2015年8月5日水曜日

日経 西條都夫編集委員「日本企業の短期主義」の欠陥

4日の日経朝刊投資情報2面に載った「一目均衡~日本企業の短期主義」という記事には多くの問題を感じた。 筆者である西條都夫編集委員の分析能力には大きな疑問符が付く。

記事の具体的な内容を見ていこう。


【日経の記事】
ゴッホの「ひまわり」 ※写真と本文は無関係です

「同族経営」と聞くと、どこか時代遅れの感じがして、いいイメージを持たない人が多いだろう。最近では大塚家具やロッテで親子や兄弟間の骨肉の争いが起こり、否定的な印象がさらに強まった気がする。

だが、実証研究によると、実は同族経営のほうがいわゆるサラリーマン経営より概して成績がいい。例えば京都産業大学の沈政郁准教授らが一昨年に発表した、日本の上場企業1000社以上を対象にした大がかりな研究によると、売上高成長率でも総資産利益率(ROA)でも同族会社が非同族会社を上回った。それも一時的な現象ではなく、40年近い長期の時間軸で比べた結果である。

さらに興味深いのは同族企業の中でも、経営者の類型によって業績にばらつきがあることだ。

最も成績がいいのは、いわゆる婿養子が率いる企業群だ。創業家を頂く会社でも、一族と関係のないサラリーマン(いわゆる番頭)が経営することもあれば、直系の息子や娘が経営する場合もある。だが、そのどちらよりも、創業ファミリーの一員ではあるが、実は血縁関係のない養子がトップに座ったほうが業績がいいという結果が出た。


まず「同族会社」の定義が不明だ。「一族と関係のないサラリーマン(いわゆる番頭)が経営することもあれば」と書いているので、経営者が創業家出身かどうかは問わないのだろう。ならば出資比率で見るのだろうが、上場企業の場合、創業家の出資比率が数パーセントでありながら、創業家が経営を実質的に支配しているケースは珍しくない。何を以って同族会社と言っているのかは、きちんと示してほしかった。

記事では、同族会社の中でも「最も成績がいいのは、いわゆる婿養子が率いる企業群だ」と解説している。しかし、その理由が理由になっていない。婿養子が優れている要因について、西條編集委員は以下のように書いている。


【日経の記事】

なぜ同族経営であり、中でも養子なのか。後者については、「同族の弱点は後継者の選択肢が限られることだが、社内外の優秀な人を選んで一族に迎え入れる婿養子の仕組みを活用すれば、それが克服できる」と沈准教授はいう。


これは記事の最もダメな部分だと思える。「なぜ養子なのか」の説明になっていない。「同族の弱点は後継者の選択肢が限られることだが、社内外の優秀な人を選んで一族に迎え入れる婿養子の仕組みを活用すれば、それが克服できる」とのコメントを紹介しているが、これは「一族と関係のないサラリーマン(いわゆる番頭)が経営する」場合も同じだ。創業家以外から優秀な人材を迎え入れるという点では、婿養子よりも有利かもしれない(婿養子は娘がいないと成立しないし、娘との結婚に同意できる人に限られてしまう)。

研究に携わった沈准教授は「なぜ番頭ではなく婿養子なのか」の答えも持っているのだろう。しかし、西條編集委員がその点に言及していないので、沈准教授が「まともに分析できていない人」に見えてしまう。

今回の記事では、言葉遣いも気になった。最後の段落を見てほしい。


【日経の記事】

中計の数字が一人歩きすると、会社全体がそれにフォーカスして、もっと先の長期的な視点や戦略は抜け落ちる。四半期利益に目の色を変える米株主資本主義とは少し肌合いは違うが、これはこれで将来の成長を阻害するショート・ターミズムの一種ではないか。同族経営の優位は企業一般の弱点を映す鏡でもある。


