2021年10月11日月曜日

「日本は世界で最も危険な場所」に無理がある日経 秋田浩之氏

 10日の日本経済新聞に秋田浩之氏(肩書は本社コメンテーター)が書いた「新政権に問う(4)アジア安定へ新戦略を」という記事は説得力に欠けた。中身を見ながら具体的に指摘したい。

コスモスパーク北野

【日経の記事】

アジアの安全保障情勢は、緊張が高まっている。中国の軍拡で台湾海峡と南シナ海は緊張し、北朝鮮は核ミサイルを増産し続ける。極東ではロシア軍もうごめく。

これら核保有国に囲まれた日本は、世界で最も危険な場所にある。岸田政権はこの現実を踏まえ、外交・防衛政策の基本方針にあたる「国家安全保障戦略」を改定する方針だ。


◎韓国より危険?

これら核保有国に囲まれた日本は、世界で最も危険な場所にある」と秋田氏は危機感を煽る。しかし「中国」「北朝鮮」「ロシア」に囲まれているのは韓国も同じだ。しかも「北朝鮮」とは地続き。なのに日本の方が韓国よりも「危険な場所」なのか。

さらに言えば台湾はどうか。台湾有事の問題で大きな注目を集めている。近い将来に中国が軍事力を使って併合するのではと見られているからだ。日本が「世界で最も危険な場所」ならば、「台湾有事」以上に「日本有事」が話題になっても良さそうだが…。

続きを見ていく。


【日経の記事】

いまの戦略が定められたのは約8年前である。その後の変化を反映し、新たな戦略づくりを急ぐときだ。

何が必要なのか。米国や他の友好国と連携し、中国優位に傾く軍事バランスの流れに歯止めをかけるのが急務だ。

中国軍の主力戦闘機と戦艦、潜水艦はインド太平洋の米軍の約5倍になった。差はさらに開きつつある。中国にとって、米軍に遠慮せず行動できる状況が生まれている。この構図を改め、中国に自粛を促すことが地域の安定に欠かせない。


◎なぜ、そこ限定?

軍事バランス」を見るならば「中国側」と「反中国側(ここでは米国側とする)」のトータルで見るべきだ。中国は単独で米国側と対峙するとしよう。米国側には台湾、韓国、日本、オーストラリア、インド辺りが入ると仮定する。

その「軍事バランス」がどうなのかが重要だ。付け加えると、中国との全面戦争となれば「米軍」は「インド太平洋」外の兵力も投入してくるだろう。戦闘は「主力戦闘機と戦艦、潜水艦」だけでやるものでもない。

秋田氏は「中国優位に傾く軍事バランス」を見せたいがために、ご都合主義的に比較をしているのではないか。「軍事バランス」は総合的に見るべきだ。

さらに見ていく。


【日経の記事】

岸田政権がやれることは多い。まず日本の防衛力の強化だ。緊張が高まる南西諸島の守りは手薄で、ハイテク兵器やサイバー、宇宙への投資も遅れている。

防衛予算の増額は避けられない。国内総生産(GDP)に占める日本の防衛予算は約1%で、世界125位。実額は中国の約4分の1、韓国にもまもなく抜かれる

日本の財政事情は極めて厳しいとはいえ、あまりにも少ない。防衛への投資を増やすことは日本だけでなく、アジア全体の軍事バランスの改善につながる。

自民党総裁選で議論になった敵基地への反撃力の保有も、検討する局面にきている。米国はアジアで地上配備の中距離ミサイルを持たないが、中国は大量に配備済みだ。北朝鮮も変則的な飛び方をする核ミサイルを開発する。

日本は現在のミサイル防衛網だけでは対応しきれない。一定の反撃力の保有は防衛上、理にかなううえ、中朝への抑止力になる。


◎防衛予算は「あまりにも少ない」?

防衛予算の増額は避けられない」とする根拠が苦しい。「国内総生産(GDP)に占める日本の防衛予算は約1%で、世界125位。実額は中国の約4分の1、韓国にもまもなく抜かれる」と言うが「防衛予算」はGDPの何%が適切とかあるのか。秋田氏もその基準は示していない。

日本の「防衛予算」が国際的に見て低水準だとしても、それは当然だと感じる。「防衛予算」を少なくできるメリットがないのならば、なぜ米軍基地を置かせているのか。「米国が頼りにならなくなっているから」と言うのならば、日米安保条約に基づく属国体制も見直すべきだ。

中国は人口も多く国土も広い。日本の「防衛予算」が「中国の約4分の1」だとしても驚くに値しない。北朝鮮と陸続きで対峙する「韓国」とも、単純な比較は適切とは思えない。

続きを見ていく。


【日経の記事】

そのうえで、朝鮮半島や台湾海峡で危機が起きたとき、どう共同で対応するのか。米国や韓国、オーストラリアと行動計画を詰めて連携することも、岸田政権が引き継ぐ優先課題だ

アジア太平洋の安定を保つうえで、外交の役割も大きい。この地域では日米豪印4カ国(クアッド)に加え、米英豪の「AUKUS(オーカス)」の枠組みも生まれた。これらを土台に東南アジア諸国にも海洋の治安維持や警備、テロ対策といった協力を広げることが重要だ。


◎「戦略的曖昧さ」の問題はどうする?

