2018年10月9日火曜日

乳がん検診「ぜひ受けるべき」? 日経 佐々木玲子女性面編集長に問う

「がん検診を受けるのは良いことだ」と当たり前に信じている人も多いだろう。この問題は、調べれば調べるほど「受けない」という選択に傾きそうな気がする。少なくとも単純に「受けるべきだ」とは言えない。ところが8日の日本経済新聞朝刊女性面に「女性はぜひ(乳がんの)検診を受けて」と訴える記事が載っていた。筆者の佐々木玲子 女性面編集長には以下の内容で意見を送っておいた。
白池地獄(大分県別府市)※写真と本文は無関係

【日経女性面編集長へのメール】

日本経済新聞社 女性面編集長 佐々木玲子様

8日の朝刊女性面に載った「取材を終えて〉早期発見へ検診身近に」という記事について意見を述べさせていただきます。引っかかったのは以下の説明です。

『女性はぜひ検診を受けて』と辻さん。早期発見は治療のカギ。09年に検診車での乳がん検診を導入したベネッセホールディングスでは、親友を乳がんで亡くした当時の人事担当の女性が制度化に尽力した。働く女性が増えるなか、業務の合間に受けやすい検診の広がりに期待したい

これを読んだ女性の多くは「乳がん検診を受けるのは無条件に好ましいことだ」と思うかもしれません。しかし、実際には必ずしもそうとは言えません。2016年12月11日付の日経ヘルス「『乳がん検診、行かなきゃ』…その思い込みは捨てよう」という記事では以下のように記しています。

乳がんを含めたがん検診の目的は、死亡率を下げること。しかし実際は、検診により新しく発見される罹患者数は増えているのに、死亡率は下がっていない。聖路加国際病院乳腺外科の山内英子部長は、『そろそろ、必ず検診に行かねばならないという“がん検診神話”は捨ててほしい。乳がん検診の場合、発症リスクの低い人が検診を受けることで、過剰診断や偽陽性、被曝のリスク、精神的な負担などの不利益が、検診による利益を上回ることも。発症リスクを考慮して、必要な人が、その人に合った方法で検診を受けてほしい』と話す

乳がん検診」に関して「仮に効果がなくても害はない」と言えるならば「女性はぜひ検診を受けて」と呼びかけても罪は少ないでしょう。しかし、「過剰診断」などのマイナスも大きいのです。単純に「受けて損はない」とは言えません。

女性はぜひ検診を受けて」と訴えるのであれば「検診を受けると長生きする確率が高まるという明確なエビデンスが日本人女性についてあるかどうか」を確認する必要があります。海外での効果だと日本人に当てはまるとは限りません。

また、検診ががん死亡率を下げるとしても、総死亡率(がん以外での死亡も含む)を下げる効果がなければ意味はありません。

乳がんに限らずがん検診については、がん死亡率を下げる場合でも総死亡率は下がらない(がん以外での死亡率が上がって相殺される)との報告もあります。記事を書く上では、こうした点も考慮すべきです。

せっかくの機会ですので「がん診断経て働き続ける~時短・在宅勤務利用/自然な受け入れ安心」というメインの記事にも2つ注文を付けておきます。


(1)不自然な日本語では?

治療中は仕事はおろか『涙しか出ない日』もあった」という文に不自然さを感じました。「AはおろかBもあった」と言う場合、「AもBも」あったはずです。今回の場合「仕事はもちろんあったし『涙しか出ない日』もあった」と解釈すると、文脈的にうまく繋がりません。単純には直しにくいのですが、例えば「治療中は仕事はおろか食事さえ満足にできない日もあった」などとすれば問題は解消します。
活水女子大学(長崎市)※写真と本文は無関係


(2)受身は少なめに

患者の就労支援は、3月に策定された第3期がん対策推進基本計画でも重要課題に位置づけられた」というくだりでは同一文中に受身表現が2回出てきます。これらは「使う必要のない受身」です。「患者の就労支援は、3月に策定した第3期がん対策推進基本計画でも重要課題に位置づけた」としても何の問題もありません。「受身を使わない選択肢はないか」と考える癖を身に付けてください。

色々と注文を付けてきましたが、前任の佐藤珠希氏が編集長を務めていた時期よりも、女性面の質は向上していると思えます。当時は偏見や事実誤認に基づく記事が頻繁に載っていました。

