2019年8月1日木曜日

ヤフー・アスクルの件を「親子上場」の問題と捉える日経の無理筋

日本経済新聞はヤフー・アスクルの対立をどうしても親子上場の問題として捉えたいようだ。1日の朝刊総合1面に載った「真相深層~親子上場、揺らぐ子の独立 ヤフー、アスクル社長らの再任反対」という記事で再び「親子上場」を問題視している。そして、いつも通り説得力がない。
Bershka 渋谷店(東京都渋谷区)
   ※写真と本文は無関係です

まず記事の書き方で1つ指摘しておきたい。最初の2段落は以下のようになっている。

【日経の記事】

アスクルが2日に株主総会を開く。約45%の株を持ち、会計上は親会社のヤフーが岩田彰一郎社長の再任反対を表明。アスクルは資本・業務提携の解消を求めて対立が深まっている。ヤフーがアスクルの一般株主の権利を代表するはずの独立社外取締役の再任反対にまで踏み込んだことで、日本独特の「親子上場」の問題が再燃している

「まさか、ここまでするとは」。アスクルの戸田一雄社外取締役は24日、大阪の自宅でヤフーの発表資料を見て衝撃を受けた。資料には8月2日の株主総会で戸田氏の再任に反対すると記されていた。アスクルに約11%を出資するプラス(東京・港)もヤフーに同調。戸田氏に対する事実上の「クビ宣告」だった。



◎何月「24日」?

冒頭に「アスクルが2日に株主総会を開く」と書いている。これは「8月2日」だ。その後に「アスクルの戸田一雄社外取締役は24日、大阪の自宅でヤフーの発表資料を見て衝撃を受けた」と出てくる。形式的には「8月24日」だが、実際は「7月24日」だろう。月替わりの時期で同情の余地はあるが、日付をきちんと書けていない。

本題に入ろう。本当に「ヤフーがアスクルの一般株主の権利を代表するはずの独立社外取締役の再任反対にまで踏み込んだことで、日本独特の『親子上場』の問題が再燃している」と言えるだろうか。

記事の続きを見ていく。

【日経の記事】

戸田氏は岩田氏の再任反対について、独立役員をないがしろにしていると、23日に会見を開きヤフーを批判したばかりだった。その翌日にヤフーが自身を含む独立取締役3人全員の反対を決めたことに「独立役員が意見を言ったら、親会社が口封じをするなんて、あってはならない」と憤る。

松下電器産業(現・パナソニック)元副社長の戸田氏は12年にわたりアスクルの社外取締役を務める。2015年にアスクルがヤフーの子会社になってからは、独立役員会を率い、経営者や親会社の意見に偏らないよう努めてきた自負がある。



◎「口封じ」はできてないような…

まず「口封じ」には動いていない気がする。実際に「戸田氏」はヤフー批判を続けているのではないか。「独立社外取締役の再任反対」にも問題は感じない。株主として「再任」が好ましいと判断すれば賛成だし、好ましくないと判断すれば「反対」となるはずだ。

独立社外取締役の再任」に親会社は常に賛成すべきなのか。「一般株主の権利を代表するはずの独立社外取締役」を最終的に決めるべきは取締役会であり、株主総会は無力化すべきというのが筆者ら(斎藤正弘記者、今井拓也記者、増田咲紀記者)の考えなのか。

さらに続きを見ていく。

【日経の記事】

親会社とそれ以外の株主の利益は相反することがある。例えば子会社の有望な事業を親会社に格安で譲渡させれば、親会社は利益を得るが、その他の株主は損害を被る。

一般株主は実質的な決定権を持つ親会社に対抗する手段がない。そこで中立の立場から判断する独立役員が「盾」として、一般株主の利益を守ることが期待される。



◎ヤフー・アスクルに当てはまる?

