2019年9月2日月曜日

「第二東大できたら早慶上智は地位低下」と週刊ダイヤモンドは言うが…

週刊ダイヤモンドの大学関連特集はこれまでツッコミどころが満載だった。それらに比べると9月7日号の「1982~2019偏差値&就職実績~大学 激変序列」という特集は完成度が上がっている印象を受けた。とは言え、引っかかる部分もある。ここでは「Part 2 統合再編が本格化!! 激変する大学序列 全予測(首都圏)」という記事を取り上げたい。
瑞鳳殿(仙台市)※写真と本文は無関係です

冒頭で「かつての第二東大構想がもし実現するのなら、都内の私立大を中心に序列異変が起こるだろう」と予測しているが、そうは思えなかった。記事では以下のように説明している。

【ダイヤモンドの記事】

では、この構想が再燃し、実現したら大学序列はどうなるのか。

まず、気になるのが、早慶および上智大学への影響だ。東京大との併願が激減し、偏差値、人気共に大きく下落することになるだろう。東京大落ちの“御用達”である、早稲田大政治経済学部や慶應大法学部など看板学部への影響は避けられまい

次に、国家試験合格者が激減するだろう。早慶上智の経済界での地位低下が顕著になりそうだ。

そして、首都圏のトップ中高一貫校の国公立志向が極端に高まることになろう。

MARCHはどうか。現在のような厳然たるヒエラルキーがなくなり、横並びになる可能性もあるだろう。

では、そもそもの東京大への影響はどうか。優秀層の分散は避けられず、東京大自体の地位低下も取り沙汰される。第二東大構想の面々を思い起こせば、専門分野に特化したスペシャリストの集団のような大学群。東京大には存在しない、外国語学部や芸術系学部があるぶん、第二東大が東京大を抜き去る分野も出てきそうだ。

もう一歩踏み込んで、第二東大後の再編シナリオを考えてみよう。東京大にない学部や学科に優秀層が集まるのは、すでに述べた通りだ。となれば、早慶上智が取る手段としては、早稲田大国際教養学部と上智大外国語学部の再編があり得るかもしれない。


◎特に変わらないような…

第二東大構想」とは「一橋大学、東京工業大学、東京医科歯科大学、東京外国語大学、東京藝術大学の五つの大学」を1つにする構想だ。これらの大学は現在でも基本的には「早慶上智」より格上だ。

入試制度に変更がない前提で考えると、現状で「早稲田大政治経済学部や慶應大法学部」が「東京大落ちの“御用達”」ならば、それは「第二東大構想」実現後も変わらないだろう。

統合時に「第二東大」の定員を大きく増やしたりするならば話は別だが、「五つの大学」が一緒になるだけでなぜ「早慶上智」の「偏差値、人気共に大きく下落する」と考えるのか謎だ。理由としては「東京大との併願が激減」するからなのだろうが、その経路が見えてこない。

東京大への影響はどうか。優秀層の分散は避けられず、東京大自体の地位低下も取り沙汰される」との解説も理解に苦しむ。「五つの大学」が1つになると今より格が上がると見ているのだろうが、その理由が分からない。例えば「東京藝術大学」が「第二東京大学芸術学部」になったら、むしろ格が落ちそうな気もするが…。



※今回取り上げた記事「Part 2 統合再編が本格化!! 激変する大学序列 全予測(首都圏)
http://dw.diamond.ne.jp/articles/-/27438


※記事の評価はD(問題あり)。この記事の筆者を特定できないこともあり、特集の担当者らへの評価は据え置く(敬称略)。

藤田章夫(Dを維持)
宮原啓彰(Cを維持)
西田浩史(Dを維持)


※週刊ダイヤモンドの過去の大学関連特集に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「学閥」に疑問残る 週刊ダイヤモンド特集「医学部&医者」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/06/blog-post_15.html

説明が雑な週刊ダイヤモンド「医学部・医者」特集
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/05/blog-post_19.html

「医学部への道」が奇妙な週刊ダイヤモンド「医学部・医者」特集
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/05/blog-post_54.html

