2021年10月30日土曜日

「原油高」が理由と言われても…日経「吉野家、牛丼7年ぶり値上げ」に足りないもの

発表物を記事にするのは、それほど難しくない。記事として必要な材料はニュースリリースの中にかなり盛り込まれている。だからと言って全てが揃っている訳ではない。そこに注意が要る。30日の日本経済新聞朝刊ビジネス面に載った「吉野家、牛丼7年ぶり値上げ 並426円に~肉・油高騰、モー限界」という記事を題材に、この問題を考えてみたい。

夕暮れ時の筑後川

記事の全文は以下の通り。

【日経の記事】

牛丼チェーンの吉野家は29日、主力商品の「牛丼」を値上げしたと発表した。店内で提供する並盛で39円引き上げて426円になった。並盛の値上げは2014年以来、7年ぶり。輸入牛肉や原油の価格の高騰を受け、値上げに踏み切った。円安の進行も背景に輸入肉や油の価格が高値で推移しており、外食全体で価格を見直す動きが広がる可能性がある。

同日午後3時から値上げを実施した。主力の牛丼(並盛)の税抜きの本体価格は36円値上げし、388円とした。軽減税率の影響で店内飲食の場合は426円、持ち帰りの場合は419円への改定となる。

牛丼の並盛価格の値上げは、14年12月に税抜き278円から352円への値上げ以来となる。店内飲食の価格で特盛は72円増の778円に、超特盛は94円増の899円とした。

同社によると「昨今の急激な輸入牛肉の価格高騰や原油高の影響を受け、自助努力だけでは現在の価格を維持することが困難な状況となった」という。牛丼店が使用する米国産バラ肉(ショートプレート)の卸値(冷凍品、大口需要家渡し)は1キロ1075円前後と20年夏の安値から2倍近い水準で高止まりしている。

同業では松屋フーズも9月下旬に牛丼チェーン「松屋」で、関東以外で販売していた「牛めし(並盛)」を320円から380円に値上げしていた。ゼンショーホールディングスの「すき家」は現時点で値上げの予定はないという。


◎「油」はどう関係?

「肉・油高騰、モー限界」という見出しを見た時は「油=食用油」だろうと考えた。しかし中身を見ると「原油」。牛丼チェーンの「吉野家」が「原油高の影響」で「値上げに踏み切った」というのは、よく分からない。ところが記事を最後まで読んでも「原油高」と「値上げ」がどう関係するのか不明のままだ。

ニュースリリースでも「昨今の急激な輸入牛肉の価格高騰や原油高の影響を受け、自社努力だけでは現在の価格を維持することが困難な状況となりました」と記しているだけだ。ならば「吉野家」に追加で取材してほしい。

ちなみに共同通信の記事では「原油高によって物流費がかさみ、包装材のコストが上昇しているのも響いたという」と解説している。「原油高」と言っても国内のガソリン価格はそれほど上がっていないし「包装材のコスト」が牛丼の原価に占める比率なんてわずかだろうとも思うが、このレベルの説明でもあれば助かる。

日経の記者は「なんで原油高が牛丼の値上げにつながるのか」を説明すべきだとは感じなかったのか。「きっと物流費と包装材コストの問題だろう。それは読者にも自明だし」とでも判断したのか。だとしたら不親切が過ぎる。

記事の書き方に技術的な問題も感じたので、2つ指摘したい。

(1)「実施」は要らない

「実施」という言葉は「基本的に記事では使わない言葉」と覚えておいてほしい。多くの場合、使わない方がスッキリする。「同日午後3時から値上げを実施した」は「同日午後3時に値上げした」でいい。


(2)重複を避けよう

「牛丼の並盛価格の値上げは、14年12月に税抜き278円から352円への値上げ以来となる」という文には2つの重複がある。

まず「価格の値上げ」だ。「価格」と「値」がダブっている。「並盛価格の引き上げ」または「並盛の値上げ」としたい。

「値上げは~値上げ以来となる」という「値上げ」の繰り返しにも拙さを感じる。「牛丼並盛の値上げは、14年12月に税抜き278円から352円へ引き上げて以来となる」とすれば問題はなくなる。


※今回取り上げた記事「吉野家、牛丼7年ぶり値上げ 並426円に~肉・油高騰、モー限界」

https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20211030&ng=DGKKZO77135770Z21C21A0TB0000


※記事の評価はD(問題あり)

2021年10月28日木曜日

日経 秋田浩之氏「Deep Insight~TPP、中国は変われるか」に見える矛盾

 迷走と言うべきか。28日の日本経済新聞朝刊オピニオン面に秋田浩之氏が書いた「Deep Insight~TPP、中国は変われるか」という記事は苦しい内容だった。中国のTPP加盟に関してどう主張を展開すればいいのか混乱しているのだろう。話の辻褄が合っていない。中身を見ながら具体的に指摘したい。

久留米リサーチパーク

【日経の記事】

9月に環太平洋経済連携協定(TPP)に加盟申請した中国に、日本などのメンバー国はどう対応すべきか。筆者は10月12日付本欄で、中国との協議は慎重に進めるべきだと書いた。根拠は主に次の2点だ。