ショート・ターミズム」を使う必然性が感じられない。どうしても使いたいのならば訳語を入れるべきだ。注釈なしでほとんどの読者に理解してもらえる言葉だとは思えない。そもそも記事中では見出しを含め「短期主義」という言葉を使っていた。それを最後に「ショート・ターミズム」に言い換える意味はない。文字数は増えるし、分かりにくい。西條編集委員が読者のことなどあまり考えずに記事を書いているから、こうなるのだろう。

ついでに言うと「フォーカス」も使う必要のない横文字だ。「会社全体がそれに焦点を当ててしまい~」などとしても何の問題もないはずだ。


※記事の評価はD(問題あり)。西條編集委員の評価もDを維持する。

日経 滝田洋一編集委員 「核心」に見える問題点(3)

3日の日経朝刊オピニオン面の「核心~『日本化』しないユーロ圏  43兆円投資で好循環狙う」では「(欧州が)日本のようにデフレ不況に陥る恐れはあるのだろうか」と問いかけ「結論をいえば、杞憂に終わった」と断定している。その結論を否定はしないが、分析は甘い。

ルクセンブルクの銀行  ※写真と本文は無関係です
筆者の滝田洋一編集委員は欧州がデフレ不況を回避できた「見逃せないポイント」として「欧州全体で官民挙げて投資拡大に取り組み始めたこと」を挙げる。具体的には、欧州戦略投資基金(EFSI)の創設と、財政規律の緩和だ。しかし、日本でも1990年代以降、何度も経済対策を打ったし、財政規律に関してはこれでもかと緩めてきた。しかし、結局はデフレに陥り、なかなか抜け出せなかった。

もちろん日本と欧州は事情が異なる。欧州の場合、投資刺激策を取って財政規律を緩めればデフレに陥るリスクを取り除けるのかもしれない。そうならば、欧州に関してはなぜ「これで大丈夫」と言えるのか、日本との比較できちんと分析してほしかった。今回の「核心」では、そうした記述が見当たらない。

EFSIに関しては効果を疑問視する報道もあるようだし、「3年間で3150億ユーロ」という投資額も「15倍の乗数効果」を見込んだものだ。「規模は十分なのか」「15倍の乗数効果は現実的なのか」といった点も、滝田編集委員にまともな分析をする気があるならば触れるべきだろう。

他にも気になる点があるので列挙しておく。


◎GDPは何年分?

【日経の記事】

この公的資金に対して15倍の乗数効果を見込み、3年間で合計3150億ユーロ(約43兆円)の投資を目指す。投資額は、ユーロ圏全体の名目国内総生産(GDP)の3%に匹敵する。


投資額は、ユーロ圏全体の名目GDPの3%に匹敵」と書いているが、このGDPは何年分なのだろう。常識的に考えれば1年分だ。しかし、3年間での投資額に関して「年間GDPの何%」といった見せ方をするのは適切ではない。もし「3年間のGDP」と比較しているのならば、その点を明示すべきだ。


◎これで「途中」が分かる?

【日経の記事】

ブルガリア、ハンガリーに始まりオランダ、英国まで。投資計画への参加を募るべくカタイネン氏は奔走している。9月28日からは域外の投資を集めるため中国などを訪問する。

ブルガリア、ハンガリーに始まりオランダ、英国まで」と言われて、カタイネン氏が奔走したルートがイメージできるだろうか。例えば「大阪、京都に始まり富山、新潟まで」と言われたら「福井と石川が間に入るのかな」とは思う。しかし、記事のような説明では、ルートがほぼ分からない。これならば、例えば「投資計画への参加を募るべく、カタイネン氏は英国、オランダ、ブルガリア、ハンガリーなど欧州各国を奔走している」といった書き方の方を薦める。


◎「二兎を追えるようになった」?

