2022年8月29日月曜日

「電力不足対策」で自分なりの案を出せない日経ビジネス田村賢司編集委員

 コラムを書く時には「自分だから書けることとは何だろう」と必ず考えてほしい。編集委員というご利益ありそうな肩書を持っているならなおさらだ。そういう意味で日経ビジネスの田村賢司編集委員が8月29日号に書いた「ニュースを突く~迷走する電力不足対策」という記事には落第点しか与えられない。中身を見ながら問題点を指摘したい。

錦帯橋

【日経ビジネスの記事】

電力不足の危機が今冬また襲ってきそうだ。夏の需給逼迫懸念に続き、需要がピークを迎えるたびに起こるこの問題は、日本のエネルギー政策の立ち遅れを示している。

「できる限り多くの原発、この冬でいえば最大9基の稼働を進め、(中略)火力発電の供給能力を追加的に10基を目指して確保するよう指示致しました」。岸田文雄首相は7月14日、記者会見で冬の電力不足解消への強い姿勢を示した。

それほど需給の状況は厳しい。電力の広域需給の司令塔となる電力広域的運営推進機関(OCCTO)は6月末、全国の電力需給見通しをまとめた。大手電力会社管内の毎月の想定最大需要に対する供給の「余力」を示したもので、安定供給のためには供給力が最大需要を最低3%上回る必要がある。これによると、来年1月は東北、東京電力管内が1.5%、中部、北陸、関西、中国、四国、九州の各電力管内は1.9%と極めて厳しい状況になる。東北、東電管内は2月も1.6%で、綱渡りの状況が2カ月も続くと予想されている。

岸田首相の指示は、この危機的状況に対するものだが、これを十分な対策と呼んでいいものか。まず、9基稼働する原発は、定期点検などが終了して稼働が既に予定されていたもので、新たに加わるわけではない。しかも、九州電力の川内原発1号機は来年2月途中から定期点検に入る予定で、首相の言う9基が動くのは数週間でしかない。

火力の10基は追加だから、これで3%に届かない分を埋めるのだろう。だが、その対象のほとんどは老朽火力発電所である。「当然、故障は起こりやすい。発電効率の悪い老朽火力を動かすのだから、固定費の一部を国が負担するなど、特別な対応も必要になるだろう」(電力担当アナリスト)。厳しく言えば短期的な弥縫策(びほうさく)にすぎない

老朽火力発電所の故障が続いたらどうなるのか。再稼働できる原発が増えなければどうなるのか。来年夏以降の需要期にまた同じような危機がやってくる可能性は消えない。


◎おさらいはしてもいいが…

ここまでは「おさらい」だ。「厳しく言えば短期的な弥縫策(びほうさく)にすぎない」「来年夏以降の需要期にまた同じような危機がやってくる可能性は消えない」などと書いているので、ここから田村編集委員が自分なりの具体策を披露してくれるのだろうと期待してしまうが、そうはならない。続きを見ていこう。


【日経ビジネスの記事】

中長期の対策としてなのだろう、政府は2020年に「容量市場」というものを立ち上げた。これは、実際の電力を取引する卸市場とは異なり、発電事業者が数年先などに発電できる能力を売る市場。発電事業者が数年先に「○万kWの発電力を確保する」という将来の供給力を取引するものだ。買い手はOCCTOで、資金は小売事業者が負担する。

狙いはまさに将来の発電能力を確保するためだった。需給逼迫の一因は、16年にほぼ終わった電力自由化と脱炭素化の大波だ。自由化で経営に必要なコストを電力料金に上乗せできる総括原価方式が崩れ、一方で新電力との競争が激化した。そこに脱炭素化が迫り、電力会社はコストが高く、温暖化ガス排出抑制で不利な火力発電所の新設に慎重になり、老朽火力の廃止にも動いた。

それが結果として発電所の縮小を招いた。容量市場は発電力の確保で一定の収入を得られるようにして事業者に発電所投資を促すものだ。ところが、この制度設計が十分に進まない。20年に実施した初回の容量市場では事前設定した上限価格に張り付き、昨年は逆に大幅下落した。初年度は逆数入札と呼ばれる特殊な仕組みを設けたことなどで高値になったが、昨年はそれを廃止したためと言われる。軌道に乗ったとは言えない状況の中、来年は再生可能エネルギーなど脱炭素電源(発電設備)の新市場を設けるという。

今の容量市場は4年後の1年間の発電能力の取引だが、新市場は複数年の発電能力の値付けをする案が検討されている。容量市場が発電設備維持の効果を生むかも分からない中で、また新たな改革が始まる。短期だけでなく、中長期対策まで弥縫策にならないか。それが心配だ


◎脱線させて終わり?

