと自体への嫌がらせもあり途中で断念していた。内戦が激化するなか欧州に渡り、自由な雰囲気のドイツで学ぼうと思った。だが、シリア政府発行の公式な書類が必要といわれた。難民には不可能だ。

そんな役所対応に失望しかけていた時、知人からキロン大学の構想を聞いた。ネットを使い最長2年間は自らが望む授業を選び、その後は提携先のリアルの大学で学び学位も取得できるという。

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上記の説明でかなり事情が分かるが、「難民が経済的に自立し社会に定着するには教育が欠かせない」と訴えるための事例としては弱い。難民対策の教育としては、英語もドイツ語も話せなくて仕事にありつけない人に語学力を身に付けさせるといったものがまず考えられる。ラシャ・アッバスさんの事例は、31歳にもなって大学でジャーナリズムを学んでいる時点でかなり「豊か」だ。

しかも、1面の記事を読み進めると「3年目から提携先の大学で学位を取得する道もある」と出てくる。ならば無料なのは2年間だけで、学位を得るためには結局かなりの金額が必要なのではないか。そうなると難民が大卒の資格を得る道は狭そうな気がする。そうした疑問にも記事は答えを与えてくれない。

2つ目の事例も気になる部分が多い。オンライン大学関連の市場規模に触れた後で「ITを用いて教育格差解消に挑む流れを作ったのは、セバスチャン・スラン(48)。米グーグル元幹部で自動運転車『グーグル・カーの父』だ」と続くと、セバスチャン・スラン氏が「オンライン大学の祖」みたいな存在かと思ってしまう。

そう解釈して読み進めると、自らオンライン教育を立ち上げたのは2014年とわずか2年前なのでどうも話が違う。セバスチャン・スラン氏はオンライン教育事業を興した起業家の1人ということのようだ。これは読者を迷わせる書き方だと思える。

セバスチャン・スラン氏が立ち上げた「ユダシティ」は「独自の学位も有料で発行」しているらしいが、正式な大学なのかどうか記事からは判断できない。また、学位の取得が有料だとすると、「教育格差解消」につながるかどうか疑わしい。もちろん「有料」の金額次第だが、やはり記事での言及はない。そもそも、有料で学位を与えるのであれば、日本にもよくある通信制の大学と本質的な差はないだろう。放送大学のような仕組みに、そんなに目新しさはなさそうだが…。

ついでに1つ細かい点を指摘したい。「米グーグル元幹部で自動運転車『グーグル・カーの父』だ」というくだりのカギカッコの使い方が気になった。「自動運転車『グーグル・カーの父』だ」とすると「グーグル・カーの父=自動運転車」に見えてしまう。「自動運転車『グーグル・カー』の父だ」とすれば問題はない。


※記事の後半部分については(2)で述べる。

2016年2月27日土曜日

「明らかな誤り」とも言える日経 川崎健次長の下手な説明

「説明下手」は日本経済新聞の多くの記者に共通する特徴だ。なぜそうなるかの説明はここでは省くが、27日の日経朝刊マーケット総合1面にも「下手な説明」が見られた。「スクランブル~荒れる株価は宿命か  マイナス金利下の『新常態』」という記事を書いた証券部の川崎健次長は日経平均ボラティリティー・インデックスの仕組みを誤解してはいないのだろう。ただ、説明がお粗末すぎて「明らかな誤り」と言える水準に達している。記者を指導すべきデスクがこれでは辛い。

JR久大本線 日田駅(大分県日田市) ※写真と本文は無関係です
記事の中身と日経への問い合わせを併せて紹介したい。メディアとしての体質を考慮すると、日経からの回答はないだろう。

【日経の記事】

市場参加者たちが相場波乱が収まったとは思っていないのは、日経平均ボラティリティー・インデックス(VI)がなお高水準であることからも読み取れる。

26日終値は34.09。12日につけた50.24からは下がったとはいえ、市場は日経平均が68%の確率で毎日2.1%(26日終値からは約340円)上下に振れると予想している計算になる


【日経への問い合わせ】

「スクランブル~荒れる株価は宿命か」という記事についてお尋ねします。記事では、日経平均ボラティリティー・インデックス(VI)の26日終値が34.09であることに関して「市場は日経平均が68%の確率で毎日2.1%(26日終値からは約340円)上下に振れると予想している計算になる」と解説しています。

しかし、この説明は奇妙です。まず、「毎日2.1%上下に振れる」可能性はほぼゼロです。記事を文字通りに受け取れば「日経平均に関して、2.1%上昇あるいは2.1%下落という値動きが毎日続く確率は68%」となります。2.0%でも2.2%でもなく「2.1%」が毎日続く確率を「68%」と考えるのが正しいかどうかは明らかです。

日本取引所グループのホームページにある用語解説を基に考えると、日経VIが34.09ということは、今後1か月間のボラティリティが年率で34%(日次換算で2.1%)と市場で予想されているのでしょう。この場合、日経平均の当日終値が前日終値に比べ±2.1%の幅に収まる確率は68%となります。これならあり得そうです。

記事の説明に従うと「毎日プラス2.1%かマイナス2.1%になる確率=68%」となります。「ちょうど2.1%が続くとの前提は非現実的過ぎる」と判断して解釈すると、人によっては「プラスでもマイナスでも変動率が毎日2.1%を超える確率=68%」と考えてしまうかもしれません。実際は「前日終値に比べた当日終値の変動率が±2.1%の幅に収まる確率=68%」ではありませんか。

