2020年9月23日水曜日

「老老医療」がテーマのはずでは? 日経「長寿社会のリアル」の調査方法に異議あり

23日の日本経済新聞朝刊1面に載った「長寿社会のリアル~『老老医療』大都市圏に波及 高齢者診療時間、2割が過疎地並み 生産性向上カギ 本社26年推計」という記事は苦しい内容だった。朝田賢治記者と満武里奈記者の基本的な考え方を最初の段落で見ておこう。

大雨で増水した筑後川(福岡県久留米市)
      ※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

高齢化が著しい日本で十分に医療を受けられないリスクが膨らむ。体力が衰えた高齢医師が老いた住民を診る「老老医療」が増えるからだ。日本経済新聞の分析によると、大都市圏では2026年までの10年間に後期高齢者1人あたり診療時間は2割減少。医師の不足感が過疎地並みになる地域が2割に達しそうだ。遠隔診療の普及など医療の生産性を高める対策が必要だ。


◎「リスクが膨らむ」?

高齢化が著しい日本で十分に医療を受けられないリスクが膨らむ」らしい。「医師需給 28年ごろに均衡~厚労省推計、将来は供給過剰に」と日経も2018年の記事で報じているので単純に医師不足が深刻化するとは打ち出しにくい。そこで「老老医療」の増加を問題視している。その解決策が「遠隔診療の普及など」だ。しかし、どちらも怪しい。その理由を記事を見ながら説明したい。

まず「老老医療」の定義と実態がはっきりしない。

【日経の記事】

全国で医師が減っているわけではない。医師数は18年で32万7千人と10年間で14%増えた。ただ、医師に定年がない要素が大きく、59歳以下はわずか5%増。男性医師の平均勤務時間は40代の週70時間超から60代は50時間台に減る。かたや75歳以上の後期高齢者は受診回数が急増する。医師の年齢や勤務時間を考慮すると、高齢化が加速する大都市も厳しくなる。

国際医療福祉大の高橋泰教授の協力を得て、都道府県が定める344の「2次医療圏(総合・経済面きょうのことば)」ごとに医師の労働時間と人口動態を分析。26年の後期高齢者1人あたりの診療時間(週ベース)を予測した


◎60歳の医師だと「老老医療」?

『老老医療』大都市圏に波及」と見出しでは打ち出しているが、「老老医療」については調査をしていない。「26年の後期高齢者1人あたりの診療時間(週ベース)を予測した」ようだが、これは「医師」全体が対象と取れる。

そもそも何歳以上の「医師」が何歳以上の患者を診ると「老老医療」に当たるのか記事では明示していない。「医師に定年がない要素が大きく、59歳以下はわずか5%増」という記述から判断すると「医師」は60歳以上が「老老医療」に当たると示唆してはいる。

外科手術などを除けば60歳の医師が患者を診ることを「老老医療」として問題視すべきかとの疑問は残る。しかも「老老医療」の実態も調査をしていない。「『老老医療』大都市圏に波及」と言われると「大都市圏」に「老老医療」は存在しないような印象を受けるが、ある程度はあるはずだ。その辺りの実態も記事からは見えてこない。

なのに朝田記者と満武記者はかなり危機感を持っているようだ。その根拠を見ていこう。

【日経の記事】

三大都市圏を中心に住民数や人口密度の条件を満たす大都市型の52医療圏は平均63分と、16年より19%減る。地方都市型の166医療圏が14%減の50分、残る過疎地型が12%減の29分。大都市圏はまだ余裕はあるが、個別に見ると過疎地並みに逼迫する地域が相次ぐ。高橋教授は「団塊世代が多いベッドタウンが厳しい」と指摘する。

中核市の東京都八王子市がある「南多摩」は16年が51分とすでに地方都市並み。これが26年に37分に縮まる。後期高齢者が5割増えるためだ。地元医師(63)は「在宅医療が増えるのに後継者がいない病院も多い」と嘆く。神奈川県平塚市が属する医療圏も62分から39分まで短くなる。

16年時点の平均に基づいて分類すると、大都市型の52医療圏で地方都市と同水準だった地域は19、過疎地並みは1つだったが、26年はそれぞれ20、11に増えそうだ。

24年4月に残業の上限を月平均80時間とする働き方改革関連法の規定が医師に適用される。長時間労働の是正は必要だが、人繰りは厳しくなる。克服する策はあるのか。


◎人口全体を見ないと…

そもそも「後期高齢者1人あたりの診療時間(週ベース)」で見ることに問題を感じる。記事では「大都市」に余裕があり「過疎地」は苦しいとの前提に立っている。だが「後期高齢者1人あたりの診療時間」で見ても実態はつかめない。患者は「後期高齢者」だけではないからだ。

過疎地」は「後期高齢者」の比率が高いと考えられる。だとすると「後期高齢者」以外の患者にあまり時間を割かずに済む。「大都市」は逆だ。単純に「大都市」に余裕があるとは言えない。だが、全ての年齢層を対象にしてしまうと「1人あたりの診療時間」に余裕が出てきてしまうのだろう。それを回避するために「後期高齢者1人あたりの診療時間」を採用したのかと勘繰りたくなる。

対策に関してもツッコミを入れておきたい。


【日経の記事】

まず看護師の役割拡大だ。15年から研修を受けた看護師が動脈からの採血など「特定行為」をできるようになった。医師の負荷軽減につながるが、こうした看護師数は25年に10万人とする政府目標に対し、18年度末で1700人。医療機関の理解が進まず、研修費が高いとの批判もある。費用補助や報酬引き上げなど、テコ入れが要る。

15年に事実上解禁されたオンライン診療の普及も必要だ。無駄な来院を減らし、医師の業務効率も高まる。システムを開発するメドレー(東京・港)の田中大介執行役員は「医師不足の解決にオンラインは力となる」と語る。

新型コロナ対応の時限措置として初診でも解禁となったが、医師の抵抗感は根強く残る。流行終息後も規制緩和の継続と医師の自己変革が欠かせない。


◎問題は「老老医療」では?

問題は「老老医療」のはずだ。しかしなぜか医師不足への対策になっている。「医師需給 28年ごろに均衡~厚労省推計、将来は供給過剰に」という報道が正しいのならば、将来の医師不足を心配しなくてもいいはずだ。

老老医療」を問題視する場合、高齢の医師が働けないようにすべきだ。例えば70歳に達したら医師免許を無効にするといった措置が考えられる。しかし記事には、そうした話は出てこない。

そして日経が大好きな「オンライン診療」を対策として勧めてくる。高齢の医師が「オンライン診療」を始めたところで「老老医療」が減るわけではない。

医師不足の解決にオンラインは力となる」かどうかも微妙だ。病院での診察時間は、個人的な経験で言えば1回5分程度だろうか。「オンライン診療」だとこれが3分で済むならば「医師不足の解決」につながる。しかし「オンライン診療」でも1回5分以上かかるならば医師に時間の余裕は生まれない。「医師の業務効率も高まる」と記事では断定しているが、その根拠は不明だ。

オンライン診療」の拡大などが必要と訴えたいために、強引に話を作っていると考えれば腑に落ちるが…。


※今回取り上げた記事 「長寿社会のリアル~『老老医療』大都市圏に波及~高齢者診療時間、2割が過疎地並み 生産性向上カギ 本社26年推計

https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20200923&ng=DGKKZO64121550T20C20A9MM8000


※記事の評価はD(問題あり)。満武里奈記者への評価は暫定でDとする。朝田賢治記者への評価はDで確定とする。

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