いよいよ本題に入るかと思ったら「容量市場」の話に移り「短期だけでなく、中長期対策まで弥縫策にならないか。それが心配だ」で話を終わらせてしまう。電力不足の問題と関連はあるが話は脱線気味だ。

容量市場」の話をしたいならば、そこに絞った方が良かった。「初年度は逆数入札と呼ばれる特殊な仕組みを設けたことなどで高値になった」と書いているが「逆数入札」の説明を省いているので制度の問題点が伝わってこない。しかも結局は「心配」しているだけで、田村編集委員が考えるあるべき姿は示していない。

短期的な弥縫策(びほうさく)にすぎない」「短期だけでなく、中長期対策まで弥縫策にならないか。それが心配だ」と言うのならば、自分の具体案を出してほしい。「そんなの難しくてできない」と感じるのならば「弥縫策」に理解を示してもいい。それだけ難しい問題ということだ。

岸田首相の指示は、この危機的状況に対するものだが、これを十分な対策と呼んでいいものか。まず、9基稼働する原発は、定期点検などが終了して稼働が既に予定されていたもので、新たに加わるわけではない」といった記述からは田村編集委員が原発推進派だと推測できる。

自分とは違う考えだが、それはそれでいい。だが推進派ならば2つのことは必ず考えてほしい。

まず高レベル放射性廃棄物の最終処分問題。これをどうするのか自分なりに結論を出してから推進論を展開してほしい。

もう1つは安全保障との絡みだ。ウクライナの状況を見ても分かるように、原発が敵国から攻撃を受けたり占拠されたりといった状況は日本でも起こり得る。これについてどう考えるのか。

火力発電所ならば破壊されてもまた作ればいい。だが戦闘などで原発に重大な事故が起きた場合、影響は広範囲かつ長期に及ぶ。損害も甚大になりやすい。それでも原発を動かすべきなのか。その判断からは逃げないでほしい。


※今回取り上げた記事「ニュースを突く~迷走する電力不足対策」https://business.nikkei.com/atcl/NBD/19/00108/00194/


※記事の評価はD(問題あり)。田村賢司編集委員の評価はDを維持する。田村編集委員に関しては以下の投稿も参照してほしい。

ワクチン信仰は捨て切れない? 日経ビジネス「危機は去ったのか」https://kagehidehiko.blogspot.com/2021/12/blog-post_6.html

間違い続出? 日経ビジネス 田村賢司編集委員の記事(1)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/11/blog-post_8.html

間違い続出? 日経ビジネス 田村賢司編集委員の記事(2)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/11/blog-post_11.html

間違い続出? 日経ビジネス 田村賢司編集委員の記事(3)
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/11/blog-post_12.html

日経ビジネス「村上氏、強制調査」田村賢司編集委員の浅さ
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/12/blog-post_6.html

日経ビジネス田村賢司編集委員「地政学リスク」を誤解?
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/04/blog-post.html

日経ビジネス田村賢司主任編集委員 相変わらずの苦しさ
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/06/blog-post_12.html

「購入」と「売却」を間違えた?日経ビジネス「時事深層」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/09/blog-post_30.html

「日銀の新緩和策」分析に難あり日経ビジネス「時事深層」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/10/blog-post.html

原油高を歓迎する日経ビジネス田村賢司編集委員の誤解
https://kagehidehiko.blogspot.com/2016/11/blog-post_12.html

「日本防衛に“危機”」が強引な日経ビジネス田村賢司編集委員
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/03/blog-post_18.html

「名目」で豊かさを見る日経ビジネス田村賢司編集委員の誤解
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/05/blog-post_3.html

「名目」で豊かさを見る理由 日経ビジネスの苦しい回答
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/05/blog-post_14.html

日経ビジネス「東大の力~日本を救えるか」に感じた物足りなさhttps://kagehidehiko.blogspot.com/2020/06/blog-post_6.html

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