台湾海峡で危機が起きたとき、どう共同で対応するのか。米国や韓国、オーストラリアと行動計画を詰めて連携することも、岸田政権が引き継ぐ優先課題だ」と秋田氏は言うが、台湾に関する米国の戦略的曖昧さをどう考えているのか。

台湾有事の際にどう行動するのか米国はあえて曖昧にしている。曖昧さの放棄を「岸田政権」が迫るべきと秋田氏は考えているのか。あるいは同盟国には内々に方針が示されているとの前提なのか。その辺りの「曖昧さ」が引っかかった。

いよいよ記事の結論部分だ。「真剣に言ってるの?」と問いたくなるような中身になっている。


【日経の記事】

こうした努力の目標はあくまでも域内の「力のバランス」を取り戻し、中国と安定した共存関係を築くことにある。敵対したり、封じ込めたりすることが目的ではない。意図の読み違いから緊張が高まらないよう、中国との対話を深める努力がより大切になる


◎軍拡競争の覚悟なし

敵対したり、封じ込めたりすることが目的ではない。意図の読み違いから緊張が高まらないよう、中国との対話を深める努力がより大切になる」と記事を締めている。本気か。

秋田氏の望み通りに「防衛予算」が大幅増額となり、「中国優位に傾く軍事バランス」の修正に日本が乗り出したとしよう。「敵基地への反撃力の保有」も実現する。

その時に「目標は中国との安定した共存関係を築くことなんです。敵対したり封じ込めたりなんて全く考えていません」と訴えれば「中国」との「緊張が高まらない」と秋田氏は信じているのか。「中国」指導部は恐ろしく愚かでお人好しとの認識なのか。

日本の軍事力増強で「中国優位に傾く軍事バランス」の修正を図るのであれば、軍拡競争に足を踏み入れる覚悟が要る。「優位」を守ろうとして中国がさらに軍事力を強化する可能性は高い。

「それは困るから中国の愚かさに期待しよう」と秋田氏は考えているのかもしれないが甘すぎる。


※今回取り上げた記事「新政権に問う(4)アジア安定へ新戦略を

https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20211010&ng=DGKKZO76501970Q1A011C2MM8000


※記事の評価はE(大いに問題あり)。秋田浩之氏への評価はEを維持する。秋田氏に関しては以下の投稿も参照してほしい。


日経 秋田浩之編集委員 「違憲ではない」の苦しい説明
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/09/blog-post_20.html

「トランプ氏に物申せるのは安倍氏だけ」? 日経 秋田浩之氏の誤解
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/02/blog-post_77.html

「国粋の枢軸」に問題多し 日経 秋田浩之氏「Deep Insight」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/03/deep-insight.html

「政治家の資質」の分析が雑すぎる日経 秋田浩之氏
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/08/blog-post_11.html

話の繋がりに難あり 日経 秋田浩之氏「北朝鮮 封じ込めの盲点」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/10/blog-post_5.html

ネタに困って書いた? 日経 秋田浩之氏「Deep Insight」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/10/deep-insight.html

中印関係の説明に難あり 日経 秋田浩之氏「Deep Insight」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/11/deep-insight.html

「万里の長城」は中国拡大主義の象徴? 日経 秋田浩之氏の誤解
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/02/blog-post_54.html

「誰も切望せぬ北朝鮮消滅」に根拠が乏しい日経 秋田浩之氏
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/02/blog-post_23.html

日経 秋田浩之氏「中ロの枢軸に急所あり」に問題あり
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/07/blog-post_30.html

偵察衛星あっても米軍は「目隠し同然」と誤解した日経 秋田浩之氏
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/10/blog-post_0.html

問題山積の日経 秋田浩之氏「Deep Insight~米豪分断に動く中国」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/11/deep-insight.html

「対症療法」の意味を理解してない? 日経 秋田浩之氏「Deep Insight」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/08/deep-insight.html

「イスラム教の元王朝」と言える?日経 秋田浩之氏「Deep Insight」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/11/deep-insight_28.html

「日系米国人」の説明が苦しい日経 秋田浩之氏「Deep Insight」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/12/deep-insight.html

米軍駐留経費の負担増は「物理的に無理」と日経 秋田浩之氏は言うが…
https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/01/blog-post_30.html

中国との協力はなぜ除外? 日経 秋田浩之氏「コロナ危機との戦い(1)」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/03/blog-post_23.html

「中国では群衆が路上を埋め尽くさない」? 日経 秋田浩之氏「Deep Insight」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/06/deep-insight.html

日経 秋田浩之氏が書いた朝刊1面「世界、迫る無秩序の影」の問題点
https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/08/1_15.html

英仏は本当に休んでた? 日経 秋田浩之氏「Deep Insight~準大国の休息は終わった」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/10/deep-insight_29.html

「中国は孤立」と言い切る日経の秋田浩之氏はロシアやイランとの関係を見よ
https://kagehidehiko.blogspot.com/2021/07/blog-post.html

0 件のコメント:

コメントを投稿