不況下での財政の引き締めは、景気を一層後退させ、かえって財政健全化を遅らせるジレンマが深刻になっていた。そこで欧州委員会は15年1月に、この財政規律を心持ち柔軟にした

構造改革計画を前提に、各国GDPの3%を超える過剰財政赤字を是正するのに要する期間の延長を、加盟国に認めることにしたのだ。

フランスとイタリアが15年予算でこの措置の恩恵を受け、3%超の赤字を是正する時間を稼ぐことができた。成長・雇用の拡大と財政規律――その二兎(にと)を追えるようになった。おかげで財政緊縮と景気悪化の悪循環に、歯止めがかかりつつある。

「財政規律を緩めると、成長・雇用の拡大と財政規律の二兎を追えるようになる」という論理が分かりにくい。普通に考えれば、一兎は真剣に追わず、もう一兎に注力しているように見える。「財政規律を緩めた方が結果的に経済成長を促して財政健全化につながる」との主張も不可能ではないが、やや無理がある。

「規律を緩めるといっても、財政はどうでもいいと諦めるわけではないので、やはりニ兎を追っている」と言いたいのかもしれないが、これも苦しい。この主張が成り立つならば、従来も二兎を追える環境が整っていたはずだ。「財政規律が求められている中でも、経済成長や雇用拡大を諦めたわけではない。それなりの対策はしてきた」との主張は十分に成り立つ。


※記事の評価はD(問題あり)。滝田編集委員は以前、電子版のコラムで自分の記事の使い回しのようなこともやっていた。決してレベルの高い書き手ではないのは保証できるので、書き手としての評価はE(大いに問題あり)とする。日経が今後も滝田編集委員に記事を書かせていくつもりならば、周囲の手厚いサポートは欠かせない。

2015年8月4日火曜日

日経 滝田洋一編集委員 「核心」に見える問題点(2)

3日の日経朝刊オピニオン面に載った「核心~『日本化』しないユーロ圏  43兆円投資で好循環狙う」について引き続き問題点を指摘していく。まずは記事の当該部分を見てみよう。


【日経の記事】

リエージュ(ベルギー)の聖パウロ大聖堂 ※写真と本文は無関係です
欧州中央銀行(ECB)による金融の量的緩和が、ユーロ安に伴う輸出の拡大と相まって、ユーロ圏の経済を後押しした。それは確かだが、もう一つ見逃せないポイントがある。欧州全体で官民挙げて投資拡大に取り組み始めたことだ。

14年12月の欧州連合(EU)首脳会議で合意された「欧州投資計画」はその切り札だ。EUの予算80億ユーロを種銭にした160億ユーロの保証と、欧州投資銀行からの50億ユーロの拠出によって「欧州戦略投資基金(EFSI)」を設立した


上記の内容に関して、3日に日経へ以下の問い合わせをした。4日までに回答はない。通常のパターンであれば無視だろう。


【日経への問い合わせ】

3日の「核心」で滝田洋一編集委員は「欧州戦略投資基金(EFSI)を設立した」と過去形にして書いています。一方、7月31日の「経済教室」では庄司克宏慶大教授が「新設される欧州戦略投資基金」という表現を用いており、矛盾します。8月2日までの3日間にEFSIが設立されたのならば問題はありませんが、そもそも「現時点でEFSIが設立されている」と確認できる報道などは見当たりませんでした。「核心」の説明が誤りであると判断してよいのでしょうか。それとも「経済教室」の方の問題でしょうか。いずれの記事も正しい場合、その根拠も教えてください。


上記の問い合わせに関しては、こちらが勘違いしている可能性もそこそこある気がする。ただ、日経からの回答が期待できない状況では「記事に問題あり」と考えるしかない。この記事に関しては指摘をさらに続けたい。

※(3)に続く。

追記)結局、回答はなかった。

日経 滝田洋一編集委員 「核心」に見える問題点(1)

3日の日経朝刊オピニオン面に載った「核心~『日本化』しないユーロ圏  43兆円投資で好循環狙う」は甘い分析と粗い構成が目立つ記事だった。筆者は 滝田洋一編集委員。多くを期待する方が愚かなのかもしれないが…。