■TPPメンバーは新規加盟を認めるかどうか、拒否権をもつ。中国が先に入れば、米国や台湾は恒久的に排除されかねない。

■透明、公正なルールを定めるTPP基準を満たすのは難しいため、中国は様々な例外措置を求めるだろう。許したら、TPPは中国基準に変質してしまう。

この主張に対し、賛成、反対ともに多くの声をいただいた。そこで、反対論への取材も踏まえ、この問題を再考してみたい。

拙稿に寄せられた反対論は大きく分けて2つある。ひとつは、米国のTPP復帰は考えづらいのに、それを想定した議論を掲げるのはおかしいというものだ。

確かに米国が近い将来、復帰する望みは小さい。ただ「金輪際、あり得ない」と断定するのは早いように思う。

今回、主に取り上げたいのはもう一つの反対論である。それは次のような内容だ。

■TPPの加入条件は極めて詳細、厳格であり、中国が例外扱いを求めても許される余地はない。

■そうした前提から、積極的に中国との加盟協議に応じるべきだ。中国に改革を迫り、より公正で透明なルールを整えさせる好機を逃してはならない。

この意見には必ずしも反対ではない。筆者も中国を門前払いし、協議を拒むべきだと主張しているわけではない。メンバー国側が一切、例外扱いを認めないという原則を貫き、中国が応じるなら、同国の経済をより自由化していくことにつながるだろう。


◎米国はどうする?

「筆者も中国を門前払いし、協議を拒むべきだと主張しているわけではない。メンバー国側が一切、例外扱いを認めないという原則を貫き、中国が応じるなら、同国の経済をより自由化していくことにつながるだろう」と秋田氏は言う。つまり「例外扱い」なしならば中国のTPP加入を認めるのが秋田氏の立場だ。

しかし問題が残る。「中国が先に入れば、米国や台湾は恒久的に排除されかねない」との理由で秋田氏は中国のTPP加盟に否定的だったはずだ。「台湾」に関しては記事の最後の方で「台湾加入に反対しないよう、(中国から)約束を取り付けるべきだ」と書いているが、米国への言及はない。

米国が「恒久的に排除されかねない」問題はどうなったのか。米国の復帰が「金輪際、あり得ない」と断定できるような状況は「恒久的に」訪れないだろう。だとすれば、秋田氏の場合は「米中関係の大幅な好転がない限り中国のTPP加盟には反対」となるのが自然だ。

「10月12日付本欄」に対する批判が強かったのだろうか。主張がブレている気がする。

さらに言えば「例外扱いを認めないという原則」を貫くべきだと言っておきながら、中国を「例外扱い」しようとしている点にも矛盾を感じる。そのくだりを見ておこう。


【日経の記事】

しかし、ひとつ気がかりな点もある。TPP協定の第29章2条で、「安全保障のための例外」規定を設けていることだ。

安保上の重大な利益に反する場合、ルール適用の例外を認めるというもので事実上、その範囲は各国の判断にゆだねられる。乱用しないよう、事前に適用範囲を示すよう中国に求める必要がある。


◎中国だけは「例外」?

「TPP協定の第29章2条」に関して、中国にだけ「事前に適用範囲を示すよう」求めるのか。だとしたら「例外扱いを認めないという原則」が崩れてしまう。台湾加盟に関しても同様の問題がある。


【日経の記事】

TPPには中国の直後に台湾も加入を申請した。TPPは経済枠組みであり、台湾も入る資格がある。ヘリテージ財団の「経済自由度」指数では、台湾は6位だ。中国との協議ではこの問題も取り上げ、台湾加入に反対しないよう、約束を取り付けるべきだ。


◎ここも「例外扱い」?

「台湾加入に反対しないよう、約束を取り付けるべきだ」と秋田氏は言う。これも中国だけに「約束」を迫るのならば「例外扱いを認めないという原則」が崩れてしまう。

他の加盟国は「台湾加入に反対」できるのに中国だけには許さないとなると露骨な中国排除であり「TPP」の閉鎖性が顕著になってしまう。

秋田氏の場合「どんなに可能性が低くても米国復帰を待とう。その障害となりそうな中国加盟には絶対反対」と訴えた方が座りがいい。

「とにかく米国が好き。中国は嫌い」という個人的な好みが秋田氏の主張の原点となっている気がする。そこを否定するつもりもない。その原点に忠実に主張を組み立ててはどうか。


※今回取り上げた記事「Deep Insight~TPP、中国は変われるか」https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20211028&ng=DGKKZO77028670X21C21A0TCR000


※記事の評価はD(問題あり)。秋田浩之氏への評価はEを維持する。秋田氏に関しては以下の投稿も参照してほしい。


日経 秋田浩之編集委員 「違憲ではない」の苦しい説明
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2015/09/blog-post_20.html

「トランプ氏に物申せるのは安倍氏だけ」? 日経 秋田浩之氏の誤解
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/02/blog-post_77.html

「国粋の枢軸」に問題多し 日経 秋田浩之氏「Deep Insight」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/03/deep-insight.html

「政治家の資質」の分析が雑すぎる日経 秋田浩之氏
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/08/blog-post_11.html

話の繋がりに難あり 日経 秋田浩之氏「北朝鮮 封じ込めの盲点」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/10/blog-post_5.html

ネタに困って書いた? 日経 秋田浩之氏「Deep Insight」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/10/deep-insight.html

中印関係の説明に難あり 日経 秋田浩之氏「Deep Insight」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2017/11/deep-insight.html

「万里の長城」は中国拡大主義の象徴? 日経 秋田浩之氏の誤解
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2018/02/blog-post_54.html

「誰も切望せぬ北朝鮮消滅」に根拠が乏しい日経 秋田浩之氏
http://kagehidehiko.blogspot.com/2018/02/blog-post_23.html

日経 秋田浩之氏「中ロの枢軸に急所あり」に問題あり
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/07/blog-post_30.html

偵察衛星あっても米軍は「目隠し同然」と誤解した日経 秋田浩之氏
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/10/blog-post_0.html