3番手でも「2番手グループ」?  週刊ダイヤモンド医学部特集
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/05/blog-post_73.html

近大は「医科大学」? 週刊ダイヤモンド「医学部・医者」特集
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/05/blog-post_18.html

昔の津田塾は「女の東大」? 週刊ダイヤモンド特集「大学序列」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/09/blog-post_11.html

偏差値トップは東大理3? 週刊ダイヤモンド「大学序列」の矛盾
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/09/blog-post_68.html

九州知らずが目立つ週刊ダイヤモンド特集「大学序列」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/09/blog-post_17.html

北海道は「第二の総合大学」空白地帯? 週刊ダイヤモンドの矛盾
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/10/blog-post_15.html

東北福祉大も「地元では天下」?  週刊ダイヤモンド「大学 学部序列」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/10/blog-post_16.html

「理系は名城大がトップ」が苦しい週刊ダイヤモンド「大学 学部序列」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/10/blog-post_17.html

「社長の息子が多い」に根拠欠く週刊ダイヤモンド「御曹司大学」特集
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/12/blog-post_10.html

「武蔵大」の分類に矛盾あり 週刊ダイヤモンド「御曹司大学」特集
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/12/blog-post_12.html

法政大の前身は「航空工業専門学校」と誤解した週刊ダイヤモンド
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/12/blog-post_41.html

明治学院大の前身は「協会専門学校」と週刊ダイヤモンドは言うが…
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/12/blog-post_13.html

問題多すぎ…週刊ダイヤモンド「新OBネットワーク~早慶 東大 一橋 名門高校」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/07/blog-post_8.html

「慶大閥」入れ忘れた? 週刊ダイヤモンドの「学閥序列マップ(中部)」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/07/blog-post_9.html

「逆転」されても神戸高校はNo.1? 週刊ダイヤモンド「学閥序列マップ」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/07/no1.html

松山東高は「断トツ県内1強」? 週刊ダイヤモンド「学閥序列マップ」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/07/1.html

「学閥序列マップ」の間違い指摘に週刊ダイヤモンドが回答
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/07/blog-post_87.html

2019年9月1日日曜日

D・アトキンソン氏の「最低賃金引き上げ論」に欠けている要素

日経ビジネス9月2日号に載った「目覚めるニッポン~D・アトキンソン氏『賃金を上げられない企業は退場を』」という記事(筆者は大竹剛副編集長)を読んで驚いた。記事によると「電子版に掲載した『生産性向上には最低賃金引き上げが不可欠』という同氏の主張に、読者の多くは納得した」という。
石巻駅(宮城県石巻市)※写真と本文は無関係です

個人的には全く納得できなかった。まず気になるのがアトキンソン氏の主張に「いつどのくらい引き上げるのか」が見当たらないことだ。これが分からないと何とも言えない。とりあえず「最低賃金はどれだけ引き上げてもいい。上げれば上げるほど好ましい」との前提で考えてみたい。

アトキンソン氏の主張をもう少し見ていこう。

【日経ビジネスの記事】

日本の現状を調査・分析すれば、人口減少や少子高齢化が最大の問題だと分かります。しかし、人口増から人口減へとパラダイムシフトが起きているのに、何も変わっていないかのごとく改革ではなく改善ばかりを続けています。最低賃金引き上げは、こうした状況を大きく変える改革になります。

過去20年間で、米国や英国の給料は約1.7倍になりましたが日本では約7%減少しました。人口が減れば、数の原理で日本のGDP(国内総生産)も縮小します。そうならないためには、給料を増やすしかありません。

例えば、平均所得420万円の労働者が2人いると仮定すると所得の合計は840万円。それをすべて使うと、個人消費が840万円。労働者が1人に減っても個人消費を維持するには、1人の所得を840万円に引き上げなければなりません。単純な話です。GDPの議論で個人消費についてだけ考えたのは、家計から支出する消費がGDPの5割以上を占めているからです。

生産性向上の掛け声は大きいですが、最低賃金引き上げには後ろ向きの経営者や識者が多いですよね。しかし、生産性が向上しても最低賃金を引き上げなければどうなりますか。労働分配率がどんどん下がり、その結果、個人消費も減っていきます。

中略)最低賃金を引き上げ、それを払えない企業と経営者には退場していただく。その結果、企業の統廃合が進み1社当たりの企業規模が大きくなり、生産性を高めるための施策を打てるようになる。そして、きちんと賃金を上げられる経営者の下に、才能ある人材が集まっていく。そういう経済の循環を作り出すことが必要です。

これまで日本の経営者は本気で生産性を向上させずに、賃金を削って利益を出してきました。もうこんなことはやめないと立ち行かなくなりますよ



◎だったら時給1億円でどう?

