2017年3月6日月曜日

日産は「米国集中投資」? 週刊ダイヤモンドの記事に疑問

週刊ダイヤモンド3月11日号に載った「財務で会社を読む~日産自動車 販売絶好調なのに大減益 米国集中投資の“危険な賭け”」いう記事は主に2点が気になった。まず見出しで「米国集中投資の“危険な賭け”」と打ち出しているのに、米国に「集中投資」している様子が窺えない。もう1つは、グラフと本文があまり合っていないところだ。
九州大学伊都キャンパス(福岡市西区)※写真と本文は無関係です

まずは「米国集中投資」に関する部分から見ていこう。

【ダイヤモンドの記事】

(現在の中期経営計画である)パワー88では、ブラジルやインドネシアなどで大規模な設備投資を行ったため、高い生産能力を抱えているが、アセアン市場の停滞などにより工場稼働率が低迷している。

◇   ◇   ◇

米国集中投資」のはずが、「パワー88では、ブラジルやインドネシアなどで大規模な設備投資を行った」らしい。米国に関しては「増加の一途をたどるインセンティブ(販売奨励金。自動車メーカーが販売店に支払う値引き原資)」などの話は出てくるが、「投資」に当たる部分は見当たらなかった。投資規模で米国が他の地域を圧倒している可能性もゼロではないが、記事中には手掛かりさえない。なのに「ブラジルやインドネシア」の「大規模な設備投資」が出てくると、「米国集中投資」が怪しく思えてくる。

次にグラフと本文の問題を論じる。

【ダイヤモンドの記事】

だが、既に大きな壁にぶち当たっている。世界シェア8%と売上高営業利益率8%を目標にした、現在の中期経営計画「パワー88」は、未達となるのが確実だ(図(1))。販売台数の拡大と利益率向上という二兎を追う難しさが浮き彫りとなっているのだ。

◇   ◇   ◇

世界シェア8%と売上高営業利益率8%」という目標の達成が絶望的だと見せたいのならば、グラフは「世界シェア」と「売上高営業利益率」を使いたい。しかし、なぜかグラフでは「世界シェア」ではなく「売上高」を採用している。
アントワープ(ベルギー)の市庁舎
      ※写真と本文は無関係です

グラフの問題は他にもある。

【ダイヤモンドの記事】

日産の最大のアキレスけんは、稼ぎ頭である米国市場での「販売の質」の劣化である。

米国での販売台数だけを見れば好調そのものである。2013年から16年までで40万台の増加という飛躍的な成長を遂げている(図(2))。現状の市場シェアは約9%であり、17年3月期の目標シェア10%に到達しそうな勢いだ。

◇   ◇   ◇

グラフでは、米国、北米(米国除く)、日本、欧州、中国、アジア(中国除く)、その他の7地域に分けて「地域別販売台数の推移」を見せている。よく見れば米国が伸びているのは分かるが、地域別に細かく分かれた棒グラフになっているので一目では「飛躍的な成長」だと感じられない。

グラフに関してもう1つ指摘したい。

【ダイヤモンドの記事】

営業利益の増減内訳を見ると、販売台数の増加や車種構成の変化が870億円の増益要因となる一方で、インセンティブの増加によって販売費が1522億円もの減益要因となった。過大な販売費が利益を圧迫している。インセンティブの増加傾向は、自動車メーカー各社に共通していることではある。だが、ここ1年の日産の1台当たりインセンティブの増加率は際立っている(図(3))

◇   ◇   ◇

ここ1年の日産の1台当たりインセンティブの増加率は際立っている」と言うものの、これまた微妙だ。直近1年で見ると、フォードの増加率が上回っているようにも見える。仮に日産が上だとしても大差はない。グラフが正しいのならば、「増加率は際立っている」は言い過ぎだ。


※今回取り上げた記事「財務で会社を読む~日産自動車 販売絶好調なのに大減益 米国集中投資の“危険な賭け”
http://dw.diamond.ne.jp/articles/-/19546