問題山積の日経 秋田浩之氏「Deep Insight~米豪分断に動く中国」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/11/deep-insight.html

「対症療法」の意味を理解してない? 日経 秋田浩之氏「Deep Insight」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/08/deep-insight.html

「イスラム教の元王朝」と言える?日経 秋田浩之氏「Deep Insight」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/11/deep-insight_28.html

「日系米国人」の説明が苦しい日経 秋田浩之氏「Deep Insight」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2019/12/deep-insight.html

米軍駐留経費の負担増は「物理的に無理」と日経 秋田浩之氏は言うが…
https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/01/blog-post_30.html

中国との協力はなぜ除外? 日経 秋田浩之氏「コロナ危機との戦い(1)」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/03/blog-post_23.html

「中国では群衆が路上を埋め尽くさない」? 日経 秋田浩之氏「Deep Insight」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/06/deep-insight.html

日経 秋田浩之氏が書いた朝刊1面「世界、迫る無秩序の影」の問題点
https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/08/1_15.html

英仏は本当に休んでた? 日経 秋田浩之氏「Deep Insight~準大国の休息は終わった」
https://kagehidehiko.blogspot.com/2020/10/deep-insight_29.html

「中国は孤立」と言い切る日経の秋田浩之氏はロシアやイランとの関係を見よ
https://kagehidehiko.blogspot.com/2021/07/blog-post.html

「日本は世界で最も危険な場所」に無理がある日経 秋田浩之氏https://kagehidehiko.blogspot.com/2021/10/blog-post_11.html

2021年10月27日水曜日

具体的提案をなぜ避ける? 日経 井上亮編集委員「皇室は人間が担っている」

「小室眞子さん」の結婚に触れて27日の日本経済新聞朝刊社会面に井上亮編集委員が書いた「皇室は人間が担っている」という記事は残念な内容だった。あれこれ現状を嘆くのはいい。しかし「では、どう制度を変えていくべきか」に関して何の提言もない。「他者の立場でこの世界を見て、考える」ことの大事さを説くなとは言わない。しかし、そう訴えるだけでは大きな改善が望めないのも分かるはずだ。

筑後川河口付近

記事の前半を見ていこう。

【日経の記事】

小室眞子さんは「心を守りながら生きる」という言葉を繰り返した。皇族としての義務と制約は定めとして受け入れてきた。しかし、自分の心だけは誰も踏み込めない領域であり、その心に忠実に生きていきたい。そう叫んでいるようだった。

「他者の靴を履く」という英語の慣用句がある。他者の立場でこの世界を見て、考える。そこに相互理解と共感が生まれる。それができない人間は独善と精神的貧困に陥る。

障害者やハンセン病患者、災害被災者、戦没者遺族などに寄り添い、その思いに耳を傾けてきた平成の皇室のあり方は、まさに他者の靴を履くことだった。

その活動を見て、日常では視野に入らなかった社会的弱者、いわれのない差別を受けた人々、困難な状況にあり、悲しみを抱えた存在に気がつき、粛然と襟を正した国民も多かったはずだ。

ひるがえって、国民の側で皇室の人々の身になって「靴を履く」ことを試みた人はどれほどいるだろう。

立場上、さまざまな権利、自由が制限される。会見で「誤った情報」という言葉が何度も出たが、それらに有効な反論もできない。ときに「伝統」のひと言で人間的なものが圧殺されることもある。その苦痛と無念。


◎ならば制限を解くべきでは?

個人的には天皇制廃止を支持する。「皇室は人間が担っている」のに「皇室」の一員として生を受けたというだけで「さまざまな権利、自由が制限される」のは理不尽だと感じるからだ。制度を存続させる場合でも、皇室離脱の自由は認めるべきだ。

で、井上編集委員はどうなのか。「皇室の人々」は「さまざまな権利、自由が制限される」とは書いている。しかし「その苦痛と無念」をどう取り除くべきかには言及しない。「皇室の人々」の側からは「有効な反論」ができないのならば、それが可能な仕組みにすればいいではないか。井上編集委員はなぜ、そう訴えないのか。本当に「皇室の人々の身になって」考えているのか。

記事の後半を見ていく。


【日経の記事】

眞子さんが結婚の意思を貫いたのは、小室さんへの愛情は当然のことながら、「皇室から抜け出したい思いが強くあったから」と宮内庁関係者は言う。

皇室の人々は制約された立場ではあるが、それを上回る使命感、やりがいをもって活動を続けてきたと思う。しかし、いまやその境遇はプラスよりもマイナスの要素が上回ってしまったのか。そうしてしまったのは誰なのか。

小室家の金銭問題と秋篠宮家ほか皇室をめぐる報道は、一方の立場に偏したものや臆測に臆測を重ねた根拠不確かなものが多々見られた。それをすべて真に受ける人がいる。さらにその報道に乗る形で情報も知識も持たない"解説者"やタレントなどに無責任な論評をさせるメディアもあった。

そこでは眞子さんの結婚に反対することは「皇室を思うがゆえ」であり、国家のための正義であるかのような主張も見られた。眞子さんが結婚の意思を変えないことを「公より私事を優先させた」と批判し、税金で維持されている皇室の人間にそんな「わがまま」は許されないと言い放つ。

いちど眞子さん、小室さんの「靴」を履いてみてはどうか。自分は耐えられないと思うなら、石を投げることを控えるべきだろう。

眞子さんの結婚で、皇室は人間が担っている制度であることを改めて考えさせられた。常人に耐えがたい制度にしてしまっては、皇室は存続していけるわけがない。


◎前から分かっていたことでは?

