2017年10月29日日曜日

潜在成長率低下の分析が怪しい日経 川手伊織記者

29日の日本経済新聞朝刊1面に載った「世界低成長 短期か長期か 設備投資の波及効果弱く、デジタル化で経済構造変質も」という記事は疑問の残る内容だった。筆者の川手伊織記者は「17年のOECD加盟国平均の潜在成長率は1.5%。07年の2.1%からリーマン危機後に急低下し底ばいが続く」と述べ、その要因として「雇用も大きい」という。詳細を見てみよう。
三隈川(大分県日田市)※写真と本文は無関係です

【日経の記事】

雇用も大きい。企業が採用を絞って若者失業者が急増したり雇用の非正規化が進んだりした。日米などは失業率が歴史的低水準とはいえ、世界全体でみれば直近16年の失業率は6.3%と危機前より高い。日本生産性本部によるとOECD加盟国平均の時間当たりのもうけ(労働生産性)の伸びは10~15年に年2.2%だった。比較可能な1970年以降では最低だ。

急激な景気後退や雇用調整が負の影響を及ぼし続けることを経済学で「履歴効果」と呼び、この後遺症で潜在成長率が恒久的に押し下げられたと分析する声が広がっている。



◎失業率は関係ある?

三井住友アセットマネジメントのサイトでは「潜在成長率」について「国内にあるモノやサービスを生産するために必要な『生産要素』を最大限に活用できた場合の国内総生産(GDP)の理論上の伸び率です」「国内にある様々な設備や労働者、そして技術力や知識などをフルに活用できれば、どれぐらいの成長が可能かという、いわば、その国の経済の実力を示すものです」と解説している。

だとすると「世界全体でみれば直近16年の失業率は6.3%と危機前より高い」ことは潜在成長率を押し下げる要因とはならないはずだ。失業率がどんなに高くても労働力人口が増加傾向にあれば潜在成長率を高める要因になるし、失業率を低く抑えても労働力人口が減っていけば潜在成長率を押し下げる力になる。

失業率が高いとなぜ潜在成長率を押し下げるのか川手記者は教えてはくれず、話を「労働生産性」に移してしまう。「労働生産性」は潜在成長率と関係があるだろうが、失業率と労働生産性の関係も記事からはよく分からない。

次に設備投資に関する記述を見ていく。

【日経の記事】

こうして短期に刻まれた危機の爪痕だけでなく、より長期間、潜在成長率を抑えそうな要因がある。急速なデジタル経済化だ。アップルやライドシェア(相乗り)最大手のウーバーテクノロジーズなどのようなIT(情報技術)企業はそもそも自前の工場をもたない旧来の製造業のように設備投資による資本蓄積を必要としないため、潜在成長率を押し上げる力が弱まる。

トヨタの17年3月期の設備投資はグループ連結で1.2兆円なのに対し、アマゾン・ドット・コムの17年はおよそ半分の50億ドル(約5500億円)。米グーグルの持ち株会社アルファベットの投資額も約1兆円だ。前出の宮崎氏が産業連関表を分析したところ、自動車など輸送用機械の設備投資は16年度に2.7兆円にのぼり、関連する裾野を含め5.6兆円の波及効果を生んだ。一方、ITを含む情報サービスの設備投資は0.8兆円にすぎない。自動車も電気自動車への移行で1台あたりの部品点数が減ると恩恵を受ける産業の裾野は狭まる。


◎「IT企業は自前の工場をもたない」?

まず「IT(情報技術)企業はそもそも自前の工場をもたない」という前提が誤りだ。スマートフォンで稼ぐアップルを「IT企業」に含めるならば、サムスン電子も「IT企業」でいいはずだ。そして同社は「自前の工場」を持っている。
キリンビール福岡工場(朝倉市)のコスモス
     ※写真と本文は無関係です

旧来の製造業のように設備投資による資本蓄積を必要としない」という認識も間違っている。記事でも触れているようにアマゾン・ドット・コムやアルファベットも巨額の設備投資を続けており、物流施設やデータセンターなどの形で「設備投資による資本蓄積」を進めている。

また、アップルが自社工場を持たないとしても、それは生産を委託しているだけの話だ。アップルが設備投資をしなくても、委託生産を請け負う企業は設備投資が必要なので、世界経済全体で見れば「潜在成長率を抑えそうな要因」とは考えにくい。

トヨタの17年3月期の設備投資はグループ連結で1.2兆円なのに対し、アマゾン・ドット・コムの17年はおよそ半分の50億ドル(約5500億円)。米グーグルの持ち株会社アルファベットの投資額も約1兆円だ」という説明も雑過ぎる。

「トヨタはたくさん設備投資しているのに、IT系のアマゾンやアルファベットは少ない」と川手記者は言いたいのだろう。だが、これだけでは「急速なデジタル経済化」が設備投資を抑えている根拠とはならない。まず過去との比較がない。IT企業は急速に設備投資を増やしているのに、自動車産業の伸びは鈍いかもしれない。そもそもトヨタ、アマゾン、アルファベットの設備投資額だけでは、ITがどうで自動車がどうと語る材料としては少なすぎる。

それを補うために「自動車など輸送用機械の設備投資は16年度に2.7兆円」「ITを含む情報サービスの設備投資は0.8兆円」といった話を持ってきたのかもしれない。しかし、これも過去との比較がない。しかも、この数字は日本のものだろう。今回は世界的に潜在成長率が低下している要因を分析しているはずだ。日本のデータで分析してどうする。

潜在成長率に関して「日本は最近5年間で女性や高齢者の就労が増えたため0.2ポイント上がった」と川手記者も書いていた。そんな例外的な国の動向から何が言えるのか。今回の記事の分析は総じて怪しい。


※今回取り上げた記事「世界低成長 短期か長期か 設備投資の波及効果弱く、デジタル化で経済構造変質も
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20171029&ng=DGKKZO22850960Y7A021C1MM8000


※記事の評価はD(問題あり)。川手伊織記者への評価は暫定C(平均的)から暫定Dに引き下げる。川手記者に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「転職しやすさが高成長を生む」? 日経の怪しい説明
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/10/blog-post_75.html

現状は「川下デフレ」? 日経 川手伊織記者への疑問
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/07/blog-post_22.html

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