2021年3月18日木曜日

労働者の味方を装う日経社説「生産性高める改革で賃金上昇に道筋を」

「働く人の味方のように装う社説」と言えばいいのだろうか。18日の日本経済新聞朝刊総合1面に載った「生産性高める改革で賃金上昇に道筋を」という社説には問題を感じた。筆者の本音ベースで見出しを付ければ「解雇規制の緩和で企業の自由度を高めよう」辺りか。そう正面から訴えてくれればスッキリするのだが…。

耳納連山

中身を見ながらツッコミを入れていきたい。

【日経の社説】

新型コロナウイルス禍による景気の先行きの不透明さを反映し、2021年春の賃上げが低調だ。政府が経済界に賃金増額を要請した「官製春闘」のときの賃上げの勢いは失われている。

賃金低迷の根本的な原因は日本企業の生産性の低さだ。企業が付加価値を生む力が高まらない限り、継続的な賃金上昇は望めない。生産性を高める改革に官民で取り組む必要がある。

21年春の賃金交渉は自動車や重工大手の労働組合で、基本給を上げるベースアップ(ベア)の要求自体を見送る動きが広がった。電機大手では、ベアに相当する賃金改善を昨年と同水準の1000円と回答する企業が相次いだ。

12年末発足の第2次安倍政権下で官製春闘が始まり、ベアと定期昇給を合わせた賃上げ率は14年から2%台に乗せてきた。

しかし16年以降、賃上げ率は低下傾向にある。21年については民間シンクタンクが軒並み2%割れを予測する。賃金が伸び悩めば、消費に回るお金が減ってデフレに後戻りする懸念も強まる


◎「継続的な賃金上昇」は必要?

そもそも「継続的な賃金上昇」は必要なのか。日本ではインフレ率が長くゼロ近辺に張り付いている。ならば「賃金」も横ばいでいい。もちろん上がる方が好ましいだろうが、無理して上げる必要はない。

賃金が伸び悩めば、消費に回るお金が減ってデフレに後戻りする懸念も強まる」と社説は訴えるが「伸び悩み」ならば「賃金」は減らない。なのに「消費に回るお金が減ってデフレに後戻りする懸念も強まる」と見なすのは強引だ。

続きを見ていこう。


【日経の社説】

働く人1人あたりが生みだす付加価値(労働生産性)が日本は主要7カ国(G7)のなかで最も低い。この状況の改善が持続的な賃金上昇には欠かせない。


◎なぜ「G7」で見る?

この手の解説をよく見るが、なぜ「G7」で見るのか。そして「G7」で何位ならば合格点なのか。その理由は何か。そこを明確にせずに「G7」で最下位だから「改善」をと言われても納得できない。

さらに見ていく。


【日経の社説】

上場企業の手元資金は過去最高水準にあり、企業はこれを活用して新しいサービスや事業モデルの創造に力を入れるべきだ。事業再編を進め、成長力の衰えた分野から伸びる分野へ人員を移していくことが求められる。感染症に強い経営基盤づくりにもつながる。

自社のなかで円滑に人員の移動ができない場合も増えるとみられる。政府の役割は、企業の枠を超えて需要のある分野へ人材が移っていきやすい環境を整えることだ。労働市場の流動性を高めることで、雇用を確保するという考え方をとるべきだ。

国のハローワークの職業紹介機能を強める必要がある。民間のノウハウを積極的に取り入れたい。国や都道府県による職業訓練も、デジタル分野を増やすなど産業構造の変化に合わせて内容を充実すべきだ。金銭補償を伴う解雇規制の緩和も求められる

政府の働き方改革は非正規従業員の処遇改善などで前進がみられるが、生産性を高めるための労働規制改革は課題が山積している。柔軟な労働市場の整備に向けた改革を政府は強力に推進すべきだ


◎いよいよ本音が…

ここで筆者の本音が見えてきた。「金銭補償を伴う解雇規制の緩和も求められる」とサラッと入れている。「生産性を高めるための労働規制改革は課題が山積している。柔軟な労働市場の整備に向けた改革を政府は強力に推進すべきだ」と言うともっともらしいが、要は「簡単に解雇できるような仕組みにしろ」と求めている訳だ。

1つの考え方だとは思うが、日経の主張との整合性の問題も感じる。

社説では「デフレに後戻りする懸念」を訴えていた。「解雇規制の緩和」によって失業者が増えれば、それこそ「デフレに後戻りする懸念」が高まる。

上場企業の手元資金は過去最高水準にあり、企業はこれを活用して新しいサービスや事業モデルの創造に力を入れるべきだ」と社説では書いているで、職を失った人は新たな成長分野で吸収できると見ているのだろう。しかし「上場企業の手元資金」が潤沢な状況は続いているのに、いまだに有力な成長市場を生み出せていない。

となれば、「解雇規制の緩和」は失業者を増やす方向に働くと見る方が自然だ。解雇されない人にしても「いつ解雇されるか分からない」と感じれば消費を抑えて貯蓄を増やすだろう。賃金上昇率を多少高めても消費が上向く可能性は低いのではないか。

日経が望む「解雇規制の緩和」は言ってみれば正社員の実質非正規化だ。日経は少子化問題に関して「対策を総動員せよ」と訴えていたが、正社員の実質非正規化を推進すれば、子供を産み育てることに関して国民が前向きになれるだろうか。

解雇規制の緩和」が労働者の利益になると本気で信じているのならば、その根拠を示してほしい。経営側の利益を代弁しているのならば、それを隠さずに論陣を張るべきだ。

今回の社説は、そのどちらもできていない。


※今回取り上げた社説「生産性高める改革で賃金上昇に道筋を」https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20210318&ng=DGKKZO70070980X10C21A3EA1000


※社説の評価はD(問題あり)

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