2018年9月18日火曜日

「犯罪に手を染めた」と断定して大丈夫? 日経「政と官 細る人財」

18日の日本経済新聞朝刊1面に載った「政と官 細る人財(2) 白書は『遺書』 頭脳流出の波」という記事は色々と問題が目に付いた。特に引っかかったのが「教育行政の担い手が犯罪に手を染めた」と言い切っていたことだ。日経には以下の内容で問い合わせを送った。
農業公園ファームパーク伊都国(福岡県糸島市)
            ※写真と本文は無関係です

【日経への問い合わせ】

18日の日本経済新聞朝刊1面に載った「政と官 細る人財(2) 白書は『遺書』 頭脳流出の波」という記事についてお尋ねします。問題としたいのは以下の記述です。

官を取り巻く環境はさらに厳しさを増している。息子の大学入学に絡む汚職で幹部が逮捕された文部科学省。若手官僚は『国からではなく、現場から教育を変えようという人材が増えるだろう』と嘆く。安倍政権が教育無償化の具体化を進めるなか、教育行政の担い手が犯罪に手を染めた衝撃は計り知れない

教育行政の担い手が犯罪に手を染めた」と断定していますが、まだ判決も出ておらず「犯罪に手を染めた」とは言い切れません。御紙も7月10日付の記事で「私立大支援事業を巡る文部科学省汚職事件で、同省の前科学技術・学術政策局長、佐野太容疑者(58)=受託収賄容疑で逮捕=が『息子の不正合格を依頼していない』と容疑を否認する供述をしていることが10日、関係者の話で分かった」と報じています。

推定無罪」の原則を無視して、本人が容疑を否認しているにもかかわらず「教育行政の担い手が犯罪に手を染めた」と断定するのは不適切ではありませんか。問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。

付け加えると「若手官僚は『国からではなく、現場から教育を変えようという人材が増えるだろう』と嘆く」というくだりも引っかかりました。「現場から教育を変えようという人材が増える」のは、基本的に好ましい変化ではありませんか。この「若手官僚」は「現場から教育を変え」るのではなく「」頼みであるべきだと信じているのでしょうが、一般的な認識とは違う気がします。

他にも気になった点があるので指摘しておきます。

<「霞が関への批判を込めた」と読み取れますか?>

まず以下の冒頭部分です。

『労使ともにリスクを避けて雇用の維持を優先している姿勢がみられる』。2017年夏に公表された経済財政白書は第1章で、雇用を守るために低賃金・長時間労働がはびこっていると問題提起した。内閣府で執筆に携わった森脇大輔氏。まだ30歳代だが『遺書のつもりで書いた』。年次と学歴ばかりを重視し、変化するリスクを拒む霞が関への批判を込めた

経済財政白書」の当該部分の前後を見てみましょう。

人手不足にもかかわらず賃金の伸びが緩やかなものにとどまっていることは、これまでにない現象であるが、賃金の伸びの低さは、労働生産性の伸びが低いことに加え、労働分配率も長期的に低下傾向にあること等を反映している。その背景には、労使ともにリスクを避けて雇用の維持を優先している姿勢がみられる。ただし、今後、人手不足が一層深刻化するにつれて、企業は外部から多様な人材を受け入れる機会が増えることが見込まれ、そうした動きが、賃金決定のあり方にも影響してくる可能性がある

記事を最初に読んだ時は「労使ともにリスクを避けて雇用の維持を優先している姿勢がみられる」というのは「霞が関」に関する記述なのかと思ってしまいました。しかし、実際は日本全体の話です。
芥屋海水浴場(福岡県糸島市)※写真と本文は無関係です

森脇大輔氏」は「遺書のつもりで書いた」のかもしれません。「年次と学歴ばかりを重視し、変化するリスクを拒む霞が関への批判を込めた」つもりもあるのでしょう。しかし、「白書」の文章自体はごく普通の状況分析です。ここから「霞が関への批判」を読み取るのは拡大解釈が過ぎるでしょう。「雇用を守るために低賃金・長時間労働がはびこっていると問題提起した」とも感じられません。