記事の問題点を具体的に見ていこう。

ルクセンブルクの新市街  ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

「ギリシャ救済をめぐる仮面劇も、こう何度も演じられると観客が飽きてしまう」。渡辺博史国際協力銀行総裁は、欧米紙の風刺画を手にしばし苦笑した。

2010年から13年までギリシャ大使を務めた戸田博史UBS証券特別顧問は、任期中に幾度も繰り返された危機と応急対応の再演に嘆息したひとりだ。「寡占資本、労働組合、メディアの鉄の三角形は何も変わらず、チプラス首相はその上に乗っている」という。

欧州といえばギリシャ。ほかの国々への関心は今や著しく希薄である。ならば問う。バブル崩壊後の日本のようにデフレ不況に陥る恐れはあるのだろうか。

結論をいえば、杞憂(きゆう)に終わったようだ。いったん前年比でマイナスに陥ったユーロ圏の消費者物価指数は、小幅ながらプラスに転じた。実質成長率の見通しも、わずかだが上方修正された。「スペインやイタリアなど他の債務国は、ギリシャと同一視されなくなった」と戸田氏。


最初の4段落がいきなり苦しい。まず、ギリシャ救済を巡るドラマがなぜ「仮面劇」なのか、何の説明もない。そもそも最初の2段落が無駄だ。戸田氏を登場させる意味も感じられない。最初の2段落を削って、例えば第3段落の最初を「欧州と言えば、危機と応急対応を繰り返すギリシャがまず思い浮かぶ」と直して、そこから記事を始めても立派に成立する。不要な話を行数稼ぎのために盛り込むのは避けてほしい。

問題はそれだけではない。「欧州といえばギリシャ。ほかの国々への関心は今や著しく希薄である」という説明に同意はできないが、とりあえず受け入れるとしても「ならば問う。バブル崩壊後の日本のようにデフレ不況に陥る恐れはあるのだろうか」と続く展開が奇妙だ。ギリシャに関心が集中していると、なぜ「デフレ不況に陥る恐れはあるのだろうか」と問う必要があるのだろうか。しかも、普通に考えるとデフレ不況に陥るかどうかを論じる対象は「ギリシャ」になりそうだが、なぜか「欧州」だ。構成をきちんと練る気がないのか、そもそも練る能力がないのか…。

他にもこの記事には問題が多い。長くなるので残りは(2)で論じる。

※(2)へ続く。

2015年8月3日月曜日

看板に偽りあり 東洋経済「アップルミュージックの深層」

東洋経済8月8-15日号の巻頭特集「アップルミュージックの深層 音楽は誰のものか」は悪くない記事だが、看板に偽りがある。アップルミュージックに関して詳細に分析しているわけではないし、「音楽は誰のものか」についても、まともに論じていない。記事の内容に沿うならば「日本で根付くか 音楽聴き放題サービス」といったタイトルが合っている。記事の作り手としては「そんな小さな問題を論じたいわけではない」と言いたいかもしれない。それならば、中身を見直すべきだ。

オランダのアムステルダム  ※写真と本文は無関係です
記事は「1日にして、4兆円が蒸発した」という書き出しで始まる。iPhoneの販売台数が予想を下回ったことを受けてアップルの株価が急落したと伝え、同社の成長神話が続くためには音楽が重要だと訴える。そして、音楽分野での新サービスとしてアップルミュージックに言及する。

世界の音楽市場全体の動きに触れた後、「これからアップルミュージックの深層に迫るのか」と思わせるが、話は「9.99ドルの定額で3000万曲が聴き放題」のスポティファイに移っていく。同社に関する説明が終わると、今度は「アップルミュージックの上陸を迎え撃つように、日本では2つの定額ストリーミング配信が相次いで立ち上がった」と日本勢の動向に焦点を当てる。そこではエイベックスとソニーの対応を中心に話が進み、結局はそのまま記事は結びに至ってしまう。

