2017年10月24日火曜日

結局は業界寄りの週刊エコノミスト「減らさない投資」

週刊エコノミスト10月31日号の特集「減らさない投資」は不満の残る内容だった。まず、タイトルを「減らさない投資」にする必然性が乏しい。特集の最初に出てくる「人生100年時代に突入 将来の自分と家族を守る」という記事を読んでも、なぜ「資産を増やすというより、守ることを真剣に考えなければいけない」のか見えてこない。
つづら棚田(福岡県うきは市)
      ※写真と本文は無関係です

筆者の酒井雅浩記者はまず以下のように書いている。

【エコノミストの記事】

「物価上昇で、お金の価値は目減りします」「退職後、ゆとりある生活を送るためには、公的年金だけでは足りません」──。ATM(現金自動受払機)のついでに、ふと手に取ったパンフレットに、不安をあおるセリフが並ぶ銀行や証券会社のセールストークだろうと高をくくり、メガバンクに勤める友人を笑い飛ばすと、真顔で返された。「人生100年時代の今、将来を見据えると、資産を増やすというより、守ることを真剣に考えなければいけない」。

◇   ◇   ◇

ここまでは特に問題は感じない。気になるのはその後だ。

【エコノミストの記事】

1990年代後半以降、日本は物価が継続的に下落するデフレ状態にある。デフレは物価下落であると同時に、貨幣価値の上昇を意味する。つまり、現金をそのまま保有しているだけで価値が上がる。それなら、リスクをとって運用する必要はない。運用について、深く考える必要がなかった理由はここにある。

ところが、2012年末の安倍晋三政権発足後、物価はおおむねプラス圏で推移するようになった。日銀が目指す2%の物価目標には達していないものの、物価が上昇すると、現金と預金で持っている資産は実質的に目減りする。同じ値段で買えるモノの価値が下がるからだ。

仮に年2%のインフレが続くと、1000万円の価値は5年後に約1割減の905万円に、20年後には672万円まで下がる計算になる

人口減少がすでに始まり、同時に急激な高齢化が進む日本では、社会保障は危機的な状況にある。将来の生活を年金だけに頼れない。人生100年時代を生きる日本人は、不安を拭い去るためにも、投資に目を向けなければならないのである

生命保険文化センターが全国18~69歳の男女約4000人を調査したところ、老後を夫婦2人でゆとりを持って暮らすために必要な生活費は月34万9000円(16年度)だった。
 一方、年金支給額をみると、17年度の厚生年金は夫婦2人のモデル世帯で月22万1277円だ。その差額の12万8000円を毎月、貯蓄から取り崩すとすると、20年後に3000万円、30年後に4600万円を超える。人生100年時代には、どれだけ貯蓄があっても十分とはいえない


◎「どれだけ貯蓄があっても十分とはいえない」ならば…

人生100年時代には、どれだけ貯蓄があっても十分とはいえない」から、投資を通じて積極的に資産を増やしましょうと言うのならば分かる。だが、「資産を増やすというより、守ることを真剣に考えなければいけない」という話とは結び付かない。保有資産が十分にあるのならば「資産を増やすというより、守ることを真剣に考え」るべきだろうが…。
セブン-イレブン日田高瀬店(大分県日田市)
            ※写真と本文は無関係です

酒井記者が訴えているのは「インフレで現預金の実質価値が目減りしますよ」「年金だけでは不安ですよ」「投資に目を向けなくちゃダメですよ」という話だ。これは「銀行や証券会社のセールストーク」と同変わらない。「減らさない投資」といったタイトルで投資家の味方を装ってはいるが、実際は「銀行や証券会社」の回し者ではないかと思えてくる。

酒井記者の「投資に目を向けなければならない」という主張にはいくつか問題点がある。まず、「2012年末の安倍晋三政権発足後、物価はおおむねプラス圏で推移するようになった」と言うが、物価上昇の水準は非常に低く、直近でも1%未満だ。現状では現預金の実質価値の減少を気にする必要はない。

なのに、日銀があれだけ頑張っても実現しない2%の物価上昇を前提に「1000万円の価値は5年後に約1割減の905万円に、20年後には672万円まで下がる計算になる」と試算してみせる。「銀行や証券会社のセールストーク」か、とツッコミを入れたくなる。