上記の説明に異論はない。ただ、今回のケースには当てはまらない。まず「子会社の有望な事業を親会社に格安で譲渡させ」るといった話が出てきていない。

今回は「その他の株主」である「プラス(東京・港)もヤフーに同調」している。記事には「ヤフーの直前の実力行使に理解を示す一般株主もいる」との記述もある。大きな利益を得る「親会社」と、「損害を被る」だけの「その他の株主」の対立図式は成り立っていない。

なのに「親会社とそれ以外の株主」の利益相反の話として捉えるのは無理筋だ。ヤフー支持派とアスクル支持派の対立に過ぎない。であれば株主総会で決着を付けるのが筋だ。実際にそうなろうとしている。株式会社の意思決定に関する現行ルールを是とすれば、ヤフーのやり方を批判するのはかなり無理がある。

最後に記事の結びを見ておこう。

【日経の記事】

ヤフーは総会後に新たな独立社外取締役を選ぶ方針だが、候補はヤフーとプラスの出身者が半数を占める取締役会で決めることになる。独立性や透明性といった親子上場の懸念を払拭できるか。自らも上場子会社のヤフーが負う責任は重い



◎「独立」している方がヘンでは?

今回の記事の見出しは「親子上場、揺らぐ子の独立」だ。「上場子会社」は親会社から「独立」した存在だし、そうあるべきだとの前提を感じる。しかし、親会社が議決権の過半を持っているのに「上場子会社」が「独立」しているはずがない。また「独立」して自由に経営方針を決められるのならば、ガバナンスが機能しているとは思えない。

親子上場が好ましくないと思うならば禁止してもいいだろう。だが「上場子会社」を完全に「独立」させるのはやめた方がいい。完全に「独立」させた場合、もはや「子会社」とは言い難い。「議決権の過半を握る親会社から明確に独立している子会社」という分かりにくい存在を作り出そうとするから、おかしな話になる気がする。


※今回取り上げた記事「真相深層~親子上場、揺らぐ子の独立 ヤフー、アスクル社長らの再任反対
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20190801&ng=DGKKZO48002610R30C19A7EA1000


※記事の評価はC(平均的)。筆者らへの評価は以下の通りとする(敬称略)。

斎藤正弘:暫定C
今井拓也:Cを維持
増田咲紀:暫定D→暫定C


※ヤフーとアスクルの件については以下の投稿も参照してほしい。

ヤフーとアスクルの件で「親子上場の問題点浮き彫り」という日経に異議
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/07/blog-post_24.html


※今井記者に関しては以下の投稿も参照してほしい。

やはり本部寄り? 日経「24時間 譲れぬセブン」今井拓也記者に注文
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/03/24.html

セブンに「非24時間」のFC契約なし? 日経 今井拓也記者に問う
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/03/24fc.html


※増田記者に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「GAFAがデータ独占」と誤解するのは日経グループの癖?
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/11/gafa.html

2019年7月31日水曜日

「初の有人飛行」はライト兄弟? 日経 深尾幸生・山田遼太郎記者に問う

日本経済新聞の深尾幸生記者と山田遼太郎記者によると「(1903年に)ライト兄弟が史上初の有人飛行に成功してから1世紀あまり」らしい。一方で「ドイツの発明家オットー・リリエンタール」は「有人飛行に挑み続け、1891年に成功させた」とも書いている。この矛盾をどう理解すればよいのか、以下の内容で問い合わせを送ってみた。
ソラシドエアの機体(国東市の大分空港)
          ※写真と本文は無関係です


【日経への問い合わせ】

日本経済新聞社 深尾幸生様 山田遼太郎様

31日の朝刊ディスラプション面に載った「Disrupution 断絶の先に 第4部 疾走モビリティー(5)2025年、タクシーは空を飛ぶ」という記事についてお尋ねします。質問は以下の4つです。

(1)「史上初の有人飛行」を成功させたのはライト兄弟ですか?

記事中に「ライト兄弟が史上初の有人飛行に成功してから1世紀あまり」との記述があります。その前に「リリウムという会社名は、空気より重い物体が安定的に飛ぶのは不可能とされた時代にグライダーのような機体で有人飛行に挑み続け、1891年に成功させたドイツの発明家オットー・リリエンタールから名づけた」とも説明しています。

記事に付けた表によれば「ライト兄弟が史上初の有人飛行に成功」したのは1903年です。しかし「オットー・リリエンタール」が「有人飛行に挑み続け、1891年に成功させ」ています。明らかに矛盾しています。

ライト兄弟」は「リリエンタールの飛行実験に影響されてグライダーの製作を開始。1903年に複葉機を完成させ、人類初の動力飛行に成功」(デジタル大辞泉)したのではありませんか。だとすると「ライト兄弟が史上初の有人飛行に成功してから1世紀あまり」のくだりは「史上初の動力飛行」としないと成立しません。