アップルミュージックについては「強みと弱みは何なのか」「日本で根付きそうなのか」といった誰でも思い付きそうな分析さえしていない。「深層」と言われると、もっと深い何かを描き出すのかと期待してしまうが、浅い部分さえ掘り下げていないのだから、深層へ届くはずもない。

特集に関して、他にもいくつか注文を付けておきたい。


◎日本と海外は何が違う

世界58ヵ国に有料会員2000万人、無料会員5500万人を抱える」スポティファイについて「3年前に日本法人を設立しながら、いまだにサービスを開始できていない最大の要因が、このフリーアムだ」と書いている。しかし「有料化の呼び水として無料のサービスを提供するフリーアム・モデル」が海外の多くの国では事業展開の障害とはならないのに、日本ではなぜサービス開始を妨げるのか、記事には説明がない。

しかも、記事の最後の方には「スポティファイも日本でのサービス開始に向けカウントダウン状態にあるとみられる」との記述がある。フリーアムの問題があって事業開始が難しかったはずなのに、なぜここにきて「サービス開始に向けカウントダウン状態」となっているのかも解説がない。「まだ複数のレコード会社が楽曲提供に応じていない」との記述から、この辺りの問題が絡んでいるのだろうとは推測できるが、想像を膨らませるにも情報が足りない。筆者にも詳しい事情は分からないのかもしれないが、それならそう書いてほしい。


◎安易過ぎる結び

分析記事を書くときは、常に結論を意識してほしい。「何が言いたいのか」がブレては、いい記事にはなりにくい。結論部分で何を書くのか決めてから、その結論に説得力を持たせるために言葉を紡いでいくやり方を記者には薦めたい。今回の記事の結びは「欧米に遅れて始まったストリーミング時代。展開から目が離せない」。あまりに安易だ。

「景気減速が続く中国経済。展開から目が離せない」「利上げへの地ならしを進めるFRB。動向から目が離せない」「お家騒動が勃発したロッテグループ。展開から目が離せない」--。記事でわざわざ取り上げる意味のあるテーマであれば、大抵は「展開から目が離せない」と結べる。だからと言って、「記事の最後はこれでいいや」と安易に妥協すべきではない。「記事で自分は何を訴えたいのか」「自分だからこそ伝えられる主張は何なのか」に思いを巡らせ、それを結論として読者に伝えてほしい。


※記事の評価はC(平均的)。杉本りうこ、田邉佳介、前田佳子の各記者の評価も暫定でCとする。

2015年8月2日日曜日

女性面ゆえの緩さ? 日経「なでしこ融資、成長の原動力」

日経朝刊「女性面」の記事は、とにかく女性に関する話題を前向きに紹介すればいいという緩い作りなのだろう。とは言え、さすがに緩すぎるような…。1日の「なでしこ融資、成長の原動力」という記事を題材に、問題点を探ってみよう。

まず「なでしこ融資」に関する説明が不十分だ。記事では以下のように書いている。

【日経の記事】


アムステルダムのフォンデル公園 ※写真と本文は無関係です
女性が力を発揮する企業を、融資を通じて支援する金融機関の動きが広がっている。「なでしこ融資」は企業の新たな成長の芽として注目を集める。


北陸新幹線開業に沸く金沢で、日本政策金融公庫と金沢信用金庫が協調融資スキーム「なでしこ輝き」を1月に始めた。女性経営者がいたり、女性を積極的に雇用したりする企業に特化して融資する

第1号案件は、もなかの皮を製造する創業1877年の老舗、加賀種食品工業(金沢市)だ。13年前に6代目に就いた日根野幸子社長は「女性従業員を意識的に雇用してきた」と振り返る。もなかの皮を洋菓子に使う方法を提案、売り上げは社長就任前に比べて4割伸びた。従業員は約230人とほぼ2倍に。増えた従業員の大半は女性で、今では全体の8割を占める。