※細かい問題はあるが、記事をまとめる基本的な力はあると思えた。記事の評価はC(平均的)。山本輝記者への評価も暫定E(大いに問題あり)から暫定Cへ引き上げる。

2017年3月5日日曜日

日経の紙面改革は評価 1面「復調アップルの深謀」は残念

日本経済新聞の土曜・日曜の紙面がかなり変わった。「ニュース重視から解説重視へ」という方向性は正しい。記事の本数が減り、1本当たりの行数が増えたのも評価できる。ただ、記事の質に関しては一朝一夕には良くならない。それは4日の朝刊1面のトップ 記事にも表れている。
SURF SIDE CAFE(福岡市西区)から見た二見ヶ浦
            ※写真と本文は無関係です

復調アップルの深謀~成熟スマホ市場で販売最高に」というその記事では、最初の2段落で以下のように説明している。

【日経の記事】

減産が続いていた米アップル、iPhoneの販売が増え始めた。最新モデル「7」は革新性に乏しいと受け止められたものの、昨年末は過去最高のペースで出荷した。スマートフォン(スマホ)の世界市場(総合2面きょうのことば)の成長が止まりかけたとたんの再加速は韓国サムスン電子の発火問題という敵失だけが理由ではない。コモディティー(汎用品)化にあらがうアップルの囲い込みモデルが成熟市場で奏功し始めた。

世界のスマホ市場は2016年に転換点を迎えた。米IDCによると市場規模は14億7千万台。5年前に比べ3倍だが前年比では1桁成長に落ち込み、2%しか増えない。先進国では2、3回目の買い替えサイクルに入っている。

◇   ◇   ◇

世界のスマホ市場2016年に転換点を迎え」ており、「2%しか増えない」。そんな中で「米アップル」は「世界市場の成長が止まりかけたとたんの再加速」を見せているという。面白そうな話ではある。だが、最後まで読んでみると、それほど好対照には見えない。

記事の続きを見てみよう。

【日経の記事】

機能の向上が鈍化し、購入時の製品への満足度が下がると、多くの消費者は割安さを求めるようになる。米グーグルの基本ソフト、アンドロイド搭載端末の平均価格は200ドル程度と5年で約半分まで下がった。メーカーの利益が下がると研究開発の方向性も革新より、価格を抑える技術に向かう。製品価値の下落に伴う低価格競争が始まった。

市場の成熟によりアップルも伸び悩んだ。故スティーブ・ジョブズ氏が10年前にiPhoneを見せたときのような驚きをいつまでも消費者に与え続けることはできない。アップル製品も機能向上が鈍化する一方、中国勢は次々にiPhoneに似た製品を発売する。16年の年初からはiPhoneの減産が始まり、昨年は「アップルの最良の日々が過ぎ去った」(米運用会社サンフォード・バーンスタイン)と評された。

だが年末商戦では、目立った機能の向上が防水などにとどまった「7」が売れた。16年10~12月のiPhoneの世界販売は前年同期比5%増の7829万台と、四半期ベースで過去最高となった。

◇   ◇   ◇

16年10~12月のiPhoneの世界販売は前年同期比5%増」。これだと2%増の「世界のスマホ市場」と大差はない。「最新モデル『7』」が出たばかりで、「韓国サムスン電子の発火問題という敵失」があったことを考慮すれば、「5%」と「2%」の差が持つ意味はさらに小さくなる。
アントワープ(ベルギー)のグルン広場
       ※写真と本文は無関係です

付け加えると、「再加速」と言うならば、その前の不振がどの程度なのか具体的に書いてほしかった。記事には「16年の年初からはiPhoneの減産が始まり」との記述はあるが、悪かった時の販売実績は出てこない。これでは辛い。

さらに「再加速」の原因分析が苦しい。

【日経の記事】

市場の成長鈍化に逆行するように復調した理由はiPhoneに慣れたユーザーが離れないためだ。市場の中心が買い替え需要に移る中、iPhoneのリピート率は8割。慣れた操作感を捨て、アンドロイド端末を選ぶ利用者は少ない。