「眞子さんの結婚で、皇室は人間が担っている制度であることを改めて考えさせられた」と井上編集委員は言う。それまではあまり「考え」たことがなかったのだろう。残念な話ではあるが、今回は「改めて考えさせられた」はずだ。なのに改善策は思い付かなかったのか。

「皇室の人々」の「境遇はプラスよりもマイナスの要素が上回ってしまった」との前提に立てば、より深刻な立場にあるのは男性皇族だ。「さまざまな権利、自由が制限される」環境から自由に逃げ出せる制度に変えようとなるのが自然ではないか。

「常人に耐えがたい制度にしてしまっては、皇室は存続していけるわけがない」と感じているのならば、どういう「制度」が好ましいのかを論じてほしい。もちろん天皇制廃止を訴えてもいい。当たり障りのないことしか書けない編集委員に存在意義はない。

ついでに言うと「いちど眞子さん、小室さんの『靴』を履いてみてはどうか。自分は耐えられないと思うなら、石を投げることを控えるべきだろう」という呼びかけもどうかと思う。「『自分は耐えられ』ると感じるから『石を投げ』ているのだ」と言われたら終わりだ。

「眞子さんが結婚の意思を変えないことを『公より私事を優先させた』と批判し、税金で維持されている皇室の人間にそんな『わがまま』は許されないと言い放つ」ことを「石を投げる」行為だと見なすのにも賛成しない。

「結婚」は自由にすればいいと思うが、だからと言って「批判」自体を抑え込むべきなのか。井上編集委員は言論の自由をどう考えているのだろう。「公より私事を優先させた」とか「税金で維持されている皇室の人間にそんな『わがまま』は許されない」といったレベルの「批判」でも「石を投げる」行為としてタブー視される社会を望むのか。

そこも考えてほしい。


※記事の評価はD(問題あり)。 井上亮編集委員への評価はDを維持する。井上編集委員に関しては以下の投稿も参照してほしい。

「近代以降の天皇制度で最大級の改革」は日経の「過言」
http://kagehidehiko.blogspot.jp/2016/07/blog-post_14.html

乏しい根拠で週刊誌の皇室報道を貶める日経 井上亮編集委員https://kagehidehiko.blogspot.com/2018/05/blog-post_61.html

男性皇族は「格子なき牢獄」で暮らすべき? 日経 井上亮編集委員に考えてほしいことhttps://kagehidehiko.blogspot.com/2021/10/blog-post_2.html

2021年10月26日火曜日

「接種のメリットの方が大きい」と読者を誤解させる日経 落合修平記者の罪

25日の日本経済新聞朝刊ニュースな科学面に載った「接種後、心筋炎の症例~ワクチンで発症率に差、若い男性多く」という記事は罪深い。筆者の落合修平記者はデータの分析力が欠けているのか。あるいは、あえてワクチンのリスクを小さく見せようとしているのか。いずれにしてもワクチン関連の記事を書かせてよい書き手ではない。

夕暮れ時の筑後川河川敷

問題点を具体的に見ていこう。

【日経の記事】

新型コロナウイルスワクチンの接種後、心筋炎とみられる症状がごくまれに出ることへの対応が国内外で相次ぐ。米モデルナ製で報告が多く、接種を一部制限した国もある。接種と心筋炎の因果関係は不明だが、コロナに感染した方が発症頻度は高い。専門家はリスクよりも接種のメリットの方が大きいという。


◎大事な点を無視してない?

「コロナに感染した方が発症頻度は高い」としても「リスクよりも接種のメリットの方が大きい」とは言えない。これに関しては後で詳しく論じたい。

続きを見ていく。


【日経の記事】

心筋炎は一般に、細菌やウイルスの感染によって起きる。胸の痛みや心不全の兆候、息切れなどが生じるが、1~2週間程度で回復する場合が多い。

米ファイザー製やモデルナ製のメッセンジャーRNA(mRNA)ワクチンを接種した後、心筋炎や心臓の膜に炎症が起きる「心膜炎」とみられる症状がまれに出ることは以前から報告されていた。接種者が増え、より詳細な実態が見えてきた。

報告をみると、若い男性で心筋炎などの発症が比較的多い傾向がある。国内では10月3日までの報告によると、ファイザー製を2回接種した20代男性では100万回接種あたり10.7件、30代男性では同2.0件だった。一方、50代男性では同0.4件、60代男性では同1.0件にとどまる。男女差をみると、20代女性では同0.5件、30代女性では同0.8件といずれも同年代の男性の方が多く発症している。

モデルナ製の方がファイザー製よりも心筋炎の報告数は多い。モデルナ製の2回目接種後の報告は10代男性で100万回接種あたり43.2件、20代男性で同31.5件。それぞれファイザー製接種後の同2.9件、同10.7件を上回る。

海外でも心筋炎などの報告がある。米疾病対策センター(CDC)によると8月18日までの報告で、2回接種後から7日以内における発症頻度は、18~24歳男性ではモデルナ製で100万回接種あたり37.7件とファイザー製(同37.1件)と同程度だった。ただ25~29歳男性ではモデルナ製で同14.9件とファイザー製の同11.1件より多い。

北欧では心筋炎のリスクを踏まえ、モデルナ製の接種を制限する国がでている。スウェーデンは6日、30歳以下へのモデルナ製の使用を中断すると発表した。フィンランドも30歳未満の男性への接種の中断を表明している。

日本では15日、1回目にモデルナ製を接種した10~20代の男性が、2回目にファイザー製を選べるとの方針を厚生労働省が示した。同日に開かれた専門部会では、ファイザー製の接種を同年代の男性に推奨する案が諮られたが、合意には達しなかった。ワクチンに優劣があるとの誤った認識が広がる恐れを指摘する意見などが出たという。


◎「誤った認識」?