白書は『遺書』」と見出しにも使っていますが、大げさすぎます。本人がそう言っているとしても、記事にする上では「『遺書』と呼ぶに値するか」を慎重に検討すべきです。


<霞が関に関する誤解がありませんか?>

次は以下のくだりを取り上げます。

総務省の若手チームは6月、省内の働き方改革を提言した。メンバーの橋本怜子さんは自ら希望し、鎌倉市役所に出向した。霞が関は外との交流や勉強の時間が持てず、民間に比べ給料も低い。『優秀な若手が辞めていくのは当然』と思う

霞が関は外との交流や勉強の時間が持てず」と書いていますが、違うでしょう。記事でも「メンバーの橋本怜子さんは自ら希望し、鎌倉市役所に出向した」と「外との交流」に触れています。

人事院のサイトで「平成30年度派遣研修実施計画」を見ると「行政官長期在外研究員制度」では、外国の大学院などに国家公務員153人を派遣するようです。研修期間は 原則2年で最長4年となっています。 外国の政府機関・国際機関などに派遣する制度もあります。それでも「霞が関は外との交流や勉強の時間が持てず」と言えるでしょうか。


<「人材の流動化」を訴えていたはずでは?>

日本経済新聞は「人材の流動化を推進すべきだ」との立場のはずです。6月30日の社説でも「人が柔軟に仕事を移っていける流動性の高い労働市場づくりも急がねばならない」と訴えていました。なのに今回の連載では「止まらぬ頭脳流出。霞が関の25~39歳の行政職の離職者は16年度に1685人。ここ5年、じわじわ増えている」などと霞が関での人材流動化を否定的に捉えています。矛盾していませんか。

離職者」も多いが中途採用などで入ってくる人も多いというのが「人が柔軟に仕事を移っていける流動性の高い労働市場」なのではありませんか。


<今も昔も大して変わらないのでは?>

最後に以下のくだりです。

かつて社会保障分野では、首相経験者の橋本龍太郎氏ら大物政治家がボスとして強い力を持っていた。10年ほど前までは尾辻秀久元参院副議長ら『4人会』が政策決定の中心。いわゆる族議員の『密室政治』だが、政治家が決めた政策の方向性を官僚が制度に落とし込むという政と官の一種の役割分担があり『役人としてやりがいを感じた』(元厚労省首脳)。いまは安倍政権下で官邸主導が進む。農林水産省の若手は『政府が掲げる農産物輸出1兆円の目標も、目標設定のための分析は不十分。単に切りがいい数字を挙げただけとしか思えない』という。少人数で政策を決めるトップダウンが進むほど、大多数の政策立案に関われない官僚たちはいらだちを募らせる

今と「かつて」の差があまり感じられません。政治家が「少人数で政策を決め」て「官僚が制度に落とし込む」という点では同じではありませんか。「農産物輸出1兆円の目標」は「官邸主導」で決めたのかもしれませんが、それを実現するための「制度に落とし込む」には「官僚」の力を借りる必要があるでしょう。

それとも法案作成など細かい作業の全てを「官邸」の「少人数」の政治家がやっているのですか。ちょっと考えにくい気がします。

問い合わせは以上です。お忙しいところ恐縮ですが、回答をお願いします。御紙では、読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。「世界トップレベルのクオリティーを持つメディア」であろうとする新聞社として、責任ある行動を心掛けてください。

◇   ◇   ◇

筆者には「村木元厚労省局長に無罪判決 郵便不正で大阪地裁 」という2010年9月10日付の日経の記事を読んでほしい。逮捕された人物に関して判決前に「犯罪に手を染めた」と断定する怖さが分かるはずだ。


追記)結局、回答はなかった。


※今回取り上げた記事「政と官 細る人財(2) 白書は『遺書』 頭脳流出の波
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180918&ng=DGKKZO35362850U8A910C1MM8000


※記事の評価はE(大いに問題あり)。

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