アップルはタブレットやパソコンをまたぐ一貫した使い心地を重視し、クラウドや音楽のサービスで顧客を囲い込む。サムスン機の発火問題で目立ったトラブルがないアップルの安定性も改めて評価が高まった。

みずほ証券の中根康夫シニアアナリストは「利用者はiPhoneの使いやすさやアプリに慣れ、大きな機能拡充がなくても買い替える仕組みが築かれている」と見る。消費者がスマホに求めるものが操作性や安心といった基準に移りアップルの優位性が高まる。

◇   ◇   ◇

iPhoneのリピート率は8割」というのは、以前からそんなものだったのではないか。だとしたら、なぜ「復調」の原因になるのか。リピート率が高ければ安泰ならば、そもそも「不振」に陥らずに済むのではないか。以前は「リピート率」が低かったのに、最近になって上がってきたという話ならば、その変化を見せるべきだ。

推測の域を出ないが、「新製品が出た上にライバル企業が苦境に陥ったので16年10~12月期は市場平均を多少上回る伸びになった」というだけの話にも見える。それだと面白くないので、無理のある分析になったのだろうか。

一定の機能向上と変わらぬ使い心地のバランスを重視し、顧客に自然に買い替えを促すアップルの深謀が成熟市場で浮き立つ」と筆者ら(兼松雄一郎記者、細川幸太郎記者)は結んでいるが、その結論に説得力は乏しい。


※今回取り上げた記事「復調アップルの深謀~成熟スマホ市場で販売最高に
http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20170305&ng=DGKKASDZ01HIB_R00C17A3MM8000

※記事の評価はD(問題あり)。兼松雄一郎記者、細川幸太郎記者への評価も暫定でDとする。

2017年3月4日土曜日

日経企業面に「米クローガーの既存店減収」の違和感

4日の日本経済新聞朝刊企業2面に違和感のある記事が出ていた。「13年ぶり減収 米食品スーパー最大手 11月~1月」 という記事の全文を見た上で、何が気になるかを述べたい。
武道館周辺の桜(東京都千代田区)
   ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

【ニューヨーク=河内真帆】米食品スーパー最大手のクローガーが発表した2016年11月~17年1月期決算で、変動の激しいガソリンを除いた既存店売上高が前年同期比0.7%減少した。クローガーの既存店売上高は約13年ぶりにマイナスに転じた。

米ウォルマート・ストアーズなどとの価格競争に加え、若年層を中心に人気のホールフーズ・マーケットや宅配を請け負うオンラインスーパーといった新興勢との顧客争奪戦が激しくなっていることを映した。クローガーも今月、オンライン販売で即日配送するため米ウーバーテクノロジーズと提携し、実験配送を始めると発表している。

◇   ◇   ◇

「海外企業のニュースを企業面に載せるな」とは言わない。ただ、「クローガー」はそれほど注目度の高い企業ではない。見出しで「米食品スーパー最大手」を使い「クローガー」を出していないのは、「クローガー」の認知度が低いと整理担当者が判断しているからだろう。それでも「クローガー」に大きな動きがあったのならば、まだ分かる。だが、記事の中身は「4半期ベースの既存店売上高が13年ぶりにマイナスになった」という、かなり地味な話だ。「企業面にこの記事が要るかな? 他に重要なニュースがいくらでもあるんじゃないの?」と思わずにはいられなかった。

ついでに言うと、「若年層を中心に人気のホールフーズ・マーケットや宅配を請け負うオンラインスーパーといった新興勢」との書き方も気になった。まず「ホールフーズ・マーケット」と「オンラインスーパー」を並べているので、最初は「ホールフーズ・マーケット」が業態の名称に見えた(実際は企業名)。

