2017年9月13日水曜日

マイナス金利の深掘りを「再導入」と称する 週刊エコノミスト

週刊エコノミスト9月19日号の特集「異次元緩和の賞味期限」は全体としては悪くなかったが、その中の「マイナス金利再来リスク」という記事は色々と引っかかる所があった。署名欄は「編集部」となっていたので、特集を担当した後藤逸郎様記者と花谷美枝記者に以下の問い合わせを送ってみた。
豪雨被害を受けた福岡県朝倉市※ 写真と本文は無関係です

【エコノミストへの問い合わせ】

週刊エコノミスト編集部 後藤逸郎様 花谷美枝様

御誌を定期購読している鹿毛と申します。9月19日号の特集「異次元緩和の賞味期限」の中の「マイナス金利再来リスク」という記事についてお尋ねします。

まず、冒頭の「量的緩和の持続性が乏しくなれば、日銀が再びマイナス金利を導入する可能性が高まる」という記述です。ここからは「マイナス金利は一度導入されたが、現在は解除されている」と読み取れます。しかし、マイナス金利政策は2016年に導入された後、解除されず現在に至っています。記事には「日銀は対抗上、マイナス金利の深掘りも選択肢に入れざるを得なくなっている」との記述もあるので「再びマイナス金利を導入」とは「マイナス金利の深掘り」を指すのでしょう。しかし、当然ながら「深掘り」はマイナス金利の再導入には当たりません。記事の冒頭の説明は誤りではありませんか。控え目に言っても「不正確な説明」だと思えます。

次は「16年2月のマイナス金利はエコノミストから評価されたものの~」という部分です。クレディ・スイス証券チーフ・エコノミストの白川浩道氏は御誌の16年4月5日号に「マイナス金利の副作用 イールドカーブのフラット化で金融機関の資金利益が悪化」とのタイトルで寄稿し、「少し長い目でみれば、マイナス金利政策が国内銀行貸し出しに縮小圧力をもたらすという事態は避けられない」などと厳しい評価を与えています。

16年2月16日号の記事では、ニッセイ基礎研究所チーフエコノミストの矢嶋康次氏が「異次元緩和の総括なき、政策変更と批判されても仕方ない」「効果は限定的だろう」などと否定的な見解を示しています。もちろん前向きに評価するエコノミストもいたのでしょうが、単純に「16年2月のマイナス金利はエコノミストから評価された」と言い切ってしまうのは誤りではありませんか。

せっかくの機会なので、さらにいくつか私見を述べさせていただきます。

記事では「2度目のマイナス金利となれば、体力の弱い金融機関が口座手数料などの形で預金者に負担を転嫁する可能性が高まる」と書いていますが、逆ではありませんか。一般的に体力の弱い金融機関ほど、高い金利で預金を集める傾向にあります。「体力の弱い金融機関」が率先して預金者に実質的なマイナス金利を課した場合、大幅な預金流出を招き経営不安が一気に広がりかねません。一般的には、そんな危ない選択は避けるはずです。

「預金金利がほぼゼロ%となって金利収入を事実上断たれてきた預金者を、文字通りのマイナス金利が直撃すれば、インフレ期待は消し飛んでしまう」との見方にも同意できません。日銀の「生活意識に関するアンケート調査」によると、1年後の物価上昇予想に関する中央値は2.0%です。なので日本国民は2%程度のインフレ期待を有しているとしましょう。一部の銀行が預金にわずかな口座手数料を課した程度で、この予想が一気に0%以下へと落ち込むでしょうか。常識的には考えられません。

そもそもマイナス金利の深掘りは金融緩和策なので、原則としては期待インフレ率を高めるはずです。実際には期待インフレ率を高めず、むしろマイナスに働く場合もあるでしょうが、「インフレ期待は消し飛んでしまう」と断定するのは無理があります。

記事に関する問い合わせは以上です。お忙しいところ恐縮ですが、回答をお願いします。金山隆一編集長の方針なのだとは思いますが、御誌では読者からの間違い指摘を無視する対応が続いています。今号の「編集部からFrom Editors」では「週刊エコノミスト編集部で8月下旬からインターンシップとして2週間お世話になった」という本多彩さんが、その体験を振り返っています。「2週間一緒に働かせて頂いた皆さんは、とてもカッコよく私の目には映った」そうです。そんな本多さんに「読者からの間違い指摘に対し、自分たちはメディアとして責任ある対応を続けている」と胸を張って言えますか。その点をもう一度よく考えてみてください。