実質価値の目減りについても説明が単純すぎる。預金については2%の物価上昇が続く場合、金利も2%前後に上がってくると考えるのが自然だ。日本の場合、「物価上昇2%でもほぼゼロ金利」という状態を日銀が維持する可能性が高いとは言える。ただ、金利上昇を全く考慮せず預金の実質価値の目減りを論じるのは感心しない。

人生100年時代には、どれだけ貯蓄があっても十分とはいえない」との説明も大げさすぎる。「年金支給額」と「老後を夫婦2人でゆとりを持って暮らすために必要な生活費」の差額が「30年後に4600万円を超える」としよう。だとすれば、貯蓄が1億円程度あれば「十分」ではないか。「どれだけ貯蓄があっても十分とはいえない」と言われると、2億円でも3億円でも足りないと受け取れる。不安を煽り過ぎだ。これも「銀行や証券会社のセールストーク」の同類と言える。

記事の後半部分も話の辻褄があまり合っていない。

【エコノミストの記事】

政府は、税制メリットを設けて投資の普及を進めようとしている。証券業界が語呂合わせで「投(とう=10)資(し=4)の日」と定めた10月4日、証券会社は各地でセミナーを開いた。「貯蓄から投資へ」をかけ声に、官民挙げて個人投資家の育成に取り組んでいるが、道半ばだ。

14年1月に始まった少額投資非課税制度の「NISA(ニーサ)」は、株式や投資信託の売却や配当金など、利益にかかる税率軽減が13年末で終わり、20%へと倍増することを機に導入した。対応策をとらないと株式投資が冷え込み、アベノミクスで堅調な動きを続ける株式相場が下落しかねないとの懸念からだ。子どもや孫の進学や就職に必要なお金を準備する「ジュニアNISA」(16年1月開始)は、金融資産の6割を持つ60歳以上の高齢者から、現役世代に資産を移す狙いがあった。

また、17年1月スタートの個人型確定拠出年金「iDeCo(イデコ)」は、少子高齢化により、公的年金の支給水準低下が見込まれたことから、自助努力で補う必要性が高まったためだ。

いずれも政府の都合による制度で、国民のことを真剣に考えた結果といえるだろうか。だからこそ、「今が投資のチャンス」と乗せられてはいけない。自分の身を守るためには、有利な制度を駆使しなければ生き残れないのだ

減らさない投資で、賢く将来の自分と家族を守ろう。



◎「乗せられてはいけない」のならば…

NISA」「ジュニアNISA」「iDeCo」が「政府の都合による制度」であり、「『今が投資のチャンス』と乗せられてはいけない」のであれば、こうした制度からは距離を置くべきだろう。だが、なぜか「自分の身を守るためには、有利な制度を駆使しなければ生き残れない」となってしまう。「有利な制度を駆使」して預貯金を投資に回した場合、「『今が投資のチャンス』と乗せられ」ているようにも見える。
耳納連山と夕陽(福岡県うきは市)※写真と本文は無関係です

そもそも「減らさない投資」は簡単にできる。リスクの低い投資対象を選べばいいだけの話だ。個人的には「変動10年」の個人向け国債を薦めたい。これならば減るリスクは極めて低いし、金利上昇時には連動して利回りが向上するので、インフレ対策にもなる。だが、今回の特集では全く取り上げていなかった。

特集の最後には「本誌記者のビットコイン投資体験記 右肩上がりから短期間で4割の急落も」と言う記事(筆者は谷口健記者)も載っていた。「減らさない投資」を本気で読者に薦めたいのならば、この手の記事は必要ないはずだ。


※今回取り上げた記事「人生100年時代に突入 将来の自分と家族を守る


※記事の評価はD(問題あり)。酒井雅浩記者への評価はDで確定とする。酒井記者については以下の投稿も参照してほしい。

週刊エコノミストの特集「家は中古が一番」に異議あり
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/11/blog-post.html

データ解釈に問題あり週刊エコノミスト特集「ブラック企業」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/blog-post_7.html

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