ここでは「ワクチンに優劣があるとの誤った認識が広がる恐れを指摘する意見などが出たという」との記述が引っかかる。他の面で差がなく「心筋炎」のリスクに関して「モデルナ製」の方が「ファイザー製」より高いとすれば「ワクチンに優劣がある」と考えるのが自然だ。

「専門部会」で出た「意見」を紹介しただけだと落合記者は言うかもしれないが、「ワクチンに優劣がある」と考えるのは「誤った認識」だと読者が誤解しかねない。

続きを見ていく。


【日経の記事】

mRNAワクチンの接種と心筋炎との因果関係や、モデルナ製の接種後の方が発症頻度が高い理由などはよく分かってないのが実態だ。専門家の間では免疫反応との関連などを指摘する声もあるが、今後の詳しい研究が待たれる。

ただ新型コロナに感染した場合、接種後よりも心筋炎などの症状がより多く報告されている。厚労省によると、感染して入院した国内の15~39歳男性では、100万人あたり834人と高い頻度で心筋炎などの疑いがある報告があった。


◎なぜ「15~39歳男性」?

「新型コロナに感染した場合」に関して「15~39歳男性」の数字だけを見せているのはなぜか。「モデルナ製の2回目接種後の報告は10代男性で100万回接種あたり43.2件」。これに対して「100万人あたり834人」という数字を見せれば「新型コロナに感染した場合」の方が圧倒的に人数が多いと読者は受け取るだろう。しかし比較対象が合っていないので、実のところは何とも言えない。

百歩譲って「10代男性」でも「100万人あたり834人」だとしよう。この場合「モデルナ製」であっても「心筋炎」になるリスクは相対的に小さいと評価して良いだろうか。

ここにも大きな落とし穴がある。ワクチンに関しては、接種すればその全員が接種に伴うリスクを負う。しかし接種を見送った人に関しては、全員が「新型コロナに感染」する訳ではない。ここが極めて重要だ。

しかも「100万人あたり834人」というのは「感染して入院した」人に限った話だ。仮に未接種の「10代男性」が「感染して入院」する可能性が1%だとしよう(かなり高めの数字だと思う)。この場合、未接種の「10代男性」の「心筋炎」リスクは「100万人あたり」で10人以下になる(感染しないで「心筋炎」になる可能性はほぼゼロと仮定)。

記事では「新型コロナに感染」したケースで「15~39歳男性」の数字を使っているので「10代男性」に限ったデータを使えば未接種の場合の「心筋炎」リスクはさらに小さくなるかもしれない。

そのデータと「モデルナ製の2回目接種後の報告は10代男性で100万回接種あたり43.2件」というデータを比較して「接種」の是非を判断すべきだ。しかし、そこを怠ったまま落合記者は以下のように書いてしまう。


【日経の記事】

接種後の心筋炎は多くが軽症だ。イスラエルで2020年12月~21年5月に約510万人を対象にした研究報告では、接種後に心筋炎または心筋炎と推定された136件のうち、129件は軽度の症状だった。佐賀大学医学部教授の野出孝一さんは「基本的には接種によって得られるメリットの方が大きい」と話す。


◎メリットの方が小さそうだが…

まともなデータ比較ができていないのに「基本的には接種によって得られるメリットの方が大きい」という「佐賀大学医学部教授」のコメントを紹介してしまう。

「接種後に心筋炎または心筋炎と推定された136件のうち、129件は軽度の症状だった」というデータも使っているが、これも未接種で「心筋炎」になった場合との比較がないので何とも言えない。

きちんとした検証をせずに「メリットの方が大きい」と読者に思わせてしまう書き方は、意図的にやっているのならば読者への背信行為だ。

若者が「接種後」に高熱が出たといった報告はごく当たり前にある。データを持っている訳ではないが、新型コロナウイルスに感染して高熱に苦しんだ若者より、ワクチンの影響で高熱を出した若者の方が圧倒的に多いだろう。

若者は感染してもほとんどが無症状か軽症で済む。そうした点も考慮すると「メリットの方が大きい」とは考えにくい。「心筋炎」に限って見ても「メリットの方が大きい」と判断できる材料を落合記者は提示できていない。

なのに若者をワクチン接種へと誘導していくのか。その罪はあまりに重い。


※今回取り上げた記事「接種後、心筋炎の症例~ワクチンで発症率に差、若い男性多く」

https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20211025&ng=DGKKZO76888960S1A021C2TJN000


※記事の評価はE(大いに問題あり)。落合修平記者への評価は暫定でEとする。

2021年10月25日月曜日

「東大工学部は日本史ができないと入れない」? 日経1面連載「教育岩盤」取材班に問う

説得力のない連載が日本経済新聞朝刊1面で始まった。記事中の「東大工学部は日本史や漢文ができないと入れない」というコメントに関しては事実誤認があると思えたので以下の内容で問い合わせを送っている。

夕暮れ時の筑後川

【日経への問い合わせ】

25日の日本経済新聞朝刊1面に載った「教育岩盤 変化を嫌う①多様性求め異議相次ぐ~入試筆記なしの先端エンジニア大学 改善拒む旧弊打破」という記事についてお尋ねします。問題としたいのは以下のくだりです。

《記事の一部》

入試で筆記試験は行わず専門性・人間性・国際性を重視する1時間半の面接のみ。1学年300人で海外留学が必修、半数は大学院へ進学――。アスキー創業者で元マイクロソフト副社長の西和彦氏(須磨学園長)はエンジニア育成に特化した日本先端工科大学(仮称、神奈川県小田原市)の2024年開校を目指して奔走する。