◇   ◇   ◇

※今回取り上げた記事「マイナス金利再来リスク」

※記事の評価はD(問題あり)。筆者を特定できないので、書き手への評価は見送る。

2017年9月12日火曜日

結論が逆では? 日経1面「働き方改革 さびつくルール」

日本経済新聞朝刊1面で「働き方改革 さびつくルール」という連載が始まった。12日の「(上)成果、働く時間で計れず 次の成長、頭脳戦にあり」という初回の記事から苦しい展開になっている。「ルールは追い付いているか」と問題提起した上で、「トヨタ自動車」「ネスレ日本」「ユニリーバ日本法人」の取り組みを紹介し、「既存のルールだけでは対応しきれない」と結論付けている。しかし、3社の動向からは「既存のルールだけ対応できる」と判断する方が自然だ。
豪雨被害を受けた福岡県朝倉市 ※写真と本文は無関係です

まず、トヨタについて見てみよう。
 
【日経の記事】

「トヨタ流ホワイトカラーエグゼンプション(脱時間給制度)の実現に向け話し合いたい」。トヨタ自動車の今春の労使交渉で人事担当の上田達郎常務役員(当時)が問題意識をぶつけた。導入を目指すのは裁量労働的に柔軟に働ける新制度だ。

早ければ12月から、会社が承認した一部係長級に実際の残業時間に関係なく毎月45時間分の手当を支給。超過分も支払うが、時間になるべく縛られずに働けるようにする。現行法で管理するうえ労働組合の懸念もありホワイトカラーエグゼンプションの表現は見送ったものの、成果に応じて賃金を支払う脱時間給の考え方を先取りする。

(中略)「残業時間の制約で作業をやめなくてはいけないのはもどかしい」。開発現場の社員からはこんな声も出ていた。

「トヨタの新制度はウチでも導入できますか」。8月、労働問題に詳しい倉重公太朗弁護士の元に照会が相次いだ。トヨタの新制度を「固定残業代とコアタイム無しのフレックス勤務という既存制度の合わせ技」と解説。「だらだら残業を無くすため、働き方改革で解決を模索する企業は多い」


◎「脱時間給制度」は既に導入可能?

「固定残業代とコアタイム無しのフレックス勤務という既存制度の合わせ技」を用いて、トヨタは「ホワイトカラーエグゼンプション(脱時間給制度)」を実現させようとしているらしい。それで「成果に応じて賃金を支払う脱時間給の考え方」に沿った仕組みができるのだから、「既存のルールだけ対応できる」事例として見るべきだ。
九州北部豪雨後の伊東屋(福岡県東峰村)
            ※写真と本文は無関係です

ついでに言うと「『残業時間の制約で作業をやめなくてはいけないのはもどかしい』。開発現場の社員からはこんな声も出ていた」という説明は謎だ。

「裁量労働的に柔軟に働ける新制度」を設けても「残業時間の制約で作業をやめなくてはいけない」事態は起こり得る。三六協定に特別条項を付けている場合でも、発動できるのは「1年の半分を超えない期間」とされている。また、特別条項があれば「新制度」に移行しなくても、かなり自由に残業をさせられるはずだ。

「新制度」移行時に特別条項を加えるのならば別だが、「新制度」の導入によって「残業時間の制約」が大きく変化するとは考えにくい。

話を元に戻して、残りの2社の動きを見ていこう。

【日経の記事】

脱時間給の概念をいち早く取り入れたネスレ日本は、その概念を人事評価にも取り入れる。午後7時以降のオフィスの使用は原則認めない。突発事態への対応など会社都合で発生した時間外労働を除き、労働時間で評価する仕組みを原則撤廃。職務などに応じた役割を踏まえて設定する指標を基に、成果で評価する。

昨年7月に企画業務型社員に導入すると、同12月の1人あたり売上高は3年前の同月比で2割弱増加。「短時間で成果を上げる意識を段階的に高めてきた」(高岡浩三社長)。今年4月から工場のシフト勤務などを除く全社員に広げた。

ユニリーバ日本法人も昨年、社員約500人のうち工場勤務や一部営業職を除く400人を対象に、好きな時間に好きな場所で働ける裁量労働制を導入。残業時間を前年比10~15%削減できた。


◎やはり「既存のルールで対応できる」ような…

ネスレ日本は「突発事態への対応など会社都合で発生した時間外労働を除き、労働時間で評価する仕組みを原則撤廃。職務などに応じた役割を踏まえて設定する指標を基に、成果で評価する」という。やはり「既存のルール」の下で「成果に応じて賃金を支払う」仕組みを実現させている。
豪雨被害を受けたJR日田彦山線(大分県日田市)
            ※写真と本文は無関係です

