2018年9月13日木曜日

「AIで犯罪予知」に問題目立つ日経「ポスト平成の未来学」

日本経済新聞朝刊未来学面の「ポスト平成の未来学」という連載は失敗がパターン化している。「大きく変わる未来」を強引に描いてツッコミどころを作ってしまう例を何度も見てきた。13日の「AIで高度監視 犯罪の兆候 見逃さない」という記事もその一例だ。
ナビオス横浜(横浜市)※写真と本文は無関係です

未来学面に載っている意見受け付け用アドレスに送ったメールの内容は以下の通り。

【日経に送ったメール】

日本経済新聞社 鈴木卓郎様

13日朝刊未来学面「ポスト平成の未来学 第11部 あすの安心・安全~AIで高度監視犯罪の兆候 見逃さない」という記事について意見を述べさせていただきます。

まず冒頭で取り上げた警備ロボットの「リボーグX」についてです。記事では「リボーグXは周囲の人にけがをさせないことを優先して腕がなく『不審者を止める』『不審物を拾う』など行動をとれない構造になっている」と書いています。

これだと「腕さえ付ければ不審者を止めることもできるが、あえてそうしなかった」との印象を持ちます。しかし記事によると「(リボーグXの)移動速度は人の歩く速度より少し遅い時速2キロメートル」です。これでは、腕を付けても「不審者を止める」役割はほとんど期待できないでしょう。

次に気になったのが以下のくだりです。

犯罪予知システムで殺人がゼロに――。スティーブン・スピルバーグが監督し、トム・クルーズが主演した米SF映画『マイノリティ・リポート』(2002年)は、殺人事件が無くなった2054年の首都ワシントンを描いた。ストーリーは超能力者たちが犯罪を予知。特殊捜査機関の犯罪予防局の刑事がその予知に従って将来殺人を起こす『容疑者』を逮捕し、事件を未然に防ぐ。この映画の制作当時は、肝心の予知の部分は超能力者に頼るというストーリーにせざるを得なかったが、今は違う。予知の部分は過去の犯罪のビッグデータを分析するAIが担い、世界中の捜査機関などが犯罪予知システムの開発でしのぎを削る

この映画の制作当時は、肝心の予知の部分は超能力者に頼るというストーリーにせざるを得なかった」という説明が引っかかりました。2002年当時はAIの技術が今ほど発達していなかったかもしれませんが、映画の「ストーリー」は既存技術に縛られる必要はありません。AIが犯罪を予知する「ストーリー」にもできたはずです。

例えば、火星への移住が現状では技術的に難しいからと言って、火星に移住する「ストーリー」を映画で描けない訳ではありません。これは鈴木様も異論ないでしょう。

記事で鈴木様は以下のように続けています。

同システムを開発している『SingularPerturbations』代表の梶田真実さんによると、使われるのは過去の犯罪発生状況のデータを数理モデルで分析する機械学習と呼ばれる手法だ。『ある家が空き巣に入られると、その後1週間は半径数百メートル内での発生率が増加する』。こうした犯罪発生確率の高い場所を割り出せれば、警察は巡回を強化できる。米国では60以上の警察が同システムを導入し、事前パトロールなどで犯罪認知件数の減少につなげている

今は違う」と宣言した割には、大した話が出てきません。「ある家が空き巣に入られると、その後1週間は半径数百メートル内での発生率が増加する」--。それはそうでしょうねとしか言えません。「空き巣が入ったから周辺地域は要警戒」ぐらいのことは20世紀の警察も分かっていたと思います。

今回の記事の流れで「今は違う」と言い切るならば「1年以内に殺人事件を起こす人物を今のAIは高い確率で特定できる」といった話が要ります。

次に取り上げたいのが以下の記述です。

将来はマイノリティ・リポートのような犯罪予知社会が実現するのか。梶田さんは『分析モデルの開発は日進月歩。情報公開やデータ蓄積が進めばもっと精緻な予知ができる』と指摘する。過去の犯罪者の属性や交友関係から『誰が犯罪をするのか』を予知することも可能になるが、過去の事例分析に頼るため人種や社会的地位が偏る恐れがあるという。AIが間違いをしないとは限らず、冤罪(えんざい)の可能性も残る