ライト兄弟」に関する説明は誤りと考えてよいのでしょうか。問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。

付け加えると19世紀には「空気より重い物体が安定的に飛ぶのは不可能とされ」ていたのでしょうか。当時の人々は鳥を「空気より軽い」と認識していたのでしょうか。あるいは「鳥は安定的に飛べない」と見ていたのでしょうか。どちらもあり得ない気がします。「人類が安定的に飛ばせるのは気球などに限ると思われていた」との趣旨なのでしょうが…。

せっかくの機会なので、他に気になった点を記しておきます。


(2)「ジェット」は「空飛ぶクルマ」ですか?

記事では独リリウムが開発した「ジェット」を「空飛ぶクルマ」と表現しています。「空飛ぶタクシー」ならばまだ分かりますが、「空飛ぶクルマ」とは思えません。「大きなシャチを思わせるつるんとした白い機体に、細かいギザギザがついた前後2対の翼」の「ジェット」は、写真を見ても明らかに飛行機です。翼を折りたたんで車輪が出てきて地上では自動車になるのならば「空飛ぶクルマ」でしょうが、そうした説明は見当たりません。

今も大富豪が使うプライベートジェットと何が違うのか。空飛ぶタクシーの特徴は『電動、垂直離着陸、自動運転』だ」との説明はありますが、ここにも「ジェット」を「空飛ぶクルマ」と呼ぶ理由は見当たりません。道路も走行できて空も飛べるのが「空飛ぶクルマ」ではありませんか。「垂直離着陸」ならばヘリコプターでもできます。


(3)「成田空港まで10分」は可能ですか?

ジェット」の「最高時速は300キロメートルが目標」です。そして「東京都心から成田空港までなら10分、2万円程度にしたい」ようです。東京駅から成田空港まで直線距離で57キロメートルと言われています。「最高時速」の「300キロメートル」で常に飛行したとしても「10分」では50キロしか進めません。実際には離陸直後と着陸直前には大きく速度を落とす必要があるので「最高時速」が「300キロメートル」では「10分」で50キロの移動も不可能でしょう。「東京都心から成田空港までなら10分」は目標通りの性能を実現しても無理なのではありませんか。


(4)「空飛ぶクルマが命を救う」は画期的ですか?

都市も変わる 地方も変わる」という関連記事にも疑問を感じました。記事の最後の段落は以下のようになっています。

経済産業省製造産業局の伊藤貴紀は『日本でまず活用が進むのは地方だ。医師が乗った空飛ぶクルマが救急車のように飛び回れるようになれば、65歳以上の高齢者が過半数を占めるような限界集落にも医療サービスが行き届く』と期待する。空飛ぶクルマが命を救う。10年後、そんな日が日常になるかもしれない

救急ヘリ病院ネットワークによると、2018年9月時点で「全国43道府県に53機のドクターヘリが配備」されているようです。既に「ドクターヘリが命を救う。そんな日が日常になっている」はずです。なのに「空飛ぶクルマが命を救う。10年後、そんな日が日常になるかもしれない」と訴える意味はありますか。実現したとしても、それほど画期的な話だとは思えません。

連載のテーマは「Disrupution 断絶の先に」です。しかし、ヘリコプターや小型飛行機が空を飛んでいる状況で「空飛ぶタクシー」が実用化されても「Disrupution 断絶」と呼べるほどの変化は起きないでしょう。道路を走っている車が空に舞い上がったり、空を飛んでいる車が道路上に降りてそのまま走行したりする光景が当たり前になれば画期的ですが、「ジェット」はそんな類の乗り物ではないようです。

Disrupution 断絶」が起きないのですから、その「」が見えないのは当然です。なので「空飛ぶクルマが命を救う。10年後、そんな日が日常になるかもしれない」と強引に結んだのでしょう。

そこを責めるのは酷な気もします。「Disrupution 断絶の先に」というテーマ設定自体に無理があると考えるべきでしょう。第4部は今回で終わりです。第5部の連載はお薦めしません。失敗が約束されたようなものです。

問い合わせは以上です。少なくとも(1)の質問には回答してください。御紙では読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。「世界トップレベルのクオリティーを持つメディア」であろうとする新聞社の一員として責任ある行動を心掛けてください。