分かりやすくするために極端なケースで考えてみよう。アトキンソン氏の考えに沿って日本の最低賃金を全国一律に「時給1億円」としたらどうなるか。

「そんな無茶言われても…。それじゃ事業が成り立たないよ」と経営者からは大反対が起きるだろうが「それを払えない企業と経営者には退場していただく」。結果として「企業の統廃合が進み1社当たりの企業規模が大きくなり、生産性を高めるための施策を打てるようになる。そして、きちんと賃金を上げられる経営者の下に、才能ある人材が集まっていく」。そして、めでたく「時給1億円」の夢の国が誕生する……はずだ。

「そんなにうまく行くのか?」とは誰もが考えるだろう。しかし、心配は要らないようだ。日経ビジネス電子版の記事で「最低賃金を上げると、企業は生産性を向上させて対応することが、英国の事例研究を根拠にしていることに対して、根拠を示すことなく『最低賃金を上げると、生産性は果たして上がるか、疑問』、と言う人もいます」とアトキンソン氏は述べている(やたらと「こと」が続くし、日本語としてやや不自然な感じもあるが、ここでは置いておく)。

最低賃金を「時給1億円」にしても、「企業は生産性を向上させて対応する」らしい。「時給1億円」でも利益を出せるビジネスが次々と誕生して日本全体が恐ろしいほど豊かになるだろう。1日でも働けば一生食うに困らないカネを稼げる。「日本に生まれて良かった」と心の底から思える……だろうか。

誰もが「時給1億円」になれば大幅なインフレが起きて、それで調整されてしまいそうな気もする。これも心配無用らしい。日経ビジネス電子版の記事で「最低賃金を引き上げるとその分だけ物価も上がるから実質賃金は上がらない、という反論も聞きます。(生産性の話も含めて)両方とも、科学的な検証をすると、ただの感覚的な反論にすぎないことは分かります」とアトキンソン氏は教えてくれる。

だったら最高だ。最低賃金を「時給1億円」にすれば、1日8時間働くと8億円が手に入る(
ここでは税金は考慮しない)。後は遊んで暮らしてもいい。大幅なインフレの心配もないので、現在1億円を超えるような東京都心部のマンションを複数買ってもいい。

こんな夢のような話が政府の決断1つで実現する。財源も要らない。明日からでもぜひやってほしい。思い切って「時給10億円」にしてもいいだろう。生産性はそれを後追いして伸びるし「最低賃金を引き上げるとその分だけ物価も上がる」などと考える必要がないのは「科学的な検証」で明らかになっているのだから。

アトキンソン氏に「最低賃金を時給1億円にしたらどうか。生産性が上がって日本は豊かになるか」と聞けば「それは話が極端すぎる」と返ってきそうな気がする。確かに例としては極端だ。しかし「いつどのくらい引き上げるべきか」をアトキンソン氏が示していない(あるいは示しているのに大竹副編集長が省いた)から、こういう話にもなってくる。

最低賃金で問題となるのは「適正水準」ではないか。そこが決まれば、上げるべきかか下げるべきかは論じるまでもない。


※今回取り上げた記事「目覚めるニッポン~D・アトキンソン氏〈賃金を上げられない企業は退場を』
https://business.nikkei.com/atcl/NBD/19/depth/00311/


※記事の評価は見送る。

2019年8月30日金曜日

持ち合い解消求める日経も「トヨタとスズキ」の相互出資には好意的?

