2017年6月28日水曜日

実態を曲げて伝える日経1面「砂上の安心網(3)」

ネタがなくて四苦八苦しているのか。それとも、結論ありきで取材を進めているから無理のある中身になってしまうのか。28日の日本経済新聞朝刊1面に載った「砂上の安心網~不作為の果てに(3)組織第一、医師会の保身 痛み伴う改革に及び腰」という記事は色々と問題が多かった。この記事を読んだ人の多くを誤解させる書き方になっている。
塚堂古墳(福岡県うきは市)※写真と本文は無関係です

記事の当該部分と日経への問い合わせを続けて見てほしい。

【日経の記事】

鹿児島県で2つの病院を「持ち株型」の法人の下に置き、効率的な運営を目指す計画が直前に頓挫した――。取材班はこんな話を聞きつけ、現地に飛んだ。4月から可能になった新制度で、コスト削減や質の高い医療にもつながるはずなのに、なぜなのか。

「残念でしたが、ああやっぱりねという感じですね」。乳がん治療で知られる相良病院(鹿児島市)を運営する社会医療法人博愛会の相良吉昭理事長は取材班の質問にさばさばと答えた。

目指したのは新制度に基づき「地域医療連携推進法人」を設立し、同じ市内で泌尿器科専門の新村病院を運営する医療法人真栄会と運営を一体化すること。薬剤の共同購入でコストを下げ、さらに相良病院の最先端の放射線検査や治療設備を共有でき、患者にもメリットがある計画だった

だが3月27日、新法人を認定する知事の諮問機関、県医療審議会の決定は「継続審議」。県は電話で告げただけで理由を示さなかったが、相良理事長は「医師会の役員が新法人の構成員に入っておらず、あいさつもない」と関係者から伝え聞いたという。本当なのか。取材班は県の担当課と審議会委員だった県医師会長に取材を申し入れた。いずれも「非公開の会議」を理由に回答を拒否した。

理由も明かされない相良理事長は決定翌日、申請を取り下げた。「地方から医療はダメになっていくのに……」。改革の先陣を切れないもどかしさに首を振る。



【日経への問い合わせ】

朝刊1面の「砂上の安心網~不作為の果てに(3)」という記事についてお尋ねします。記事では「泌尿器科専門の新村病院を運営する医療法人真栄会」と「乳がん治療で知られる相良病院(鹿児島市)を運営する社会医療法人博愛会」について「2つの病院を『持ち株型』の法人の下に置き、効率的な運営を目指す計画が直前に頓挫した」と記しています。その上で、この計画に関して「薬剤の共同購入でコストを下げ、さらに相良病院の最先端の放射線検査や治療設備を共有でき、患者にもメリットがある計画だった」と述べています。
福岡大学病院(福岡市城南区)※写真と本文は無関係です

この説明が正しければ、「計画が直前に頓挫した」ために「薬剤の共同購入でコストを下げ、さらに相良病院の最先端の放射線検査や治療設備を共有」することはできなくなっているはずです。本当にそうでしょうか。報道によると「鹿児島市の相良病院(81床)とにいむら病院(40床)で構成する“ヘルスケアパートナーズネットワーク”はすでに、業務提携を結び、高額医療機器の共同利用や薬剤の共同購入などの取組を開始している」(ミクスOnline)ようです。日経ヘルスケア2016年4月号も以下のように伝えています。

「2法人は今年(※2016年)4月1日、『ヘルスケアパートナーズネットワーク』を設立。業務提携を正式にスタートした。博愛会の様々な経営ノウハウを真栄会に導入し、画像診断装置や放射線治療の共同利用、抗癌剤やホルモン剤の共同購入なども行う」

「地域医療連携推進法人」の設立が認められなかったために「薬剤の共同購入でコストを下げ、さらに相良病院の最先端の放射線検査や治療設備を共有」する計画が頓挫したと取れる記事の説明は誤りではありませんか。問題ないとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。御紙では、読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。クオリティージャーナリズムを標榜する新聞社として、掲げた旗に恥じない行動を心掛けてください。

ちなみに博愛会の相良吉昭理事長はcoFFee doctorsというウェブマガジンのインタビューで気になる発言をしています。

「私たちはすでにグループとして機能していて、地域医療連携推進法人で想定されている内容と同じことを行っています。ですから仮に地域医療連携推進法人が制度として確立され認定されても、国から認められた正式な名称がつく程度の違いしかありません」

この通りであれば、今回の記事で取材班が最初に聞き付けた「効率的な運営を目指す計画が直前に頓挫した」という前提自体が間違っていたことになります。地域医療連携推進法人として認定はされなかったものの、実質的な影響はほとんどないのではありませんか。それではインパクトがないからと言って、不正確で誤解を招く内容に仕上げたとすれば読者を欺く行為です。記事を作る過程でそうした問題がなかったかどうかも、よく検討してください。

◇   ◇   ◇

付け加えると、「薬剤の共同購入でコストを下げ、さらに相良病院の最先端の放射線検査や治療設備を共有でき、患者にもメリットがある計画だった」と書いているが、「患者にもメリットがある」とは考えにくい。「薬剤の共同購入でコストを下げ」たとしても、院外処方であれば患者には関係ない。院内処方でも、患者が支払う薬の値段を下げてくれるとは思えないが…。

最先端の放射線検査や治療設備を共有」するという話も、患者に何のメリットがあるのか分からない。新村病院の患者が相良病院の「放射線検査や治療設備」を利用したい場合、相良病院を訪ねればいいだけの話ではないのか。「治療設備」が相良病院にあるのならば、設備を「共有」していたとしても患者は相良病院に出向く必要があるだろう。

普通に考えると「患者にもメリットがある計画」には見えない。「いやメリットはある」と取材班が考えるのならば、そこはきちんと記事中で説明すべきだ。


※今回取り上げた記事「砂上の安心網~不作為の果てに(3)組織第一、医師会の保身 痛み伴う改革に及び腰
http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20170628&ng=DGKKZO18198120Y7A620C1MM8000


※記事の評価はE(大いに問題あり)。今回の連載に関しては、以下の投稿も参照してほしい。

「既得権サークル」批判に説得力が乏しい日経「砂上の安心網」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/06/blog-post_26.html


※「砂上の安心網」の過去の連載に関しては、以下の投稿も参照してほしい。

「2030年に限界」の根拠乏しい日経1面「砂上の安心網」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/2030.html

第2回で早くも「2030年」を放棄した日経「砂上の安心網」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/2030_20.html

「介護保険には頼れない」? 日経「砂上の安心網」の騙し
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/blog-post_21.html

日経朝刊1面連載「砂上の安心網(4)」に見えた固定観念
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/blog-post_62.html

どこが「北欧流と重なる」? 日経1面「砂上の安心網(5)」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/blog-post_42.html

「格差是正が必要」に無理あり 日経「砂上の安心網」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/02/blog-post_16.html

医療費で「番人」責めて意味ある? 日経「砂上の安心網」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/02/blog-post_17.html

日経1面連載「砂上の安心網」取材班へのメッセージ
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/02/blog-post_22.html

日経「がん死亡率と1人当たり医療費」で無意味な調査
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/05/blog-post_73.html

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