女性経営者がいたり、女性を積極的に雇用したりする企業に特化して融資する」のが「なでしこ輝き」らしい。しかし、融資基準を満たしているのならば、普通に融資すれば済む話ではないか。本来なら融資できないが、女性経営者がいたり、女性を積極的に雇用したりといった特徴を評価して特例的に融資するのが「なでしこ輝き」ならば分かる。貸出金利を特別に低くするといった特典が付いてもいいだろう。

ところが記事を読んでも、なぜ普通に融資しないで「なでしこ輝き」にするのか判然としない。「融資を受けたことで女性の働きやすさを訴えられたらいい」と語る女性社長が途中で出てくるので、そういうアピール効果はあるのは分かるが、他は「なでしこ輝き」である必然性が感じられない。「女性が力を発揮する企業を、融資を通じて支援する金融機関の動きが広がっている」という話を記事の柱に据えたのだから、制度面の説明はしっかりしてほしかった。

他にも記事には気になる点が多い。列挙してみる。


◎偏見?

【日経の記事】

第1号案件は、もなかの皮を製造する創業1877年の老舗、加賀種食品工業(金沢市)だ。13年前に6代目に就いた日根野幸子社長は「女性従業員を意識的に雇用してきた」と振り返る。もなかの皮を洋菓子に使う方法を提案、売り上げは社長就任前に比べて4割伸びた。従業員は約230人とほぼ2倍に。増えた従業員の大半は女性で、今では全体の8割を占める。

女性は「皮を焼いたり袋詰めしたり、きれいな仕事をする」。複数の生産ラインを経験し、誰かが子どもの発熱などで急に休んでも周囲がカバーできるなど、「働きやすい仕組みを整えている」(金沢信用金庫)点が評価を受ける。


社長はそう言っているのだろうが「(女性は)皮を焼いたり袋詰めしたり、きれいな仕事をする」というのは偏見の類だろう。「男性はきれいな仕事があまりできない」という統計的な根拠があるなら別だが、そうではないのなら、こういうコメントは使うべきではない。日本のメディアは男性蔑視的な表現に寛容とはいえ、原則として男女平等のはずだ。それを忘れないでほしい。


◎説明不足の連続

【日経の記事】

「なでしこ輝き」には、日本公庫内で異例の速さで商品化した先行事例がある。14年10月に東京都民銀行の女性企画営業推進チーム「さくら姫」との連携から生まれた協調融資スキーム「Lady Go!」だ。

きっかけは同年5月、さくら姫と日本公庫の女性活躍推進に携わる職員との情報交換会で出た悩みだ。「メーカーなどでは女性社員の声から製品化の例が増えているが、金融機関ではメリットが外に見えにくい」(日本公庫の村越千夏子室長代理)。「数字で示せる融資商品ができれば金融における女性活躍はもっと前に進める」(都民銀の神津真由子審議役)

両行の思いは一致し、7月には協調融資の商品開発に発展した。日本公庫の谷口幸裕東京支店長は「最初は『夢物語』と思った」という。新規の融資商品の開発はマーケティングの手間や両行トップの承認などハードルは決して低くない。それでも通常1年程度かかるところ、3カ月の速さで商品化を達成した。


「女性の声を生かしても、金融機関ではメリットが外に見えにくい」と思われているのならば、女性主導の商品開発は難しそうだが、なぜか異例の速さで「Lady Go!」の商品化を達成してしまう。「本来は実現が困難なはずなのに、なぜ簡単に話が進んだのか」は説明すべきだろう。

数字で示せる融資商品ができれば金融における女性活躍はもっと前に進める」というコメントも、何となく言いたいことは分かるが、妙な話だ。まず「数字で示せる融資商品」は既にあるはずだ。逆に「数字で示せない融資」があるなら教えてほしい。それに「数字で示せる融資商品」がなぜ「女性活躍の推進」につながるのかも説明がない。「『Lady Go!』は女性行員だけが融資決定の権限を握っている」といった条件があるのならば、記事中で明示すべきだ。


◎不自然なコメント

【日経の記事】

日本公庫東京支店融資第1課の田口彰子さんは「Lady Go!」の商品開発から第1号案件まで携わってきた。「今後は男性社長でも女性従業員を増やし、この制度を利用しようという企業をもっと広げたい」と話す。