◇   ◇   ◇

追記)結局、回答はなかった。

※今回取り上げた記事「Disrupution 断絶の先に 第4部 疾走モビリティー(5)2025年、タクシーは空を飛ぶ
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20190731&ng=DGKKZO47757950V20C19A7TL1000


※記事の評価はD(問題あり)。 深尾幸生記者と山田遼太郎記者への評価も暫定でDとする。

2019年7月30日火曜日

「MMTは呪文の類」が根拠欠く日経 上杉素直氏「Deep Insight」

日本経済新聞の上杉素直氏に言わせれば「現代貨幣理論(MMT)」は「目先の人気取りに使われる財政ポピュリズム(大衆迎合)の『呪文』の類い」らしい。しかし、その根拠はかなり弱い。
旧内外クラブ記念館(長崎市)※写真と本文は無関係です

30日の朝刊オピニオン面に載った「Deep Insight~財政に『呪文』は通用しない」という記事で上杉氏は以下のように解説している。

【日経の記事】

蛇口をひねれば水が流れ出し、シンクの中にたまっていく。やがてシンクが満たされると水は外部へあふれ出す。ときには排水口から水が抜け、シンク内の水位が下がることもある――。

主要な通貨を発行する国は、過度なインフレにならない限り財政赤字が増えても問題ないとする学説「現代貨幣理論(MMT)」。今月、提唱者であるニューヨーク州立大のステファニー・ケルトン教授が来日し、おカネを水にたとえながら説いてみせた。

ケルトン氏の比喩では、水がたまるシンクが経済だ。政府を示す蛇口から出てくる水が財政出動で、排水口から出て行ってしまう水は税金を指す。経済を活気づけるには、財政をふかして減税するほど良いことになる。シンクから水があふれ出す現象をインフレになぞらえ、財政出動の限界を表しているのだという。

米国では税金を上げずに社会保障を充実させるアイデアとして、左派の政治家がMMTを持ち出して話題を呼んだ。日本でも消費増税に反対する人たちがMMTを支持している。負担がなくてリターンを得られるというおいしい話なのだから、有権者の耳には心地よく響くに違いない。

しかし、多くの専門家が口をそろえるように、政府の借金が膨らむのに無頓着なMMTは問題があると思う。湯水のごとく財政出動を膨らませるために、国債を無限に発行できるわけはない。インフレが起きた時点で財政出動をやめるなんて、本当にできるとは信じがたい。目先の人気取りに使われる財政ポピュリズム(大衆迎合)の「呪文」の類いがまた登場したということだろう

では、MMTは政策論として現実的でないとして、日本がMMTの先例めいて引き合いに出されることを私たちはどう受け止めたらよいのだろう。麻生太郎財務相は「日本を実験場にする考えはない」とMMTの発想を否定しているが、アベノミクスとMMTは全く違うと言い切れるのか。


◎「財政出動をやめ」られるなら有効?

まず「主要な通貨を発行する国は、過度なインフレにならない限り財政赤字が増えても問題ない」という「現代貨幣理論(MMT)」の説明が違う気がする。4月13日付の用語解説で日経自身が「通貨発行権を持つ国家は債務返済に充てる貨幣を自在に創出できるため、『財政赤字で国は破綻しない』と説く」としている。「通貨発行権」を持っていれば「主要な通貨」でなくてもいいはずだ。

本題に入ろう。

財政ポピュリズム(大衆迎合)の『呪文』の類い」と上杉氏が斬って捨てた根拠は「インフレが起きた時点で財政出動をやめるなんて、本当にできるとは信じがたい」という1点に尽きる。

これでは「現代貨幣理論(MMT)」は理論として成立していると認めているようなものだ。だとすれば「『呪文』の類い」ではない。

理論としては成立していても「政策論として現実的でない」とは言えるだろうか。「インフレが起きた時点で財政出動をやめるなんて、本当にできるとは信じがたい」と考えるのは「財政出動をやめる」(ここでは財政緊縮策として捉える)ことが、そもそも難しいからなのか。

だとしたら「現代貨幣理論(MMT)」を否定してもしなくても、いずれにせよ「財政赤字」は放置するしかない。

個人的には「インフレが起きた時点で財政出動をやめる」のは十分に可能だと思える。「何%以上のインフレ率になったら自動的に増税になる」という仕組みをあらかじめ決めておけばいい。それが現実に実行できるかどうかという問題はあるが「できるわけがない」と切り捨てるほど難しい話でもない。