東京大で教える西氏には長年の不満があった。「東大工学部は日本史や漢文ができないと入れない。でも本当にエンジニアに必要な資質なのか?」

東大入試は文系・理系の科目を満遍なく得点する必要がある。エンジニアの才能があっても文系科目が苦手だと積み残される。「そんな若者にチャンスを与えたい」

ーー以下が質問です。

「東大工学部は日本史や漢文ができないと入れない」と「西和彦氏」は言い切っていますが本当でしょうか。東大のホームページで「令和 4 年度一般選抜」の「大学入学共通テストの受験を要する教科・科目」を見ると、理科各類は「世界史B」「日本史B」「地理B」「倫理、政治・経済」の4科目から1科目を選ぶ方式になっています。2次試験では「地理歴史」自体がありません。つまり「日本史ができないと入れない」仕組みにはなっていません。

「東大工学部は日本史ができないと入れない」というコメントは事実誤認に基づくものと考えて良いのでしょうか。問題なしとの判断であれば、その根拠も併せて教えてください。。「西和彦氏」の発言を正確に伝えているとしても、今回のような件では事実確認の責任が日経側にあると思えます。

せっかくなので問題部分に関する意見も添えておきます。

「文系・理系の科目を満遍なく得点」できないと「エンジニアの才能があっても」その道が閉ざされるのが現状ならば「そんな若者にチャンスを与えたい」という「西和彦氏」を応援したくなります。

しかし、早慶を含め私立大学の理系学部では一般的に国語や社会が入試科目に入っていません。「日本史や漢文ができない」若者が理工系学部で学び「エンジニア」を目指す道はたくさんあります。その意味で「日本先端工科大学」を特別視する必要はなさそうです。

「東大」に関して「エンジニアの才能があっても文系科目が苦手だと積み残される」のは事実でしょう。ただ、「日本先端工科大学」も入試で「国際性を重視」する上に、入学後は「海外留学が必修」となれば、「エンジニアの才能」があっても「海外」が苦手だと「積み残され」てしまいます。結局「東大」と似たような問題が「日本先端工科大学」にも存在するのではありませんか。

問い合わせは以上です。「東大工学部は日本史ができないと入れない」に関しては回答をお願いします。日経では読者からの間違い指摘を無視する対応が常態化しています。間違い指摘の無視は日経にとっての悪しき「岩盤」です。日本を代表する経済メディアとして「変化を嫌う」ことなく責任ある対応を心掛けてください。


◇   ◇   ◇


追記)結局、回答はなかった


※今回取り上げた記事「教育岩盤 変化を嫌う①多様性求め異議相次ぐ~入試筆記なしの先端エンジニア大学 改善拒む旧弊打破」

https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20211025&ng=DGKKZO76943880V21C21A0MM8000


※記事の評価はD(問題あり)

2021年10月24日日曜日

試合時間が長いと番狂わせが起きやすい? 小田嶋隆氏のサッカー論に見える誤解

コラムニストの小田嶋隆氏がやはり苦しい。日経ビジネス10月25日号に載った「小田嶋隆の『pie in the sky』 絵に描いた餅べーション~サムライたちに授ける秘策」では、かなり的外れサッカー論を展開している。中身を見ながら具体的に指摘したい。

コスモスパーク北野

【日経ビジネスの記事】

サッカーワールドカップ(W杯)アジア最終予選の日本対オーストラリア戦を見た。勝ったことはもちろんめでたいが、中継自体が扇情的な演出に終始しているのは残念だった。さらに悲しかったのは、「サムライブルー」という愛称がいまだに使われていたことだ。

問題は語感ではない。内容だ。

われら令和の世に生きる日本人にとって、「サムライ」という言葉のイメージとは、弁解をしない、自己犠牲の権化、所属する組織が犯した過ちであってもその責を甘んじて受け、上の人間から発せられた指示や命令が理不尽であっても粛々と服従し、組織が一丸となって戦う際には無言の部品として働き、自己都合や個人的な見解やプライベートな事情にとらわれることを退け、常に「お家」「公」「藩」のために尽くすことを最上の規範、プライドの基盤とする、挙げてみればそんなところだろうか。


◎そんなイメージある?

自分も「令和の世に生きる日本人」の1人だが「サムライ=常に『お家』『公』『藩』のために尽くすことを最上の規範、プライドの基盤とする」というイメージはない。「日本人」が「サムライ」と聞いてイメージしやすい人物としては坂本龍馬や西郷隆盛あたりか。

坂本龍馬は脱藩しているし、西郷隆盛も島津家や薩摩藩に「尽くすことを最上の規範」としていたとは考えにくい。薩摩の国父と言われた島津久光とは対立関係にあったと伝えられている。

続きを見ていこう。


【日経ビジネスの記事】

集団の成員として望ましい点も多いようではある。ならば、日本代表がサムライを名乗ってもよさそうだ。

だが、サッカーは実は個人のスポーツである。

11人の選手は、それぞれ信じるところに従って戦い、その結果として、たまたま「チームプレー」が生まれる。そんなものだと私は思っている。

このスポーツに興味がない方のために言葉を足せば、実力通りの結果に終わらない番狂わせ、いわゆる「ジャイアントキリング」がサッカーには多い。そこが野球と違う。試合時間が長く、フィールドが広く、選手も多いことで、まぐれの要素が大きく影響するためだろう。実際、豪州戦でも明らかに相手のほうが「いいゲーム」をしていた。だが、オウンゴールで勝利は日本のものとなった。