また、記事の書き方だと「ホールフーズ・マーケット」が「新興勢」の一角に見える。この会社は1980年に米国で事業を始めたようなので「新興勢」に入れるのは苦しい。河内記者は「『若年層を中心に人気のホールフーズ・マーケット』や『宅配を請け負うオンラインスーパーといった新興勢』」--と伝えたかったのかもしれないが、だったら書き方を工夫すべきだ。

※記事の評価はC(平均的)。河内真帆記者への評価も暫定でCとする。

2017年3月3日金曜日

金は「非リスク資産」? 日経「世界株 時価最大に迫る」

3日の日本経済新聞朝刊1面のトップを飾った「世界株 時価最大に迫る 米財政出動に期待先行 安全資産 同時高に懸念も」という記事に注文を付けたい。簡単に言えば「金は安全資産で非リスク資産なの?」「債券抜きで『あらゆる資産』と言われても…」という2点だ。
大宰府政庁跡(福岡県太宰府市) ※写真と本文は無関係です

まず最初の段落を見てみよう。

【日経の記事】 

世界の市場が株高に沸いている。トランプ米大統領の演説を受けて米国株は過去最高値を更新。日経平均株価も2日、年初の高値に接近した。新興国株にも資金が還流し、世界の株式時価総額は過去最大まであと一歩に迫る。底流にあるのは世界景気の拡大と財政出動への期待だ。ただ、株式などリスク資産から金のような安全資産まで上昇する現状には、投資家の不安心理も垣間見える。

◇   ◇   ◇

株式などリスク資産から金のような安全資産まで」との記述が引っかかる。この書き方だと「金は非リスク資産であり安全資産でもある」と解釈するしかない。しかし、金は元本保証でもなければ、値動きが極めて小さいわけでもない。金が「リスク資産」ではないのならば、日経はどういう定義で「リスク資産」という言葉を使っているのだろうか。

記事では「株式などリスク資産から金のような安全資産まで上昇する」と解説し、記事中のグラフには「17年に入りあらゆる資産が上昇」とのタイトルを付けている。しかし、グラフに出てくるのは株式、原油、金だけで債券がない。「あらゆる資産が上昇」と訴えるならば米国債ぐらいは入れてほしい。国債は代表的な「安全資産(非リスク資産)」でもある。

この記事で債券に触れているのは以下のくだりだけだ。

【日経の記事】

世界の金融市場は「トランプ相場・第2幕」の様相だ。米大統領選後の「第1幕」では米国債や新興国株から先進国株へ資金がシフトした。だが年明けから様子が一変。株式から安定利回り狙いの不動産投資信託(REIT)まであらゆる資産に資金が流れ込む

◇   ◇   ◇

この書き方だと年明け後は米国債も値上がりしているように感じられる。そう明言していないのは「あえて」だと思える。ちなみに、3日の電子版に載った「NY債券、続落 10年債利回り2.47%、2年は7年9カ月ぶり高水準 」という記事では以下のように説明している。
ノートルダム大聖堂(アントワープ)のステンドグラス
         ※写真と本文は無関係です


【日経(NQN)の記事】

2日のニューヨーク債券市場では長期債相場が4日続落した。長期金利の指標となる表面利率2.250%の10年物国債利回りは前日比0.02%高い(価格は安い)2.47%で終えた。米連邦準備理事会(FRB)高官らの発言を受け、3月の追加利上げ観測が強まった。金融政策の影響を受けやすい2年債の利回りは一時1.34%と、2009年6月以来およそ7年9カ月ぶりの高水準を付けた

◇   ◇   ◇

この記事を読む限り「(債券を含む)あらゆる資産が上昇」する状況だとは考えにくい。10年債で見ても17年に入ってわずかに値下がり(利回りは上昇)しているようだ。1面のトップ記事に仕立てる上で「債券」が邪魔だったのは分かる。だからと言って「あらゆる資産が上昇」はやり過ぎだ。東証REIT指数も年明け以降は下落基調だ。