付け加えると、「1人あたり売上高は3年前の同月比で2割弱増加」という説明は気になった。なぜ前年同月比ではなく「3年前の同月比」なのか。2016年の制度変更の効果を見るならば、15年との比較の方が適切だ。前年同月では変化が乏しいので3年前と比べたのであれば、ご都合主義が過ぎる。

「ユニリーバ日本法人」は評価手法に触れていないのでよく分からないが、少なくとも「既存のルールだけでは対応しきれない」事例とは言えない。なのに、記事の最終段落では以下の結論に至ってしまう。

【日経の記事】

生産拠点が新興国に移り、日本の製造業の労働者は昨年までの過去20年で約400万人減った。日本企業の主戦場が頭脳で戦う分野に移ると、長く働くことよりも短時間で結果を出すことが必要になる。既存のルールだけでは対応しきれない。


◎結論に説得力がなさすぎる

トヨタ、ネスレ日本と「既存のルール」の下で「成果に応じて賃金を支払う」仕組みを紹介した後、なぜか「既存のルールだけでは対応しきれない」と結論付けてしまう。「既存のルールの下でも企業は柔軟に動き始めている」とでもすべきだ。

脱時間給制度を実現させたいという日経の気持ちは、十分過ぎるほど知っている。それを読者に訴えたいのならば「既存のルールだけでは対応しきれない」と納得できる事例を選ぶべきだ。逆の事例を取り上げてどうする。

さらに言えば「日本企業の主戦場が頭脳で戦う分野に移ると、長く働くことよりも短時間で結果を出すことが必要になる」との説明も納得できない。この書き方だと、現状では「日本企業の主戦場が頭脳で戦う分野」には移っていないと受け取れる。だが、かなり前から「主戦場」は「頭脳で戦う分野」のはずだ。取材班では、トヨタなどの主要企業はこれまで「頭脳で戦う必要のない分野」を「主戦場」にしてきたと考えているのか。

「脱時間給」に関する日経の囲み記事は、論理構成に無理がある場合が多い。今回も例外ではなかった。


※今回取り上げた記事「働き方改革 さびつくルール(上)成果、働く時間で計れず 次の成長、頭脳戦にあり」
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20170912&ng=DGKKZO21011850S7A910C1MM8000

※記事の評価はD(問題あり)。

2017年9月11日月曜日

昔の津田塾は「女の東大」? 週刊ダイヤモンド特集「大学序列」

週刊ダイヤモンド9月16日号の特集「1982~2017 35年の偏差値と就職実績で迫る大学序列」で「それはないだろう」と強く感じたのが、昔は「津田塾大=女の東大」だったという話だ。特集のPart 2「『MARCH』女子 大争奪戦中」の中に2回も出てくる。まずは「女子大の役割は終わったのか トップ群も偏差値下落」という記事だ。
筑後川(福岡県久留米市) ※写真と本文は無関係です

【ダイヤモンドの記事】

冒頭の一文の最初に出てくる津田塾は、私立女子大の最高峰。昔は「女の東大」とまで呼ばれた。同大学芸学部の1992年の偏差値は74。早慶上智に準ずる位置にいた。

注:「冒頭の一文」=「津田の東の本女(ぽんじょ)には、セイント・フェリスの泉あり。大妻・実践・共立の昭和女の白百合は武蔵野跡に咲き乱れる」


◎「女の東大」はお茶の水では?

「高橋裕子(津田塾大学学長)インタビュー」という記事の冒頭でも「昔は『女の東大』とも呼ばれた、私立女子大の最高峰である津田塾大学」と書いている。

国立も含めて「女子大の最高峰」と言えば、1992年も今もお茶の水女子大だと思える。津田塾が「昔は『女の東大』とまで呼ばれた」という話は初耳だ。そう呼んでいた人がいないとは言わないが、かなり少数ではないか。お茶の水が国立で津田塾が私立ということを考えても、「女の東大」はお茶の水の方がしっくり来る。

ちなみに、特集に出てくる数表で92年と17年のお茶の水の偏差値を見ると、生活科学(64→68)、文教育(68→70)、理(64→65)といずれも上昇している。「女子大の役割は終わったのか トップ群も偏差値下落」というストーリーに合わせるために「女子大の最高峰」のお茶の水を外したのではとの疑念も生じる。

想定に合わないからといって除外せずに、津田塾とお茶の水でなぜ差が生じたのかを分析しても良かったはずだ。その辺りは柔軟に考えてほしい。単に「お茶の水は頭になかった」という場合、女子大に関する記事を書く資格がないと言うべきだろう。


※今回取り上げた記事「女子大の役割は終わったのか トップ群も偏差値下落」
http://dw.diamond.ne.jp/articles/-/21218


※記事の評価はD(問題あり)。今回の特集に関しては以下の投稿も参照してほしい。

偏差値トップは東大理3? 週刊ダイヤモンド「大学序列」の矛盾
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/09/blog-post_68.html