日本経済新聞は株式の持ち合いをどう評価しているのだろうか。30日の朝刊総合1面に載った「企業は政策保有株の説明責任を果たせ」という社説では「日本の上場企業が取引先の株式を持つ政策保有株の慣行に対し、投資家から疑問の声が強まっている。収益上のメリットが見えづらく、相手と互いに持ち合えば経営者の自己保身につながるからだ」と述べた上で以下のように訴えている。
瑞鳳殿(仙台市)※写真と本文は無関係です

足元では凸版印刷など13社が政策保有するリクルートホールディングス株の売却を決める一方、住友不動産のように株の持ち合いを増やす企業もある。機関投資家は政策保有株の削減姿勢で投資先を選別する傾向を強めている。企業は株式市場の声を真剣に受け止め、削減を加速させてほしい

社説を読む限り「持ち合いは好ましくない。解消すべきだ」というのが社論だと思える。それはそれでいい。引っかかるのは他の記事の扱いだ。

この社説が載った前の日(29日)の朝刊1面トップは「トヨタとスズキ、資本提携 自動車『大変革』に備え~相互出資、トヨタ5%」という記事だった。

トヨタが960億円を出資しスズキ株の約5%を持つ。スズキもトヨタに0.2%程度を出資する」という株式の持ち合いを「現在の業務提携から関係をさらに深める」「長期的な関係構築が必要との考えから相互出資に踏み込んだ」などと前向きに報じている。

1面の記事では「持ち合い」という言葉も使っていない。「相手と互いに持ち合えば経営者の自己保身につながる」から「削減を加速させてほしい」と社説で訴えているのに「相互出資」の動きを朝刊1面トップで肯定的に報じるのはどうなのか。

29日の企業2面の解説記事では「相互に緩やかな株式の持ち合いになる」「今回の資本提携は当初から相互の株式持ち合いでパートナーとしての関係を築く考えがあった」などと「持ち合い」という言葉を用いている。新たな「持ち合い」との認識は、この件を報じた記者の中にもあったことになる。

となると、1面に関しては「トヨタとスズキ」を持ち上げるためにマイナスイメージの強い「持ち合い」という表現をあえて避けたのではないかと勘繰りたくなる。

持ち合い」が好ましくないとの前提に立てば、「現在の業務提携」が既にあるのだから「相互出資」は余計な動きと評価するのが自然だ。

社説では「企業は保有する合理性を数字で説明するとともに、説明のつかない株は削減を急ぐべきだ」とも訴えている。裏返せば「説明のつく株は削減を急ぐ必要がない」とも言える。「トヨタとスズキ」は例外的な動きと捉えればいいのだろうか。

その可能性はゼロではないが低そうだ。社説では「主要企業の開示内容を調査したゴールドマン・サックス証券は『ほぼ全ての企業が定量的な保有効果を記載していない』と指摘した」とも書いている。トヨタはマツダなどとも株式を持ち合っている。トヨタが「ほぼ全ての企業」の中に入っているとすれば「定量的な保有効果を記載していない」はずだ。それで「合理性を数字で説明」できているとは考えにくい。

相手と互いに持ち合えば経営者の自己保身につながる」から「削減を加速させてほしい」と日経が訴えるのならば、「トヨタとスズキ、資本提携」という記事は企業面で十分だ。そこで持ち合いの問題点をしっかり指摘して、「相互出資」の早期解消を訴えてほしかった。


※今回取り上げた記事

企業は政策保有株の説明責任を果たせ
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20190830&ng=DGKKZO49167000Z20C19A8EA1000

トヨタとスズキ、資本提携 自動車『大変革』に備え~相互出資、トヨタ5%
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20190829&ng=DGKKZO49132450Z20C19A8MM8000


※記事の評価は見送る。

2019年8月29日木曜日

早くも「東京大氾濫」を持ち出す日経「春秋」の東京目線

人は自分を起点に物事を見てしまう。これは本能的で当然ではある。だが全国紙に記事を書くのならば「全国の読者」を考える視点が欠かせない。しかし東京の本社で記事を書いていると、どうしても「東京目線」が前面に出てしまう。