◎それを言い出せば…

「サッカーは実は個人のスポーツである」と小田嶋氏は言うが、その根拠は記事を読んでもよく分からない。「選手」が「それぞれ信じるところに従って」戦うケースはどんなチームスポーツにもあるだろう。そこが根拠になるならば、全てのスポーツは「個人のスポーツである」。「サッカー」を特別視する理由はない。

「『ジャイアントキリング』がサッカーには多い。そこが野球と違う。試合時間が長く、フィールドが広く、選手も多いことで、まぐれの要素が大きく影響するためだろう」という解説も解せない。

まず「試合時間」は明らかに「野球」の方が長い。「フィールド」も「野球」の方が広いようだ。

そもそも「試合時間」に関しては短い方が「ジャイアントキリング」を起こしやすいはずだ。対戦が長引くほど結果は実力通りになってくる。

例えば小田嶋氏がクイズ王とクイズ対決するとして、問題の数を1つに絞るのと100にするのでは、どちらが「ジャイアントキリング」を期待できるだろうか。少し考えれば分かるはずだ。

サッカーで「ジャイアントキリング」が起きやすいのは、得点がなかなか入らないからではないか。ついでに言えば「ジャイアントキリング」は「野球」の方が起きやすそうな気もする。プロ野球では最下位チームが首位のチームに勝つことは珍しくない。投手の出来が試合結果を大きく左右するからだ。統計的な裏付けを持っている訳ではないが…。

続きを見ていく。


【日経ビジネス】

偶然が支配しがちなゲームであるサッカーに、サムライが向かないと思うのは、「一つになろう」とするからだ。勝っているうちはまだいいが、相手に突き放されると、全員が「もうだめだ」と思ってしまう。そうなるとサムライたちは、最後まで自らの分を守り、負けるべくして負ける戦い方を続け、敗北の美しさに殉じて「一丸となって玉砕」しようとし始めるのだ。われら日本人が「サムライ」という言葉を口に出すとき、すでにして敗戦処理は始まっている。


◎話が違ってきてない?

「サムライ」は「相手に突き放されると、全員が『もうだめだ』と思ってしまう」らしい。「組織が一丸となって戦う際には無言の部品として働き、自己都合や個人的な見解やプライベートな事情にとらわれることを退け、常に『お家』『公』『藩』のために尽くすことを最上の規範、プライドの基盤とする」のが「サムライ」ではないのか。

「日本代表として勝利をつかみ取れ」と指示を受ければ「個人的な見解」に「とらわれることを退け」て代表チームのために「尽くす」はずだ。なのに、なぜ「一丸となって玉砕」しようとするのか。

百歩譲ってそういう傾向があるとしても、対策は簡単だ。「『一丸となって玉砕』などと考えるな。最後まで勝利を信じて戦え」と監督が指示を出せばいい。「サムライ」は「上の人間から発せられた指示や命令が理不尽であっても粛々と服従」するのだから「諦めずに戦え」と言われて諦めるはずがない。

しかし小田嶋氏の対策はむしろ逆だ。


【日経ビジネスの記事】

サッカーに大事なのは不協和音であり、「オレはオレのやりたいことをやる」選手なのだ。彼らは戦況がどんなに絶望的だろうがおかまいなしに、一人でも相手ラインを突破しようと試み、監督から怒られようが嫌われようが気にしない。というか、監督の言うことを素直に聞くようでは、多分サッカーには向いていない。

森保監督は人格者だし、指導者としての能力も高いと本当に思う。だからこそ、選手たちが「この監督のために」とか考えて、余計にサムライになってしまう気がする。今必要なのは「言ってることがまったく理解できない」と、選手が開き直らざるを得ないくらい、高圧的で非論理的な監督ではないか。前から言っているのだが、イタリアのその辺のレストランから、頑固なシェフを引っこ抜いてチームを任せては、と、これも結構本気で思っている。


◎サッカーを理解してる?

「彼らは戦況がどんなに絶望的だろうがおかまいなしに、一人でも相手ラインを突破しようと試み、監督から怒られようが嫌われようが気にしない」という説明が引っかかった。自分もサッカーに詳しい訳ではないが、小田嶋氏はそれ以上に分かっていないのではないか。

「戦況」が「絶望的」な時。例えば5点差を付けられていて残り時間5分だとしよう。その時に「一人でも相手ラインを突破しようと試み」ても「監督から怒られ」る可能性は低いだろう。ごく当たり前のプレーだ。

1点差で勝っていて残り時間が少なく「ボールを保持して時間を稼げ」と指示が出ている時に「一人でも相手ラインを突破しようと試み」てボールを奪われれば「監督から怒られ」る恐れは十分にある。そんな選手がいれば、カウンターからの失点を許して勝利を逃してしまう可能性が高まるからだ。

「サッカーに大事なのは不協和音であり、『オレはオレのやりたいことをやる』選手」だと小田嶋氏は言う。「『オレはオレのやりたいことをやる』選手」だけでチームを構成すると本当に勝利の確率を高められるのだろうか。

そんなに単純なものではない気がする。


※今回取り上げた記事「小田嶋隆の『pie in the sky』 絵に描いた餅べーション~サムライたちに授ける秘策」

https://business.nikkei.com/atcl/NBD/19/00106/00135/


※記事の評価はE(大いに問題あり)

2021年10月22日金曜日

「日本の『借金財政』が破綻しない最大の理由」を堂々と誤解した近藤駿介氏

22日付の現代ビジネスに経済評論家・コラムニストの近藤駿介氏が書いた「高市早苗も財務次官も『見落とし』た、日本の『借金財政』が破綻しない最大の理由」という記事は根幹部分に誤解がある。中身を見た上で、その理由を述べてみたい。