九州知らずが目立つ週刊ダイヤモンド特集「大学序列」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/09/blog-post_17.html

2017年9月10日日曜日

偏差値トップは東大理3? 週刊ダイヤモンド「大学序列」の矛盾

週刊ダイヤモンド9月16日号の特集「1982~2017 35年の偏差値と就職実績で迫る大学序列」に間違いだと思える記述があった。「全国の大学の中で最も高い偏差値をたたき出しているのは今も30年前も、東京大学の理科三類である」という部分だ。特集に出てくる表で偏差値の変遷を見ると「今も30年前も、東京大学の理科三類」は「最も高い偏差値をたたき出して」はいない。
九州国際重粒子線がん治療センター(佐賀県鳥栖市)
         ※写真と本文は無関係です

ダイヤモンド編集部に以下の内容で問い合わせを送ってみた。

【ダイヤモンドへの問い合わせ】

週刊ダイヤモンド編集部  副編集長 臼井真粧美様  小島健志様 堀内亮様 大根田康介様 西田浩史様

9月16日号の特集「1982~2017 35年の偏差値と就職実績で迫る大学序列」についてお尋ねします。Part 5の「『東大』よりも医学部! エリート街道の変貌」という記事に「全国の大学の中で最も高い偏差値をたたき出しているのは今も30年前も、東京大学の理科三類である」との記述があります。

しかし「特別付録~大学35年間の歴史を凝縮 181大学1122学部『全』偏差値」という表を見ると、30年前(1987年)の偏差値(ベネッセコーポレーション)は東京大学で言えば文1が81、文2が80で理3の79を上回っています。2017年でも文1は80で理3の79より上です。

17年の私立大学を見ると、慶応義塾大学に法(83)、経済(81)、早稲田大学に法(80)、政治経済(82)、商(80)、国際教養(80)と東大理3の79を上回る偏差値がかなりあります。

文系と理系、私立と国立などを単純に比較できないのは分かりますし、東大理3が難易度では「今も30年前も」最も高いのかもしれません。しかし「特別付録」を見る限り「全国の大学の中で最も高い偏差値をたたき出しているのは今も30年前も、東京大学の理科三類である」とは言えません。

記事の説明は誤りと考えてよいのでしょうか。問題ないとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。御誌では、読者からの間違い指摘を無視する対応が目立っています。日本を代表する経済メディアとして責任ある行動を心掛けてください。

◇   ◇   ◇

ついでに「『東大』よりも医学部! エリート街道の変貌」という記事にいくつかツッコミを入れておこう。


◎「志願倍率は20倍、30倍が当たり前」?

「私立医学部の志願者数は年を追うごとに増えている。志願倍率は20倍、30倍が当たり前(130ページ表参照)」と書いてあるので表を参照すると「主要私立大医学部の志望倍率ランキング」で2017年に20倍を超えているのは6位までだ。7位の近畿大学は17.5倍、8位の慶応大学は8.8倍、9位の東京慈恵会医科大学は6.9倍と急低下する。これで「20倍、30倍が当たり前」と言うのは苦しい。せいぜい「20倍、30倍も珍しくない」ぐらいだ。
渕野病院(大分市) ※写真と本文は無関係です


◎「軽く」が要らないような…

記事には「どんな私立医学部であれ、最低でも早慶理系学部に軽く受かるレベルでなければ、合格は難しくなっている」との説明も出てくる。記事中の表によれば、ベネッセの偏差値で私立大医学部の最低ラインは68。一方、「早慶理系学部」を見ると、慶応理工、早稲田先進理工はともに71だ。

偏差値だけ見ると、「早慶理系学部」に合格できるレベルならば、私立大医学部の下の方は狙えそうだ。「最低でも早慶理系学部に軽く受かるレベルでなければ、合格は難しくなっている」というくだりの「軽く」は要らない気がする。


※今回取り上げた記事「『東大』よりも医学部! エリート街道の変貌」
http://dw.diamond.ne.jp/articles/-/21221

追記)結局、回答はなかった。


※今回の特集に関しては以下の投稿も参照してほしい。

昔の津田塾は「女の東大」? 週刊ダイヤモンド特集「大学序列」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/09/blog-post_11.html

九州知らずが目立つ週刊ダイヤモンド特集「大学序列」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/09/blog-post_17.html