8月28日の雨で道路などが冠水した福岡県久留米市内
例えば日本経済新聞の中村直文編集委員は6月13日付の記事で「ついに梅雨に突入」と地域を特定せずに書いてしまった。この時点で西日本の多くの地域では梅雨入りしていない。これが「東京目線」の悪い例だ。

8月29日の朝刊1面に載ったコラム「春秋」は中村編集委員の記事ほど単純ではないが、やはり「東京目線」に問題を感じた。

記事の全文を見た上でこの問題を考えたい。

【日経の記事】

1982年7月の長崎大水害では死者・行方不明者約300人を数えた。119番通報の生々しい交信記録が残る。夕刻から夜、豪雨による被害の不意打ちをくらった住民が救助を求め相次ぎ受話器を握った。しかし、消防隊員らはすでに現場に出払ってしまっている。

▼「手が回らんです」と謝る隊員らに「見殺しということか?」と怒り出す住民。殺到する要請に「おたくはいま、生きるか死ぬかしてますか?」と逆に問うケースもあった。被災者も消防もパニックに陥っていたことがわかる。80万人以上に避難指示が出た今回の九州北部の記録的大雨。冷静な行動や対処はできたろうか。

▼未明から土砂降りが続き、明け方に道路の冠水や川の増水に気付いた地域も多いようだ。積乱雲が次々通過したり停滞したりしたのが原因とされるが、大気や風の条件がそろえば所は選ばない。東日本大震災で「釜石の奇跡」を生む防災教育に携わった片田敏孝さんが本紙に「東京大氾濫」に備えよ、との寄稿をしている。

隅田川や荒川などに面する都内の5区は1カ所でも堤防が決壊すれば最大で10メートル浸水、250万人が被害を受けるという。行政だけで対応できる数ではなく、指示を待たず自ら逃げよ、と呼びかける。救助活動の限界を知り、早めの避難を心がける。37年前の大水害の尊い犠牲に報いるためにも物心両面で備えを進めよう


東京大氾濫」への備えを語る段階?

80万人以上に避難指示が出た今回の九州北部の記録的大雨」は被害が起きたばかりで、29日の天候次第ではさらに状況が悪化しかねない。なのに記事では早くも「東京大氾濫」に話を持っていき「物心両面で備えを進めよう」と呼びかけている。

日経が配達地域を関東に絞ったブロック紙ならば、この内容でいい。だが、日経は紛れもなく全国紙だ。被害を受けた「九州北部」にも新聞は届く。それで「東京大氾濫」の心配をされてもとは思う。

筆者から「九州北部」が遠いのは分かる。「東京大氾濫」に思いを馳せて初めて「物心両面で備えを進めよう」という気持ちになれるのだろう。個人としてはそれでいい。しかし「春秋」の筆者としては配慮が十分だとは言い難い。

ついでに言うと「1982年7月の長崎大水害」を持ち出すのもどうかと感じた。昨年の西日本豪雨や2年前の九州北部豪雨でも大きな被害が出ている。それらを飛ばして「37年前の大水害の尊い犠牲に報いるためにも~」と書くのはどうも引っかかる。


※今回取り上げた記事「春秋:1982年7月の長崎大水害では~」
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20190829&ng=DGKKZO49133120Z20C19A8MM8000


※記事の評価はC(平均的)。

2019年8月28日水曜日

「個人がHFTと同じ土俵」が怪しい日経「隣のインベスター(2)」

今回も日本経済新聞の朝刊投資情報面で連載している「隣のインベスター第2部 アクティブ投資家の実像」を取り上げる。28日の「(2)デイトレ、数字見ず稼ぐ~アルゴリズム取引、個人にも 自ら作って成績上げる」という記事では「個人」が「HFT(高頻度取引業者)」と「土俵を同じに」できているのかが気になった。「小林克彦さん(46)」については「できている」と取材班は判断しているようだ。しかし、記事を読むとどうも怪しい。
松島の渡月橋(宮城県松島町)※写真と本文は無関係

【日経の記事】

個人がアルゴリズムを使い始めた背景には、日本の株式市場におけるHFT(高頻度取引業者)の猛威がある。HFTが駆使するアルゴリズム取引は5年ほど前まではミリ(1000分の1)秒単位だったが今はナノ(10億分の1)秒単位で、売り買いを繰り返す

