2019年1月6日日曜日

「ブロックチェーンで銀行口座」の説明が苦しい日経「新幸福論 Tech2050」

日本経済新聞朝刊1面の連載「新幸福論 Tech2050」がさらに苦しくなってきた。6日の「(5)『国境』決めるのは自分」という記事も、まともな説明になっていない。最初に出てくる「少数民族ロヒンギャ」の事例から見ていこう。
名護屋城跡(佐賀県唐津市)
      ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

「国家に支配されないコミュニティをテクノロジーの力で作る」。マレーシアの首都クアラルンプール。起業家のムハンマド・ヌール氏の口調に熱がこもる。

 ヌール氏は少数民族ロヒンギャの出身。ロヒンギャはミャンマーで迫害され、マレーシアやバングラデシュに逃れた難民は100万人規模とされる。1982年にミャンマーの国籍を失い、自分自身を証明するすべを持たない。「銀行の口座を開けず、学校にも行けない」と語る同氏はこう続ける。「この状況を打破できる技術が現れた。ブロックチェーンだ」

仮想通貨の基盤技術であるブロックチェーンは参加者が互いに承認する仕組み。日本の戸籍など国による証明に代わって、IDで個人を特定する。国家が介在しない生活圏がサイバー空間に生まれ、銀行口座を開いて働けるようになる。「人々が経済的に自立できる」とヌール氏は話す。



◎なぜ銀行口座が開ける?

そもそも「自分自身を証明するすべを持たない」状況に陥った「少数民族ロヒンギャ」の難民が「ブロックチェーン」によって「銀行の口座」を開ける仕組みがよく分からない。

少なくとも日本では「『ブロックチェーン』の技術を使って『IDで個人を特定』できます。パスポートなどの身分証明書は持っていないし、国籍も失っています。それでも口座を開設したいのですが…」と銀行の窓口で相談しても「開設は無理です」と言われるはずだ。マレーシアではできると言うのならば、日本との制度の違いは説明すべきだ。

さらに言えば「ブロックチェーン」を使えば「IDで個人を特定」できるという説明も理解に苦しむ。例えば「ロヒンギャ」の難民であるA氏が「ブロックチェーン」の力を借りて口座を作るとしよう。A氏はこれを機に「B」という名前で活動したいと考えている。

A氏が「私の名前はBです」と虚偽の申告をした場合、「ブロックチェーン」の技術を用いると「この人物の本名はBではなくAです」と教えてくれるのだろうか。「ブロックチェーン」に詳しくないので断定はできないが、考えにくい気はする。

判別ができないのならば、偽名での銀行口座開設が可能になるので問題が多い。判別可能ならば、どういう仕組みなのかが知りたい。

国家が介在しない生活圏がサイバー空間に生まれ、銀行口座を開いて働けるようになる」という説明も謎だ。「銀行口座」を開くのならば「国家が介在しない」とは言えない。日本ならば預金金利に課税される。資産凍結の対象になる可能性もゼロではない。

働けるようになる」のであれば、所得税も取られそうだ。なぜ「国家が介在しない生活圏」と言えるのか説明が欲しい。どこの国の規制も受けない「サイバー空間」限定の銀行に口座を開いて「サイバー空間」で働くとの趣旨なのか。記事からは判断が難しい。

次の事例も問題なしとしない。

【日経の記事】

「国家は丸ごとデジタル化できる」。ヌール氏と相似形の未来を見据える人物がスイスにいる。起業家ダニエル・ガシュタイガー氏は母国の全ての行政手続きをスマートフォンで済ませる事業を進める。投票から税の申告、省庁への問い合わせまで、スイスという国が手のひらに収まる



◎無理な話では?

全ての行政手続きをスマートフォンで済ませる」のは無理だと思える。例えば、税金滞納者の保有する高級外車を差し押さえる「行政手続き」を実行する場合、どうやって「スマートフォンで済ませる」のか。
平和祈念像(長崎市)※写真と本文は無関係です

百歩譲って「全ての行政手続きをスマートフォンで済ませる」ことができるとして、それで「スイスという国が手のひらに収まる」と考えるのも理解できない。この表現を用いるのならば、「スイス」全体を所有または支配している状況が欲しい。

ついでに記事の終盤も見ておく。

【日経の記事】

国家とは何か。「万国に共通する絶対的な善、正義を備える」。古代ギリシャの哲学者プラトンは理想の国家像についてこう説いた。だが人類はいまだその理想を実現していない。それどころか21世紀初頭の今、国境をひたすら固める自国第一主義や新たな覇権国家出現の可能性を人類は目にしている。

「共通の利害を持った人々が集まるサイバー共同体は、未来の世界で大きな役割を果たすだろう」。国際基督教大学の岩井克人特別招聘教授は語る。国境を決めるのは自分自身――。距離が消える究極のグローバル化の先に、人類はまったく新しい社会を切り開く。


◎「新幸福論」はどうなった?

今回は結局「国家論」になってしまった。「新幸福論」を展開する気はないのか。だったら最初から別のタイトルでやってほしかった。


※今回取り上げた記事「新幸福論 Tech2050(5)『国境』決めるのは自分
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20190106&ng=DGKKZO39585160Q8A231C1MM8000


※記事の評価はD(問題あり)。連載全体の評価もDとする。今回の連載に関しては「渡辺康仁、前村聡、西岡貴司、上阪欣史、鈴木輝良、堀田隆文、新井重徳、生川暁、加藤宏志、川上尚志、栗本優、小園雅之、佐藤亜美、佐藤初姫、佐藤浩実、高尾泰朗、舘野真治、深尾幸生、丸山大介、宮住達朗、村越康二、八木悠介、兼松雄一郎、細川倫太郎、強矢さつきが担当します」と出ていた。「渡辺康仁」氏を連載の責任者だと推定し、同氏への評価を暫定C(平均的)から暫定Dへ引き下げる。連載に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「産業革命」の説明に矛盾あり 日経正月企画「新幸福論Tech2050」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/01/tech2050.html

「空飛ぶクルマ」で「痛勤一変」? 日経「新幸福論 Tech2050」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/01/tech2050_4.html

説明が成立してない日経1面「新幸福論 Tech2050(4)」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/01/tech20504.html

失敗作と評価するしかない日経正月企画「新幸福論 Tech2050」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/01/tech2050_8.html


※渡辺氏に関しては以下の投稿も参照してほしい。

日経1面連載「砂上の安心網」取材班へのメッセージ
https://kagehidehiko.blogspot.com/2017/02/blog-post_22.html

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