2021年6月9日水曜日

労働者の味方を装うのはやめた方が…日経 水野裕司上級論説委員「中外時評」

労働者を保護するより経営側の自由を尊重する方が世の中は上手くいくとの考えを否定はしない。そう信じるならば堂々と訴えればいい。なのに、なぜか労働者の味方でもあるかのように振る舞ってしまう。 

グラバー園にある「三浦環の像」

9日の日本経済新聞朝刊オピニオン面に水野裕司上級論説委員が書いた「中外時評~『無期転換』より正社員改革を」という記事には、そんな印象を受けた。まず引っかかったのが以下のくだりだ。

【日経の記事】

労働基準法は残業の制限や時間外労働への割増賃金などの規定を設ける。最低賃金法はこの額は下回れないという賃金の基準を定める。働き手が健康を維持し、生活していけるだけの収入を得られるよう、労働条件決定に程度の差はあれ干渉する側面が労働法にはある。

そのなかで介入の度合いの強さが際立つのが、2013年4月施行の改正労働契約法で新設された「無期転換ルール」だ。パート、派遣などの有期労働契約が5年を超えて繰り返し更新された場合、本人が希望すれば期間の定めのない無期雇用契約に切り替えられるようになった。

有期から無期へという労働契約の枠組み自体を変更する権利を、一定の条件のもとで有期契約労働者に与えた点が特徴だ。契約の内容は当事者の自由な意思で決まり、国家は干渉しないという「契約自由の原則」を、正面から修正したものといえる。


◎「契約自由の原則を正面から修正」?

無期転換ルール」について「『契約自由の原則』を、正面から修正したもの」と水野上級論説委員は解説している。「契約自由の原則」から初めて外れたのが「無期転換ルール」ならば、この説明でいいだろう。

しかし実際は違う。ブリタニカ国際大百科事典では「資本主義社会が独占的段階に入って、社会的・経済的弱者保護のため自由競争が制限され、国家が経済関係に介入するようになると、契約自由の原則も制限されることになった (たとえば、労働基準法、独占禁止法など) 」と説明している。つまり、かなり例外の多い「原則」だ。水野上級論説委員が触れた「最低賃金法」も「契約自由の原則」からは外れている。

なのになぜ「無期転換ルール」が「『契約自由の原則』を、正面から修正したもの」になるのか。「無期転換ルール」を「介入の度合いの強さが際立つ」ものとして描きたいのは分かるが、無理がある。

次に本題の「労働者の味方を装う」問題について見ていこう。

【日経の記事】

有期労働者の不安定な状況を改善するには、その根本原因に目を向ける必要がある。長期の雇用保障や年功賃金で正社員が手厚く保護され、コスト抑制策として非正規雇用が活用されている構造だ。

企業は正社員に転勤や職種転換などを命令できる半面、採用後は解雇が厳しく制限される。正社員の雇用や賃金を雇われて働く人全体の4割近い非正規従業員が支えている。正規・非正規の格差是正には世界でも特殊な正社員システムの改革が不可欠だ。

現実には長期雇用は縮小する方向にある。デジタル化の進展で企業はイノベーション力のある人材を外部からも集めなければならない。人材の新陳代謝が求められる。金銭補償とセットにした解雇規制の緩和や転職支援などの政策で、雇用の流動化を推し進めるときに来ている

無期転換ルールも特権的な正社員のあり方も、行き過ぎた労働者保護という点が共通する。日本の労働法制の問題点を象徴している。


◎正社員の不安定化で「有期労働者の不安定な状況」を改善?

有期労働者の不安定な状況を改善するには、その根本原因に目を向ける必要がある」と書いてあると「不安定な状況を改善」するための提言をしてくれるのかと期待してしまう。しかし、続きを読むと「味方のフリ」だと分かる。

水野上級論説委員の主張を実際に採用したらどうなるか。「金銭補償とセットにした解雇規制の緩和」によって「正規・非正規の格差是正」は進むだろう。しかし、それは「正規」雇用が実質的には「非正規」と変わらなくなることを意味する。

正社員」の第一の利点は「安定」だ。「解雇規制の緩和」によって「正規・非正規」のどちらも「不安定な状況」に置かれるのに、それで「有期労働者の不安定な状況を改善」できるのか。

現状では「有期労働者」にも「正社員」になって「不安定な状況」から抜け出す道がある。しかし「解雇規制の緩和」が進めば、この道さえ閉ざされる。

「自分は経営側の利益を代弁する書き手だ」と開き直って記事を書いていくことを水野上級論説委員には勧めたい。


※今回取り上げた記事「中外時評~『無期転換』より正社員改革を」https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20210609&ng=DGKKZO72695450Y1A600C2TCR000


※記事の評価はD(問題あり)。水野裕司上級論説委員への評価もDを据え置く。水野上級論説委員に関しては以下の投稿も参照してほしい。


通年採用で疲弊回避? 日経 水野裕司編集委員に問う(1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/11/blog-post_28.html

通年採用で疲弊回避? 日経 水野裕司編集委員に問う(2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/11/blog-post_22.html

宣伝臭さ丸出し 日経 水野裕司編集委員「経営の視点」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/blog-post_26.html

「脱時間給」擁護の主張が苦しい日経 水野裕司編集委員
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/07/blog-post_29.html

「生産性向上」どこに? 日経 水野裕司編集委員「経営の視点」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/04/blog-post_23.html

理屈が合わない日経 水野裕司編集委員の「今こそ学歴不問論」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/01/blog-post.html

日経 水野裕司上級論説委員の「中外時評」に欠けているものhttps://kagehidehiko.blogspot.com/2019/05/blog-post_9.html

具体策は「労使」丸投げで「雇用と賃金、二兎を追え」と求める日経 水野裕司上級論説委員https://kagehidehiko.blogspot.com/2021/02/blog-post_17.html

最低賃金で「3つの問題」を指摘した日経 水野裕司編集委員への疑問https://kagehidehiko.blogspot.com/2021/05/3_30.html

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