※今回取り上げた記事「Deep Insight~財政に『呪文』は通用しない
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20190730&ng=DGKKZO47918350Z20C19A7TCR000


※記事の評価はD(問題あり)。上杉素直氏への評価はDを維持する。上杉氏に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「麻生氏ヨイショ」が苦しい日経 上杉素直編集委員「風見鶏」
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/03/blog-post_25.html

「医療の担い手不足」を強引に導く日経 上杉素直氏
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/07/blog-post_22.html

麻生太郎財務相への思いが強すぎる日経 上杉素直氏
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/09/blog-post_66.html

地銀に外債という「逃げ場」なし? 日経 上杉素直氏の誤解
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/03/blog-post_8.html

日経 上杉素直氏 やはり麻生太郎財務相への愛が強すぎる?
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/06/blog-post_27.html

ツッコミどころが多い中村奈都子 日経女性面編集長の記事

29日の日本経済新聞朝刊女性面に載った「折れないキャリア~企業と弁護士、転身で得た自信 三菱自動車執行役員 高沢靖子さん」という記事はツッコミどころが多かった。
九重"夢"大吊橋(大分県九重町)
       ※写真と本文は無関係です

まず、日本語の使い方が引っかかった。

【日経の記事】

大企業から弁護士への転身と言えば華やかなキャリアアップをイメージするが、「ずっと自分に自信がなかった」と振り返る。



◎「大企業から弁護士への転身」?

大企業から弁護士への転身」という説明には違和感がある。「プロ野球選手からタレントへの転身」とは言うが「プロ野球チームからタレントへの転身」という使い方はしない気がする。今回の記事では「大企業の社員から弁護士への転身」などとしないと苦しい。

 続きを見ていこう。

【日経の記事】

入社した新日本製鉄(現日本製鉄)は"超"優秀な人ばかり。女性社員はほとんどおらず「みんな扱いに困っているようだった」。結婚・出産してからは会社でも保育園でも、どこに行っても「すみません」と頭を下げる毎日。母は子育てを手伝ってくれたが、父が倒れたことで介護に忙しくなった。「何の憂いもなく仕事に没頭できる男性と同じようには働けない」と感じた



◎男性は「何の憂いもなく仕事に没頭できる」?

高沢靖子さん」は「ずっと自分に自信がなかった」らしい。嘘だとは言わないが、話に説得力はない。「入社した新日本製鉄(現日本製鉄)は"超"優秀な人ばかり」で自分もその一員になれたのに、そんなに「自信がなかった」のか。

それは良しとしても「何の憂いもなく仕事に没頭できる男性と同じようには働けない」というくだりは見過ごせない。「男性何の憂いもなく仕事に没頭できる」と「高沢靖子さん」が思い込んでいるのならば明らかな偏見だ。「何の憂いもなく仕事に没頭できる男性」はかなり少ないだろう。

何の憂いもなく仕事に没頭できる(一部の)男性」との趣旨かもしれないが、だとしたら「男性」に限定する必要はない。女性の中にも「何の憂いもなく仕事に没頭できる」人はいるはずだ。

さらに記事を見ていく。

【日経の記事】

代わって子どもの頃に憧れた弁護士への夢が膨らんだ。日本でロースクールが導入された時期でもあり、「人生で一度くらい死ぬほど勉強してみたい」と受験。転職には躊躇(ちゅうちょ)もあったが東大に合格した際、夫の「行ってみたら」という一言に背中を押された。40歳の時だ。



◎勉強には「没頭できる」?

『何の憂いもなく仕事に没頭できる男性と同じようには働けない』と感じた」のに、「『人生で一度くらい死ぬほど勉強してみたい』と受験」したのも解せない。「死ぬほど勉強」できる状態ならば「何の憂いもなく仕事に没頭できる男性と同じように」働けそうだ。

さらにツッコミを入れてみる。

【日経の記事】

勉強は面白かった。「法学部の学生だった頃は概念でしか分からなかったが、『こういう判例の積み重ねでできている仕組みなんだ』と、これまでの仕事が整理されて分かった」。経験に基づいて勉強すると理解の度合いが違う。成績もぐんぐん伸びた。