文藝春秋「産業革新機構がJDIを壊滅させた」 大西康之氏への疑問

文藝春秋10月号にジャーナリストの大西康之氏が書いた「深層リポート~産業革新機構がJDI(ジャパンディスプレイ)を壊滅させた」という記事の問題点をさらに指摘したい。まず、これまで「改革」ができなかったのはJDI自身の問題なのか、それとも国の「介入」のせいか。記事を読んでも、よく分からない。
豪雨被害を受けた福岡県朝倉市 ※写真と本文は無関係です

8月9日の発表した「全社員の3割にあたる約3700人を削減し、主力工場の1つである能美工場(石川県)での生産を停止する」という再建策について、大西氏は以下のように解説する。

【文藝春秋の記事】

(JDIのCEOである)東入來氏がまとめた再建策は、設立から5年間、JDIの歴代経営陣が、大株主の産業革新機構や、その大株主である国の「介入」で、やりたくてもできなかった改革だ。

◇   ◇   ◇

ここからは、JDI自身は改革に積極的に取り組もうとしていたと読み取れる。しかし、読み進めると話が変わってくる。

【文藝春秋の記事】

12年に日立製作所、ソニー、東芝、パナソニック、旧三洋電機(現パナソニック)、セイコーエプソンの中小型液晶事業を統合して発足したJDIは、各社の液晶工場と人員を引き継いだ。いわば、各社の「お荷物」を1つにまとめたような会社なのだ。

(中略)工場と人員が多すぎることは誰の目にも明らかだったが、母体企業の背番号を背負った役員には「うちの工場だけは閉めさせるな」と圧力がかかる。キャッシュフローを改善するために「固定費を削減しよう」などと言い出せば「おたくの工場からどうぞ」と言われかねない。

◇   ◇   ◇

こちらの記述を信じれば、産業革新機構や国の「介入」がなくても、「改革」は無理だったと思える。話の辻褄が合っていない。
九州北部豪雨後の宝珠山駅(福岡県東峰村)
           ※写真と本文は無関係です

もう1つ気になるのが「産業革新機構がJDIを壊滅させた」というタイトルだ。なぜ「経済産業省」や「国」ではなく「産業革新機構」なのかという問題を考えてみたい。

【文藝春秋の記事】

シャープを鴻海に奪われたことは技術流出を忌み嫌う経産省の痛恨事。だからこそ、その対抗軸であるJDIには金も出し、口も出して、過剰なまでに介入した。その過干渉がJDIの経営を歪めている。JDIの元幹部の1人はこう打ち明ける。

「中国のスマホメーカーからの注文が激減し、茂原と東浦の減損処理に踏み切った時も、経産省から『アベノミクスの失敗のように見える施策は困る』と圧力がかかった。震源地は官邸でした。蘇州工場で人員削減を計画した時も『ジャパンの名前がついた会社で労働争議が起きたら政治問題になるんじゃないか』と圧力がかかりました。圧力をかけたのは菅義偉官房長官に近い前商務情報政策局長(現中小企業庁長官)の安藤久佳、首相秘書官の今井尚哉ら、経産省の企業経営への介入を是とするターゲティング派とされています」

◇   ◇   ◇

別のところでは、白山工場の建設について以下のように記している。

【文藝春秋の記事】

しかし「建設中止」はJDIの一存で決められない。JDIの経営陣は大株主である産業革新機構にお伺いを立て、産業革新機構は生みの親である経産省に打診する。すると経産省から産業革新機構に御下問があり、産業革新機構の担当者がJDIの経営陣に問い合わせを入れてくる。

◇   ◇   ◇

これらを総合すると、JDIに圧力をかけてくる実質的な主体は「経産省」あるいは「官邸」だ。産業革新機構は間に立つ伝言役に過ぎない。なのになぜ「産業革新機構がJDIを壊滅させた」と打ち出したのか。「経産省がJDIを壊滅させた」の方がしっくり来る。実質的な決定権を持たない窓口役の「産業革新機構」を前面に押し出して「壊滅させた」などと見出しを立てても、あまり意味がない。
鳥栖プレミアム・アウトレット(佐賀県鳥栖市)
            ※写真と本文は無関係です

ついでに言うと、経産省が「過剰なまでに介入した」のかどうかも疑問だ。「茂原と東浦の減損処理に踏み切った時も、経産省から『アベノミクスの失敗のように見える施策は困る』と圧力がかかった」と大西氏は書いている。

この説明を信じれば、圧力に逆らって「減損処理に踏み切った」のだろう。だとすれば「過干渉がJDIの経営を歪めている」例にはならない。

「蘇州工場の人員削減」については実現したのかどうか記事からは分からない。ただ、「ジャパンの名前がついた会社で労働争議が起きたら政治問題になるんじゃないか」と言われただけならば、大した「圧力」とも思えない。「人員削減はいいが、政治問題にならないように慎重にやってくれよ」というメッセージとも取れる。「過剰なまでに介入した」と言うほどではない。

