2021年10月8日金曜日

「算術」で対応可能では? 医療供給に「強制力」を求める日経 柳瀬和央編集委員に問う

「訴えたいことが明確で、その主張に説得力を持たせる文章構成力があるか」ーー。コラムの書き手を見る上では、そこをメインに見ている。その点で日本経済新聞の柳瀬和央編集委員には期待できそうだ。8日の朝刊1面に載った 「新政権に問う(3)しがらみ排し医療再建」という記事は悪くない。主張も構成もしっかりしている。ただ、その主張に同意できる訳ではない。中身を見ながら、異論を述べてみたい。

夕陽

【日経の記事】

医は仁術ではなく算術だった。日本に新型コロナウイルスが上陸してからの医療界の動きを振り返ると、残念ながらこんな言葉が思い浮かぶ。

多くの医療機関でコロナへの対応よりも経営が優先された。政府が病床確保、オンライン診療の導入といった対策を実施しようとするたびに、経営上の損得という算術が大きな壁になった。

ワクチン接種など医療機関の算術を満たす報酬を政府が示した場合、対策は大きく進んだ。そうでない政策は空回りした。病床確保を前提に補助金をもらいながら、実際にはコロナ患者を受け入れずに収益を上げるという、仁術を全く感じられない病院も現れた


◎だったら「算術を満た」せばいいのでは?

医は仁術ではなく算術だった」と嘆いているが「ワクチン接種など医療機関の算術を満たす報酬を政府が示した場合、対策は大きく進んだ」のならば話は簡単だ。「医療界」の意識を変える必要はない。「医療機関の算術を満たす」方策を考えれば済む。

病床確保を前提に補助金をもらいながら、実際にはコロナ患者を受け入れずに収益を上げる」ような「病院も現れた」のならば、「実際」に「コロナ患者を受け入れ」た「医療機関」だけが経済的利益を享受できる仕組みに改めればいいはずだ。

しかし柳瀬編集委員は「強制力」を強めるべきだと考えているらしい。

続きを見ていこう。


【日経の記事】

強い使命感でコロナと闘っている医療機関には感謝の言葉しかなく、その経営を政府が全面支援するのは当然だ。

だが全体でみるとコロナ禍で医療機関の公益性には疑問符がついた。岸田文雄首相が掲げる「医療難民ゼロ」を実現するには、医療機関の役割や責務を問い直す作業が要るのではないか。

自己責任で経営する飲食店がわずかな補償で営業を制限されたのに、公的な報酬で支えられた医療機関が診療協力も病床確保もせず、コロナから距離を置くことが許される。このアンバランスを放置すべきではない


◎「自由が基本」でいいような…

自己責任で経営する飲食店がわずかな補償で営業を制限されたのに、公的な報酬で支えられた医療機関が診療協力も病床確保もせず、コロナから距離を置くことが許される。このアンバランスを放置すべきではない」と柳瀬編集委員は言う。

アンバランスを放置すべきではない」とは思うが、個人的には「飲食店」への「制限」をなくす方向で「アンバランス」を解消したい。「自由が基本」と考えるからだ。

さらに見ていこう。


【日経の記事】

コロナと共生して経済社会活動を拡大するには医療の耐久力を高めることが欠かせない。それには医療界に染みついた既得権や政官とのしがらみを排除する必要がある。改革を避けるなら、首相が描く「健康危機管理庁」は既存省庁の屋上屋で終わりかねない。

既得権の第一は医療機関の経営の自由だ。民間経営を理由に行政の指揮権が及ばない病院が8割もある。法改正で病床確保の要請を拒んだ医療機関を公表できるようになったが強制力は弱い。行政にはお金で誘導するしか手がない。

医師や看護師が限られる中で多くの入院患者に対応するには、大規模な施設で効率的に治療するのが有効だ。強制力のある指揮権を厚生労働相や知事に与え、感染拡大時に臨時の医療施設に人材を集約できる体制を整える必要がある

◎治療に嫌々当たられても…

既得権の第一は医療機関の経営の自由」と柳瀬編集委員は言う。そして「強制力のある指揮権を厚生労働相や知事に与え、感染拡大時に臨時の医療施設に人材を集約できる体制を整える必要がある」と訴える。

気持ちは分かるが「自由」の制限を訴える姿勢に危うさも感じる。「医療機関の算術を満たす報酬を政府が示した場合、対策は大きく進んだ」のに、なぜ「強制力のある指揮権」が必要なのか。

どうしても「感染拡大時に臨時の医療施設に人材を集約できる体制を整える必要がある」のならば、やはり「算術を満た」してあげればいいのではないか。「感染拡大時」には政府や自治体の求めに応じて医師・看護師を派遣すると約束した医療機関に補助金を与え、約束を反故にした場合は補助金の返還を命じる仕組みにしてもいい。

強制」にした場合、嫌々ながら治療に当たる医師・看護師が数多く出てくるだろう。何とか抜け道がないかと探る医療機関もあるはずだ。それらを防ごうとすれば、監視に多くのエネルギーを割くことになる。

できるだけ自由を守りながら、うまく「算術」を使うのが賢いやり方ではないか。

その辺りを柳瀬編集委員には考えてほしい。


※今回取り上げた記事 「新政権に問う(3)しがらみ排し医療再建」https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20211008&ng=DGKKZO76451720Y1A001C2MM8000


※記事の評価はC(平均的)。

0 件のコメント:

コメントを投稿