参考までに、2016年12月に佐藤珠希氏へ送ったメールの内容を加えておきます。佐藤氏からの返信はありませんでした。

~佐藤氏に送ったメール~

日本経済新聞 女性面編集長 佐藤珠希様

12月30日の「女・男 ギャップを斬る~共働き社会 追いつかぬ政策 平日の子連れパパ 定着を/母に求める水準高すぎる」という記事について意見を述べさせていただきます。 記事は水無田気流氏と池田心豪氏に佐藤様がインタビューする内容となっています。この中で特に水無田氏の発言に問題を感じました。

記事の中では、女性だけが負担を強いられているかのような発言が出てきます。例えば「保育園の入園手続きは煩雑で仕事復帰へのプレッシャーも大きい。母親は精神的・時間的コストを一人で負っている」と水無田氏は述べていますが、父親が「精神的・時間的コスト」を負っているケースも当然にあります。家庭によって事情はそれぞれなのに「母親は精神的・時間的コストを一人で負っている」と断言するのは正しいのでしょうか。

より大きな問題があるのは以下の発言です。

「私も子どもが生まれたときは非常勤講師だったので、預け先探しに苦労した。専門学校の夜間講義の日は公営の一時保育に預け、午後9時に授業が終わると迎えに飛んで行き、寝ている息子を引き取りタクシーで帰る。託児コストで講義報酬の半分近くが消えた。両立のコストを女性だけが担っている。社会構造の問題だ」

「我が家の場合は両立のコストを女性である自分だけが担った」と言うのは分かります。しかし、それはあくまで水無田氏の話です。なのに、なぜか水無田氏は「両立のコストを女性だけが担っている。社会構造の問題だ」と全体に広げてしまいます。保育園への子供の送り迎えをしている男性など日本中に山ほどいます。それは佐藤様もご存じのはずです。なのに「両立のコストを女性だけが担っている」といった水無田氏の誤った認識を正さないまま、記事にしてよいのですか。

「両立のコストを負っている男性もいますよね」とインタビュー時に聞いてもいいでしょう。偏見が強すぎる部分については省いて記事にする選択もあります。しかし、そうした手を打たず、誤解に基づく水無田氏の発言をそのまま載せてしまったのは、佐藤様にも責任があります。

そもそも「両立のコストを女性だけが担っている」状況がおかしいと思うのならば、水無田氏はなぜ自ら改善に動かなかったのでしょうか。「託児コストで講義報酬の半分近くが消えた」と述べていますが、夫が働いていたのであれば、「託児コスト」の一部を負担してもらえばよいでしょう。夫が無職であれば、送り迎えは分担できそうです。健康上の問題などでそれも難しい場合はあり得ます。ただ、その場合は「社会構造の問題」というより、「個別の家庭の問題」と見るべきです。

「母親は精神的・時間的コストを一人で負っている」「両立のコストを女性だけが担っている」といった誤った情報を読者に届けるのは、そろそろ終わりにしませんか。水無田氏をどうしても使いたいのならば止めません。ただ、偏見に満ちた思い込みに関しては、佐藤様から働きかけて改めてあげてはどうでしょう。読者の利益を考えればそうすべきですし、結果として水無田氏の名誉も守られるはずです。

◇   ◇   ◇

※今回取り上げた記事

がん診断経て働き続ける~時短・在宅勤務利用/自然な受け入れ安心
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20181008&ng=DGKKZO36169230V01C18A0TY5000

取材を終えて〉早期発見へ検診身近に
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20181008&ng=DGKKZO36169240V01C18A0TY5000


※記事の評価はD(問題あり)。女性面全体のレベル向上を評価して佐々木玲子女性面編集長への評価はC(平均的)とする。


※水無田気流氏に関しては以下の投稿も参照してほしい。

日経女性面「34歳までに2人出産を政府が推奨」は事実?
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/06/34.html

日経女性面に自由過ぎるコラムを書く水無田気流氏
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/06/blog-post_5.html

日経女性面で誤った認識を垂れ流す水無田気流氏
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/blog-post_30.html

「男女の二項対立」を散々煽ってきた水無田気流氏が変節?
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/04/blog-post_58.html

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