そもそも、経産省がそれほど「改革」に消極的ならば、「全社員の3割にあたる約3700人を削減し、主力工場の1つである能美工場(石川県)での生産を停止する」という再建策を今回はなぜ決められたのかとの疑問が残る。

経産省の方針が変わったのか。それとも経産省の圧力に逆らってCEOの東入來氏が再建策をまとめたのか。大西氏は「過去のしがらみにとらわれず、大ナタを振るおうとする東入來氏の勇気は讃えられるべきかもしれない」とは書いているが、今回の再建策を決める過程で経産省(あるいは産業革新機構)がどういう意向を持っていたのかには触れていない。

「改革」が遅れたのはJDI自身の問題なのか、経産省の圧力のせいなのか。ここに来て「改革」が動き出したのは、経産省が変わったのか、JDIが経産省に反旗を翻したからなのか。そして、本当に経産省は過去に「過剰なまでに介入した」のか。色々なことがよく分からない記事だった。


※今回取り上げた記事
「深層リポート~産業革新機構がJDI(ジャパンディスプレイ)を壊滅させた」


※記事の評価はD(問題あり)。今回の記事に関しては以下の投稿も参照してほしい。

文藝春秋「深層レポート」に見える大西康之氏の理解不足
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/09/blog-post_8.html


※大西康之氏への評価はF(根本的な欠陥あり)を据え置く。大西氏に関しては以下の投稿も参照してほしい。

日経ビジネス 大西康之編集委員 F評価の理由
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_49.html

大西康之編集委員が誤解する「ホンダの英語公用化」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/07/blog-post_71.html

東芝批判の資格ある? 日経ビジネス 大西康之編集委員
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/07/blog-post_74.html

日経ビジネス大西康之編集委員「ニュースを突く」に見える矛盾
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/01/blog-post_31.html

 FACTAに問う「ミス放置」元日経編集委員 大西康之氏起用
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/facta_28.html

文藝春秋「東芝前会長のイメルダ夫人」が空疎すぎる大西康之氏
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/05/blog-post_10.html

文藝春秋「東芝前会長のイメルダ夫人」 大西康之氏の誤解
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/05/blog-post_12.html

文藝春秋「東芝 倒産までのシナリオ」に見える大西康之氏の誤解
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/06/blog-post_74.html

大西康之氏の分析力に難あり FACTA「時間切れ 東芝倒産」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/06/facta.html

2017年9月9日土曜日

最終版で一転「個人買い越し」に 日経「公募投信残高2年ぶり最高」

9日の日本経済新聞朝刊1面に載った「公募投信残高、2年ぶり最高 8月末102.6兆円 現役世代の購入拡大」という記事は、13版と14版(最終版)で中身がかなり変わっている。その変化からは、「個人も積極的に投信を買っている」というストーリーを強引に作り上げようとした痕跡がうかがえる。
九州北部豪雨後のJR日田彦山線の陸橋(福岡県東峰村)
          ※写真と本文は無関係です

まず最初の段落から見ていこう。



【13版】

誰でも買える公募投資信託に資金が流入している。8月末の純資産残高は約102兆6000億円となり、2年3カ月ぶりに最高を更新したことが分かった。日銀の上場投資信託(ETF)買いが残高を押し上げた。個人は全体として売り越す一方、現役世代を中心に一定額の投信を毎月購入する積み立て投資が拡大。積み立て投資は解約が少なく、投信市場の安定的な拡大が続きそうだ。

◇   ◇   ◇

この段階では「個人は全体として売り越す」と入っているが、最終版では以下のようになる。


【14版】

誰でも買える公募投資信託に資金が流入している。8月末の純資産残高は約102兆6000億円となり、2年3カ月ぶりに最高を更新したことが分かった。日銀の上場投資信託(ETF)買いが残高を押し上げているうえ、現役世代を中心に一定額の投信を毎月買い付ける積み立て投資が拡大しているためだ。積み立て投資は解約が少なく、投信市場の安定的な拡大が続きそうだ。

◇   ◇   ◇

14版では「個人は全体として売り越す」が消えている。これだと「日銀だけでなく個人も積極的に投信を買っている」という話になり、13版とは大きく異なる説明になっている。

さらに変更点を見ていこう。


【13版】

日本の個人投資家は高齢者を中心に価格が上がったタイミングで保有ファンドを解約して利益を確定する投資行動が顕著で、株式相場が上昇した局面では、投信残高の拡大を抑制してきた。