コスモスパーク北野

【現代ビジネスの記事】

しかし、そのことが高市政調会長の発言に代表されるような「自国通貨建てだからデフォルト(債務不履行)は起こらない」という人達の主張を正当化するわけではない。

それは、デフォルトが起きないのは「自国通貨建てだから」ではなく、「必要な資金のほとんどを自国内で調達出来ているから」である。

仮に日本が必要な財政資金を国内の資金だけで調達出来ずに、海外からの調達を増やしていくような状況になれば、「ギリシャ化」に一歩近付くことになる。但し、海外投資家から見ても日本の国債投資には「為替リスク」が付きまとうので、ギリシャのように海外保有比率が50%を超えるような事態は考えにくいはずである。

心配なのは、財務省が「国債市場の安定を図る」という目的で「銀行や生命保険会社等の国内機関投資家や個人投資家のみならず、海外投資家の国債保有促進に向けた取組みを進めている」ことである(https://www.mof.go.jp/public_relations/finance/201908/201908c.html)。

一見もっともらしく聞こえるかもしれないが、自国資金で必要な資金の9割以上を確保できている日本でのこうした財務省の取り組みは、「毎回奥さんからの借金に頼っているとご機嫌を損ねた時に困るから、消費者金融にも口座を作っておきましょう」という悪魔の誘惑で、日本をギリシャ化に向かわせるような危険な政策だといえる。

もし財務省のこうした取り組みが奏功した場合には、高市政調会長の「(日本の国債に関しては)自国通貨建てだからデフォルト(債務不履行)は起こらない」という主張も崩れていくことになる。

日本のギリシャ化を防ぐ意味でも、国債発行は国内の資金で賄える範囲にとどめるべきである。ギリシャのように海外保有比率が極端に高くなるくらいなら、日銀による直接引受の方が他国に生殺与奪を握られないという点において、ずっとましだといえる。

海外投資家向けの活動の中で財務省は「財政健全化の進捗や今後の見通し」などを説明し、日本国債が安全資産であるとアピールしている。一方で国民向けには、「一人当たりの負債額は約987万円」「破綻しかねない借金」だと主張する財務省の姿はコウモリのようなものだ。

財務省がこのままコウモリのような役割を続けていけば、「自国通貨建てだからデフォルトしない」という高市神話は崩れ、矢野事務次官が指摘する国家財政が破綻するという最悪の事態を招くことになるかもしれない。


◎正しいのは高市氏の方では?

日本国債に関して「デフォルトが起きないのは『自国通貨建てだから』ではなく、『必要な資金のほとんどを自国内で調達出来ているから』」だと近藤氏は言う。これは間違いだ。「デフォルトが起きないのは『自国通貨建てだから』」だ。高市氏の方が正しい。

政府・日銀は無から日本円を創出できる。金(ゴールド)などの裏付けも必要ないので、その能力は無限だ。だからと言って節操なく日本円をバラまいていけばハイパーインフレは起きるかもしれない。しかし「自国通貨建て」の国債が「デフォルト」に陥ることはない(政府がデフォルトを望まないという前提付きで)。

日本国債の「海外保有比率が極端に高くなる」事態を考えてみよう。そうなっても、利払いや償還に当たって海外の投資家に日本円を渡せばいいだけだ。米国人の投資家だからと言って米ドルで支払う必要はない。政府・日銀は無限に日本円を生み出せるのだから「デフォルト」の心配はない。

「自国内で調達出来ている」場合でも「自国通貨建て」でなければ「デフォルト」は起きる。日本国民に大量の米ドル建て日本国債を保有してもらった場合、利払いや償還には米ドルを確保する必要がある。政府・日銀には米ドルを創出する力はない。

「デフォルト」を避けるために重要なのは「自国通貨建て」かどうかだ。

「自国資金で必要な資金の9割以上を確保できている日本でのこうした財務省の取り組みは、『毎回奥さんからの借金に頼っているとご機嫌を損ねた時に困るから、消費者金融にも口座を作っておきましょう』という悪魔の誘惑で、日本をギリシャ化に向かわせるような危険な政策だといえる」と近藤氏は言う。

この例えは、政府・日銀が日本円を無限に創出できるという点を無視している点で不適切だ。「毎回奥さんからの借金に頼っている」夫に政府・日銀と同じ力を与えたらどうなるか。「奥さんからの借金」だろうが「消費者金融」からの借金だろうが簡単に返済できる。「デフォルト」の心配は要らない。

さらに言うと「『自国通貨建てだからデフォルトしない』という高市神話は崩れ、矢野事務次官が指摘する国家財政が破綻するという最悪の事態を招くことになるかもしれない」という近藤氏の解説は二重に間違っている。

「自国通貨建てだからデフォルトしない」というのは「高市神話」ではなく、現在の通貨制度から原理的に導き出される当たり前の結論だ。なので「矢野事務次官が指摘する国家財政が破綻するという最悪の事態を招くことになるかもしれない」と心配する必要もない。

繰り返すが、政府・日銀は日本円を無限に創出できる。そして日本国債は「自国通貨建て」だ。それが「日本の『借金財政』が破綻しない最大の理由」だ。

近藤氏の誤解が解けることを祈る。


※今回取り上げた記事「高市早苗も財務次官も『見落とし』た、日本の『借金財政』が破綻しない最大の理由」

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/88512?imp=0


※記事の評価はE(大いに問題あり)