新潟に住む桜木道夫さん(35、仮名)はデイトレを始めて3年。株価チャート分析が得意だったが、ある事象に気付きがくぜんとした。チャートに上昇・下落を示すサインがともった瞬間に機械的な売買注文が膨らんでいた。人の動体視力とボタンを押すスピードでは勝てない世界が広がる。

勝つには土俵を同じにする必要がある。小林克彦さん(46)は相場予測をしない。寄り付き前の注文を読みこむプログラミングで、一日に300前後の銘柄を売り、買いとも仕込む。例えば、東証1部の中で25日移動平均から下に離れているものを買い、上に離れているものを売る。午後3時の取引終了間際にすべての持ち高を解消する。

15年での稼ぎはざっと2億円。対面営業を原則しないインターネット証券が日々の取引手数料欲しさに営業をかけるほどだ。カブドットコム証券の斎藤正勝社長は「自前でヘッジファンドを開設できるような『プロ並み』のプログラマーが増えている」と指摘する。


◎「小林克彦さん」の取引速度は?

個人がアルゴリズムを使い始めた背景には、日本の株式市場におけるHFT(高頻度取引業者)の猛威がある。HFTが駆使するアルゴリズム取引は5年ほど前まではミリ(1000分の1)秒単位だったが今はナノ(10億分の1)秒単位で、売り買いを繰り返す」というのが、まず前提にある。

そして「勝つには土俵を同じにする必要がある」と切り出している。具体例として出てくるのが「小林克彦さん」だ。「小林克彦さん」が「ナノ(10億分の1)秒単位で、売り買いを繰り返す」仕組みを個人で構築しているのならば「土俵を同じに」していると言える。しかし「小林克彦さん」の「プログラミング」でどの程度の取引速度を実現できたのかは触れていない。これで「勝つには土俵を同じにする必要がある」と言われても納得できない。

しかもこの「プログラミング」がよく分からない。「寄り付き前の注文を読みこむプログラミング」なのに「例えば、東証1部の中で25日移動平均から下に離れているものを買い、上に離れているものを売る」という。

25日移動平均」からの乖離ならば「寄り付き前の注文」を読み込まなくても分かる。両者を組み合わせた取引手法かもしれないが、説明がないので何とも言えない。しかも、これでどうやって「ナノ(10億分の1)秒単位で、売り買いを繰り返す」という「HFT」に対抗できるのか謎だ。普通に考えると、まともに正面から「HFT」に立ち向かっている感じはない。

15年での稼ぎはざっと2億円」という説明も引っかかる。「小林克彦さん」は15年前から今の手法で利益を上げてきたということか。だとすると「コンピュータープログラムが自動で株式売買注文のタイミングや数量を決め注文を繰り返すアルゴリズム取引が機関投資家に普及したのは2000年代。遅れること10年、個人投資家でも浸透しつつある」という筋立てとあまり整合しない。

今回の記事は「想定したストーリー通りの事例が集まらず苦労して作ったのかな」と思わせる内容だった。


※今回取り上げた記事「隣のインベスター第2部 アクティブ投資家の実像(2)デイトレ、数字見ず稼ぐ~アルゴリズム取引、個人にも 自ら作って成績上げる
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20190828&ng=DGKKZO49062630X20C19A8DTA000


※記事の評価はC(平均的)。

2019年8月27日火曜日

「人生100年時代を迎えた」に無理がある日経「隣のインベスター」

世界に先駆けて超高齢化社会に突入した日本は『人生100年時代』を迎えた」と言われたら「確かにそうだな」と思えるだろうか。定義次第ではあるが、常識的に考えれば「人生90年時代」にも届いていない。しかし、多くの経済記事では「人生100年時代」が到来してしまう。27日の日本経済新聞 朝刊投資情報面に載った「隣のインベスター第2部 アクティブ投資家の実像(1)足りないお金、運用で備え~人生100年時代の老後設計 リスクに向き合う高齢者」という記事もそうだ。
松島観光遊覧船の乗船券発売所(宮城県松島町)
        ※写真と本文は無関係です