ところが司法試験を終え、60以上の事務所に履歴書を送ったものの全く相手にされない。若い同級生は大手から内定をもらっているのに。自分を全否定されたようで「人生で最も落ち込んだ」という。

立ち直るには一生懸命働くしかない。なんとか入った事務所で働き始めると、これまでのキャリアが生きてきた。新日鉄で法務担当だったとき、契約書は何度も書いたことがある。訴訟の方向性も決めてきたので、クライアントの望む提案ができる。徐々に認められるようになった。



◎「全く相手にされない」はずが…

60以上の事務所に履歴書を送ったものの全く相手にされない」ので「人生で最も落ち込んだ」らしい。

しかし、なぜか「なんとか入った事務所で働き始め」ている。「全く相手に」してくれない「事務所」が採用してくれたのか。話の辻褄が合っていない。一部の「事務所」は関心を持ってくれたのではないか。

記事の最後には「聞き手は中村奈都子」と出ている。女性面編集長の中村氏は相手の言ったことにツッコミを入れずにそのまま受け入れて記事にしたのだろうか。

"超"優秀な人ばかり」の会社に入れたのになぜ「自分に自信がなかった」のか。「60以上の事務所に履歴書を送ったものの全く相手にされない」のに、なぜ「なんとか入った事務所で働き始め」られたのか。疑問に感じてほしかった。 


※今回取り上げた記事「折れないキャリア~企業と弁護士、転身で得た自信 三菱自動車執行役員 高沢靖子さん
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20190729&ng=DGKKZO47821810W9A720C1TY5000


※記事の評価はD(問題あり)。女性面編集長の中村奈都子氏への評価は暫定でDとする。

2019年7月28日日曜日

「市況の上昇」が引っかかる日経1面「海運3社の業績回復」

28日の日本経済新聞朝刊1面に「海運3社の業績回復 コスト削減、市況も上昇」という記事が載っている。まず見出しの「市況も上昇」が引っかかった。使用例はそこそこあるとは思うが、個人的には誤用に分類したい。
長崎港(長崎市)※写真と本文は無関係です

記事の全文は以下の通り。

【日経の記事】 

海運大手の業績が回復している。日本郵船の2019年4~6月期の連結経常損益は60億円程度、川崎汽船も20億~40億円程度の黒字だったもよう。2社とも第1四半期として2年ぶりの黒字転換となる。商船三井も大幅増益だったようだ。世界貿易は減速が鮮明だが、不採算船の減便などコスト削減に加えて、環境規制強化などを背景にした海運市況の上昇で業績が好転した。

20年から船舶の環境規制が厳しくなり、規制に対応できない船は運航できなくなる。規制対応のため19年度後半にかけて改修ラッシュが起きることで一時的に需給が引き締まるとの思惑があり、海運市況は上昇している。ばら積み船市況の総合的な値動きを示すバルチック海運指数は7月下旬に約5年7カ月ぶりの水準に上昇した。

商船三井の経常利益は100億円程度と、前年同期(2億5100万円)から大幅増益となったようだ。第1四半期としては15年4~6月期(108億円)以来の高い水準となる。日本郵船と川崎汽船は欧州路線の自動車船減便なども影響し、利益率が改善した。

3社はコンテナ船事業が復調する。共同出資するコンテナ船の積載率は4~6月で9割弱と、前年同期から約2割上昇した。コンテナ船運航会社の4~6月期の最終損益は1億2000万ドルの赤字だった前年同期から黒字に転換したようだ。

3社は31日に4~6月期の決算発表を予定している。国際通貨基金(IMF)によると、19年の世界貿易額は前年比2.5%増と18年(3.7%増)から減速する見通し。懸念材料も多く、通期の業績予想は据え置く公算が大きい。


◎「状況」は「上昇」するか?

市況」とは「株式市場や商品市場での取引の状況」(大辞林)を指す。「市場の状況は上昇している」と聞いて違和感があるならば「市況が上昇」は使わない方がいい。

海運市況の上昇」「海運市況は上昇している」に関しては、自分ならば「海運市況の回復」「海運市況は持ち直している」などと書くだろう。

他にも気になった点があるので列挙してみる。

(1)赤字額になぜ触れない?