今後は男性社長でも女性従業員を増やし、この制度を利用しようという企業をもっと広げたい」というコメントは日本語として不自然だ。何が言いたいのか明確には分からないが、改善例を示すならば「男性社長の下で女性従業員を増やそうとしている企業も含め、今後はこの制度の利用をさらに広げたい」といったところだろうか。


この完成度で許されるならば、仕事としては楽だ。しかし、筆者である2人の女性記者のためにはならない。「女性面なんだから、女性を持ち上げれば出来上がり」といった安易さにあふれる紙面作りは根本から見直してほしい。今回の記事の評価はD(問題あり)。浜美佐、天野由輝子の両記者に対する評価も暫定でDとする。

2015年8月1日土曜日

解釈に迷う日経「ダイキン、女性幹部増へ専用ポスト」

1日の日経朝刊企業面アタマ記事「ダイキン、女性幹部増へ専用ポスト ~50前後新設 管理職10%目標、役員自ら指導も」はどう解釈すべきか迷った。普通に考えると、見出しに「新設」と付いているので、管理職ポストが50増えるのだろう。しかし、女性幹部を増やすという目的のためだけに管理職ポストを設けるとすると、恐ろしいほどの愚策だ。既存の管理職ポストのうち50前後を女性に割り当てるのならばまだ分かるが、記事からはどちらか断定しづらい。具体的にどう書いているのか見てみよう。
アムステルダムのサルファティ公園 ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

ダイキン工業は9月から女性幹部を育成する新制度を導入する。営業や製造といった登用が遅れている部門を中心に女性限定の管理職(課長級以上)ポストを50前後設ける。幹部候補には役員が自ら指導する制度も新設する。同社は海外市場の開拓を急いでおり、グローバル競争を勝ち抜くには女性社員の活躍が必要と判断。管理職の女性比率を2020年度までに3倍の10%に高める。

女性限定の管理職ポストは空調営業本部の部長や課長クラス、工場の生産ライン長などに設ける。今秋は50前後でスタートして順次広げる

これまでは育児休暇からの早期復帰を支援する施策が中心だったが、新たに取り入れる管理職育成制度は「やる気のある人を引き上げやすくするのが狙い」(ダイキン)。女性を想定したポストをまとめて用意して登用を促す試みは珍しい。


どちらかと言えば「管理職ポストの総数を50増やして、それらを女性に割り当てる」に傾くが、「既存のポストのうち50前後を女性専用にする」とも受け取れる。どちらかは明示してほしい。ついでに言うと、ダイキンに課長級以上のポストがいくつあるのか触れてほしかった。そうしないと「50」が同社にとってどの程度のインパクトなのか分からない。

女性限定の管理職(課長級以上)ポストを50前後設ける」というのが、「今までになかったポストを50前後設ける」との趣旨だと仮定して考えてみよう。例えば「これまで営業第1部では部長の下が課長だったのに、その間に副部長職を新設し、女性に割り当てる」といったやり方になるのだろう。部長1人で部員を管理するのが大変だから副部長職を設けるのなら分かる。しかし、ダイキンでは女性に管理職ポストを割り当てるためだけにポストを増やすはずだ。このやり方で管理職の女性比率を高めても、それこそ「数合わせ」に過ぎない。

今まで営業関連の部署が営業1部から4部まであったとしよう。これを再編して営業5部を新設し、その部長を女性に割り当てるといった方法も考えられる。これも、取り扱い商品で担当を最適に分けた結果が1~4部の体制だとすると、女性専用ポストを新設するための組織再編でその効率性が損なわれてしまう。

どう考えても問題が多い。ダイキンは本当にそんな愚かなやり方を選んだのだろうか。それとも、日経がうまく説明できていないだけなのか。記事を何度読み直しても、答えは出なかった。

※記事の評価はD(問題あり)。