この傾向はなお続いており、足元は世界の株式相場が高値圏で推移する中、個人投資家は全体として公募投信を売り越している。日本の個人マネーが高齢者に偏在していることも解約額の増加につながっている。一方、現役世代の積み立て投資が一定規模に膨らんできており、中高年層から若年層への投資家の世代交代も進んでいる。

◇   ◇   ◇

ここでも「個人投資家は全体として公募投信を売り越している」と書いているが、14版ではやはり「買い越し」へと180度転換する。



【14版】

日本の個人投資家は従来、高齢者を中心に価格が上がったタイミングで保有ファンドを解約して利益を確定する投資行動が顕著だった。株式相場の上昇局面では、個人からの解約増が投信残高の拡大を抑制してきた。

だが、今年6~8月の3カ月間は世界の株式相場が高値圏で推移する中でも個人は全体として投信を買い越したとみられる。現役世代の積み立て投資が拡大しており、高齢者などからの解約額を超える個人マネーが流入しているためだ。積み立て投資の普及を通じ、日本の個人投資家の中での世代交代も進んでいる。

◇   ◇   ◇

13版で述べた「売り越し」は期間を明示していないので、14版の「今年6~8月は個人は全体として投信を買い越した」という説明と矛盾しない可能性もある。だが、13版で「個人投資家は全体として公募投信を売り越している」と書いておいて、14版で「買い越したとみられる」と直されたら、どちらかが間違いだと疑いたくなる。
福岡大学(福岡市城南区)※写真と本文は無関係です

どうしてこんな展開になってしまったのか。想像はできる。

最初の段階では「個人の売り越しが続いているが、日銀のETF買いによって公募投信の残高が2年3カ月ぶりに最高になった」という流れで記者は記事を書いたのではないか。記事を1面に持っていくという話になり、「日銀のETF買いが残高を押し上げた」だけでは苦しいとの判断が証券部のデスク辺りに働く。そこで多少無理をして「現役世代を中心に一定額の投信を毎月買い付ける積み立て投資が拡大している」といった話も盛り込んだ--。そんな経緯で13版の記事ができたのだろう。

ところが「『個人投資家は全体として公募投信を売り越している』みたいな後ろ向きの話は要らない。『現役世代の積み立て投資が拡大』という話に絞って組み立て直せ」などと編集局の局次長辺りから注文が付いた。だから最終版に向けて注文に沿う形へと話を転換させた--。実際のところは分からないが、こんな感じで記事の内容が変わっていったと考えると合点が行く。

もちろん「個人投資家は全体として公募投信を売り越している」との説明が誤りだと判明したので14版で「買い越し」に修正した可能性もゼロではない。もしそうならば、10日の朝刊13版には訂正記事が出るはずだ。だが、そうはならない気がする。

ついでにもう1つ指摘したい。この記事では「現役世代を中心に一定額の投信を毎月買い付ける積み立て投資が拡大している」「現役世代の積み立て投資が拡大しており、高齢者などからの解約額を超える個人マネーが流入しているためだ」「現役世代の積み立て投資が拡大しており、高齢者などからの解約額を超える個人マネーが流入しているためだ」と3回も「現役世代の積み立て投資が拡大」と繰り返している(上手い書き方ではない)。見出しでも「現役世代の購入拡大」と打ち出しているが、なぜか具体的は数字は全く出てこない。

記事では以下のように解説している。

【日経の記事(13版・14版)】

個人マネーの「貯蓄から資産形成へ」の流れも進む。50歳代以下の現役世代では投信で毎月一定額を積み立てる動きが加速。長期の資産形成に適しているとされるバランス型投信が残高を増やしている。株や債券、不動産などに分散投資する投信で8月末の残高は7.3兆円。15年5月に比べて2割弱増え、右肩上がりの増加が続いている。



◎「バランス型投信=積み立て投資」?

「現役世代では投信で毎月一定額を積み立てる動きが加速」していることを示す数値は記事中に見当たらない。その代わりのつもりなのか「バランス型投信が残高を増やしている」と教えてくれる。だが「バランス型投信=積み立て投資」ではない。もちろん「現役世代」だけが買っている訳でもない。結局、まともな根拠も示さずに「現役世代では投信で毎月一定額を積み立てる動きが加速」と解説していることになる。
比良松中学校(福岡県朝倉市)※写真と本文は無関係です

そして13版での「個人投資家は全体として公募投信を売り越している」という記述が消え、14版では「買い越し」に変わった。これでは「個人も投信の購入に積極的であるように強引に見せようとしている」と疑われても仕方がない。

