2019年8月5日月曜日

日経で「少子化の原因は男女差別」と断定した出口治明APU学長の誤解

立命館アジア太平洋大学学長の出口治明氏に記事を任せるのはやめた方がいい。5日の日本経済新聞朝刊女性面に載った「ダイバーシティ進化論~少子化の根源に男女差別 クオーター制、意識変える」という記事を読んで、そう確信した。
石巻市役所(宮城県石巻市)※写真と本文は無関係

出口氏の主張は問題だらけだ。記事の冒頭部分から見ていこう。

【日経の記事】 

2018年に生まれた子どもの数は92万人を割り込み、過去最少を更新した。少子化の根本原因は何か。それは男女差別にある

最近では職場に赤ちゃんを連れて行っていいという企業が増えている。最近の仕事はアイデア勝負で脳を酷使するケースが多い。集中できるのは2時間程度で、3~4回繰り返すのがせいぜいだ。これは授乳サイクルと合っている。赤ちゃんにミルクを飲ませ、寝ている間に仕事をすれば約2~4時間。安心して働けるから生産性も上がる。

そんな記事を読んだ若いカップルの話だ。夫が「本当にうちの赤ちゃんを会社に連れて行ける?」と聞いたところ、妻は答えた。「何言ってるの。連れて行くのはあなたでしょ」。夫は一度も考えたことがなかったようで驚愕(きょうがく)したそうだ。

考えてみてほしい。家事・育児・介護は本来女性がやるべき仕事であり、男性は手伝えばいいという社会で、女性が赤ちゃんを産もうと思うだろうか。自分を苦しめるだけではないか。どんな施策をとっても、男女差別をなくさなければ赤ちゃんは永遠に増えない。



◎昔の方が「男女平等」だった?

少子化の根本原因は何か。それは男女差別にある」と出口氏は言い切る。戦後間もない第1次ベビーブーム期に合計特殊出生率は4.3を超えていた。「男女差別」が「少子化の根本原因」だとしたら、日本では戦後に急速に「男女差別」が進んだのか。昔は今とは比べ物にならないぐらい「男女差別」のない社会だったのか。

海外を考えてみても分かる。世界経済フォーラムが発表した「男女平等度ランキング2018」で最下位はイエメンだが、17年の出生率は3.8もあるらしい。平等度ランキング1位のアイスランドの1.7を圧倒している。こうしたデータを見ると、「『育児』は『本来女性がやるべき仕事』という認識を共有している社会の方が出生率は高くなりやすい」と言われた方がまだ納得できる。

考えてみてほしい。家事・育児・介護は本来女性がやるべき仕事であり、男性は手伝えばいいという社会で、女性が赤ちゃんを産もうと思うだろうか」という問題提起も苦しい。日本は「家事・育児・介護は本来女性がやるべき仕事であり、男性は手伝えばいいという社会」なのか。例えば90%以上の人がそうした考えを持っているのならば分かる。

しかし、今どき「家事・育児・介護は本来女性がやるべき仕事」と信じている人は稀だろう。また「家事・育児・介護」を男性が担っている事例も当たり前にある。

今の日本は「妻が認知症になっても夫は介護の中心的役割を果たさないのが当然の社会」なのか。出口氏も少し考えれば分かるはずだ。

ついでに言うと、出口氏が出した事例には別の意味で「男女差別」を感じる。「何言ってるの。連れて行くのはあなたでしょ」と妻は発言しているが、「赤ちゃんを会社に連れて」行くのは男性の役割と決まっているのか。その前提で妻が「何言ってるの」と夫に言っているのならば、かなり差別的だ。

記事の続きを見ていこう。

【日経の記事】

「出生率を上げても追いつかないから移民に頼るしかない」という人もいる。短期的には正しいが、長期的にはどうだろう。外国から来た女性だって、男女差別を温存したままの社会で赤ちゃんを産むはずがない。男女差別をなくすには、企業の役員や議員の一定割合を女性にするといったクオーター制が有効だ



◎どんな「男女差別」がある?

外国から来た女性だって、男女差別を温存したままの社会で赤ちゃんを産むはずがない」と出口氏は言う。「家事・育児・介護は本来女性がやるべき仕事であり、男性は手伝えばいいという社会」が「男女差別」的だと言いたいのだろう。だが、既に述べたように、日本がそうした「社会」だとは考えにくい。

仮に日本は「家事・育児・介護は本来女性がやるべき仕事であり、男性は手伝えばいいという社会」だとしよう。それを変えるために「企業の役員や議員の一定割合を女性にするといったクオーター制が有効」と言えるだろうか。

企業の役員や議員の一定割合を女性にする」だけで、社会の意識が変わって「家事・育児・介護」を男性が引き受けるようになるのか。どういう経路でそうなるのか謎だ。

そもそも「男女差別をなくす」のに「クオーター制が有効」とは思えない。実力で選ぶと役員の9割が男性になるとしよう。しかし「クオーター制」で役員の5割を女性に割り当てる。この場合、明らかに女性優遇策だ。「男女差別をなくす」と言うより「男女差別を生み出す」結果になる。

記事を最後まで見ていこう。出口氏はここでも無理のある主張を展開している。

【日経の記事】

「パパは脳研究者」(クレヨンハウス、池谷裕二著)に書かれているが、女性は出産時にオキシトシンが出るから家族愛が自然に生まれる。オキシトシンが母性愛の正体だ。一方で男性は赤ちゃんの面倒を見ることによってオキシトシンが出る。かわいいから面倒を見るのではなく、面倒を見るからかわいいという気持ちが生まれ、いいカップル、いい家族になる。

だから男性に育児休業をとらせることは正しい。だが2~3カ月面倒を見ないとオキシトシンは出ない。

「代替要員がいないから難しい」というなら、発想が根本から間違っている。社員の育児休業をラッキーと考え、部署の仕事を棚卸ししてみよう。無駄な仕事をなくせば、代替要員なんていらない。復帰したときには新しい仕事を始めるか、みんなでもっと早く帰ればいい。それこそがイノベーションなのだ。



◎人員ゼロでも回せる?

『代替要員がいないから難しい』というなら、発想が根本から間違っている。社員の育児休業をラッキーと考え、部署の仕事を棚卸ししてみよう。無駄な仕事をなくせば、代替要員なんていらない」という主張には驚いた。これが成り立つには、究極的には人員ゼロで仕事ができないければならない。

社員100人の会社で10人が同時に「育児休業」を取得したとしよう。出口氏の考えでは「無駄な仕事をなくせば、代替要員なんていらない」はずだ。では20人ならばどうか。90人ならばどうか。99人ならばどうか。本当に「無駄な仕事をなくせば、代替要員なんていらない」と言えるのか。

出口氏には、自身が学長を務める立命館アジア太平洋大学に当てはめて考えてほしい。自分の主張がいかに現実離れしたものか分かるはずだ。


※今回取り上げた記事「ダイバーシティ進化論~少子化の根源に男女差別 クオーター制、意識変える
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20190805&ng=DGKKZO48121420S9A800C1TY5000


※記事の評価はD(問題あり)。出口治明氏への評価はDで確定させる。出口氏に関しては以下の投稿も参照してほしい。

女性「クオータ制」は素晴らしい? 日経女性面記事への疑問
https://kagehidehiko.blogspot.com/2017/04/blog-post_18.html

「ベンチがアホ」を江本氏は「監督に言った」? 出口治明氏の誤解
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/07/blog-post_2.html

「他者の説明責任に厳しく自分に甘く」が残念な出口治明APU学長
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/07/apu.html

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