日本郵船の2019年4~6月期の連結経常損益は60億円程度、川崎汽船も20億~40億円程度の黒字だったもよう。2社とも第1四半期として2年ぶりの黒字転換となる」と書いているものの、両者の前年同期の赤字額が分からない。どの程度の「回復」なのかを見せるためにも必ず入れたい。


(2)「世界貿易は減速が鮮明」?

世界貿易は減速が鮮明」と言い切った後で「19年の世界貿易額は前年比2.5%増と18年(3.7%増)から減速する見通し」とも書いている。「減速」とは言えそうだが、「3.7%増」が「2.5%増」になるだけで「減速が鮮明」と表現するのは苦しい気がする。


(3)「4~6月」の市況は?

今回の記事は「4~6月期」の業績の話だ。「海運市況の上昇で業績が好転した」と書いているのに「ばら積み船市況の総合的な値動きを示すバルチック海運指数は7月下旬に約5年7カ月ぶりの水準に上昇した」と「7月下旬」の「バルチック海運指数」を出している。

4~6月期」の業績を解説するのならば、当該期の「市況」がどうだったのかを見せるべきだ。


(4)「コスト削減」があっさりしすぎ

業績改善の要因を記事では「海運市況の上昇」と「不採算船の減便などコスト削減」に求めている。しかし「コスト削減」については「日本郵船と川崎汽船は欧州路線の自動車船減便なども影響し、利益率が改善した」と述べているだけだ。業績改善の主な要因の1つならば、どの程度の「減便」だったのかなど、もう少し詳しい情報が欲しい。


※今回取り上げた記事「海運3社の業績回復 コスト削減、市況も上昇
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20190728&ng=DGKKZO47882920X20C19A7MM8000


※記事の評価はD(問題あり)。今回の記事はいわゆる業績先取り記事だ。これに関しては歴史的役割を終えたとみている。一読者として業績先取り記事の1日も早い廃止を改めて求めたい。

2019年7月26日金曜日

日産の営業利益「誤報」で改めて思う日経 業績先取りの無駄

業績の先取り記事はやはり必要ない。26日の日本経済新聞朝刊1面トップ記事「日産、1万2500人削減 生産能力1割減 4~6月営業益99%減 海外工場閉鎖も」を読んで改めてそう感じた。
タマホーム スタジアム筑後(福岡県筑後市)
         ※写真と本文は無関係です

前日25日の朝刊1面トップとなった「日産、4~6月営業益9割減 人員削減積み増しへ~主力の米国で不振」という記事では「日産自動車の業績悪化に歯止めがかからない。2019年4~6月期の連結営業利益は前年同期(1091億円)比で約9割落ち込み、数十億円規模にとどまったようだ」と報じている。日産の発表を受けて26日に「2019年4~6月の連結営業利益は前年同期比99%減の16億円と大幅に落ち込んだ」と書いている。

方向は合っているものの「16億円」は「数十億円規模」ではないので、厳しく言えば誤報だ。正確性の低い業績の先取りをしてまで2日続けて朝刊1面トップに日産を持ってくる意味はあるのか。ほとんどの読者にとっては、発表を受けた26日の記事だけで十分だ。

待っていれば発表されるものは原則として発表を待て--。日経には改めてそう求めたい。


※今回取り上げた記事「日産、1万2500人削減 生産能力1割減 4~6月営業益99%減 海外工場閉鎖も
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20190726&ng=DGKKZO47806980W9A720C1MM8000


※記事の評価はC(平均的)。

2019年7月25日木曜日

電子版で報道済みなら…日経1面「日産、4~6月営業益9割減」への注文

日本経済新聞が「電子版ファースト」を推進するのに文句を付ける気はない。ただ、結果として記事の内容が分かりにくくなるのは困る。25日の朝刊1面トップを飾った「日産、4~6月営業益9割減 人員削減積み増しへ~主力の米国で不振」という記事は、事情の説明が不十分だ。
宮城県石巻市月浦にある支倉常長の像
        ※写真と本文は無関係です

記事の最初の方は以下のようになっている。

【日経の記事】 

日産自動車の業績悪化に歯止めがかからない。2019年4~6月期の連結営業利益は前年同期(1091億円)比で約9割落ち込み、数十億円規模にとどまったようだ。主力市場である米国での販売が振るわなかったうえ、自動運転や電動化といった次世代技術に向けた開発費もかさんだ。業績悪化を受け、人員と生産能力の削減に踏み切る。人員削減の規模は5月に示した4800人から大幅に増やし、1万人を超える可能性がある。(関連記事企業2面に)