ついでに言うと「バランス型投信」が「長期の資産形成に適している」とも思えない。細かい説明は避けるが、販売手数料や信託報酬が高い場合、「バランス型投信」を選ぶ理由はない。また、個別に株式投信、債券、REITなどに分散投資するよりも「バランス型投信」の方が「長期の資産形成に適している」と判断すべき理由もない。「長期の資産形成に適しているとされるバランス型投信」という書き方からは、投信を売る側に寄り添う姿勢が窺える。


※今回取り上げた記事「公募投信残高、2年ぶり最高 8月末102.6兆円 現役世代の購入拡大」
https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20170909&ng=DGKKASGD07H3L_Y7A900C1MM8000

※記事の評価はE(大いに問題あり)。

2017年9月8日金曜日

文藝春秋「深層レポート」に見える大西康之氏の理解不足

文藝春秋10月号にジャーナリストの大西康之氏が「深層リポート~産業革新機構がJDI(ジャパンディスプレイ)を壊滅させた」という記事を書いている。この中に「大西氏はキャッシュフローと投資の関係について、ちゃんと分かっているのかな」と不安になる記述があった。
九州北部豪雨後の福岡県朝倉市 ※写真と本文は無関係です

【文藝春秋の記事】

そもそもJDIは12年の設立以来、一度もフリーキャッシュフローが黒字になったことがない。投資キャッシュフローの赤字が営業キャッシュフローを常に上回っている。つまり「一度も投資の元を取れていない」のだ。




◎「投資の元」とは切り離して考えた方が…

「投資の元」を取るとはどういうことだろう。100億円を投資して工場を建てた場合、その工場から100億円以上のリターンが得られたら「投資の元」が取れたと言えそうだ。だが、これは1年間の話ではない。

記事の説明だと「フリーキャッシュフローが黒字=投資の元が取れた」と解釈できる。だが、そうとも言えない。新会社で100億円を投資して工場を建て、その工場が翌期に10億円の営業キャッシュフローの黒字を生み出してくれるとしよう。投資は前の期にやったので翌期はゼロとする。

この場合、翌期に10億円のフリーキャッシュフローが生まれる。だからと言って「投資の元が取れた」訳ではない。100億円の投資に対して10億円のリターンが得られただけで、投資回収率はまだ10%に過ぎない。
JR日田彦山線の石原町駅(北九州市)
            ※写真と本文は無関係です

また、設立以来ずっとフリーキャッシュフローがマイナスだとしても「一度も投資の元を取れていない」とも言い切れない。個別の投資案件では資金を回収できているのに、新規の投資が続くために会社全体ではフリーキャッシュフローのマイナスが続くこともあり得る。

年間のフリーキャッシュフローを見て「プラスだから投資の元が取れた」「マイナスだから投資の元が取れていない」と考えるのは、基本的に間違っている。「投資の元」が取れているかどうかは、案件ごとに見ていく必要がある。

とは言え、資金繰りの面からは「一度もフリーキャッシュフローが黒字になったことがない」のは好ましい話ではない。だとしたら以下のように書いてはどうか。

【改善案】

そもそもJDIは12年の設立以来、一度もフリーキャッシュフローがプラスになったことがない。投資キャッシュフローの赤字が営業キャッシュフローの黒字を常に上回っている。つまり、一度も投資資金をその期の稼ぎで賄えていない。

◇   ◇   ◇


※今回取り上げた記事
「深層リポート~産業革新機構がJDI(ジャパンディスプレイ)を壊滅させた」


※今回の記事に関しては以下の投稿も参照してほしい。

文藝春秋「産業革新機構がJDIを壊滅させた」 大西康之氏への疑問
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/09/blog-post_10.html


※記事の評価はD(問題あり)。大西康之氏への評価はF(根本的な欠陥あり)を据え置く。大西氏に関しては以下の投稿も参照してほしい。

日経ビジネス 大西康之編集委員 F評価の理由
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/06/blog-post_49.html

大西康之編集委員が誤解する「ホンダの英語公用化」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/07/blog-post_71.html

東芝批判の資格ある? 日経ビジネス 大西康之編集委員
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/07/blog-post_74.html

日経ビジネス大西康之編集委員「ニュースを突く」に見える矛盾
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/01/blog-post_31.html

 FACTAに問う「ミス放置」元日経編集委員 大西康之氏起用
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/12/facta_28.html

文藝春秋「東芝前会長のイメルダ夫人」が空疎すぎる大西康之氏
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/05/blog-post_10.html

文藝春秋「東芝前会長のイメルダ夫人」 大西康之氏の誤解
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/05/blog-post_12.html

文藝春秋「東芝 倒産までのシナリオ」に見える大西康之氏の誤解
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/06/blog-post_74.html

大西康之氏の分析力に難あり FACTA「時間切れ 東芝倒産」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/06/facta.html