※今回取り上げた記事「世界株 時価最大に迫る 米財政出動に期待先行 安全資産 同時高に懸念も
http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20170303&ng=DGKKASDC02H0K_S7A300C1MM8000

※記事の評価はD(問題あり)。

2017年3月2日木曜日

なぜ対象は「6割」? 日経「JFE、定時退社日を自ら決定」

最近の日本経済新聞に目を通していると、「働き方改革」に絡めた記事の多くに疑問が湧いてしまう。流行に便乗して企業も情報を出すし、記者も乗せられてしまうのか。2日の日本経済新聞朝刊総合1面に載った「供給網の最上流 素材大手が働き方改革 JFE、定時退社日を自ら決定/三菱ケミ、来月から会議を半減」もそんな記事の1つだ。
戒壇院(福岡県太宰府市) ※写真と本文は無関係です

まず「JFEスチール」から見ていこう。

【日経の記事】

JFEスチールは4月、社員一人ひとりが定時退社日を決められる新制度を導入する。1週間に1回以上、課長など管理職と相談して定時退社日を決め、残業しない9500人と全社員の6割が対象となる。三菱ケミカルホールディングスは会議の半減に取り組む。素材メーカーは産業界の要で、多くの取引先を持つ。2社のような動きが広がれば、他社の働き方にも影響を与えそうだ。

JFEは社員ごとに午後5時半の定時退社日を週に1回以上、自分で設ける。当日、製鉄所のトラブルや緊急の顧客対応などやむを得ない事情で残業しなければならないときは別の日に振り替える。多くの取引企業とつながりがある製造業で、こうして個人が自由に定時退社日を設ける取り組みは珍しいという。

一般に企業が設ける「ノー残業デー」や、月末金曜日の午後3時以降に退社する「プレミアムフライデー」は、社員に一斉休業を求める。だが、社員が抱える仕事量や繁閑は個人ごとに違うほか、退社後の時間の過ごし方も曜日によって一人ひとり異なるなど多様な「ワークライフバランス」に対応できない。

JFEスチールの今回の取り組みは、一律の残業禁止など「組織型」の働き方改革を柔軟な「個人型」にシフトさせる。産業界に一石を投じることになりそうだ。

◇   ◇   ◇

疑問点を列挙してみる。

(1)これまでは「残業が当たり前」?

「定時退社が当たり前で、たまに残業がある」という状況ならば、JFEスチールのような取り組みは必要ない。記事では触れていないが、「残業が当たり前で、あらかじめ定時退社日を決めておかないと毎日のように残業になってしまう」という状況がJFEスチールにはありそうに思える。そこに言及しないで「改革」への取り組みだけ強調されても…とは感じた。
ブリュッセルの小便小僧 ※写真と本文は無関係です

(2)「週5日」の設定も可能?

記事には「社員ごとに午後5時半の定時退社日を週に1回以上、自分で設ける」と書いてある。だとすると「月曜から金曜日まで全て定時退社」という設定もできるのだろうか。そこは知りたかった。「課長など管理職と相談」する必要があるので、ここで止められるのかもしれない。ただ、その場合は「個人が自由に定時退社日を設ける」と言えるのかとの疑問が残る。

(3)なぜ「6割」限定?

9500人と全社員の6割が対象となる」との説明も引っかかる。なぜ「全社員」ではないのか。対象となるかどうかは何を基準に決めているのか。そこは記事中で説明してほしかった。また、4割の社員は改革から取り残されると考えれば、大した「働き方改革」ではないとの見方もできる。

次は「三菱ケミカルホールディングス」を見ていく。

【日経の記事】

三菱ケミカルホールディングスは4月に傘下の化学系3社を統合して「三菱ケミカル」を発足させるのに合わせて、社内会議の半減に取り組む

会議の時間と回数、参加者をそれぞれ2分の1に削減。海外拠点とのやり取りで必要な場合を除き、早朝や夕方の会議もやめる。9月までに定着させる。土日の業務メールも原則禁止する。