ここで問題としたいのは「冤罪(えんざい)の可能性も残る」についてです。

まず、AIが「精緻な予知」をするだけならば、AIに起因する「冤罪の可能性」はほぼなさそうです。例えばコンビニに入ってきた人物が万引きをするとAIが予知したとしましょう。AIの分析結果を知った店員はその客を監視して、万引きしたところを捕まえれば済みます。予知が外れれば捕まえないので「冤罪」とはなりません。

マイノリティ・リポート」のように「将来殺人を起こす『容疑者』を逮捕」するとなると、現行法を前提にすれば逮捕自体が違法です(殺人の準備行為はないと仮定します)。

では「将来殺人を起こすとAIによって判断された人物はそれだけで殺人未遂罪に問われる」と法律が変わったとしましょう。この場合も「冤罪」は起きそうにありません。正確に言えば「冤罪」かどうかを判断する術がありません。

「1年以内に殺人事件を起こす」とAIが判断したAさんを逮捕して3年間服役させたとしましょう。出所後にAさんが「あれは冤罪だ。普通に暮らしていても俺は人を殺したり絶対にしなかった」と訴えても、証明する術はありません。Aさんは1人しかいないので「逮捕しなかったらどうなっていたか」は検証できないのです。

結局、鈴木様はどういう判断で「AIが間違いをしないとは限らず、冤罪(えんざい)の可能性も残る」と書いたのですか。そこが読み取れませんでした。

ポスト平成の未来学」ではありがちですが、「未来は大きく変わる。今もすごい変化が起きている」と打ち出すとツッコミどころの多い筋立てになってしまいます。鈴木様もその罠にはまっていませんか。大きく変わる未来を描く必要はないのです。小さな変化でも、それを丁寧に分析すれば説得力のある記事に仕上がるはずです。

私からの意見は以上です、記事を書く上での参考にしていただければ幸いです。

◇   ◇   ◇

※今回取り上げた記事「ポスト平成の未来学 第11部 あすの安心・安全~AIで高度監視犯罪の兆候 見逃さない
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20180913&ng=DGKKZO35269590S8A910C1TCP000


※記事の評価はD(問題あり)。鈴木卓郎記者への評価も暫定でDとする。「ポスト平成の未来学」については以下の投稿も参照してほしい。

「シェア経済」に食傷を感じる日経「ポスト平成の未来学」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2017/11/blog-post_9.html

「ピクセルワーカー」が魅力的に映らぬ日経未来学面の記事
http://kagehidehiko.blogspot.com/2017/11/blog-post_16.html

日経 未来学面「2050年 オフィスが消える」に足りないもの
http://kagehidehiko.blogspot.com/2017/11/2050.html

「若者たちの新地平」を描けていない日経「ポスト平成の未来学」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2017/11/blog-post_24.html

悪い意味で無邪気な日経 未来学面「考えるクルマ 街へ空へ」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/01/blog-post_26.html

「肌着からデータ送信」が怪しい日経「ポスト平成の未来学」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/02/blog-post_9.html

IT企業の社員は「林業ガール」? 日経 若狭美緒記者に問う
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/03/blog-post_23.html

「フリーアドレス制でダイバーシティー効果」が怪しい日経の記事
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/03/blog-post_88.html

中長期の正確な気象予測は可能? 日経「ポスト平成の未来学」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/04/blog-post_5.html

「海にゴミを捨てるのは合法」と解説する日経 未来学面の記事
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/04/blog-post_13.html

未熟さ感じる日経「ポスト平成の未来学~ ゴミはなくせる」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/04/blog-post_21.html

「飛行機600人乗り」の予測は的中? 日経 鬼頭めぐみ記者に問う
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/07/600.html

「障害者」巡る問題多い日経「ポスト平成の未来学」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/08/blog-post_10.html

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