日産は24日、日本経済新聞の報道を受けて、「営業利益はおおむね近い数値を想定している」とのコメントを出した。25日に19年4~6月期連結決算と人員削減など構造改革策を発表する。



◎25日の朝刊を読んでいるのに…

25日の朝刊を読んでいる人は1面トップの記事を見て「この日産のニュースを日経が報じたのは25日になってから」と理解するのが自然だ。

しかし次の段落で「日産は24日、日本経済新聞の報道を受けて、『営業利益はおおむね近い数値を想定している』とのコメントを出した」と書いている。これだと「ニュースは24日に報道されたもので、それに対する日産の反応も出ている」と理解するしかない。

日産のホームページを見ると「本日(※24日)の日経新聞電子版で、当社の2019年度第1四半期業績に関する報道がなされております」とある。25日の朝刊でニュースの形を取って報じているが、既に旧聞に属するものだった訳だ。それはそれでいい。ただ、24日に電子版で伝えた内容を朝刊1面トップで再利用していることは明示すべきだ。

記事の続きを見ていく。

【日経の記事】

QUICK・ファクトセットによると、日産の営業利益が四半期ベースで100億円を下回るのは19年1~3月期に続いて2四半期連続。それ以前だと2000億円超の営業赤字となった09年1~3月期までさかのぼり、日産は約10年ぶりの業績不振にあえいでいる。



◎「QUICK・ファクトセット」に頼る必要ある?

日産の営業利益が四半期ベースで100億円を下回るのは19年1~3月期に続いて2四半期連続」といった情報は「QUICK・ファクトセット」に頼らなくても日産の発表資料で簡単に確認できるのではないか。なぜ「QUICK・ファクトセット」頼みなのか気になる。

さらに続きを見ていこう。

【日経の記事】

4~6月期の売上高は前年同期(2兆7165億円)を大きく下回ったようだ。収益環境の悪化が一因で、米国で自動車販売が総じて減速し、欧州でも環境規制の強化が痛手となった。自動運転など自動車の新潮流を示す「CASE(総合2面きょうのことば)」の影響で開発費がかさみ、米中貿易摩擦の余波による原材料高や円高も響いた。

逆風のなか、独自の弱さもあらわになった。日産はモデルチェンジから年数がたった「高齢」の車種が多い。米国で「値引き依存」から脱却しようと、販売奨励金を減らしたところ、客足が予想外に落ち込んだ。米調査会社オートデータによると、日産の米国販売台数は約35万台と4%減り、市場全体の減少率(2%)を上回った。

元会長であるカルロス・ゴーン被告の指揮で、米金融危機後に業績回復を急ごうと新興国での生産能力を大幅に拡大した。この反動で新車開発にかける資金は細り、自動車に求められる環境・安全性能が高まるなかで、日産車の商品力の相対的な低下が進んだ。ゴーン元会長の不正問題でブランド力も悪化した。

中国事業は営業損益には影響しない。日産は中国事業を現地メーカーとの合弁会社で運営し、持ち分法投資損益として扱うためだ。中国は景気減速で新車需要が低迷しているが、日系自動車メーカーは相対的に健闘している。日産の中国での新車販売も4、5月は前年同月を下回ったものの、6月はプラスに転じた。

20年3月期通期の業績の予想は据え置く。営業利益は28%減の2300億円、純利益は47%減の1700億円を見込む。早期退職も含めて人員削減の規模を拡大し、当初は年300億円とみていたコスト圧縮を加速させる。生産能力は新興国を中心に約1割減らす


◎「生産能力の削減」関連はこれだけ?

業績悪化を受け、人員と生産能力の削減に踏み切る」と書いていたので、詳しい説明が第2段落以降であると思っていたが、「生産能力の削減」については「新興国を中心に約1割減らす」と述べているだけだ。これは辛い。せめて時期は欲しい。どこの国でどの程度減らすのかも入れたいところだ。

紙面をこれ以上割けないと言うのならば、中国の話を削ってでも「生産能力の削減」を詳しく報じるべきだ。


※今回取り上げた記事「日産、4~6月営業益9割減 人員削減積み増しへ~主力の米国で不振
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20190725&ng=DGKKZO47717990U9A720C1MM8000


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