◇   ◇   ◇

本当ならばすごい話だと思う。特に「会議の時間と回数、参加者をそれぞれ2分の1に削減」というのは強烈だ。例えば、20人が属するある部署では週2回、1回2時間、20人が参加して会議を開いていたとしよう。この場合、1人当たり週4時間を会議に費やす。

それを「それぞれ2分の1に削減」すると、週1回、1回1時間、10人の参加となる。部員が隔週で参加する場合、1人が会議に費やす時間は週30分にまで減る。つまり8分の1だ。

「本当かなぁ…」とは思う。あまりに急激だからだ。そこまで減らすならば、かなりの工夫が必要になりそうなものだが、記事にはそうした記述が見当たらない。なので「それぞれ2分の1に削減」を信じていいのか不安になる。「会議の時間と回数、参加者のいずれかを2分の1に削減」ならばまだ分かるのだが…。

※今回取り上げた記事「供給網の最上流 素材大手が働き方改革 JFE、定時退社日を自ら決定/三菱ケミ、来月から会議を半減

http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20170302&ng=DGKKASDZ01H7K_R00C17A3EA1000

※記事の評価はC(平均的)。

2017年3月1日水曜日

「投機筋」抜く癖再び 日経「北海ブレント、買い越し幅最高」

先物市場での「投機筋の買い越し(あるいは売り越し)」を「市場全体の買い越し(売り越し)」のように書くの記事は、かつての日本経済新聞ではよくあった。「最近はなくなってきたかな」と思っていたら、1日の朝刊にまた出ていた。悪しき伝統を断ち切るのは難しいということか。

記事の全文と、日経への問い合わせは以下の通り。

【日経の記事】

ロンドン市場に上場する北海ブレント原油先物の買い越し幅が広がっている。最新集計の2月21日時点で36万2833枚となり、前の週に比べて1割拡大。前週に続き2011年のデータ公表開始以来の記録を更新した。1月から始まった石油輸出国機構(OPEC)の原油の減産が着実に進んでおり、投資家の買いが広がっている。
日本経済大学(福岡県太宰府市) ※写真と本文は無関係です


買い建玉も64万9160枚と過去最高となった。石油天然ガス・金属鉱物資源機構の野神隆之氏は「OPECが1月の原油の生産量を維持すれば、17年第1四半期は日量74万バレルの供給不足になる」と指摘する。

【日経への問い合わせ】

1日付の朝刊マーケット総合2面に載っている「北海ブレント、買い越し幅最高 原油減産進む」という記事についてお尋ねします。記事の冒頭に「ロンドン市場に上場する北海ブレント原油先物の買い越し幅が広がっている」との記述があります。これを信じればロンドン市場の北海ブレント原油先物全体で「買い越し」になっているはずです。しかし、市場全体で見れば売り建玉と買い建玉は常に同数となります。ここで言う「買い越し」とは「投機筋の買い越し」ではありませんか。

2月22日の「北海ブレント、投機筋の買い越し幅拡大」という記事では以下のように書いています。「ロンドン市場に上場する北海ブレント原油先物の投機筋の買い越し幅が広がっている。最新集計の2月14日時点で32万5268枚となり、前の週に比べて1割近く拡大した」

これならば「投機筋」が入っているので問題ありません。1日に記事によれば「買い越し幅」は「2月21日時点で36万2833枚となり、前の週に比べて1割拡大」となっているようです。これが「投機筋の買い越し」だとすれば、2月22日の記事と整合します。

1日の記事では「買い建玉も64万9160枚と過去最高となった」とも書いていますが、これも「投機筋の買い建玉」でしょう。1日の記事には「投機筋」が抜けるミスがあった考えてよいのでしょうか。問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。

日経では、読者の間違い指摘を握りつぶす対応が常態化しています。日本を代表する経済メディアとしてきちんと説明責任を果たすように心がけてください。

◇   ◇   ◇

1週間前の記事では「投機筋」を入れているのだから、今回はうっかりミスの可能性が高い。商品部のデスクも気付かないのか、分かっていないのか…。「デスクも記者もうっかりしていた」というだけなら責めるつもりはないが、経済紙としては恥ずかしい初歩的なミスではある。

