2020年9月12日土曜日

「慢性的なデフレ体質」なのに「物価は少しずつ上昇」? 加谷珪一氏の「貧乏国ニッポン」に注文

今回は経済評論家の加谷珪一氏が書いた「貧乏国ニッポン」という本を取り上げたい。面白いとは感じたが、ツッコミどころは多かった。本には出版元である幻冬舎のメールアドレスが載っていたので、以下の内容で感想を送ってみた。

二連水車(福岡県朝倉市)
      ※写真と本文は無関係です



【幻冬舎へのメール】

加谷珪一様 幻冬舎 担当者様

貧乏国ニッポン」を読ませていただきました。一気に読めたのは、文章が読みやすく興味深い内容だったからだと思います。ただ、いくつか気になる点がありました。

まずは誤りだと思える説明についてです。

54ページで「現時点において日本よりも1人あたりのGDPが3割以上高い国としては、米国、シンガポール、スイス、香港、マカオなどがあります」と記しています。「香港」と「マカオ」は「」ではありません。

114ページで「早期のリタイアを目指す『FIRE』」という米国の運動に触れたくだりも誤りに近いと感じました。ここでは「1億円の資産があれば、安全資産に投資することで年間300万円程度の不労所得が得られます」と説明しています。執筆は今年4月のようですが、その時点で10年物の米国債利回りは1%を割り込んでいます。「安全資産に投資することで年間300万円程度の不労所得」を得るのは非常に難しいのではありませんか。

157ページの「戦後の世界経済の枠組みはすべて米国が作り上げたものです」との記述も引っかかりました。この説明が正しければ、ソ連を中心とする共産圏の「経済の枠組み」も「米国が作り上げたもの」ということになります。そう信じて良いのでしょうか。

162ページの「実際、日本の労働生産性は先進国中最下位」という記述も誤りだと思えます。2018年の数値を見ると、1人当たりでも時間当たりでも「日本の労働生産性」はニュージーランドを上回っています。「先進国」の定義は様々ですが、ニュージーランドを除外するのはかなり無理があります。

本の内容から判断すると、加谷様は「先進国=米国、カナダ、英国、フランス、ドイツ、イタリア、日本」と認識しているようですが、例えばオランダやスイスは先進国ではないのですか。G7に限定して論じたいのならば「主要先進国で最下位」などと表記すべきでしょう。

世界経済の枠組み」と「日本の労働生産性」の話は第5章「そもそも経済大国ではなかった」に出てきます。

そもそも経済大国ではなかった」というタイトルなのに「経済大国」だったのかどうかを論じていないのも引っかかりました。第5章では「日本は豊かだったのか」が話の中心になっています。「経済大国」かどうかは、その国の経済規模からかなり簡単に判断できるはずです。例えば、GDPで世界の10位以内に入っていれば「経済大国」と定義すれば、日本は今も30年前も「経済大国」でしょう。「統計に不備がある」「別の定義で考えるべきだ」といった話をしているかと言えば、そうでもありません。ここは不満が残りました。

第5章には「筆者は日本が貧しいということを声高に主張したいわけではありませんが~」との記述もあります。であれば本のタイトルを「貧乏国ニッポン」にしたのは解せません。最も強く「主張」したいことに沿ったタイトルにすべきではありませんか。

こうした問題は他にもあります。89ページには「世界全体をひとつの会社」だと見なして「(20年前に比べて)日本君は年収も横ばいですが、物価もほぼ横ばいなので、日本君の生活水準はあまり変化していません」と説明しています。ところが90ページでは一転して「日本君だけが昇給から取り残され、物価は輸入品の影響を受けてじわじわ上昇しているため、生活水準が年々下がっているというのが現状です」となってしまいます。

物価」は「ほぼ横ばい」なのか「じわじわ上昇」なのか。「生活水準」は「あまり変化していません」なのか「年々下がっている」のか。完全に矛盾しているとは言いませんが、整合性に問題があります。

さらに言うと、加谷様はこの本の中で「日本が慢性的なデフレ体質だというのは、近年のみの話」とも書いています。「慢性的なデフレ体質」なのに「物価」が「じわじわ上昇」しているのは奇妙です。「アベノミクスのスタート以降、物価は少しずつ上昇していることが分かります。モノの値段は着実に上がっており、多くの国民の生活は苦しくなっています」とも加谷様は述べています。これも「近年」は「慢性的なデフレ体質」という説明と整合しません。

最後に「日本経済が低迷から脱出できない最大の理由は、日本企業のビジネスモデルが薄利多売をベースにした昭和型の形態から脱却できておらず、競争力が低いままで推移していること」にあるという解説にも疑問を呈しておきます。

まず「競争力が低いまま」なのかについてです。「スイスのIMDという組織が毎年発表している世界競争力ランキングという指標」に触れて「日本のランキングが年々下がり、(1989年の)1位から30位まで低下してしまった」「主要国の中で、一方的に順位が下がっているのは日本だけ」と加谷様は説明しています。だとすると「競争力が低いままで推移している」のではなく、高いところから「下がって」きたと見るのが自然です(どの期間で見るかという問題はあります)。

それに「薄利多売をベースにした昭和型の形態」で「世界競争力ランキング」のトップに上り詰めたのに、なぜそこから「脱却」しなければならないのかも説明していません。

色々と注文を付けてきましたが「何かひとつの方策ですべてが解決するといった魔法のような解答を求めること自体が、一種の『甘え』」といった考え方には賛同できます。

整合性の問題などに注意していけば、さらに優れた提言ができるのではと感じました。参考にしていただければ幸いです。


◇   ◇   ◇


※今回取り上げた本「貧乏国ニッポン


※本の評価はD(問題あり)

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