人生100年時代」に関して記事では以下のように書いている。

【日経の記事】

世界に先駆けて超高齢化社会に突入した日本は「人生100年時代」を迎えた。東京五輪が前回開かれた半世紀前の人生70年時代と異なり、60歳からの人生はとても長い。預金に金利がつかない時代にもなり、足りないお金は運用で稼ごうと高齢者がリスクと向き合い始めた。隣の投資家(インベスター)第2部では積極的に投資に挑む個人投資家の姿を追う。

中略)教科書通りにいえば、若年層よりもリスクを減らすべきである高齢者マネーを投資へと駆り立てているのが、「人生100年時代」の到来だ。18年の日本人の平均寿命は男性約81歳、女性約87歳と過去最高を更新した。これはあくまで平均でもっと長生きする人も多い。三菱UFJ信託銀行の調査によると、退職後からまったく資産運用せずに90歳まで長生きした場合、介護が必要になると6割を超える世帯でお金が枯渇するという。


◎基準を変えて「人生100年時代」と言われても…

東京五輪が前回開かれた半世紀前の人生70年時代」から「人生100年時代」に移行したと筆者はみているのだろう。「東京五輪が前回開かれた半世紀前」の平均寿命はほぼ70歳なので「人生70年時代」に異論はない。

しかし「18年の日本人の平均寿命は男性約81歳、女性約87歳」に過ぎない。なのに「日本は『人生100年時代』を迎えた」のか。「これはあくまで平均でもっと長生きする人も多い」のは確かだ。しかし、それを言うならば「半世紀前」もそうだ。そんな適当な基準でいいのならば「半世紀前」を「人生90年時代」と捉えてもいい。

まともに論じるならば、最低でも基準は揃えるべきだ。「半世紀前」に関して平均寿命の水準に合わせて「人生70年時代」としたのならば、現状は「人生80年時代」か、長めに見ても「人生85年時代」だろう。

人生100年時代」という言葉を使いたくなる気持ちも分かるが、記事の説得力がなくなるリスクは十分に意識してほしい。

ついでに言うと「人生100年時代」を強調しているのに「三菱UFJ信託銀行の調査」が「90歳まで長生きした場合」に関するものなのも引っかかる。「三菱UFJ信託銀行」も「人生100年時代」が到来したとは判断していないのだろう。

キーナンバー『1643兆円』 2035年、60歳以上が持つお金」という関連記事にも注文を付けておきたい。

【日経の記事】

ここで問題になるのが、保有者の認知機能だ。認知症患者は30年に人口の7%に当たる830万人まで増えるとの推計がある。35年には最大で65歳以上の3人に1人が対象となり、有価証券の15%を認知症患者が持つ可能性がある。この巨額資産の何割かが塩漬けになるだけでも、日本経済には重荷となりそうだ



◎「重荷になりそう」?

有価証券の15%を認知症患者が持つ可能性がある。この巨額資産の何割かが塩漬けになるだけでも、日本経済には重荷となりそうだ」との解説が解せない。

仮に「認知症患者」が個人向け国債を保有しているとしよう。そして「塩漬け」状態になる。しかし満期まで保有するのは一般的だし、悪いことでもない。保有によって国の資金繰りを支えているとも言える。「日本経済には重荷」となりそうな感じはない。

では「認知症患者」が株式を保有している場合はどうか。例えばトヨタ株を保有しているとして、「塩漬け」状態になるとトヨタの経営に悪影響が出るのか。長期保有の株主の存在はトヨタにとって、そんなに「重荷」なのか。

長期で持たずに次々と売買しないと「日本経済には重荷」なのか。証券会社にとっては長期保有の投資家が増えるのは困るかもしれないが、そこを除けば「日本経済には重荷となりそうだ」と心配する必要はないだろう。


※今回取り上げた記事

隣のインベスター第2部 アクティブ投資家の実像(1)足りないお金、運用で備え~人生100年時代の老後設計 リスクに向き合う高齢者
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20190827&ng=DGKKZO48843410S9A820C1DTA000