「毎日2.1%上下に振れる」の「毎日」も正しくないはずです。「前日終値に比べた当日終値の変動率が±2.1%の幅に収まる確率」であれば「68%」は妥当ですが、それが「毎日」となれば68%はあり得ません。

記事の説明は誤りと考えてよいのでしょうか。正しいとすれば、その根拠を教えてください。1週間経っても回答がない場合は誤りと判断させていただきます。

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※記事の評価はD(問題あり)。川崎健次長への評価もDを据え置く。川崎次長に関しては「なぜ下落のみ分析? 日経 川崎健次長『スクランブル』の欠陥」「川崎健次長の重き罪 日経『会計問題、身構える市場』」も参照してほしい。

追記)結局、回答はなかった。

2016年2月25日木曜日

数字はどこから? 日経夕刊「ライブチケット 10年で2割上昇」

25日の日本経済新聞夕刊1面に「ライブチケット、10年で2割上昇~規模拡大で運営コスト増 CD不振の穴埋め狙う」という怪しい囲み記事が出ていた。何が怪しいかと言えば「ライブチケット、10年で2割上昇」という記事の根幹となるデータだ。最後まで読んでも、この数字をどこから持ってきたのか謎だ。

記事の全文は以下の通り。
太宰府天満宮(福岡県太宰府市) ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

国内で開催されるコンサートやステージのチケット代が上昇している。今年は昨年までに比べて3~10%程度値上がりする興行が目立ち、10年前に比べると平均価格は2割以上高い。アーティストの招請費用や、会場代や人件費などの運営コストが上がっている。

国内では音楽CDの販売数が落ち込んでおり、「ライブで収益を伸ばそうとするアーティストが目立つ」(コンサートプロモーターズ協会=東京・渋谷)。同協会によると2015年1~6月のチケット代は平均で1枚6422円で前年同期に比べ1%高い。ぴあのまとめでも14年は13年比1割上昇し「今年も上昇傾向は続きそう」という。

4月に東京都内などで開催される米国人歌手、ボブ・ディランの2年ぶりの来日公演の場合、最も高い席はグッズ付きで1枚2万5千円。会場が違うため単純に比較はできないが、2年前の来日公演では1枚2万2千円だった。

日本国内では、14年ごろから改修などのため著名なイベント会場が相次ぎ閉鎖され、大人数が入る会場は確保しにくくなっている。一方、ライブ収入を確保するためにイベントの規模は拡大傾向にあり、会場代は高止まりしている。規模拡大でスタッフ数も増加し、運営コストを押し上げている。

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コンサートやステージのチケット代」に関して「10年前に比べると平均価格は2割以上高い」と言うのならば、誰かが平均価格を調べているはずだ。それは日経でもいい。どこの出した数字なのかは明示してほしかった。

最初は「コンサートプロモーターズ協会」が調べた数字なのかと考えた。しかし、この協会が出しているのは「2015年1~6月のチケット代」の平均だ。今年の数字が分かっていればそれを使うだろうから、今年と10年前を比べて「2割以上高い」と言っているのとは別物と考えるのが自然だ。

残る候補は「ぴあ」だが、これも出てくる最新の数字が「14年」なので違う気がする。だとすると候補がなくなってしまう。さらに言えば、10年前に比べて2割以上高くなった「今年の平均価格」の実数も分からずじまいだ。

何となくインチキ臭さが漂う今回の記事について、どう考えるべきか。「推理してみろ」と言われれば、「10年前に比べて2割以上高い平均価格とは、コンサートプロモーターズ協会が出している15年1~6月の6422円だろう」と回答したい。

昨年1~6月の数字しかないのに、そのデータを柱にして1面の囲み記事にするのは厳しい。なので、第1段落では今年の平均価格があるように装ったのだろう。「昨年1~6月の平均価格でも10年前より2割以上高い。昨年7月以降も上昇傾向は続いているようなので、今年の平均価格が10年前より2割高いと書いても間違いではない」と筆者は考えたのではないか。

もちろん推測の域は出ない。ただ、日経にありがちな話ではある。今年の平均価格を筆者が持っていれば使うはずだ。今年の数字を出さずに15年1~6月と14年のデータを用いているのは、やはり怪しい。

ついでに言うと、チケット代が上昇している理由も納得できなかった。「規模拡大でスタッフ数も増加し、運営コストを押し上げている」というが、規模を拡大しているのであれば収容人数も増えるのだから、観客1人当たりのコストが増えるとは限らない。会場代は「高止まり(高水準での横ばい)」のようなので、「アーティストの招請費用」の上昇以外に値上げの理由は見当たらない。

アーティストの招請費用」に関しても、「音楽CDの販売数が落ち込んでおり、『ライブで収益を伸ばそうとするアーティストが目立つ』」とすれば、基本的にはライブの供給が増えるはずだ。なのになぜ「アーティストの招請費用」が上がっていくのか。あり得ないとは言わないが、記事の説明では理解しづらい。

元々が雑な作りなので、その辺りにツッコミを入れる意味は乏しいのだろう。結局この記事も「日経の夕刊は歴史的使命を終えつつある」と教えてくれているのだろうが…。


※記事の評価はE(大いに問題あり)。