※今回取り上げた記事「北海ブレント、買い越し幅最高 原油減産進む
http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20170301&ng=DGKKZO13501470Y7A220C1EN2000

※記事の評価はD(問題あり)。日経からの回答はないだろう。

2017年2月27日月曜日

「最悪の日銀総裁」を見事に描いた東洋経済「知将の誤算」

日銀の歴史に詳しい訳ではないが、今の黒田東彦総裁こそが「史上最悪の日銀総裁」だと断言できる。「緩やかなデフレ」という大して害もない状況から抜け出すために未曽有の金融緩和に乗り出し、自らが設定した目標さえ達成できなかった。
皇居周辺の菜の花(東京都千代田区)
     ※写真と本文は無関係です

黒田氏の最大の罪は、短期的には収拾が不可能なほど金融緩和を押し進めてしまったことだ。次の総裁が反リフレ派であっても、すぐに金融引き締めへ転じるのは難しいだろう。市場での日銀の存在感が大きくなりすぎたので、わずかな“引き締め”が巨大な衝撃を与えかねない。

なのに出口戦略について黒田氏は「時期尚早」とかわし、議論する姿勢さえ見せない。気持ちは分からなくもない。例えて言うならば、ミッドウェー海戦で惨敗した後の日本のようなものだ。戦果が華々しかったのは開戦当初だけで、今や劣勢は明らか。だが、戦線を広げ過ぎてしまって、自分のメンツが潰れない形で戦いを終わらせる術はもはやない。だから、終わらせ方の議論さえ拒んでしまい、さらに収拾が難しくなる。

前置きが長くなったが、そんな「史上最悪の日銀総裁」に関する「人物ルポ」を週刊東洋経済が3週にわたって連載していた。「日銀総裁 黒田東彦 知将の誤算」というタイトルで、筆者は西澤佑介記者。結論から言えば、素晴らしい出来だった。

前編では、姉、学生時代の同級生、大蔵省時代の先輩など様々な人物の証言を通して、優秀さが際立っていた若き日の黒田氏の様子を浮かび上がらせている。中編では「大蔵省(現財務省)国際金融局長だった榊原英資」氏との出会いが後のサプライズ重視の姿勢へとつながったと分析してみせる。そして後編では「誤算の連続だった」異次元緩和を論じ、それでも「“敗北”を認めない」黒田氏の今を描いている。

連載の最後(3月4日号)で西澤記者はこう締めている。

【東洋経済の記事】

知とともに歩んだ成功譚は、自分の頭脳、知の働きを強く信じさせるには十分だろう。だからこそ、本質的に認められないのではないか。これまで蓄積してきた知を結集した挑戦が、人生で最も際立った誤算となったことを。今の黒田を縛るものは、最大の強みだった「頭の書庫」なのではないか。

それを認めるのは黒田にとって、どれほどの葛藤なのだろう。心中は、あの笑顔に隠され、身近な人も知ることができない。

◇   ◇   ◇

この結論には説得力がある。要は、勝ち続けてきただけに、負けを受け入れられないのだろう。

黒田氏という卓越した頭脳の持ち主が主導した危険で壮大な実験は失敗に終わった。その後始末について議論さえしないまま黒田氏は表舞台から姿を消すはずだ。後始末を短期で終わらせようとすれば激しい痛みを伴い、痛みを避けようとすれば気の遠くなるような時間を要する。後に続く世代に巨大な負の遺産を残した「黒田東彦」とはどういう人物なのか、我々はよく知っておくべきだ。その意味で、黒田氏の実像に冷静かつ批判的な視点で迫った西澤記者を高く評価したい。


※記事の評価はA(非常に優れている)。西澤佑介記者への評価も暫定D(問題あり)から暫定Aに引き上げる。