キーナンバー『1643兆円』 2035年、60歳以上が持つお金
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20190827&ng=DGKKZO48895150S9A820C1DTA000


※記事の評価はいずれもD(問題あり)。

2019年8月26日月曜日

「大阪梅田」への変更でJRと「駅名」統一? 日経1面「春秋」に疑問

26日の日本経済新聞朝刊1面に載ったコラム「春秋」で1つ気になった。「JR大阪駅と阪急、阪神の梅田駅は一体的に巨大ターミナルを形づくりながら駅名をたがえてきた。それがとうとう変わる」と筆者は言い切るが、本当なのか。

タマホーム スタジアム筑後(福岡県筑後市)
         ※写真と本文は無関係です

記事の全文は以下の通り。

【日経の記事】

不思議な乗換駅が東京都足立区にある。京成本線の「関屋」と東武スカイツリーラインの「牛田」――。狭い道をはさんで小さな駅舎が向き合い、みんな行き来しているが別々の駅名だ。昭和の初めに相次ぎ開業して以来のことだというから、にらめっこの歴史は長い。

▼かつて京成と東武が競って路線を延ばすなかで、この光景が生まれた。戸惑う利用者も少なくないはずだが、鉄道会社のライバル意識というのはなかなか根が深いのである。さて関西に目をやれば、JR大阪駅と阪急、阪神の梅田駅は一体的に巨大ターミナルを形づくりながら駅名をたがえてきた。それがとうとう変わる

▼10月1日をもって、阪急と阪神が「梅田」を「大阪梅田」に改めるそうだ。つまり「大阪」を冠するだけだが、私鉄王国の関西では阪急や阪神のほうがもともと存在感が強い。なのにあえて「JR寄り」に名を変えるわけだから相当な転換だろう。外国人の訪日客が増え、わかりやすさが何より重要になったからだという

▼駅名も世につれ時代につれ。そういえばJR横須賀線に近年誕生した武蔵小杉駅は、南武線などの同名の駅とはかなり離れているのにこの名である。いま「ムサコ」は人気の街。そのブランド力ゆえの駅名か。ちなみに「関屋」「牛田」が統一する予定は当面ないらしい。頑固なたたずまいを見物に来る鉄道マニアもいる


◎「大阪」と「大阪梅田」は同じ?

阪急と阪神が『梅田』を『大阪梅田』に改める」と「JR大阪駅」と同じ駅名になるのか。明らかに違う。

わかりやすさが何より重要になったからだという」という説明も引っかかる。これだと「JR大阪駅」と「一体的」だと理解してもらうために「『大阪梅田』に改める」のだと感じてしまう。

しかし7月30日付の日経の記事では「阪急電鉄と阪神電気鉄道は10月1日、通勤・通学客や観光客が多く利用する梅田駅(大阪市)の名称をそれぞれ『大阪梅田』に変える。阪急は京都市中心部にある河原町駅も『京都河原町』に改称する。都市名を加えることで位置関係を分かりやすくする」と報じている。「大阪」の駅だと分かってもらうための変更で、「JR大阪駅」に寄せたとは考えにくい。

そもそも梅田の「巨大ターミナル」には地下鉄の駅もあり、こちらの駅名は「梅田」だ。「JR大阪駅」に名前を寄せれば「わかりやすさ」が増すという単純な問題ではない。

そもそも「ほぼ同じ場所にあるのに駅名が全く違う」という例は少なくない。「『関屋』『牛田』が統一する予定は当面ないらしい。頑固なたたずまいを見物に来る鉄道マニアもいる」という結びから判断すると、筆者は非常に珍しい事例だと認識しているのだろう。

大阪で言えば、JR・地下鉄の天王寺駅と近鉄の大阪阿部野橋駅がそうだ。東京では地下鉄の小川町駅・新御茶ノ水駅・淡路町駅はほぼ一体のはずだ。こちらは日経の本社から歩いて見に行けるので、今回の「春秋」を担当した筆者にはぜひ見学してほしい。


※今回取り上げた記事「春秋:不思議な乗換駅が~
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20190826&ng=DGKKZO48986230W9A820C1MM8000


※記事の評価はD(問題あり)。