2015年4月20日月曜日

「購買力平価」に関する日経 田村正之編集委員への疑問

18日日経朝刊M&I面「円相場、長期で考える」に関して、いくつか疑問が浮かんだ。記事の後半部分には以下のような説明がある。


【日経の記事】
ブルージュ(ベルギー)の広場    ※写真と本文は無関係です

黒田東彦日銀総裁が2%の物価上昇の目標にこだわるのも、購買力平価が1つの根拠とされる。他の主要先進国の物価上昇率はこれまで長期的には2%程度。日本の物価が目標に近づかないと、為替市場では円高圧力がかかりやすくなる。

 購買力平価は、起点とする年や用いる物価指数によって変わる。為替の高安を判断するうえでは「実際の為替相場が購買力平価からどれだけかけ離れて動いているかを見るのが有効」とJPモルガン・チェース銀行の佐々木融・債券為替調査部長はいう。


 2月末の購買力平価(企業物価指数ベース)は1ドル=約100円。現在の円相場はこれより約2割円安方向にかい離している。円安方向へのかい離の度合いとしては、過去最大だった80年代前半(最大27%)に近づいている。


 日米金利差の拡大見通しなどから短中期的に円安が続く可能性があるが、購買力平価で考える限り、長期ではいずれ円高方向への回帰が起きるのが経験則だ。


疑問~その1


「黒田総裁がそう考えてるんだから」と言われればそれまでだが、「円高圧力がかかりやすくならないように、物価を上げる」という考え方は理解に苦しむ。「円高になると輸出競争力が低下するから、ある程度のインフレにして円高圧力を和らげる必要がある」といった趣旨だと推測して、ここでは話を進める。


2国間のインフレ率の差に応じて為替相場が変動するだけならば、輸出競争力は変化しないはずだ。だから「円高圧力がかからないようインフレに誘導する」といった政策は必要ない。例えば、1ドル100円の時に80円のコストをかけた商品を1個1ドル(100円)で輸出していたとしよう。日本の物価が10%下落(米国は0%と仮定)し、それに対応して為替相場が1ドル90円の円高になる。1ドルの輸出価格を維持すると、90円しか手元に残らない。しかし、10%のデフレなので、基本的にコストも72円となる。利益率はいずれの場合も20%で変わらない。利益額は減るが、10%のデフレなので実質の価値に影響はない。つまり何の問題も生じない。「いや違う」と筆者が考えるのであれば、そこは解説が欲しいところだ。スペース的にその余裕がないのであれば、このくだりは不要だったと思える。


ノートルダム大聖堂(アントワープ)
      ※写真と本文は無関係です
疑問~その2


「購買力平価は、起点とする年や用いる物価指数によって変わる。為替の高安を判断するうえでは実際の為替相場が購買力平価からどれだけかけ離れて動いているかを見るのが有効」という説明は、説明として成立しているのだろうか。「購買力平価は用いる物価指数によって複数ある。だから単純に今の購買力平価は1ドル何円とは決められない。だとすれば、どう考えればいいのか」と思案する読者にすれば、「実際の為替相場との乖離を見るが有効」と言われても何の参考にもならないだろう。


「起点となる年は1990年以前が好ましい」「物価指数は企業物価を用いるのが適切」「様々な条件で購買力平価を算出して総合的に判断すべき」といった話なら分かる。しかし、「実際の相場との乖離を見ろ」と言われても、何年を起点にして、どの物価指数を用いて購買力平価を算出すべきかが明らかにならないと、実際の相場と比べるべき購買力平価がいくらなのか決められない。なのに記事では、その点に関して何の助言もない。




疑問~その3


この記事では見出しに「『購買力平価』では円高へ」と付けている。結びでも「購買力平価で考える限り、長期ではいずれ円高方向への回帰が起きるのが経験則だ」と書いている。これも納得できなかった。


「長期的に見れば、購買力平価と為替相場が同じトレンドになる」との見方に異論はない。しかし「長期ではいずれ円高方向へ回帰」との予測には、購買力平価を固定させているような印象を受ける。「現状は購買力平価に比べて円安」「長期的に見れば、購買力平価と実際の為替相場はリンクする」との前提が成り立つ場合、購買力平価が変動する形で現在の乖離が解消する可能性も考慮すべきだ。実際、日銀は2%の物価目標を掲げ、デフレからインフレに誘導しているのだから、「購買力平価の基調に今後も変化は起きない」と結論付けられないはずだ。

記事の説明が「購買力平価に大きな変化は起きないと仮定すると、長期では円高方向への回帰が起きるのが経験則だ」などとなっていれば違和感はない。


※記事の評価はやや甘めにC。筆者である田村正之編集委員の評価もCとする。

0 件のコメント:

コメントを投稿